100 ねぃねぃねぃ
本日二話目の投稿です。ご注意ください。
備忘録を除き100話をむかえる事が出来ました。これも皆様のおかげだと思っております。
これからも「悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ」を宜しくお願いします。
あの後爺さんは笑いながら去って行った。再び「研鑽せよ」という言葉を残して。
その時俺は、ポチの頬を過去最大レベルの長さを更新する勢いで引っ張っていた。
爺さんの言葉こそ得られなかったが、これでよかったのかもしれないな。深く悩むよりも、がむしゃらに前へ進めだ。
そう心に決め、再び本当の夢状態に戻ろうと思った時、俺の頬は自己最長記録を更新する程伸びていた。
あれ? いつの間に形勢逆転した?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―― 戦魔暦九十四年 三月二十六日 九時 ――
「うぅ……何故か頬が痛い……」
王都レガリアの宿で目を覚ますと、昨夜気持ち悪い程に膨らんでいたポチのお腹はぺっこりとへこんでいた。
二人分の部屋をとったのに、こいつめ、いつの間にか俺の布団に潜り込んできたな?
昨日は「近寄るとブッシャーしますよ!」とか言ってたのに、へこんだら問題ないのかよ。
まったく……。
自分の使い魔ながらそう呆れていると、ポチは俺がいなくなった事による体温の変化からか目を覚ました。
「ふわぁあ~……むん、おはようございます!」
「おはよう。顔洗って支度しとけー。ベティーも起きたみたいだしな」
「はい!」
隣の部屋からがったんがったん聞こえるからな。
フユとの約束の時間は九時半。女であるベティーにとっては遅い起床と言えるだろう。
……宿の物壊すなよ?
ポチが水桶の前でわしゃわしゃと顔洗っている横で俺は歯を磨く。あまりにも見慣れた光景。見慣れ過ぎて気持ち悪いデジャヴが俺を襲う事もあるくらいだ。
魔王の胎動期、これが始まったらこんな光景もなくなってしまうのだろうか?
……むぅ、いかんいかん。こんな調子じゃ絶対に魔王や悪魔たちには勝てん。気合いを入れていかねば!
自分の頬を叩き活を入れると、ポチが「使うか?」とばかりに爪を見せてきた。
はて? そんな危ない趣味は俺にあっただろうか?
支度を終え、宿のフロントまで行き、連泊分の支払いを終えてから外に出る。どうやらまだベティーは来ていないみたいだ。
それまでの間、宿の入口脇で俺とポチは並んでお座りをしていた。
外は活気づきちょっとした人間の川のような流れが出来ていた。程よい日差しも入り、絶好の買い物日和と言えるな。
「それで、いつ頃帰るので? 空間転移魔法で戻るのは一瞬ですけど、例の件もありますし早めの方がいいですよね?」
ポチが珍しく会話の中で気遣いを見せる。ほんと珍しい。
例の件とはウォレンや神の使いの爺さんが言った「始まりの地」の事。フォールタウンまでの空間転移魔法陣はあるから、そこからとばせば一日もかからずにあの場所へ行けるだろう。
だが、こちらでもまだやる事は多いし、今の内にやっておきたい事もある。
「昇格審査は終わったけど、その通知までに数日は必要だ。とりあえずその間で色々出来る事をして、ついでにベティーと一緒に高難度の依頼をこなしていきたいな。王都だけあってこのレガリアではそういった依頼も多いだろうしな。五日から七日程でベイラネーアに戻って……あの場所に行くのは四月の末ってとこだろうな」
「結構空きますねぇ」
「それだけやる事が詰まってるってこった」
住んでいたとはいえ元々ダンジョンだった場所だ。何が待っているかもわからないからな。
迷宮程長くはないが、今ではきっとモンスターの巣窟となっているだろう。
その時、一瞬の殺気が俺を襲った。
「……っ!?」
俺とポチはその場に立ち上がり、周囲を警戒した。
こんな場所でどこのどいつだ!?
「ほーん。お久しぶりだねぃ。チミたち」
「くっ! ……あ、え!?」
背後から聞こえた声に振り向くと、そこには実に二ヶ月ぶりに会う姉弟子の姿があった。
「メル?! 久しぶりだな!」
「メルキィさん、お久しぶりですー!」
「うんうん。アズ君もポチ君も元気そうだねぃ。しかしイケナイなぁ~。あの程度の殺気で動揺しちゃっ。まだまだ修行が足りないねぃ」
「た、太陽のヤツが俺に拘束魔法を使ってたんだよっ」
「そうです! 陽気にあてられたんです!」
「うんうん、言い訳の仕方が完全にアズ君とポチ君だねぃ! それで、こんなところで二人して何してるんだい? 物乞いでも始めたのかい?」
ウィザードハットを被り直しながらメルキィが聞いた。
俺はメルキィにランクSの昇格審査の事と、今日この場にいる理由を説明した。
いつの間にか再びお座りをし、メルもまたそれに続きながら話を聞いていた。
「なるほどねぃ。良称号のために……か。ん……? そうだ! それならアズ君に良い事を教えてあげようじゃないかっ!」
メルキィは思い出したようにこちらを向いた。
勿論お座りの姿勢は崩していない。
これを崩したら、きっとメルキィが勝手に決めたルールで罰ゲームが始まる事だろう。
そんな話は一切出ていないが、俺とポチはあの二年間でメルキィの性格を学んでいた。
しかし、「良い事」……か。悪い事でない事を祈りたいものだが、はて、どうだろうな。
俺は「続きをどうぞ」と顔で促し、その答えを待った。
「王都レガリアから北、街道が荒れ始めてからやや西よりへ向かったところに、レガリア渓谷という場所がある。そこに太古より生きる伝説の霊獣の目撃情報があったんだよ」
「伝説の霊獣というと、灰虎・黄龍、黒亀・紫死鳥の四体。別名天獣と呼ばれる……アレか?」
「そのアレさ~。本当は赤帝牛と呼ばれる霊獣もいて、五天の霊獣って呼ばれたのだけれど、かつての聖戦士の一人が使い魔にしたって話だから、今は四体しかいないんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。もしかしてそれを倒せって言ってるんじゃないよなっ?」
「へ? 当然じゃないか? 奴らの一体でもぶち殺せば、おそらくそれに相応しい良称号が手に入るからねぃ」
ケロッとした顔で言ったメルキィを前に、俺は手で顔を覆った。
……天獣……。
モンスターではなく獣。全ての獣が空を駆け、飛び立つ際美しい光を見せる事から人々が天獣と呼ぶようになった。
苛烈を極める魔王がいた時代、魔王率いるモンスター群に個で戦ったと言われる異常な存在で、人語を解するそうだ。
黄龍は龍と呼ばれてはいるが、実際には輝く蛇だという話だ。だが、そいつらの一角を俺に倒せと?
