47.休養(2)
グランフェリスの青葉賞出走を決断した後、悠馬はしばらく北風に揺られながらグランフェリスとソフィアさんの様子を見ていた。
グランフェリスはソフィアさんの手にしばらく鼻先を押し付けた後、今度はソフィアさんの風にたなびくポニーテールの匂いを嗅いでいる。
グランフェリスは悠馬が初めて雪島牧場で見つけた時から、牧場でも他の馬と離れてたたずんでいることが多い。悠馬が見ている時もそうだし、そうでない時も同じだと和田さんから聞いたことがある。
調教やレースでは高梨兄妹の指示に素直に従うけれど、調教が終わればその日の気分で馬房に籠ったり、他の馬の様子をじっと見つめていたりとあまり人に懐いたりしないと聞いている。
「どうかしましたか?」
グランフェリスに髪を弄られて、くすぐったそうな笑みを浮かべながらソフィアさんが悠馬に訊ねた。多分悠馬が食い入るように見続けていたのだろう。
「いや……ソフィアさんには懐くんだな、と思って……少し嫉妬しています」
「しっと?」
「ジェラシーです」
英語でもそうだよね? 悠馬は少し自信がない。でも通じたようだ。ソフィアさんがまた笑った。悠馬はその輝く笑顔から目が離せない。だって笑いながらソフィアさんが悠馬をじっと見つめているから、悠馬も視線を外すことができない。
綺麗な蒼い目が悠馬の動揺を見透かしているような気がする。
「なついている、というよりも安心しているのだと思います」
グランフェリスがソフィアさんの肩に鼻先を押し付けている。絶対懐いてるじゃん。
「安心するのと懐くのは違うんですか?」
牧場に馬と並んでいるからだろう、その乗馬服(?)のままグランフェリスに跨っても絵になると思う。
「そうですね……馬は警戒している人の前には立ちません」
それは人間でも同じではないだろうか?
「うまは、えっと、err, おくびょう? なのできけんだと思えばにげようとします。今のグランフェリスは安心しています」
確かにグランフェリスは普段よりリラックスしているように思える。
悠馬は所詮サラリーマン。馬との接点はほとんどない。和田さんや高梨兄妹は馬とともに生きている。でも彼らは馬を扱うプロフェッショナルであり、言うなれば運命共同体であり同僚。
ソフィアさんにはそういった、なんと表現すればよいのか、グランフェリスとのしがらみがない。だから純粋にグランフェリスのことが好きだからそれで懐くのかもしれない。
それに一連の動作を見ても明らかに馬の扱いに慣れている。悠馬も牧場で育ったならこのようなコミュニケーションがグランフェリスや他の持ち馬とできたのだろうか? いや今からでも牧場で働こうと思ったら雇ってもらえるだろうか。
「牧場で過ごすと、そのような馬とのふれあいが普通のことになるのですか? とても羨ましいので教えてください」
ソフィアさんがグランフェリスを撫でる。悠馬のようにおっかなびっくりと言う感じではなく、とても自然だ。だからグランフェリスも逃げようとしない。
「そうですね。私もすべての馬と、というわけにはいきません。できる範囲で、ですね」
そう言ってまたソフィアさんが笑った。その時雲の間から日が差した。ソフィアさんの髪が陽光を浴びて黄金色に輝く。グランフェリスの栗毛も同じように輝いている。どちらも悠馬にはとても眩しい。
「とても綺麗です」
思わず口に出てしまった。
「私がですか? グランフェリスがですか?」
目の前の異国の美女は褒められ馴れているのか、さらりと難問を出す。悠馬は躊躇いながらも思ったままを口に出した、
「ソフィアさんとグランフェリス、ふたりでいるのがとても自然で綺麗だと思いました」
「ゆーまさんにそう言ってもらえると、他のだれに言われるよりもうれしいです」
えっ?
悠馬の驚いた顔が見えたのかもしれない。ソフィアさんの表情が一瞬こわばった。彼女は日本語を勉強中だから、言葉の選択を間違えてしまったのかもしれない。でもその後ソフィアさんは真面目な顔になった。
「今のは、私のほんとうの気持ちですよ」
ソフィアさんの手はグランフェリスを撫で続けている。グランフェリスもまたソフィアさんの髪の匂いを嗅いでいる。なのにソフィアさんは真剣なまなざしで悠馬を見ながら落ち着いた声でそう話す。
少しの沈黙すらも風が運び去ってしまう。
「すいません。急ぎ過ぎました。ゆーまさんを困らせてしまいましたか?」
お願いだからそんな困ったような表情をしないでほしい。
「いやいやいや、困ってはいません。ただ戸惑っています」
これまで自分と接点がないと思っていた人が、物理的にはもちろん、精神的にも悠馬が手を伸ばしたら届く場所にいることに悠馬は気が付いた。
「とまどう?」
うろたえる。困惑する。どれも違う。もっとソフィアさんみたいに優しく自分の気持ちを伝えることはできないのだろうか?
「僕の言葉が嬉しい。そう言われたことがこれまでありませんでした。だから僕も嬉しかったです」
悠馬も自分の素直な気持ちを伝えた。それは少なくとも間違っていなかったのだろう。ソフィアさんがまた微笑んでくれた。やはりものすごく綺麗だ。
少し恥ずかしくなったので、悠馬は写真を撮ってよいかと尋ねた。快諾してもらえたのでスマホにソフィアさんとグランフェリスのツーショットを納めた。その後ソフィアさんが悠馬とグランフェリス、そして自分自身を入れたスリーショットを自撮りした。
グランフェリス……君はこんなに長い間じっと待つことができたんだね。
ご無沙汰しております。集中連載していたあちら(https://ncode.syosetu.com/n0354mq/)が無事完結したのでこちらの連載を再開します。
でもまだ本調子ではないので、隔週を目標に更新したいと考えております。
よろしくお願いします。




