103 ヴィオラ団長
「ったく、やり方が最悪よね! あんな逸品、そうそうお目にかかれるものじゃないわ! そもそも何で力が認められないのよ!」
手をぶんぶんと振りながら歩くベティーの後ろで、フユが拳を握りしめる。
国に雇われているという意味で責任を感じているんだろう。
まったく、そう抱え込む事ないのに……。
自然と俺はフユの拳をとっていた。見上げる顔には困惑と自責と……後よくわからない感情が見えた。
何か嬉しそうな……喜び? うーむ、わからん。
「あの…………ありがとうございま……す」
「あははは、こんなんでよければ」
「ちょっとアズリー、聞いてるのっ!?」
「あー、はいはい!」
あの後、ベティーは店にある投げナイフ、匕首を全て買い、俺はドンがすすめた護身用のナイフを買った。
大した足しにはならないだろうが、レウスの喜ぶ顔はとても心地良かった。
その後ベティーはあの調子だ。
ポチ? ポチは今俺に引きずられている。
凄く幸せそうな表情だ。とても心地良くない。
……もしかして、また問題だと予想して寝たんじゃないか、こいつは?
「アズリー、アンタ後でフユに空間転移魔法を教えなさい!」
「へ? なんで?」
気の抜けた対応が悪かったのか、ベティーは俺の胸倉を掴んで肉薄した。
「いーいぃ? 今後私たちとフユ、つまりベイラネーアと王都レガリアを繋ぐのよ。それでベイラネーアにいるブレイザーやブルーツ、それに春華…………いえ、ベイラネーアの冒険者ギルドの戦士仲間全員であの店に詰め掛けてやるわっ!」
「それじゃベイラネーアの武器職人が職を失うのでは? うん」
「カンケーないわよ! どの世界も弱肉強食よ。だからこそ、良質の武器が世を去るのは罪よ!」
確かにその通りだが……はて、本当にいいのだろうか?
とりあえずベイラネーアに帰ったらブレイザーたちに相談してみるか。
今後王都とのアクセスを簡略化するのは確かに良い手ではある。
後でフユに空間転移魔法を教えておかないとな。
「とりあえずベティー、顔が近いぞ? うん」
「ふんっ」
鎖骨まわりの肉がつままれてて痛かったなんて言えないが、ようやく離してくれた。
と、この直後、今度はフユに胸倉を掴まれた。
……ほよ?
「アズリーさんっ。空間転移魔法の公式を知ってるんですか!?」
すっごい首ブンブンされてる。
とてつもない勢いで視界が半円を描いてる。む? このワードはいいな。後で賢者のすゝめに書いておこう。
ふふふふ、目次に名言集を加えるのが楽しみだ。
「知ってるも何も、アズリーが作ったのよ? あの公式」
「なっ! 本当ですか、アズリーさんっ!?」
「あ、馬鹿! それは言わない約束だろっ」
「馬鹿なのはアンタよ。フユはもう大人なの。それも分別の出来るね。だからこれは言っても問題ないわけ? わかった? はい解決」
畳み掛けるように言われてしまった。
さっきの件で相当虫の居所が悪いみたいだな。理不尽な事には敏感だからな、ベティーは。
「そんな…………空間転移魔法はアイリーン様の功績じゃ」
「あ、えーっと……アイリーンさんにその権利を売ったんだよ。ハハハハ」
俺がこれだけ言うと、フユははっと何かに気付いた表情になった。
つまり……気付いたんだろうな。そのお金で自分が助けられた事に。
あの時はある意味がむしゃらだったからな。トゥースやメルキィの指導で少しは大人しくなったつもりだけど……。
そう言えばナツはともかく春華も知らないんだよな。いや、今みたいにベティーがさらっと言ってるかもしれないが。
「……そういう、事でしたか」
涙を浮かべ、フユは言った。
そして笑顔を浮かべ、ベティーは俺の臀部を叩いた。
痛い。こういうところはほんと兄妹だよな、ブルーツとベティーって。
何か言ってるな。そんな早口、読唇術が出来ないと無理だぞ、おい。
まぁ出来るけどな。えーっと何々? 「や・さ・し・く・し・て・や・れ」って……それは喋った張本人のお前の仕事じゃないのか?
