43.本社(1)
前の会社が今の会社、東邦光和機工に買収され、悠馬もこの大企業の社員になった。でも本社に来るのは今回が初めて。このビル丸々ウチの(会社の)持ち物なんだ。すごいな。
競馬がらみで東京に来るときは当然自費だけど、今回は出張なので当然会社持ち。以前の会社だと旅費は事後に領収書で申請していた。だが今の会社は専用のサイトから事前に航空券を予約する仕組みになっている。手持ちのお金が無い時にこのシステムがあれば良かったと思う。収入印紙とかもそう。設置設定とかも含めた契約だと印紙代も馬鹿にならないのだけど、あれも立替払いする必要があった。
超大型契約の受注に漕ぎつけてテンション最高だった時、ひと月の手取りを超える収入印紙を貼るのはとてもとても恐ろしいものだった。金額とか貼り間違いがないか何度も確認したものだ。
今は京成杯で得た泡銭があるので当面のお金には不自由しないけれど、税金には気を付けないといけない。来月ぐらいから去年の確定申告が始まるので、サンライズカップなどで得た賞金を申告する必要がある。ちなみに競馬で得た賞金は受け取った時点で既に所得税を天引きされている。そこに預託料など個人でも請求できる経費を申請できるので、おそらく払うのではなく還付があるはず。
でも住民税などは考慮されていないので、その数か月後に結構な金額の請求書が悠馬の手許に届くはずだ。それを考えると少し憂鬱。そして1年後には京成杯の分の確定申告をしなければならない。賞金があるというのはとても贅沢な悩みだけれど、本当にお金というものはままならない。
ともかく悠馬は本社に入る。恐る恐る社員用のゲートを通るが、悠馬の社員証で問題なく開いた。当たり前かもしれないが、このようなゲートはいつもの事務所にない。初めての体験なんだから仕方ないじゃん。
そしてエレベーターで指示されたフロアに着いた。ただここからは悠馬の社員証では入れない。電話で広報部の湯本さんを呼び出すと、すぐにエレベーターホールに来てくれた。
「佐藤さん、札幌からわざわざありがとうございます」
「いえ、初めて本社ビルに来たのでドキドキしています」
そういうと湯本さんは笑ってくれた。頭が禿げ上がっているけれど、年齢は案外若いような気がする。わざとスキンヘッドにしているのだろうか?
「じゃあ立ち話もなんなのでこちらへ」
悠馬は誘われるままに本社のオフィスに足を踏み入れた。
10人ぐらいは座れる会議室で、湯本さんに指示された席に座った。隣の席にノートPCが置いてあるけどこれは湯本さんのでは? そう思うとすぐに湯本さんが隣に腰かける。これが本社のやり方なのか、単に距離感が近い人なのかは不明。
湯本さんがあらかじめ繋いでいた、大きなモニターに会社のWebページが表示された。普通に検索したら出る社外の人に公開している情報だ。
「会社のページって普段ご覧になられてますか?」
「合併される前は良く見てましたね」
最近はあまり見てない。契約書に書く本社の住所をコピペするぐらい? 決算情報とかちゃんと見ろってこと?
「じゃあご存知ないかもしれないですけど、こんなページもあるんですよ」
湯本さんがトップページからどんどんドリルダウンしていく。どのように辿ったのかを追うことはできなかったけれど、行きついたのは「弊社社員の社外活動」というページだった。
何かの表彰を受けているところ、 マラソン、講演会?、ロードバイク、 地域活動? その他もろもろの人物の写真が並んでいるが、大きなサムネイルからあらかた内容は想像がつく。これが悠馬にどう関係するのか? それはグランフェリスしかないだろう。
「もしかして私をここに?」
湯本さんが大きくうなずいた。
「当然報奨金も出ます。競馬の賞金に比べるとはした金かもしれませんが」
返事を返す前に、会議室をノックする音が聞こえた。そして数人の人物が入ってきた。そのうちのひとりは明らかに上級管理者だとわかる。本部長とかそれくらいの立場の人かもしれない。
そんな人が「弊社社員の社外活動」とかあまり興味なさそうだけど?
