35.外厩(3)
スタッフのひとりが場長の予定を確認してくれている間、悠馬は高梨調教師とふたりきりになった。
「ありがとうございます。おかげで良い感じで京成杯に臨めそうです」
「いえいえ。私も外厩を使ったのは初めてです。いろいろ戸惑うこともありましたが、本当にいろいろ勉強になりました。また来週にはこちらに戻って最後の仕上げをしたいと思います」
悠馬は高梨先生のレンタカーで一緒に土浦に、そしてそのまま夜の羽田からのフライトで千歳まで一緒に帰る予定だ。正月の数日は外厩のスタッフにグランフェリスを任せ、その後また高梨先生はこちらに戻ることになっている。
「よろしくお願いします」
いろいろと行ったり来たりさせて申し訳ない。高梨先生の旅費も調教費用も悠馬の負担だけど、高梨先生をこき使っているのは悠馬なのだから当たり前だ。
「それにしても場長への相談とはなんでしょう?」
「それはですね。高梨先生にも同席して頂こうと思っているんですが、京成杯の後の話です」
元々悠馬はこの話をするつもりでこの「雪稲」にきた。グランフェリスの成長ぶりを見ると来て良かったと思う。お土産はもちろん、先ほど現場スタッフと話せたのも良かった。場長の予定が合わなければ他のブッキングを担当しているスタッフに相談しなければならない。
「負けた場合はもちろんなんですが、勝った場合について早めに手を打たないといけません」
一番の問題は京成杯を本当に勝てるかどうかだけど、その次の問題は勝った後、あるいは負けた後どうするかだ。
グランフェリスにとって外厩の環境がとても合っていた。これはとても喜ばしいことだ。でも京成杯を勝った場合でも負けた場合でも、次にどこを走らせるかが問題になる。どちらも難しい。
負けた場合は一旦北海道、雪島ファームに戻すことになると思う。その後門別で走らせるか、他の地域に遠征するか、あるいは中央に遠征するかを決める必要があるが、それはまた様子を見ながら決めるしかない。
そしてケガもなく「万全な体調」で勝った場合。実はこちらも問題だ。
実は地方所属の牝馬が中央の3歳芝の重賞で優勝した場合、その時点でオークスへの出走権利が与えられる。正確に言えばグランフェリスは牝馬なので、桜花賞、皐月賞、NHKマイルC、オークス、ダービー、及びこれらのステップレースに出走することができる。
仮にステップレースで惨敗しても本番に出走できる。「3歳芝の重賞で優勝」と言う意味では東スポ2歳ではなく、この京成杯の方が重要とも言える。
そしてその間、1月中旬の京成杯から5月下旬のオークスまでどのレースに出るかという問題がある。理想を言えば一度放牧に出した後、中央の長距離のレースで叩いておきたい。3歳牝馬としては比較的距離の長いフローラステークス(東京:芝2000m:牝馬限定GⅡ)が第一候補になるだろう。オークスのステップレースのひとつだ。
で、やはり問題になるのは門別からの輸送だ。外厩が使えないことを考えると門別に戻すという選択肢もあるけれど、出れるレースがない。門別にダートしかないのは当然だけど長距離の重賞もない。地方競馬で唯一芝コースがある盛岡にもレースがない。
やはり中央で走るしかない。直前に北海道から輸送するのは論外だし、少し前に輸送しても使えるのは短期放牧用の牧場なので、基本的にできるのはリカバリー。調教は難しい。やはり調教するための場所が必要だ。
今回、雪島ファームの和田さんの伝手でこの「雪稲」が使えるようになった最大の原因はシーズンオフだからだ。結果は走ってみるまでわからないけれど、少なくとも現時点ではいい調子で来ている。勝負に持ち込めるはずだという手ごたえを悠馬だけでなく、高梨先生も持っている。
だが春競馬が始まれば他の名馬たちでこの「雪稲」は埋まってしまうだろう。グランフェリスよりも血統が良く、実績もあり、そしてなにより有力な馬主に保有されている馬たちだ。
今後もグランフェリスを勝たせるためには、引き続きお金を使って外厩を使えるようにしなければならない。今回はまずスタッフに会い、今後できるだけ早くここの責任者である場長に話をしたい。
悠馬には切り札がある。東スポ2歳Sで雪島グループのトップである雪島研史郎氏と縁を持つことができたことだ。名刺だって交換した。でもそれは最終手段。まずはまっとうにここのスタッフ、できれば場長から許可を得たい。
グランフェリスにこの「雪稲」を今後も使わせて頂けないか。それが悠馬が懇願したいことだ。
なお勝ったけれど体調を崩した場合は、負けた場合と同じく雪島ファームに戻って休養だ。
高梨先生にその話をするととても真剣な表情で聞いてくれた。
「確かにおっしゃるとおりです。私も同じ懸念を持ってました。でも……やはりまずは京成杯を勝たせることだけに専念しなければならないと思っていました。私が、紗季が、中央の重賞で勝つチャンスはこれが最初で最後ではないかと思っています」
「おふたりともまだお若いじゃないですか」
騎手としても紗季さんは若手。高梨調教師なんてほぼ最年少のはず。ホッカイドウ競馬だけじゃなくて国内のすべての調教師で一番若い人が30代前半だからほぼ同世代と言える。
そんな話をしている時にスタッフがやってきた。
「ちょうど今が良いとのことです。これからご案内しますね」
急なので少し驚いたけれど、とてもラッキーだと思わなければいけない。悠馬は腹を括ることにした。
今週も細々と更新できました。




