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第六話:沖縄戦線Ⅴ


◆ ◆ ◆



 長い銃身から伸びた白い光線は、敵主砲の()()へと一直線に向かう。


行く手に立ちはだかる三十層の障壁を何の抵抗もなく貫き、艦本体に張り巡らされた障壁を突破し、あとは本体に突き刺さるのみというところで、急遽構築された分厚い五層の結界。


辛うじて四層までを貫いたものの、そこで勢いを失った弾丸は、その最後の一枚に受け止められた。


 0.05秒が経過し、不変のほどけた弾丸は力なく甲板に転がった。だが、物理法則外にある球体『フレアバースト』の魔力外殻は、その場に留まりつづける。潮風を猛烈な勢いで吸入し、内部が眩く発光。――次の瞬間、大規模な爆炎が吹き荒れた。




 彼は、跳ね飛ばされるような銃の反動に身を委ねつつも、急速に遠ざかる巨大な船影から、決して目を逸らさなかった。


しかし、炎が晴れたその先にあったのは、依然として健在な結界。ゼロ距離でその膨大な衝撃を受けてなお、たった一枚の防壁は砕けなかった。


 甲板は赤く灼け、大穴が穿たれている。だが、標的であった超大口径レールキャノンは、煤煙に晒されることすらなく、桁違いの威容を変わらず誇示していた。




 レールガンの反動に跳ね飛ばされるも、移動ベクトル軸が定まった刹那、エアジェットによる推力噴射を最大出力。――姿勢制御システムが演算リソースのすべてを食い尽くし、過負荷を知らせる赤い警告アラートが視界を埋め尽くした。


 だが、漆黒のアーマースーツ『ウィング01(ゼロワン)』は、視界を揺さぶる荒々しいバイブレーションを伴いながらも、その姿勢を強引に滑空状態へと移行させた。


『ATDシールド最大出力で展開!各員、直ちに離脱せよ!』


 無線から響いた大矢の声をはっきりと受け取りながら、大きく旋回し反転。レーダーを塗りつぶしたような無数の赤点をチラリと見やると、彼もまた離脱すべく、敵艦隊へ背を向けた。




「(……やはり届かないか)」


 防御障壁の全層貫通を想定どおり遂行し、艦自体には少なくないダメージを与えた。ほぼ間違いなく、所定の目標であった「撤退」には追い込めただろう。


だが、撃墜されるリスクを取り、弾丸の有効射程距離にまで踏み込んだ、全身全霊を投じた一撃を以てしても、届かない。


「(火力、手数、魔法力。何もかもが、足りていない……。

強化処置を受けてなお、こんな体たらくでは、上補家の方々が背負う重荷を軽くすることなど――叶うはずもないではないか)」


『量産ベースの魔力因子』を有する魔法師は、どこまでいっても魔力量、出力が限られており、攻撃魔法にリソースを割く余裕はない。ゆえに、威力が固定化された「外部兵装」に頼らざるを得ない。


 今回の作戦にはその限界を超えるべく、肉体への負荷を考慮しない、高倍率の身体強化魔法を前提とした試作兵装が配備されている。


 それほどの無理を通せる能力を身に宿してなお、空間を切り取り、海を自在に操り、空に躍る、日本国魔法師の象徴――上補家の重責の一端を担うことすらできない。


 その現実は彼の資質的な限界を、どこまでも残酷に、そして正確に突き付けていた。



◇ ◇ ◇



「――前衛ミサイル駆逐艦、全艦轟沈!」


「敵イージス艦隊のシールド、損傷確認できません!」


极炮ジーパオ、上部障壁全消失! 魔法による爆発で第二区画を貫通、被害は下甲板に達しています! 主砲を護る非常用結界も魔力が底をつき、たった今消失しました!」


『ダンッ!』 


 一方的な被害の報告が次々に飛び交うブリッジ。

中露連合軍提督ツァリコフは、戦況をリアルタイムに更新するホログラムが投影されたテーブルへ、感情に任せて拳を叩きつけた。


「(あれが、ただの航空兵士だとッ! まるで出鱈目ではないか!)」


 飛行装備のレベル、外部兵装の火力。何もかも、次元が違う。

 現代の航空戦力は、あくまでも制空権を巡る対航空戦力として運用するのが標準だ。六隻もの艦艇をたった五十名の小隊で沈めることなど――どの国の、いかなる部隊であっても不可能なはずなのだ。