一度立った方がいいのかな、と思ったけれど、湯本さんが座ったままだったので、悠馬もそれにならった。彼らのうちひとりが悠馬の隣に座り、残りが悠馬の反対側に座った。
「佐藤さん、すいません。これで今日のメンバーがそろったので、別件から先にしますね」
つまり「弊社社員の社外活動」 はおまけで、ここからが本題ということ。なんだかなあ。
「まずここにいる中でまだご覧になっていない方もいらっしゃると思いますので、まずそちらの方から再生します。全体は長いのでかいつまんで再生します」
あらかじめ別のブラウザに最大手の動画配信サイトが映し出されていた。そしてコンテンツ名はホッカイドウ競馬公式チャネルが提供する「【祝 京成杯(G3)優勝】グランフェリス(ホッカイドウ競馬所属)の勝利の一日を追う【レース映像あり】」だ。
悠馬はインタビューもされているので当然知っている。先ほど「弊社社員の社外活動」 を聞いておいてよかった。これから糾弾されるのであればあんな話は絶対出てこないはず。だから安心して見れるはず……だよね?
自分のインタビューが会社の会議室の大きなモニターで流されるのはとても居心地が悪かった。その後、湯本さんは巧みな操作で、レース後半へと一気に飛ばした。
レース画像に、ホッカイドウ競馬の番組でよく見かけるタレントたちの興奮した発言がかぶせられる。
『第3コーナーに入る所、ここでグランフェリス足が鈍ったか? 沢井騎手が息を入れたのか?』
『これだけのリードがあれば大丈夫だと思いたいね』
『間が詰まりましたが、後続までまだ10馬身はあります。第4コーナーを回って最後の直線、残り310mに入った。 グランフェリスがスパートをかける』
『がんばれ。あと少し』
『中山の2000m、多くの名馬を苦しめて来た急坂が立ちはだかります 。でも脚が落ちない。リードを保ったまま坂を難なく駆け上がります。強い。本当に強い』
『これは本当にすごいね』
『後ろを確認した沢井騎手、勝利を確認したのか? 手綱は持ったままです。そしてやや速度を緩めながらそのままゴール!』
『やったー』
『これはすごいことですよ』
『グランフェリスがやってくれました。我らがホッカイドウ競馬に所属したまま中央の重賞を制した馬は、ここ15年以上出ていませんでした。拳を握りしめる沢井騎手。素晴らしい快挙です。握りしめた手を解いた後グランフェリスを撫でます。見事な走りでした』
『良かった。良かった。大雨でどうなるかと思ったけど、天も味方につけたね』
『素晴らしいレースでした。あっ、ゼッケン4、これはグレイスフルウェイです。入線後に騎手が下馬しています。馬運車もでてきました。これは事故でしょうか。心配ですね』
『この大雨の中でのアップダウンの大きな中山2000m。馬への負担も大きかっただろうね。大丈夫かな』
『沢井騎手も気が付いたようです。グランフェリスを止めてその場で方向転換しました。これはウィニングランを止めるようですね。厳かに、ゆっくりとグランフェリスが戻ってきます』
『馬運車で運ばれた馬が心配ですね。グランフェリスがウィニングランをする機会いはまたあるでしょうから、その時を待ちましょう』
『沢井騎手も俯いたままとてもゆっくりと馬運車が去った後の第一コーナーを通り過ぎます。着順の確定はこの後検量が終わった後になりますので、しばらくお待ちください』
ここで湯本さんが動画を止めてくれた。この動画、この後の祝勝会も撮影されているんだよね。インタビューよりも会社では見たくない。
「この動画ですが、当日の同時接続数が3万ちょい、レースからまだ2週間弱ですが、アーカイブの再生回数は既に70万回を超えています。佐藤さんのグランフェリスの活躍は、わが社にとっても強い発信力を持っていると考えています」
こっちの話を先にして欲しかった。悠馬はそう思った。




