102 戦士アズリー
一体何だこの子は? まるで新手の客引きのようなアプローチだ。
マントをぐいぐい引っ張り、俺をベンチから立ち上がらせる。
背を預け合っていたため、ポチはこてんと仰向けになって倒れた。ぬぅ、とても満足そうな顔で寝始めそうだ。
俺は男の子にマントを引かれるがままに歩を進めるしかなかった。
こんなフユより小さい男の子に流石に強くは言えないし……って、やべ、流石に何も言わずに消えるのはまずい。
「あ、ポチ! すぐ戻るって伝えておいてくれ!」
皆がいないからって、返事とゲップ交じりの返答は流石に女としてどうなんだ?
「あ、あの……君っ」
俺の声が聞こえないのか、男の子は必死な様子でマントを引っ張っている。
大通りを少し北に戻り、武器店が立ち並ぶ場所まで来ると、男の子は脇に逸れて細く薄暗い道に入った。
やはり大通りに出店出来ない小さな店が少し並んでいる。
ここまで来ては仕方ないか。
そう思い男の子の歩調に合わせるように足を進めると、細道の行き止まりの地点に着いた。
息切れをする男の子は、古ぼけた店の扉を指差して言った。
「こ、ここっ」
そうでしょうとも。
これ以上先があったら俺は壁に埋まってしまうからな。
この男の子が不良グループとかで身ぐるみを剥がされたり、襲われたりしたらどうしよう?
いやいや、俺は王都レガリアの冒険者ギルド二番目の男だ。そんな一般人に襲われるような人間じゃない。
よし、大丈夫大丈夫。
「えーっと、それじゃあ店の中を見せてくれるかな?」
「あ、えっと……うん!」
俺を強引に引っ張って来たにしては少し臆病な感じもするな。
もしかして衝動的にやってしまったのかもしれない。子供だからこそそういうのはあって然るべきだな。俺も子供の頃は………………うん、思い出せないな。
男の子はドアを開けると、薄暗い中へと入って行った。
中は蝋燭の光で少し照らされているが、日の入りも悪くほとんど何も見えない状態だ。
仕方ない。
「ほい、トーチ」
光源魔法を発動して中を照らす。
「うわぁー、すっげぇー! に、兄ちゃん魔法が使えるのかっ!?」
「そう、兄ちゃんは魔法が使えるんだ」
「すごいすごい! 父ちゃんもビックリするよ! 父ちゃーん! ねぇ、父ちゃんったらー! お客さんが来てくれたぞー!」
店の奥に声を届かせるように男の子が大声を出すと、カウンター奥のドア、その更に奥からバタバタと音が聞こえた。
何やらとても慌てている様子だ。
ドアが壊れるような勢いで音を発し、その発生源の男は、先程の男の子同様に息を切らしていた。
身体はしっかりとしているが、顔は温厚そうで優しい空気を纏っている男だった。
「こ、これは……光源魔法っ…………凄いうちの店がこんなに明るいなんて……」
「父ちゃん、この兄ちゃんすっげぇーんだぜ! 一瞬でこんなにしちゃったんだぜ!」
「これ、レウス。お客様に失礼だぞ。すみません、まだ子供でして……」
苦笑する俺を見た店主の男は、俺の水龍の杖、身に纏っている衣服、そして再び店内の光源を見て…………肩をガックリと落とした。
そりゃそうだろうな。武器屋に来たのが魔法士なんて、客に見える訳もない。
魔法士は身体の周りを巡る魔力を用いて魔法を発動するため、硬い金属や革を身に着けたりはしない。
武器にしたってそうだ。たとえ接近戦になったとしても、魔法士は杖術で戦うから、そもそも武器という武器は持たない。
持ったとしても旅用にナイフや短刀を持つ程度だ。
「あ、いや失礼しました。自分はドン・キサラギというしがない武器職人です。おそらくレウスが我儘を言ったのでしょう。ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」
深々と謝罪する店主。しかし随分と腰の低い店主だな? 確かに親としてはそうするべきなのかもしれない……か。
性格もあるんだろうな。雰囲気通り、本当に優しい人みたいだ。
「こらレウスッ。強引にお客さんを呼んだらダメだとあれほど言っただろうっ」
「だ、だってぇ…………うぅ……」
「いえ、俺は別に大丈夫ですから」
俺はレウスという少年の前に立ってドンに言った。
するとドンは困った表情をした。
躾っちゃ躾だが、人前ではちょっとな。いや、した方がいいんだろうが、俺が嫌なだけだ。
俺も我儘って事か。
ん? なにやらまたマントが引っ張られている。
「兄ちゃん……ひっく…………お客さんじゃ……ないんか?」
強力な上目遣い。潤んだ瞳。零れる涙。震える手。
俺が「そうだ」と答えればこれは決壊する。うん、そうだ。そうに違いない。
レウスはきっと俺にチャームの魔法をかけているのだ。これはもう、そう思うしかない。
俺はアズリー。
五千年間、魔法を勉強し、自他認める魔法士の端くれだ。
俺はアズリー。
鑑定魔法、空間転移魔法、十の魔、それに多数の魔術が使える魔法士だ。
俺はアズリー。
チャームをかけられたのならば仕方ない。
今日だけ……今日だけ自称戦士だ。
「こう見えても戦士なんだ。ゆっくり店の中を見させてもらうよ、レウス?」
「ぅうっ……本当にぃ?」
「あぁ、本当だ」
ポンとレウスの頭の上に手を置いて、俺はドンの方を見た。
「お客さん……それはちょっと無理があるかと思いますが……」
「いいんですよ。ちょっと見させてもらいますね」
「そりゃ構いませんが……」
俺はその言葉を横目で聞き、カウンター下のショーケースや壁に掛けられた剣を見回してみた。
……………………驚いたな。どれもこれも相当良い出来なんじゃないか?