 そこへ、さらなる追い打ちを告げる震えた報告が上がった。


「ミサイルの進路を遮るように上昇した飛翔体六基が爆発。……第一波、全弾ロスト。進路を修正された第二、第三波が追尾を続行していますが、敵艦隊対空網への到達までに追いつけるか、断言ができません……」


 報告が途切れたブリッジは、重苦しい静寂で満たされた。

 

 ツァリコフはテーブルを叩きつけた拳を今一度、怒りに任せて乱雑に打ち付けた。

しかし、現状打つ手立てなどない。ゆえに、ホログラムの中に佇む悠然たる敵の姿を、ただ睨みつけることしかできなかった。


「提督。极炮ジーパオを撃った魔法師、単騎にて離脱中。ですが、突出していた影響で撤退が遅れています。捕捉確実です!」


「全機進路変更。すべてを単騎に向かわせろ。――是が非でも、その一人を撃ち墜とせ」




◇ ◇ ◇



 レーダー上には猛烈な勢いで距離を詰めてくる赤い点の群れ。


 自機へのロックオンを警告するアラートが、視界の端に絶え間なく表示されている。それを尻目に、漆黒のスーツを身に纏う島木は接近時と同じく、海面スレスレを滑るように翔んでいた。


 これから迫りくる追手を自然消滅的に無力化する。そのためには、避けることさえできれば、全てを絡め取る「海」を利用しない手はなかった。


 アラートが黄色から赤に変わったその時、HUD上に新たな表示が踊った。海上で待機させていた二基のATDシールドが、操作圏内に復帰したことを知らせる通知だ。


 それらが左右で追従を再開したその直後、切羽詰まった大矢の声が響く。


「隊長、敵誘導ミサイル全機反転!そちらに向かいましたッ!」


「分かっている。――作戦通り、貴官らはそのまま基地まで帰投せよ」


 島木は至って冷静な語調で、毅然と応答した。


「……了解しました。一同、ご無事の帰還をお待ちしております」


「了解」


 そう言い終えるや、島木はこれ以上のやりとりは不要とばかりに、即座に通信を遮断した。


 

 化石燃料枯渇に伴い、戦闘機が姿を消した現代、航空戦力を担うのは「人」そのものである。よって、それに対抗するミサイルの規格も小型化したことで、その追従性能は飛躍的に向上を遂げている。


 そして今、島木の背を追う無機質な群れは、対人迎撃に最適化された本格的な対空ミサイル。

大矢たちが敵艦を沈める際に用いた、携行運用型のマイクロミサイルとは一線を画す、極超音速で突き進む軍勢である。




 島木はミサイルが自身へと到達する予測時間まで、残り五秒というところで動いた。


 背中のハッチが開き、扇状の炎の軌跡を曳く。その軌跡へと次々に吸い込まれ、海面には爆圧による鋭い水柱が連なった。


 約十秒の後、専用の魔力コンデンサーが尽き、炎は途切れた。しかし、矢継ぎ早に同じ箇所から一発の弾頭フレアが吐き出される。それは空中に放たれた途端、斜めへ飛び去りながら激しく燃焼。肉薄していた数発のミサイルを誘引し、海面へと沈んだ。


 だが――それらは、軍勢のごく一部でしかない。


 彼はHUDを視線で操り、左右に追従する三角錐型のATD二基へと指示を飛ばした。


 自律動作型防御ユニット『ATDシールド』。

一基に計六十枚の六角形プレートが装着されており、それらが本体から分離。空中に六枚一対で結合することで、その正面へと強固な複層障壁を展開する。


また、親機一基につき有効時間は一分と短時間ながら、物理・魔力現象の双方を遮断する複合結界の構築が可能だ。



 一基分のプレート全六十枚――十枚の障壁すべてを自身の上空側に積層配置。残る一基分は、上半身を包み込むように展開した。


上空側の障壁にミサイルが衝突。一枚目が完全に砕け散ると同時に、島木は急減速を敢行した。

 

