42.アプローチ(2)
東スポ2歳の次の挑戦は京成杯。私はそれをサンライズカップの祝勝会の場で、彼から直接聞いていた。もちろん生き物のことなので上手くいかない可能性は常にあるけれどそれは仕方がないことだ。
京成杯にはグランフェリスが出場するはずなので、それに合わせて私の持ち馬、正確にはサチコのだけれど、グレイスも出ることにした。9ハロン(正確には1800m)でいい結果が出たので10ハロンでも大丈夫というのが調教師の判断だった。レースはもちろん楽しみだけれど、母から伝授されたノウハウを彼、ユーマに早速活かせるかもしれない。
お母様から教わったノウハウは別に特別なものではない。まずは話しているときに瞳をみつめる。できるだけ彼の近くにいる。近くにいても離れていても、頻繁に彼をみつめる。そして目が合えば控えめに微笑む。とにかく私にとって特別な存在だというのを伝える。
そんなことは多分そこいらのローティーンの少女でも、私よりも自然に使いこなしているだろう。
だがそれだけでは上手くいかない、というのがお母様のアドバイス。なぜなら私と彼の立場は大きく違うということ。産まれた国が違う、言葉が違う、文化が違う。それだけでも進展は難しいのに、一番の問題はやはり立場の違いなのだという。
こんなことを言うと怒られそうだけれど、母国で私に声をかけて来る男性はとても多い。貴族階級の男性ならば、我がカヴェンディッシュ家が持つ財力だとか、王室や方々とのコネクションを得られることに満足するだろうし、自分の息子が未来の伯爵になるということも動機に成りえる。
一方、私が学生の頃、学内を友人と歩いている時に声をかけられることはしばしばあった。身なりから裕福な家庭の子女だとわかるだろうけれど、普通にパブに誘われたりする。
『パブですって、レイディ・ソフィア。そういうところにも行ってみる?』
一緒にいたエミリーがニヤニヤ笑いながら私にそう話し掛けた。そうすると声をかけてきた男子学生が途端にしどろもどろになったことがある。私が伯爵家の娘だとわかったからだ。
『だって、いきなり丁寧な口調になったり、そそくさと逃げ去ったり、あるいは急にてんぱったりして面白いんだもの』
エミリーはそう言ってよく私で遊んでいた。私も男性と話すのは嫌だったから、あまり強くは言わなかった。
実際大学でも講義ではミズ・カヴェンディッシュと呼ばれていたが、公式行事になれば、レイディ・ソフィアと呼ばれる。良くも悪くもイングランドには階級社会が残っている。
そして彼は一般家庭の人間だから、私のような人間と結婚するなどと考えたことはないだろう。恋愛対象として見られていないはずだ。そしてもし好意を持ってもらったとしても、自分とは接点のない人間だと思われてしまう。日本には皇室があるけれど貴族は既にいない。
いきなり結婚は早すぎると思う人がいるかもしれないが、私は結婚前提の恋愛しか考えていない。私には彼しかいないのだから。
『だから焦らず、好意を伝えつつも彼の自己肯定感を高めることが必要なの。あなたが彼の夢を応援していること。彼と一緒にいて楽しいということ。そして彼の周囲の人を尊重していることを示す必要があるの。できれば彼の家族にも』
そして自分をひとりの人間として見てもらえるようにしなければならない。貴族でも金持ちの娘でもない、ただのソフィア・カヴェンディッシュとして。一方的に好意を伝えるのではなく、彼自身に私と対等のパートナーになれると思ってもらわなければならない。
なるほど。確かにその観点は私には欠けていた。そうしなければせっかく彼と恋愛関係になれたとしても、一時的なもので終わってしまう可能性は十分あり得る話だった。
そして京成杯にはサチコが付き添ってくれた。確かに父がいうように日本人はおせっかいなのかもしれない。
レース前に彼の姿を探し上手く合流することができた。その後周囲が気を利かせてくれたので、1対1で上手く話すことができたと思う。最初の一歩としては上出来だと思う。あとは……グランフェリスが勝って、グレイスが善戦してくれれば上々だったのだけれど、当たり前だけど競馬は上手くいかない。
流石に私のグレイスが優勝するのは難しいと思っていたけれど、残念なことにレース中に浅屈腱炎を患い、もう競馬場では走れない体になってしまった。私も日本の豪雨を甘く見ていたかもしれない。本当に申し訳なかったけれど、スタッフの努力もあり、なんとか生き延びて命を繋ぐことはできる見通しだ。
A small mercy, all things considered.
日本語で言えば不幸中の幸い、そう言えればよいのだけれど。
そして、一方のグランフェリスは勝った。圧勝した。彼女が1歳の時にも見た蹄の形が活きたのだと思う。ただグランフェリスが勝った直後には、私はまだグレイスのことが心配で、なんとか頭を上手く切り替えようとしていたが、平静を装うので精一杯だった。
その後なんとか持ち直した私は、再度彼にアプローチを再開した。ウィナーズサークルの後はささやかながら馬主席で祝勝会にも参加した。改めて連絡先も交換したし、北海道に行った時には連絡する旨も伝えた。
まあ私なりには上手くいっているのでは? 一瞬そう思ったのだけれどお母様のアドバイスを思い出した。
『好意を伝えつつも彼の自己肯定感を高めること 』
前半はそれなりに進んでいる気がするけれど、後半部分はまだ手も付けられていない。『彼の自己肯定感を高める』? この状況では無理。彼とは確かに親しくなれた気がするけれど、まだまだ友情を育んでいる段階で、そこまで踏み込むことはできない。
『僕がソフィアさんのパートナーなんて勤まるのかな?』
おそらく彼はそんなことはこれまで一度も考えたことも無いと思う。現時点で私は彼にとって対象外だ。まだ友人枠にすら入り込めていない現状で『自己肯定感を高める』はおこがましすぎるだろう。
私が声をかければ彼はたちまち私に魅了されるに違いない。そんな甘すぎることを私もお母様も心のどこかで考えていたのではないだろうか? 駄目だ。このままではまるで駄目だ。
だがどうすれば良いのだろう。来月、北海道に行く話はしたけれどもう少し予定を早めるべきだろうか? でもそれはそれでいろいろとスケジュール調整をしないといけない。
そんなことを考えながらいろいろと考えていると私のスマホにメッセージが届いた。母だろうか?
スマホを付けるとメッセージは彼からだった。ちょうど彼の事を考えていた私はびっくりして、メッセージの内容を見た。
「来週、仕事で東京に行きます。時間が合えばお会いしましょう」
仕事で東京に? それは嬉しいけれど会える時間があるのだろうか?
みなさまいつも拙作ご愛読いただき大変ありがとうございます。
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個人的にはお気に入りですがポイントは伸びないのは何故?
以上です。本作ともどもよろしくお願いいたします。




