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Stay Here  作者: 多手ててと
遠征

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29/31

29.東スポ2歳(2)

「府中本町駅に着きました」


そうメッセージを送ってから、悠馬は臨時改札口を抜ける。そこから競馬場までは、広くて長い屋根付きの歩道橋がある。天気が良い日は富士山が見えるので、フジビュウォークを名付けられており、往年の名馬の写真などが飾られている。


そしてこれは駅からだけど、明日のメインレース、マイルチャンピオンシップの垂れ幕が華やかに飾られている。朝イチの飛行機で羽田に着いたからまだ昼前。それなのにこの専用通路には多くの人がいた。歩くのに苦労するほどの混雑ではないけれど、門別とは比べ物にはならない。まだ競馬場の入口にすら辿り着いていないのに、中央と地方の差を感じてしまう。


子供連れの家族は途中で帰るかもしれないけれど、今この通路にいるほとんどの人がグランフェリスのレースを見てくれるはず。それが誇らしい。そして人波に流されるまま東京競馬場の西門に辿り着いた。普通の観客はここで事前に購入したデジタルの入場券が必要。


でも悠馬は地方馬だけど出走馬の馬主なので馬主専用の入口から入る。なんだかドキドキする。高梨調教師がちゃんと手配してくれたから大丈夫なはず、そう思いながら入口に向かうと、警備員に制止された。


「今日はどのようなご用件でしょうか?」


言葉づかいは柔らかいけれど視線は厳しい。ここが馬主席に辿り着くまでの第一関門。


その悠馬を横目に、ひとりの身なりの良い老紳士が通り過ぎた。顔パスで通り抜ける彼がうさんくさそうにこちらを一瞥した。この違いはJRAの馬主バッジをつけているかいないかも大きい。流石にすべての馬主を覚えているはずがないからね。


悠馬はホッカイドウ競馬の馬主証を取り出す。


「本日、私の持ち馬が出走するので応援にきました」


それを告げると警備員の視線が柔らかくなる。馬主でもないのに突破しようという不埒者ではない事がわかったのだろう。


「失礼しました、それではあちらの受付で確認させて頂きます」


受付で馬主証を見せながら悠馬は告げる。


「ホッカイドウ競馬の佐藤悠馬です。本日の第11レースに出走する、グランフェリスの馬主です」


レース名の「東スポ2歳S」とは言わないのが、悠馬なりの慎み。


「佐藤悠馬様。大変お待たせ致しました。こちらが『馬主通行証』になります。本日のご健闘をお祈り申し上げます」


悠馬が走るわけではない。でも、その一言でものすごく気分が舞い上がってしまう。


通行証を受け取った悠馬の前を、またひとり年配の馬主が西門を通り過ぎた。顔パスではなく馬主証を見せていた。やはり悠馬を一瞥して去っていく。やはりぱっと見てわかるぐらいに身なりが良い。オーダーメイドだったりするんだろうか?


悠馬の職場でも使っている量販店のスーツと秋物のコートは場違いだったかもしれない。冠婚葬祭用の礼服を着た方が良かったかも。


そして西門からスタンドに入る。フジビュウォークの時点でわかっていたことだけれど、やはりお客さんが多い。そしてファミリーやカップルが多い。そして昔ながらの赤鉛筆を耳の上に挟んだ競馬親父もいる。こうした様々な客層のファンがいるのはやはり嬉しい。この人たちの前でグランフェリスは初めての芝で結果を出せるだろうか? 


悠馬はあらかじめ調べたように3階の馬主受付で手続きをする。


「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」


ここでも馬主バッジのない悠馬は訝し気に見られてしまう。


ホッカイドウ競馬の馬主証と、西門でもらった馬主通行証を見せるとここでもやはり相手の態度が変わる。そしてにこやかな笑顔で臙脂えんじ色の造花、コサージュと封筒を渡された。


コサージュのリボンには、「東京スポーツ杯2歳ステークス」と印字されている。今日のメインレースに出走する馬の馬主だけしか付けられない特別なコサージュ。未勝利戦や条件戦に出る馬主のそれとは色も違うので目立つ。悠馬はそれをスーツの左胸に付けた。この瞬間、悠馬は馬主席に潜り込んだ若造ではなく、本日のメインレースに出走する馬のオーナーなのだと周囲にも認知されることになる。


封筒の中身は指定席の場所などの書類が入っているはずだけど、ここでは確認しない。悠馬は案内されるままに、7階の馬主席へと向かうエレベーターに乗った。


馬主席のフロアはとにかく豪華だ。床だって豪華な絨毯が敷き詰められている。明らかに裕福な年配の男性がゆっくりとフロアを歩いたり、知り合い同士で談笑していたりする。スタッフからもとても丁重に頭を下げられる。


50代か60代あたりの男性が多い。そうでない人はその連れ。家族かもしれないし、友人かもしれない。


実際30歳前後で馬主席に来れる人間なんて限られている。若くして頭角を現した経営者か、産まれた時からの資産家の家族か、あるいは抽選に当選した一口馬主ぐらいだろう。もちろん実力者や資産家はそれなりにきっちりした服を着ている。だから悠馬が一番近いのは一口馬主の人たち。


自分がものすごく場違いな所にいるという認識がまた湧き上がって来た。駅に着いてからここまで、何度も舞い上がったり、逆に地面に潜りたくなったりする。


「佐藤さん」


立ち尽くしている悠馬に聞き慣れた声がした。


「ここに来るとやはり圧倒されますよね」


そこには普段よりもよいスーツを着た高梨調教師がいた。知り合いに会って、悠馬はようやく落ち着きを取り戻した。


「私も先ほど連絡を頂くまではジャージだったので、急いで着替えました」


そう言って笑う。


「ありがとうございます。食欲が戻ったとは聞いていますが、体重はどうですか?」


当たり前だけれど、悠馬は別に高梨先生の体重を知りたいわけではない。グランフェリスの体重のことだ。


「なんとか前走サンライズカップから-2kgまで回復しました。流石にこれ以上食べさせるのも良くないですし……万全とはとても言えないですが、出走には問題ないと思います」


高梨先生は、朝から競馬場内にある出走馬独居馬房で、グランフェリスの様子を確認してくれていた。体温、足元、そして食欲。それを何度も確認し、レースに出るための最後の世話をしてくれていた。


火曜の夕方、茨城の牧場に着いた時は、移動前から13kgも体重を落としていた。そしてこの数日で8kgも回復したことになる。-5kgならレースに出ることができるはずだ。差分の3kgはグランフェリスの成長分。


「良かった。ありがとうございます」


ベストとは言えないけれど、なんとか土俵に乗ることはできるようだ。でも流石に勝つのは難しいだろう。強すぎる相手もいるし。


「じゃあ私たちも食事にしましょうか」


悠馬は高梨兄と一緒に、馬主席のレストランへと向かった。

まとまった時間が取れない間は、不定期に少しずつ更新しようと思います。定期的に更新できるようになるのはやはり5月も後半になってからだと思います。

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