46.休養(1)
土曜日の朝の神田駅周辺は閑散としている。これが夏場なら酔いつぶれた社会人や学生が転がっていてもおかしくない(北海道民の偏見)が、流石にこの真冬にはいない。お巡りさんが保護しているのかもしれない。
そうすると見覚えのある大型車が悠馬の前で止まった。「わ」ナンバーではないのでソフィアさんの自前なのだろう。早めにチェックアウトしてよかった。
「お待たせしましたゆーまさん。おはようございます」
ソフィアさんが降りてきた。悠馬でもいつもと雰囲気が違うのがわかる。悠馬には服の種類などよくわからないけれど活動的な乗馬服っぽい。靴もブーツだし、本当の乗馬服? それにしてもこの服装だと脚が長い。
今日ソフィアさんが一緒に行くことはカプセルホテルの中から牧場にメールしたけれど流石に馬に乗る機会はないと思う。
「おはようございます。今日はありがとうございます」
いえいえ、私が無理にお願いしたので。などとのやりとりの後、悠馬は車の後部座席にお邪魔した。
「万里子さん、今日はよろしくお願いします」
「いえ、お気になさらず」
万里子さんの日本語も初めて会った時から比べると、外国人特有のクセが抜けたと思う。
「じゃあ行きましょう」
ソフィアさんの一声で車がスムーズに動き始めた。ゴージャスにウェーブで輝く金髪が緩くポニーテールにまとめられると可愛く見える。これも新鮮。
行先は昨日伝えているからか、万里子さんは迷うことなく車を走らせる。少し昨日の復習というかグランフェリスの話をしているとソフィアさんから質問を受けた。
「もしグランフェリスがあおばしょうで1着か2着だったらどうするんですか?」
ダービーへの優先出走権を得てしまったらどうするのか、そういうことだろう。
「そもそもまだ青葉賞に出走できるかどうかもわからないですが……」
今からそれを確認しに行くのだ。とは言え聞いている限りではグランフェリスは元気そうだ。
「仮にそんな素晴らしい結果が出ても、グランフェリスはオークスに出走させます。もちろんオークスだって難しいですが、ダービーは無謀です」
牝馬で日本ダービーを制した馬は3頭。戦後では1頭しかいない。そこまで欲を出さない方がいいと思う。まあ青葉賞でも上位に来てくれたらオークスが楽しみだけれど、優勝はないだろう。
その後はなんだか自然な流れで悠馬のプライベートな部分を聞きだされた。
北海道で産まれ、北海道で育ち、北海道の大学を出て、北海道の会社に入った。3年前、グランフェリスが産まれた頃にその会社が今の会社に買収された。
競馬に興味を持ったのは社会人になってから。先輩に競馬場に一度連れられただけでハマった。勉強してパドックをみたら勝てるようになり、ますますのめり込んで馬主の資格を取り牧場を巡ってピンフッカーをしていた。そしてグランフェリスに出会った。
グランフェリスのオーナー、その一点を除けばどこにでもいる普通の人間だ。
「後は妹が結婚していて子どももいるので、お前はどうなんだ、と親にプレッシャーをかけられるぐらいですね。ソフィアさんの事をお聞きしても?」
「なんの圧力なんですか?」
とても答え辛い。
「ええっ、まあ、なんでしょうね? 賭け事にうつつを抜かさず、お前も人生をちゃんと考えろ、そういうことだと思われますが、のらりくらりと逃げています」
ソフィアさんはなにか聞きたげだったけれど、それ以上追求はされなかった。
そしてソフィアさんの身の上話がはじまったのだけれど、社交界のキラキラした話が聞けるのかと思ったけれど、主にイギリスの馬産についての話だった。イギリスと言えば競馬の本場。日本馬もこれまで何頭も挑戦して、2つほどGⅠで勝利を挙げている。
「まあ、これは私がすぐにどうこうできる問題でもないので……長期的に改善していかないといけません」
いずれソフィアさんはイギリス競馬界でも重要な立場に立つのだろうと思う。
そういう難しい話だけではなく、もっと砕けた話もすることができた。故郷の牧場にいるお気に入りの馬の話。大学の友だちの話などだ。
そうこうしているうちに、万里子さんがもうすぐ目的地だと教えてくれた。
牧場で降りるとすぐにグランフェリスを案内してくれた。東京よりもだいぶ寒いけれど、グランフェリスはいつものように牧場にいた。
「最初に出会った時もあんな風にただ一頭、遠くを見ていました」
北海道より気温はマシだろうけれど、東京よりはだいぶ寒い。そして風が強い。
近づくとグランフェリスが立ち止まったままこちらを見て耳を立てた。さすがにもう悠馬のことは覚えたのだろうか。じっとこちらを見ている。
ソフィアさんと一緒だからかもしれない。
「元気にしてるか? こんな北風の中でも外が好きなんだなあ」
悠馬とソフィアさんが近づいても逃げる様子がない。それをいいことに悠馬はグランフェリスの体をチェックした。体重の推移などは既に聞いている。いつも牧場を駆けまわっていることも。
悠馬の目で見ても順調に回復しているように思える。
「大丈夫そうだな。じゃあ、青葉賞、そしてオークスに出てみるか?」
そう聞くと、悠馬ではなく、ソフィアさんに近づいて、鼻を近づけた。
ソフィアさんは馴れた仕草でグランフェリスの鼻先に手の甲を添えた。
「これは馬とのあいさつですよ」
そう言ったソフィアさんの長いポニーテールとグランフェリスのたてがみを、北風が大きく揺らして過ぎ去っていった。
誠にすいません。またかと言われそうですがしばらく休載します。
代わりと言ってはなんですが、下記の作品を毎日更新します。
夏の甲子園が終わった次の日(23日)から高校野球ものを書くという……
こちらが終わったら、本作の連載を再開予定です。
さよならホームラン(50話予定)
https://ncode.syosetu.com/n0354mq/
夢で見た未来知識を活かして甲子園に出ようとする女の子のお話です。
よろしくお願いします。




