45.本社(3)
悠馬もそうだけれど、普通の人は他人のグチを聞くのはいやだ。でも目の前の美女は笑顔で聞いてくれる。というかむしろ前のめりのような気がする。だから悠馬はそのまま続けた。
「桜花賞に何の準備もしないわけにはいきません。1600に合わせた調教をすると、オークスの2400の調整に間に合わない危険性があります」
桜花賞。確かに晴れ舞台だ。でもグランフェリスには無理。本来なら牝馬最長のオークス(2400m)でも短いと思う。そんな馬が千六の華、桜花賞に出て勝てるはずがない。そしてなお悪いことにそんな忙しいレースに出ることでグランフェリスの調子が崩れることを悠馬は危惧している。
「グランフェリスは賢い馬なので大丈夫かもしれません。でもゆーまさんの考え方も良くわかります。私もオークス一本に絞った方が良いと思います」
やっぱりソフィアさんは悠馬、というよりもグランフェリスのことをよくわかってくれている。悠馬は勇気づけられた。
「そうですよね。やはり桜花賞の件は断ることにします」
グランフェリスのためにも断った方がいい。グランフェリスを守れるのは馬主の悠馬と調教師の高梨先生だけだ。
「それでいいと思います。ではグランフェリスはしばらく牧場でお休みですか?」
オークスに直行するのかということだろうか?
「さすがにぶっつけ本番は危ないと思うので一度レースに出します。フローラステークス(東京:牝馬限定芝2000m)も考えていましたが、やはり距離が長い方が良いかなと思うので、青葉賞(東京:芝2400m)を考えています」
フローラSはオークスのステップレースで青葉賞はダービーのステップレース。
「あおばしょうですか、それは意外ですね」
レースの名前だけでわかるのはすごいと思う。3歳のこの時期に2400mを走る馬はほとんどいない。1勝クラスに2レースあるのみで、重賞だと青葉賞だけ。
確かにせっかく牝馬なんだから牝馬限定戦に出た方が有利だと言える。そして確かに長距離を走った方が疲労が残る。
でも青葉賞は距離もコースもオークスと一緒という利点がある。オークス本番の下見を兼ねて、ダービーを目指す牡馬相手にどこまで食い下がれるのか、それを青葉賞で感触をつかみたい。悠馬は自分の考えをソフィアさんに告げた。
「どう思いますか?」
「いいと思います。オークス本番に向けてよい練習になると思います」
ありがたい言葉を頂いたので、悠馬も無事決心がついた。湯本さんには週明けに断っておこうと思う。
「明日グランフェリスに会いに行くので、最終的には今の状態を確認して次のレースを決めようと思います。もし回復が難しいようであれば、オークスに直行するという選択肢もあります」
不良馬場の京成杯から2週間。その言葉を悠馬は避けた。どの程度回復しているのかを見て、順調なら半月頃からまた外厩「雪島スタッド稲敷 」にお世話になるつもりだ。
「明日ですか。私も他に用事がないのでご一緒してもいいですか?」
「えっ?」
「私もグランフェリスのファンですから」
ソフィアさんがまた微笑んだ。透き通るような白い肌。フグ専門店の中でも金色に輝く長いウェーブヘア。青い湖のように澄んだ瞳。時折見える白い歯。どこにいても目を引く美貌と溢れんばかりの気品。そんな笑顔をされるとそれに甘えてしまう。
「本当にいいんですか?」
「はい。私の方からおねがいしていることですから」
さっきから微笑みが絶えない。それもずっと同じ笑顔なのではなく、状況に応じてていろんな笑顔を使い分けている。今はちょっと甘えている感じがする。
「わかりました。私は途中まで電車で行くつもりでしたが、どうしましょう? お車でいらっしゃいます?」
「はい。マリコに運転してもらおうかと。迎えに行くのでゆーまさんのホテルを教えてください」
「それがカプセルホテルなんですよ。その近くの駅にしましょうか?」
その後、悠馬はカプセルホテルについてソフィアさんに説明することになった。こんな話でもソフィアさんは興味深げに聞いてくれる。
ほぼ無言の万里子さんと一緒に3人で、雑炊を平らげた後、最後のデザートはアイスクリームだった。真冬だけど、鍋で火照った体をおさめてくれた。
「うん、アイスクリームまで細やかなおいしさです。あんこが入っているんでしょうか?」
「あんこ? そう言われてみると白あんが入っているかもしれませんね」
食事が終わって店を出たらまだ街は人通りが多かった。これからいっぱい飲みに行く人もいると思う。ソフィアさんとお酒を飲んだら美味しいかもしれないけれど、絶対悠馬より強いだろうな。どうせ明日、茨城まで話す時間はあるし、今晩は早く寝た方がいいかな。
悠馬は自分が誘わない理由を探していることに気が付いていた。やはりソフィアさんと一緒にいるのは楽しいけれど、どうも違和感が残る。良くわからないけれど今楽しいかもしれないけれど、明日会う約束もしているけれど、その次はいつ会うかわからない。いつか突然悠馬の前から姿が消えるような気がする。
一期一会というか禅の精神というか、悠馬の薄い哲学では説明できない。
「ごちそうさまでした。おかげ様で私もふぐが好物になりました」
「それは良かったです。では万里子さん、明日は運転をお願いします」
「はい、わかりました」
珍しいことに万里子さんが笑っていた。何か面白いことがあったのだろうか?
来週は更新できるかなぁ




