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Stay Here  作者: 多手ててと
遠征

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31/31

31.東スポ2歳(4)

『グランフェリスですが、遠征が初めてということで、やはり高梨先生も苦労されたようですね』


『ホントに遠いからね』


『馬だって船じゃなくて飛行機使いたいですよね』


『ですからグランフェリスも食欲が落ちてしまったとのことです』


動画サイトでは既にホッカイドウ競馬公式の応援番組が始まっていた。同時接続数が思ったより多い。というか普段のレースより多い。これは単純に土曜の夕方だからだろう。普段のレースは平日の昼過ぎから夜だから見れる人は限られている。


当たり前だけど普段、司会もゲストも基本は中立な立場にある。そして可能な範囲で、自分が推している馬をピックアップする。でも今日はグランフェリスのことだけが話題に上がる。視聴者のコメントもグランフェリス応援一色。


めっっっちゃ応援してます。がんばれー

紗季ちゃんお願い

グランフェリスが勝ったら俺、ハローワークに行くことにする

夢を見せとくれ。


これらの熱い応援を見ると、やはりやはりインタビューぐらい受けても良かったかもしれない。


『一方、妹の沢井騎手からは力強いコメントを頂いています』


ホッカイドウ競馬の公式チャンネルなので、調教師と騎手が兄妹なのは周知の事実として扱われている。いや、悠馬が見始めるまでに説明があったのかも。その司会のひとことの後に紗季さんのVTRが始まった。


ーー手応えはいかがですか?


『相手は強いですが、クランフェリスらしいレースができれば結果もついてくると思います』


ーーやはり門別でのレースとは違いますか


『当たり前ですがホームではなくて、アウェイな感じはしますね。遠征にはいい思い出がないのですが、それを払拭できるような騎乗をできればと思います』


ーーお忙しいところありがとうございました。期待しています。


『ありがとうございました』


そう言って去っていく紗季さんの後ろ姿が流れた。このインタビュー、本当に力強かったか? むしろいつもの紗季さんよりも緊張気味で、表情も固かったのは悠馬の気のせい? ただこれは調整ルームに入る前、昨日に撮ったと思われるので、臨戦態勢の今はもっと気合が入っているはずだ。


それにしてもこうやって全面的に応援してくれる人々がいるのはありがたいことだ。悠馬はそのまましばらく応援動画を見続けた。グランフェリス頑張れ一色の雰囲気に触れたので、悠馬の気分も高揚してきた。


『もうそろそろパドックですね、そこからは中継できますのでしばらくお待ちください」


それを聞いて悠馬はスマホを消し1階へと向かう。馬主席からも見下ろせるけれど、せっかくだから7階からではなくてもっと近くで見たい。まだ開始前から上から見てもものすごい人が囲んでいるけれど、出走馬主特権があるので良いところで見ることができる。


さすがJRAのGⅡ、どの競走馬の馬体も2歳馬とは思えない仕上がり具合だ。その中でもゼッケン2番のウィンドブリンガーは前評判どおりモノが違うと感じた。これは絶対に強い奴だ。調子も良さそうだから、立場が中立なら迷わず馬券を買っていたと思う。オッズは低くなりそうだけど。


そんなことを思いながら目の前を通り過ぎる一頭一頭の馬を凝視しているとすぐにグランフェリスが出て来た。栗毛の馬体は他の馬よりも一回り小柄な気がする。一時は13kg減った体調の悪さはそこまで感じない。ベストコンディションには程遠いはずだが良く持ち直してくれた。今もグランフェリスを引いている厩務員さんに感謝。


そして付けているゼッケンは深い臙脂えんじの地に白色で大きく12と書かれ、数字の下に「グランフェリス」の文字がある。それを見るだけでも悠馬は誇らしい気分になった。


臙脂色はJRAのGⅡのレースだということを示している。中央競馬の馬主でも、自分の持ち馬がこのゼッケンを纏っているのを見ることはまず無いと言ってよい。この東スポ2歳の出走馬の馬主蘭を見ても、12番の馬以外はクラブなどの法人か、そうでなければトップオーナーと呼ばれる一握りの有力個人馬主だ。


なおゼッケンはGⅢなら深い緑でGⅠなら紫紺の地に字はいずれも白。ただしクラッシックレースだけ文字が黄色になる。この紫紺に黄色の配色はホッカイドウ競馬のH1、例えばサンライズカップと同じ。


そしてクラッシック競走の中でもダービーだけはさらに特別扱いで、白地に黒い文字が使われる。


がんばれ。


悠馬は拳を握りしめながら、無言でパドック内のグランフェリスにエールを送った。そんな悠馬に突然横から声がかかった。


「すいません。佐藤様ですか?」


門別なら驚きはないがここは東京、府中競馬場。悠馬は自分が声をかけられるとは思っていなかったのでとても驚いて横を向いた。そこには初老の身なりの整った紳士がいた。悠馬と同じように赤いコサージュを胸に付けているから、やはり東スポ2歳に出走する馬主だと言うことがわかる。悠馬と違って馬主記章も身に着けている。


「はいっ、」


佐藤ですが、どなたですか?


それを聞く前に悠馬はその人物に気が付いた。知り合いではなくて、有名人だから悠馬が一方的に知っている相手だ。得意先の工場を訪問した際、予期せず先方の社長に出会った時の記憶がよみがえる。悠馬はすぐに姿勢を正し相手に向き直った。


「申し訳ありません。初めてお目にかかります。佐藤悠馬です。お声がけ頂きありがとうございます。雪島ファームの皆様にはいつも大変お世話になっております」


そう言って深いお辞儀をした。表面上は礼儀正しく振舞いながら、なぜこの人が自分に声をかけてきたのかがわからない。そして彼の周囲に人がいない。少し離れたところにいるのかもしれないけれど、もしかしたら単独行動?


「いや、そんなに構えないでくださいよ。佐藤様は私どものお客様なのですから」


確かに雪島ファームからは何頭か馬を買ったことがある。他ならぬグランフェリスもその一頭。でもこれまで応対してもらったのは和田さんなど現場の担当者だけ。


「そうはおっしゃいましても」


年齢もそうだけど立場が全然違う。悠馬の前にいるのは国内有数の大牧場、雪島ファームの社長として名高い雪島研史郎ゆきしまけんしろうその人だ。


「いや、その赤いコサージュと年恰好としかっこうから、もしかしたら佐藤様かな、と思ったのです。勘違いでなくて良かった」


既に日本の競馬史に大きな足跡を残している大人物が、朗らかな笑顔を悠馬に見せた。

申し訳ありません。まだしばらく不定期更新です。

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