30.東スポ2歳(3)
「撮影ですか?」
「佐藤さんにもインタビューしたいらしいですよ」
カツカレーを食べながら高梨調教師が話す。今日、ホッカイドウ競馬の公式チャンネルでグランフェリスの応援番組を中継する。それは事前に聞いていた。とてもありがたいことだけど、悠馬自身が出たいかと聞かれるとそうでもない。
「できれば遠慮したいですね」
家族とか友人とか会社の人に見られたら恥ずかしい、そう思って即答したのだけれど、その直後に思い直した。
チャンネル登録数が3.5万人を超えている。地方競馬の中で圧倒的な資金力を誇る東京シティ競馬の登録数が16万人だから、比較すると健闘していると思う。だが悠馬の知り合いが目にするかというと、多分ないだろう。それならばグランフェリスのファンを少しでも増やす努力をするべきでは? でも前言撤回する前に高梨先生があっさりとうなずいた。
「わかりました。じゃあ広報に佐藤さんは出ないと伝えておきますね」
まあいいか。次がもしあれば前向きに検討することにして話題を変えよう。
「グランフェリスの調子は聞きましたけど、紗季さんの様子はどうでしょう?」
兄の表情の変化から、あまり良くないイメージを受けた。
「ナーバスになっている気がします。前に惨敗した時のイメージが抜けていない気がします。レースまでの待ち時間が長いのも良くないですね。1レースでも依頼があればまた違ったと思いますし、せめて気心の知れた騎手がいれば良かったのですが……」
騎手は一日に何度も騎乗するのが当たり前。紗季さんは地方所属だけど、今日に限っては依頼があれば中央の馬に跨がることができる。だから話題性を狙った騎乗依頼があるかも。悠馬はそう思っていたけれど、今は中央に所属する女性騎手も片手では数えられない程度には増えている。
紗季さんは芝での実績は無いに等しいけれど、ダートならH1(サンライズカップ)を制しているので今年の「NARグランプリ優秀女性騎手賞」候補の筆頭。騎乗依頼があってもおかしく無いはずだ。
でも依頼は無かった。売り込む時間と人脈がなかったのだと思う。昨夕から調整ルームに閉じ込められ、今もろくに知り合いもいない騎手控室にいるのだろう。この長い時間、紗季さんがどのように時間を過ごしているかはわからないけれど不安しかない。
「あの……高梨先生は早く戻って頂いた方が、グランフェリスにも紗季さんにもいい気がしてきました」
悠馬の言葉に調教師もうなずく。
「お昼を食べ終わったら、また馬房と控室に行きます。なにか紗季に言伝がありますか? できれば軽い感じでお願いします」
「それって難しくないですか?」
地方と中央のレベルの違い、北海道からの物理的な距離と時間、初めての遠征で初めて芝のコースを走る馬、 おまけにメチャ強い大本命がいる。
この東スポ2歳ステークスは3つしかない2歳GⅡのひとつ。GⅠも3つだから同じだ。その2歳GⅠのひとつ、ホープフルステークスのステップレースにも位置づけられている。いわば競馬界のエリートが挑む登竜門だ。
この表現は全然大げさじゃない。疑うなら近年、特に2017年以降の勝ち馬のリストを見て欲しい。 このレースに勝ち、ホープフルSも勝って、3歳クラッシックの主役になる。それら偉大な先達に次ぐという本命馬が今年のレースに出走する。
その名は「ウインドブリンガー」。ブレイカーではなくてブリンガー。直訳すれば風の運び手?
実績のある良血の名牝に現代の最強種馬とのできた最高傑作で、何億だかで競り落とされた。新馬戦と札幌2歳ステークス(8つある2歳GⅢのひとつ)を圧勝し、既にその落札額に見劣りしないポテンシャルを見せつけている。
調子を落としていなければ彼がこのレースの本命だろう。競馬場のあちこちで販売している新聞の中には、怪我さえなければ来年は新たな三冠馬が誕生するハズだという、気の早すぎる記事まである。
もちろん現時点ではまだ無名だが、彼を押しのけて我こそが主役だと躍り出る馬もいるはずだ。グランフェリスもその一頭なのだけど……不安要素が多すぎる。これまでにやっておけば良かったのにリストはこの出走前の時点で既に長い。
このレースに勝ちたい気持ちは変わらないけれど、どのような結果が出ても次に繋げられるようにしたい。
とは言え今できることは……妹さんのメンタルケアはお兄さんに丸投げし、悠馬は1日中央馬主の特権としてパドックを見て、これはという馬がいれば馬券を買うことにした。
ホッカイドウ競馬の公式チャンネルを確認するとライブの開始までしばらく時間があった。どうやらJRAからレースの中継の許可が出たのはメインレースだけらしい。ライブ開始からレースが開始されるまでの時間はグランフェリスの紹介とかをするのかな?
あっ、さっき単勝馬券を買った馬が出遅れた。悠馬は10万円をスッてしまったが、その前のレースで単勝、本命馬だったけど、を当てているのでまだプラス。やはりパドックを間近に見られるのは手に入れられる情報量が多いな。こうして悠馬が1日だけの中央競馬馬主体験を享受している間に時計の針が進み、第9レースが終わった。
本日のメインである第11レース、東京スポーツ杯2歳ステークスの出走まで1時間を切った。それを意識した途端、急に悠馬の心臓がドキドキと高鳴り始めた。
しばらく不定期更新です……




