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第七話:沖縄戦線Ⅵ




◆ ◆ ◆


 その報告を最後に、ブリッジは息が詰まるような沈黙に支配されていた――。





 限りある対空迎撃ミサイル数百発。ホログラム上で次々に消失ロストしていくそれらの光点は、連合軍へと戦慄を刻みつけるに余りある結末を物語っていた。


「ツァリコフ提督、敵艦隊前進中。予測より二十秒早く対空圏内へ逃げ込まれます! ――目標、直進! 第三波、振り切られます!!」


 一個小隊への反撃としては過剰な物量を単騎へ差し向けたにも関わらず、軽々と避けられ、防がれた。――挙げ句の果てには、その一人に近づくことすら許されず、そのすべてが虚空に撃ち落とされたのだ。



「……全艦撤退。日本国経済水域外まで後退する」


 背もたれに身を預け、目を閉じたツァリコフから絞り出されたその指令に従い、中露艦隊の残存する全二十四隻は、静かに、そして這うような昏い足取りでその海域から退いていった。




 この惨事の原因は、シミュレーションを過信し、圧倒的な物量に慢心し慣例的に実行した先遣隊の出撃命令。そして、その部隊壊滅に伴い無意識のうちに選んでしまった消極的な判断、その二点にあった。


 先手を打ち破られたことは仕方がない。各国が羨む日本の魔法師の能力の見立てが甘かっただけだ。だが、数的有利を覆す相手だという情報を得た以上、少なくとも反撃の局面では、犠牲をいとわず飽和的な攻勢をかけるべきだったのだ。


 敵航空部隊の圧倒的な「個」の能力を前に臆することなく、こちらの戦力を「数」として投じ、制空権を無理やり奪い取る。その上で、イージス艦へ総攻撃を仕掛けていれば、今頃「勝利」を手にしていた()()だ。


 だが、先遣隊との交戦時に二倍の戦力差をたやすく覆されてしまったことで、万が一「それ以上の戦力差ですらも破られてしまえば……」という恐怖に呑まれ――結果として、味方のむくろを踏み台に敵をたおせという非情な号令を、最後まで下すことができなかった。




「(このままであれば明日は、総力戦にならざるを得ない。――ならば、これ以上の犠牲を食い止められる、あの方々の派遣をなんとしてでも願うべきだ)」


 たとえ軍人であっても、弱者側が強大な敵に立ち向かうためには、一丸となって互いを鼓舞し「心を麻痺」させなければならない。自分たちは大規模な軍勢であるという精神的な後ろ支えがなければ、人もまた動物である以上、怯え、竦み、正常な思考を保つことはできないのだ。


 しかし、作られた魔力因子では決して叶わない「血統因子セカンド」の系譜。彼らにこの場を任せれば、海上での戦闘は完結する。それが叶えば、兵士ヒトの消耗を、最小限に抑えることができる。


「(この肩書を賭すことになろうとも、兵士たちの尊厳は守られるべきだ)」


 彼らの命を、ただの数字として棄てさせるわけにはいかない。たとえ計画の一環だとしても、命を軽んじるその一線を、総指揮官である自分が見過ごすわけにはいかない。


 命令に従うことが軍人としての正しさであろう。だが、格上の敵を前に「命を散らさずに済む選択肢」があるならば、それを嘆願するのが責任者として――いや、いち人間としての、正しい在り方であるはずだ。



◇ ◇ ◇



 追撃もなく海域を脱出した連合軍は、最低限の警戒態勢のみを継続していた。温かい食事を摂り、闘志を蓄え、眠る。戦場において唯一、戦火に侵されることのない夜の世界に、ツァリコフは兵士たちを解放したのだ。



 

 時刻は深夜。


 ツァリコフは艦長席のARディスプレイをブラインドモードに切り替えると、非常時秘匿回線を開いた。通信先は中露連合軍総司令官、ロシア帝国軍元帥――「マクシム・レオンチェヴィチ・スヴァーギン」。自らの上官であり、他ならぬ血統因子セカンドの血を引く人物であった。



「マクシム元帥、お時間をいただき感謝いたします。……早速ですが、先ほど報告いたしました火急の事態について、無作法を承知の上で要請したいことがございます」


 ツァリコフは、上位種《上位者》への態度としては明らかに礼節を欠いた、剥き出しの意志を叩きつけるような口調で言い放った。


『――言ってみろ』


 そのしわがれた声には、怒りや不快感といった暗い色はない。ただ冷静に先を促す、許可の声。


「海上戦闘の段階で、血統因子セカンドの方々の早期派遣を要請いたします」


『それほどか? 』


「はい。我らロシア帝国と日本国の航空部隊との間には、飛行装備、火力兵装、あらゆる面で大きな開きがあります。加えて、我が国ではいまだ構想段階にある自律戦闘補助ユニットまでをも空戦上で運用されては、正直に申し上げますが、とても太刀打ちできないものと判断します」