くそ、またっ! 尻が痛いぞ。
「えーっと、フユ? そんなに気にしなくていいからね。ある意味俺の都合だったようなものだ――痛っ!?」
いてーよベティーッ! 「そ・う・じゃ・な・い・だ・ろ・ば・か」…………ぬぅ。
俺にそういったスキルを要求するんじゃないよ、まったく。
「く……フ、フユたちが――痛っ!?」
このやっろっ!? 「た・ち・じゃ・な・い・わ・よ!」……細かいなっ!
「ぐぬぬぬ……フユが助かったのなら……それでいいんだよ。だから、ね? そんなに泣かないで」
どうだ、これが俺の本気だぞ! ベティーッ!
俺の全霊に、ベティーはまだ不服そうな顔だったが、どうにか納得して頂けたようだ。
きっと今日はツイてない日に違いない。こりゃ早々に帰らないとまだまだ災難が起こりそうだぞ。
ある程度買い物が終わったし、後はフユの用事ってやつだけだろうけど、はて? どこに何しに行くんだろうか?
西門の方とは言ってたが、地理に明るくないから流石に想像が出来ないな。
ポロポロと泣くフユに、俺は全霊を込め続けた。ちょいちょいとベティーの臀部アタックが俺を襲ったが、次第にフユは泣き止んでいった。
ランクSの依頼より困難だぞ、これは。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フユが最後の涙を拭った頃、日は少し傾き始めていた。
「私、納得しました。ガストン様がアズリーさんを認めていらっしゃる事、アイリーン様がアズリーさんの話ばかりをする事――」
「え、アイリーンさんに会ったのか?」
「えぇ、先日。王都レガリアにいらっしゃった時に、ここから西にある王都守護魔法兵団本部までガストン様を尋ねられたのです」
あれ、今……西って言わなかったか? 西って?
「……そうなんだ」
アイリーンがここに? 一体何の用事で?
十二士会があるって話は聞いてなかったはずだけど。私用でもあったのだろうか。
「それで、今日アズリーさんにお会いしたいという方がいらっしゃったので――」
きた。
どう考えても俺にメリットのない話っぽい。それに……嫌な予感しかしない。
どうやって逃げるべきだろうか?
「そう。それだったらそんなに相手を待たせちゃいけないでしょう。さ、行きましょう」
「はい、そうですねっ」
はい、そうですね。
俺は、一転して元気になったフユに手を引かれ、王都の外壁内周をなぞるように西門を歩いた。
寧ろこれは普段以上と言っても過言ではないだろう。
元気なあまり小走りになる事もあり、その衝撃でポチが「ぎゃふん」と言って起きた。
そしてその時がちょうど目的地に着いた瞬間だった。
ポチは目の前に見えた看板の文字を追うと、すぐに振り返って俺をじとっと見つめた。
「マスター、これは嫌がらせか何かですか?」
「ポチ君、実は俺もここに来たくなかったのだよ」
「奇遇ですね」
「奇遇だな」
看板には、物々しい文字でこう書かれていた。
――――王都守護魔法兵団。
建物から漂う魔力の濃度と、奥から聞こえる気合いと気迫に満ちた掛け声。
このビリビリとした圧迫感はとても苦手だ。
入っちゃいけない。それはきっと本能が俺に知らせた危険の知らせ。
嫌な事と嫌な事しか待っていないと知らせる生への知らせ。
ポチの飲み込む唾と、俺の飲み込む唾の音が重なった時、今にも空転移魔法を宙図してしまおうかと思った時、フユはとても……それはとても素敵な笑顔で言った。
「アズリーさん。ほら、あの方がアズリーさんに会いたいと仰っていたヴィオラ団長ですよ」
きつい化粧に紫炎を思わせる深い瞳。
大きなマントを肩にかけ、フユの着る制服が微笑ましく見える程、彼女の着る制服はキマっていた。
年齢は四、五十にはなるだろうが、漂う魔力はとても若々しい。
これが王都守護魔法兵団。その団長のヴィオラか。
彼女に駆け寄ったフユは、どうやら俺の事を話しているようだ。
フユのヤツ、もしかしてガストンの時より緊張していないか? あ、こっち見た。
「入りなさい」
嫌です。