少なくとも今日大通りで見た武器屋の目玉商品なんかより……業物ばかりじゃないか?
「こんなとこで何やってるのよアズリー? 戻って来ないからポチの鼻使ってここまで来ちゃったわよ」
「い、いらっしゃいませ。戦士様」
後ろから聞こえたベティーの声。そしてそれに反応するドンの声。
振り返ると、そこにはフユも、眠そうなポチもいた。狭い入口を埋めながらぞろぞろ入って来ると、ベティーが初めに気付いた。
「……何、ここ?」
やはり俺と同じ感想か。戦士であるベティーなら更に詳しくわかるだろうな。
「武器屋だよ。……どう思う? ベティー」
「見栄えは十分ね。問題は強度と斬れ味よ。おじさん、試し斬りはしていいのかしら?」
ベティーはおもむろに目に入った剣を手に取り、店主に顔を向けた。
「えーその、構わないのですが、何分日々の生活にも困っていまして……お恥ずかしながら試す物がないのです」
「いいわ」
ベティーは店の懐を察したみたいで、腿のホルダーに入っている匕首を宙へと放った。
ふわりと浮かび、そして落ちてくる匕首に、逆手に持った剣を振り上げた。
音はなく、ただ風を顔に感じた。
俺は、二つに分かれた匕首が落ちるのを見守ると、レウスが両手をいっぱいに握りしめていた。
「す……すっげぇ! 父ちゃん父ちゃん! この姉ちゃん、鉄を斬っちゃったよっ!」
「あぁ……こりゃ凄い」
落ちた匕首の一つをつまんで持ち、ドンはその斬り口をまじまじと見ている。
ベティーのヤツ、斬鉄とは凄いな。一緒にいるフユまで驚いてるぞ。
ポチは店内の隅っこで寝始めた。つくづく獣根性丸出しだな。
「凄いのはこの剣よ。どうしたらこの剣を売ってる店が、こうも寂れる事が出来るのかしら?」
素直に褒めて素直に蹴落としたな。
理由を聞くベティーに、ドンは俯く。どうやら何か深い訳がありそうだ。
答えないドンにやきもきしたのか、レウスが小さな声で言った。
「国が……国が悪いんだっ」
「これレウスッ。それ以上は言っちゃいけないっ。このお方は守護魔法兵団の方なんだぞ」
語気を強めてドンがレウスを諫める。フユ自体は知らないみたいだが、やはり制服ってのは目立つよな。
フユが後ろへ下がり、そのまま店を出てその看板を見ているようだった。
あれは……もしかして店の名前を確認しているのか? 確か店の名前は《ドリニウム・ロード》。
意味としては、「聖戦士ご用達のドリニウム武具までの道」……ってところか。
「ご主人、お名前は?」
「……ドン・キサラギと申します」
ドンが名乗ると、フユが得心した様子で再び口を開いた。
「やはりキサラギ……。アズリーさん、この方は……四年前まで王城専属の武器職人だった方です」
「……しかし今は違う。理由は?」
「これはガストン様に聞いた話ですが、武器の出来が良すぎたから……だと仰っていました。私もその時意味がわからなかったのですが、先日守護魔法兵団の対をなす、《王都守護勇兵団》の鍛錬を見学に行った時に気付きました」
「武器の新調が理由じゃないかい?」
意外にも、ベティーが先を続けた。
「そういう事です」
フユがそれに同意して頷いた。
ここまで出来の良い武器だと、おそらく武器の新調がほとんど必要ない。
刃こぼれや折れてしまったりすれば新調をする。しかしそれがないとなると、王城の武器屋からの収入が少ないという事だ。
高くしても逆に売れないだろうから、困った王城の役人はドンを追い出した。
とまぁ、これが表向きの理由だろうな。その程度、本来のまともな国であれば寧ろ技術を歓迎し、支出さえも惜しまないだろう。
裏の方はどう考えても悪魔の仕業だろう。強力な武器の存在は悪魔にとって厄介。
勿論、現時点ではそこまでの脅威ではないが、このままこの技術が昇華される事こそが恐ろしいと考えられたのか。
「おかしな話ですよね。適度に斬れ、適度に折れたり壊れたりする方が金になると言うのです……」
俯き震える声でドンが言った。
「でも、デザインも良くて、これ程の業物ならば……たとえこの立地でもファンが出来るはずだと思うんだけど?」
ベティーから投げられる当然の疑問。
見たところ値段もそこらへんの武器屋と大差ない。
王都レガリア程実力者の集まる地ならば、この目利きが出来ないとは思えない。
つまり…………そういう事なんだろう。どうやら販売に関しても国が一枚噛んでるみたいだな。
黙りこくるドンを前に、ベティーが溜め息を吐く。やはり気付いたみたいだな。
「……反吐が出るわね」
溜め息以上の物が出ていたようだ。