『……残り四千と五百の航空兵士すべてを投じたとしても、絶対に届かないと断言できる根拠があるのならば、その要請が通る可能性はある。貴官の所見はどうだ? 』


「駆逐ミサイル艦六隻を喪失し、先遣隊の千名がわずか五百名の敵によって半壊に追い込まれた。この事実を以てしても、なお不十分であると仰るのですか」


『至極真っ当な考えであり、私自身としても軍籍に身を置くセカンドを投入するのは合理的な選択だと考える。だが、沖縄基地の陥落までは一般兵力で成し遂げる。それが、中大陸連邦ならびにロシア帝国の両政府が下した絶対的な命令だ』


 政府側からすれば、部隊運用に支障をきたさぬ程度の被害では、決定を覆す理由にはならない。マクシムは暗に、そう告げていた。




 戦闘に血統因子の系譜(セカンド)を投入できないことには当然、理由がある。


 彼らは、国際社会の共通認識として「抑止力」――旧時代でいうところの「核兵器」と同等の存在と認知されており、それを動かすには相応の覚悟が必要になる。


 しかし昨年、中露連合は四国侵攻の際、双方の国が血統因子を宿した「個」を複数人投入することで、瞬く間に基地を落とし占拠を果たした。


 結果として、日本が誇る上補十二家・筆頭「白川家」の前に立ち向かうことすら許されず、全兵士がなす術もなく殲滅された。もちろん、露のセカンド、中大陸の「劉一族」も、一人として生還することはなかったのである。


 つまり、セカンドを投入した瞬間に、日本国は真の意味での自衛権を行使してくる。そうなれば、もはや勝利どころではない。この侵攻作戦そのものが、破綻を余儀なくされるのだ。


「彼らが死なずに済む可能性は与えられないと、そういうことですか」


『その通りだ。貴官も知ってのとおり、我々ロシア帝国ならびに中大陸連邦は、歴史ある列強国だ。その二カ国が連合を組んでなお、極東の島国ごときに敗北したままでは、軍国として引き下がれん』


 そのマクシムの声には、何に対してか、静かな怒気が色濃く滲んでいた。


「その自尊心の犠牲になるのは、国に忠誠を捧げた兵士です! 政府の感情を満たすために失って良いものではないッ」


『……そうだな。貴官の道徳観には敬意を表する。しかし残酷だが、現代の戦争において命の価値は、もはや等価ではない。これは既に――我々軍人の裁量を離れたことなのだ』


「……」


 ツァリコフは忌々しげに顔を歪め、何も映らぬ通信ウィンドウを射抜くように睨みつけた。


『貴官は、日本側の総力がどの程度だと見立てている』


 マクシムは口を開かせる暇を与えず、矢継ぎ早に問う。


「……先遣隊が一射すら許されず後退を余儀なくされたため、推測の域を出ませんが。敵全員が未知の装備を運用していることから、精鋭部隊とみて間違いありません。それにあの性能の兵装類を、わずか一年で量産・配備することは不可能。ゆえに、敵戦力は一個連隊規模。多く見積もっても、千五百が限界かと」

 

『であれば、明日の総力戦にすべてを投じ、主導権を握り早期に勝ち切れ。それが結果として最も多くの兵士を救う唯一の方法になるはずだ。――万一、日本側の総力に抗えず、攻略不能と判断した場合の進退は、現場の貴官に一任する』


「……了解いたしました。現場の判断において()()な戦力を投じ、日本国へ総攻撃を仕掛けます。その上でなお、戦況が芳しくなければ、偉大な方々の援護に備えるべく、即座に撤退いたします」


『あぁ、それで構わん。ツァリコフ、くれぐれも上手くやれ』


「承知いたしました。……それでは、失礼いたします」


 抑揚のない、事務的なツァリコフの声を最後に、通信は途切れた。




◇ ◇ ◇



 通信が途切れ、ARディスプレイの光が落ちる。


 再び夜の闇に塗り替えられたブリッジで、ツァリコフは艦長席に深く身を預け、重く、長い息を吐き出した。



 結局こうなると分かっていた。


 沖縄基地を落とした後、占拠における防衛の抑止力として二カ国から偉大な血を引く方々が派遣される。それがこの作戦の最終的な着地点だ。


 だがそれでも、仲間の命を救う可能性があるのなら掛け合うべきだった。


「(何のため、誰のための侵攻か――)」


 そもそもロシア帝国、中大陸連邦ともに日本からの侵略など一切受けてはいない。にもかかわらず昨年、我欲で攻め込んだ結果、無残に敗れた。双方が投入した数少ない「血統因子」の系譜さえも、一人残らず失われたのだ。


 それだというのに、国としての面子を盾にした政府は「王」の顔色をうかがい、彼らが動かせぬのならとばかりに、机上で作戦を組み上げ、代替の利く量産魔法兵だけを戦場へと投入している。


 戦争とは名ばかりの復讐劇に命を賭す――その兵士たちを消費物のように扱う権力者たちに、ツァリコフは底知れぬ怒りを抱いていた。





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