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Stay Here  作者: 多手ててと
優駿牝馬

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44.本社(2)

「なるほど……とにかくゆーまさんがおこまりだということはわかりました」


優馬は本社によびだされることが決まった際に少し計画を練った。どうせ東京に行くなら茨城に往復して放牧されているグランフェリスの様子を見ることに決めた。元々日帰り出張の予定だったけれど、幸い金曜日。帰りの飛行機を土曜日にずらすことについては了承してもらった。流石に宿泊費は出ないので、カプセルホテルを予約した。


そして悠馬はこの異国の美女に連絡をとった。北海道に行く時は連絡すると言っていた。だったらこちらが東京に行く時も声をかけた方が良いのでは?


不埒な思いが無かったとは言えない。だって眺めているだけでも幸せな気分にさせてくれる人だ。予定が合わなければ仕方がない。


『来週金曜の夜にお食事でもどうですか?』


『東京にいらっしゃるんですね。楽しみにしています』


メッセージを送ると、すぐに返事がきた。その短い文面を見て自分が浮かれていることに気が付いたのでちょっと反省。それからレストランを予約することにする。


高級なフレンチでもソフィアさんのスタンダードに届くかは怪しいし、悠馬の慣れないテーブルマナーを見透かされるかもしれない。悠馬はWebで調べて評判の良いフグ料理専門店を選んだ。万里子さんも来るだろうから3人分。正直悠馬にとってはかなりの贅沢だけど、京成杯で得た賞金の余裕があるので、見栄だとわかっていても奮発した。


店の近くのスポットで待ち合わせ。ふたりがタクシーで来たので、そこからは歩いて店に向かう。ブランドなど知らない悠馬でも明らかに高級品だとわかる白いコートがとても似合っている。タクシーから降りるだけでも絵になる人だ。


挨拶を交わしてから、私も初めてです。ネットで評判が良かったので予約したんです。などと話しているうちに店についた。


「とっても美味しいです。ドクのある魚を食べるというのは私たちにはない文化です。本当に日本の方は食事に熱心ですよね」


最初に運ばれてきたてっさを食べながら、ソフィアさんが話す。


「多分多くの犠牲者がいるんだと思います。なにせ『鉄砲』というぐらいですから」


「てっぽう?」


「銃のことです。弾に当たっても、フグの毒にあたっても命が危ういのでそう呼ぶのだそうです。そこからフグの刺身は『てっさ』、鍋は『てっちり』と呼びます。数時間前に調べたので、『てっちり』の『ちり』がなにかは知りません」


万里子さんは相変わらず無表情だけど、ソフィアさんはこんな下手な冗談にもまばゆいばかりの笑顔を見せてくれる。そして個室ではないので、他のお客さんもちらちらソフィアさんを見ているのがわかる。悠馬でも気が付くぐらいなので当然ご本人も気が付いているだろう。でも注目されることに馴れているのだろう、全然気にしていない様子で、朗らかに笑っている。


そのままてっちりで同じ鍋をつついて、から揚げを食べる。


「どれもとても美味しい!」


「美味しいですね。確かに犠牲者が出ても食べたくなる気持ちも少しだけわかります。ソフィアさん、万里子さんにも楽しんでもらえて良かったです」


本社での疲れがすっかり癒された時に、ソフィアさんからその話をされた。


「今回ゆーまさんはどうして東京に?」


最初は黙っておこうと思ったのだけど、ついつい悠馬は広報部との話をしてしまった。


「とりあえずwebページへの掲載は了承しました。特に断る理由もないので」


会社のWebで紹介されるのは恥ずかしいけれど、それくらいならお世話になっているからいいかな、と。そして記事を見てグランフェリスやホッカイドウ競馬に興味を持ってくれる人もいるかもしれないと思うんです。


そんな悠馬の言葉に、この世のものとは思えない美貌の持ち主が親身に耳を傾けてくれる。メイクは薄いけどまつ毛長い、青い目が大きい。金髪綺麗、鼻筋真っ直ぐ。アクセサリーも服装もシンプルで上品。そしてなにより話の最中に視線が何度も悠馬と合うしそのたびに微笑んでくれる。この人こんなにガードが甘くて大丈夫なのだろうか。


「イングランドでも持ち馬が1頭の人がリステッド(重賞を含む重要なレース)に勝った人を私は知りません。でもヨーロッパには小さな牧場も多いので、調べればあるはずです。でも生産者だからゆーまさんとは少し違いますね」


悠馬はサラリーマンだから。


「自分の牧場で育てた馬で勝つ方がロマンがありますね。でも私が牧場を持つのはさすがに無理でしょうね」


「そうでもないと思いますよ」


「いや、いくら何でも無理ですよ。グランフェリスのような馬に何頭も巡り合わないといけません。グランフェリスだってこのまま勝ち続けられるわけもないですからね」


悠馬のような彼女の人生の通りすがりにすらこの丁重な態度。母国だけでなく訪れた世界中の男たちを勘違いさせて、虜にしてしまっているのではないだろうか? それともこれが欧米社交界のスタンダードなのかもしれない。


「とにかく会社がグランフェリスについて口を挟んでくるのは正直困ります」


「どんな風にですか?」


ここまで話してしまったのだからもう言ってしまっても良いだろう。


「実は桜花賞に出るように勧められました」


桜花賞。春のクラッシックのハナを切る、牝馬限定芝1600mのレース。


「なんとなくわかった気もしますが確認させてください。会社はなぜおうかしょうに?」


ソフィアさんが首をかしげる。


「お察し通りだと思いますが、桜花賞は『最も華やかなレース』とか『乙女の晴れ舞台 』などと称される大きなレースだからです。当然、出たくても出られない馬がいっぱいいます」


買わない宝くじは絶対に当たらないが、もし1枚でも買えば当たる可能性がゼロとは言えない。1着だと1億4千万円。5着でも1300万円の賞金があるレースで、しかもたった18頭しか出られないレース。単純に期待値を計算すれば1400万以上の賞金が見込める。


『ダメ元でも出たらいいんじゃないですか?』


善戦すれば儲けものだと、昨日広報の湯本さんが言った。部外者は無責任なことを言える。挑戦する社員が所属する挑戦する会社。そういうイメージを作りたいのだと思う。でも意味のある挑戦はいいけど、ない挑戦は害悪でしかない。


1万m走のスペシャリストを100m走に出すか? 出さないよね? いや複数の距離で金メダルを獲った選手もいるし、案外マラソンランナーだってトレーニングで短距離を全力疾走とかしているのかもしれないけれど。


「でも馬はそう上手く行かないと思うんです」


あと社長が競馬に興味を持っていて、とか言う話も聞いた。そういえば副業申請の時にそんな話があった気がする。


「そうですね」


少ししんみりしてしまったのは、ソフィアさんがグレイスフルウェイのことを思い出したのかもしれない。

来週は休載予定です。

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― 新着の感想 ―
会社が個人の副業紹介をうちの会社では副業推進してますよーみたいに広報に使うのはわかるけど、副業の内容に干渉するのは不快感と不信感しかわかないよなぁ。 リスクを取るのは本人だけで会社からフォローがあるわ…
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