33.外厩(1)
『粘れ、粘れぇ~ああっ』
『あー』
ゴールとともにスタジオ内の熱気が失せて少しの沈黙が流れた。
『いやー。最後に馬群に捉まっちゃいましたねえ』
『これごちゃごちゃしてますけど何位でした?』
『最後みんな突っ込んできましたからね。おっ掲示板に14番が出ましたっ! 5着です』
『これは大健闘だよ』
『見せ場も十分にありましたからね。すごい。素晴らすぃ』
『ええ、チャットの書き込みもスゴい量ですね。コンディションさえ良ければ重賞は夢ではないのでは?』
『浮かれすぎるのも良くないですけれど、次戦が楽しみになりますね』
『出走前に高梨調教師からお聞きしている話によると、もしここでいい勝負ができれば北海道に戻らずに、次は年明けの京成杯にチャレンジしたいとのことでした。もちろん体調をみながら、という大前提はありますが』
『いいねえ。こうやってホッカイドウ競馬の馬が中央で良い走りを見せてくれるのは嬉しいねえ』
『チャット欄も祝福で溢れてますね。今日のライブ配信はそろそろお別れですけれど後程、高梨調教師や沢井騎手のレース後のインタビューも上げますのでそちらも是非見てくださいね』
『紗季ちゃんもよくあそこから粘ったよね』
『それではライブの視聴者の皆様もありがとうございます。引き続きグランフェリスの走りから目が離せませんよ』
『ありがとうございました! それでは皆様またお会いしましょう』
悠馬のスマホでは、1か月も前の動画が今もおススメに出て来る。それぐらい何度も見たということだ。あー。もしあそこで勝ててたらなあ。いや、他の馬はともかくブリンガーへの勝ち目はどこにも無かった。やっぱり5位入賞は出来過ぎ。あれで御の字。
そんなことを考えながらアーカイブ動画をまた見てしまうのは良くない。
グランフェリスは東スポ2歳Sの後、レース前もお世話になった茨城の牧場、雪島ファームの系列、に戻った。そこでレースでの故障が無かったことを確認できたので、そのまま3週間休養して、北海道からの輸送とレースの疲れを取った。
最初の輸送でこそストレスがあったみたいだけれど、牧場ではすっかりリラックスした様子で、レース時から体重も15kg程増えたらしい。食べすぎと思われるかもしれないけれど、成長分を考えればこれぐらいでちょうど良いはず。
短い放牧が終わると近くの外厩「雪島スタッド稲敷」に移動して体を絞ることになる。これも事前に和田さんの同僚と話をして仮契約していたもの。雪島さんとお近づきになる前に決まっていたことだ。
昨今では、中央競馬のレースでも「外厩帰り」との情報があれば人気になるほどだ。中央競馬のトレセン、美浦や栗東に比べても環境が充実しているし、スタッフのレベルも高いとの評判だ。そして一番の違いは一頭一頭が使える時間とスペースだ。
例えば競走馬の筋力と心肺能力を鍛えるために坂路は必須だとされている。関東馬より関西馬が強いのは坂路の差だと呼ばれていた時代もある。東の美浦には18mの高低差の坂路しか無かったが、西の栗東には高低差32mの坂路がある。
その後2012年には門別に高低差21mの屋内坂路ができたし、美浦にも近年高低差33mの坂路が完成、栗東も38mに改修されている。このトレセンの坂路の高低差は32mだから、美穂とほぼ同じ。単純に設備だけを見るとJRAのトレセンも外厩もそんなに変わらないのでは、と思うかもしれいない。
だがトレセンの坂路は一日数千頭もの馬が使う。それがこの「雪島スタッド稲敷」だと、250頭ほどの馬房があるが、リハビリを含む休養馬もおり、トレーニングしているのは春秋のピーク時でも200頭程度。この時期だと100頭程度しかいない。
そして時間。美浦や栗東、そして門別でもトレセンが開いているのは早朝からの数時間だけ。一頭あたりで考えると、大レースを控えた馬でも2時間使えるかどうかだろう。その時間、馬がやる気を見せなかったらその日の調教ができないことだってある。でも外厩なら、極端な話24時間いつでもトレーニング施設を使える。あくまで他の馬の邪魔にならない範囲でだけど、スローペースで何度も坂路を繰り返し登ることだってできる。
だから大きなレースの時にトップオーナーなどの上客がここぞとばかりに使う。今回グランフェリスが使えるのは前述のようにこの時期だから。12月から1月は競馬の閑散期。秋競馬で紙面を賑わせた馬はこの時期、放牧などで休養を取り春競馬に備えている。外厩に来るのも休養やリハビリのためだったりする。当然だけどオフシーズンでも金銭的な負担は必要だ。この一ヶ月半近く、門別トレセンの預託料のおよそ倍ぐらいのお値段が必要になる。
あとこの時期門別が閉鎖されているのもプラスだ。高梨調教師がほぼつきっきりでグランフェリスに注力してくれる。
外廐はスタッフも粒ぞろいだというけれど、調教方針を決めるのは調教師。スタッフはその指示で動く。高梨先生が現場に張り付くことのありがたさは言葉で言い表せない。一方、紗季さんは他の地方に出稼ぎにでかけているけれど、合間合間でグランフェリスの調教に付き合ってくれている。これもとてもありがたいことだ。
高梨兄妹に支払うお金も当たり前だけど悠馬持ちだ。お金が飛ぶように出ていくけど、これもグランフェリスが東スポ2歳Sというレベルの高いレースで、悪条件を跳ね返して入賞するという、大戦果を挙げてくれたからだ。
ちゃんと「準備」ができればグランフェリスは中央の重賞でも勝負ができると教えてくれた。だから悠馬はその「準備」をしている。この外厩をフル活用すれば京成杯をモノにできる。悠馬はそう信じている。
現実逃避して小説を書いています。次はやっぱり6月になってからの更新になります。