確かにいい実力試しになるかもしれないが、限界突破すらしていない俺たちで……相手に出来るか?
「マスター、ご武運を! 私はフユさんと遊んでますので!」
肉球を合わせて祈りのポーズをするポチ。
「いや! もし行くとしたらお前も連れてくし!」
「無理ですよ! ランクSSのモンスターを、こう……くりっとやれる天獣を相手に敵う訳ないじゃないですか!」
「俺もそう思ってたよ!」
「それでこそマスターですよ!」
「それで……どの天獣がレガリア渓谷にいるんですって?」
「紫死鳥だねぃ」
身体の内に流れる血を飲めば、万物の病を消し去ると言われてる紫死鳥。
その血のために過去冒険者が幾度となく狙い、そして死んでいったとされ――――
「却下で」
「なはははは、なんとも清々しい返答だねぃ。ま、良い機会だし見ておくのもありだと思うよぃ。天獣は害のない者を相手にしないし」
確かに……見物に行くのはありかもしれないな。
「ずいぶんと面白そうな話をしてるわね? そちらの方はどなた? アズリー」
宿の扉の近くから声が聞こえた。どうやら準備が整ったようだな。
そう言えばベティーはメルキィと初めて会うのか。確かに会った事があるのはブルーツだけだったしな。
「ベティー、遅かったな。こいつはメルキィ。俺の姉弟子だ」
「私の師匠ですー!」
「女は色々と大変なのよ。ベティーよ、よろしく」
「メルキィでっす。メルって呼んでくださいなっ。……あらあらアズ君? 昨晩はお楽しみでしたか? ふふ、うふふふふふふ」
「ち、ちげーよ! つーかさっき理由説明しただろうが!」
「ほほほほほ! 嘘は言わないまでも、事実を捻じ曲げて伝えるのは男の悪い癖だからねぃ。僕はてっきり……ふふふふふふ」
俺は顔に体温が集中しているのを感じながら、メルキィのウィザードハットの上から頭をグリグリとしてやった。
気のせいかベティーの顔も赤くなったようだが、「ふんっ」と鼻息を吐いて「アズリーと私が~? ないない」と言ってのけた。
「ほれ、その涎をなんとかしろっ。前みたいに脱水症状おこすぞ」
「本望だよぃ!」
ぐっと親指を突き立てたメルキィ。
こんなヤツ相手にも引かないなんて流石ベティーだな。
「面白い人ね、これからアズリーとポチ、フユって女の子と一緒に買い物に行くんだけど……メルも来る?」
親交を深めようとしたのか、ベティーはそう言った。
しかしメルキィはおでこをパチンと鳴らして申し訳なさそうな顔になった。
「あー、そうだった! ご、ごめんよぉ。これからちょっと用事があるので、また今度という事に! アズ君、夜はここにいるんだよねぃ?」
「あ? あぁ、そうだけど?」
「では、その夜這いの時にお話でもしよっか! それじゃアズ君、ポチ君、ベティー君、またねぃ!」
「よ、夜這いってなんだ夜這いって!」
俺の質問が虚空に消えるように、メルキィは疾風のように去って行った。
それはもう一般人には見えない速度で。
ったく、相変らずとんでもない速度だな。改めて見ると、白銀のアージェントより速いかもしれん。
どこを見て見送ればよかったのかわからないまでも、とりあえずメルキィを見送った俺たち三人。
するとベティーが言った。
「アンタたち、なんでずっと座ってるの?」
罰ゲームが怖かったんだ。
「あ、あぁいや。もう大丈夫だ」
「にしてもあの人……メルか。とんでもないわね、あの人も。アズリー、アンタの一番は一日で消え去ったわね」
たった一日で元一番か。
まぁガストンが知る中で、という事ならしょうがない気もするか。
深く溜め息を吐く俺に、ポチとベティーが笑いながら背中を叩く。
「さ、フユが待ってるわ。冒険者ギルドに行きましょうっ」
「楽しみですー!」
さて、お買い物の始まりだ。