 頭上を掠めるように通り過ぎた一弾が、海面上で自ら爆ぜる。その炎へと引き寄せられたように後続が殺到。目と鼻の先で次々と誘爆が巻き起こった。


 数十発が折り重なった爆発は、至近弾でありながら直撃にも等しい威力を有する。


 だが、上半身を包んだ障壁が表層を砕かれ、重たい軋み音を上げながらも、避ける暇なく襲いかかった猛烈な衝撃波を真っ向から受け止めきった。


「(多少の不発弾を許容してでも、なりふり構わぬ接近時点での反応爆発に切り換えてきたか)」


 再加速し、火の海から飛び出した漆黒の人型。しかし、背後上空を埋め尽くすのは、先ほどの攻勢など一端に過ぎないとばかりに猛然と迫らんとする、次なる追撃の大群。


 ミサイルの起爆タイミングと標的位置との誤差が、みるみる狭くなっていく波状攻撃。


 その暴虐の嵐を、島木は減速と急旋回を織り交ぜた直撃寸前の回避機動によって猛攻を捌き続けた。

だが、至近距離で浴びせられ続けた爆風の負荷に、プレートの障壁は次々砕けていく。霧散した障壁の穴を埋める物理盾として役目を全うし、無数の破片となり散っていき――ついにはすべてが消失した。



 HUD上の表示は、友軍イージス艦の対空網まで最短距離を突っ切ったとして、残り三十秒。


 残存する防御兵装は、ATDシールド親機二基分の結界のみ。


 全方位を護る結界は魔法式の特性上、維持リソースの消費が激しく、自動制御下での強度は障壁魔法に大きく劣る。ゆえに、二基分の魔力を一度に消費する「同期発動」のほかに、この猛威を防ぎきる術はない。




 回避アラートを確認した島木は、旋回機動に移ると同時に迷うことなく結界を起動。左右に追従する三角錐の双方から同時に出力された濃密な魔力が、彼の身体を丸ごと包み込み、分厚い結界を発現させた。


 ATDの魔力残量が瞬く間に削られていく中、その波を切り抜けた島木は機首(頭)を最短ルートへと固定。これまで温存していたマッハ四の速度域まで一気に加速し、ミサイルの着弾予測地点を振り切り、爆風の遥か前方へと突き抜けた。


直進。急激に距離を詰める暴威を背負い、いよいよフルフェイス内の映像越しにイージス艦隊を捉えた。瞬く間に拡大されていく前後の影を冷静に俯瞰し、背後の影との距離が数メートルまで肉迫した刹那――強引に身体を引き起こし、空に縦の弧を描いた。


再度、直進軌道へ。後を追い昇るそれらも大きな曲線を描き、なおも接近せんと先鋭な弾頭を定めた瞬間――境界線を超えた。 


 黒い機影を避け、標的へと向かっていく()()の雨。島木は緩やかな旋回機動でミサイルの隊列を横へと引き伸ばし、友軍イージス艦隊から放たれた二十ミリ自動誘導弾の迎撃網を、万全の態勢で招き入れた。


 隙間なく飛来した鋼鉄の一団は、迷いのない機動で追尾しミサイルを徹底的に潰す。黒い機影は爆光を操るように曳き、そのすべてを空虚な空へと散らした。



「――――――」


 悠然と滑空しながら、島木は長く深く息を取り込んだ。心拍が落ち着きを取り戻すのを待ち、クリアになったHUDを視線で操作して通信ウィンドウを立ち上げた。


「こちら島木中佐。唐崎提督、艦隊を前に出していただき感謝いたします。おかげで助かりました」


 抑揚の薄い島木の声が、静かな通信に乗ってイージス艦「不動」へと届けられた。


「第十七小隊の面々がミサイル艦六隻を沈める中、単騎で突貫して軍艦に大穴を刻みつける貴官の姿を見せられては―――動かずにおれる軍人はおらんよ」


 唐崎は総指揮官然とした重々しい口調ながら、その語尾には力強い熱が籠もっていた。


「ありがとうございます。……提督、シールドの被害はいかほどになりましたか」


「貴官らが早期に六隻を沈めてくれた甲斐あって、十枚すべて健在だ。一枚の損傷も許していないぞ」


「――安心いたしました。私はこのまま統合基地へ帰投します。提督、あとの海の守りはお任せします」


「任せておけ。なにか動きがあれば即時に報告する。――島木中佐、貴官らの挙げた多大なる戦果に、我ら一同、心より感謝する」


「艦隊あっての航空戦ですから、それはお互い様でございますよ」


 最後にようやく穏やかな声色で返すと、「では」と締めくくり、通信を終えた。


――そうして、漆黒の機影は、青空に一筋の飛行機雲を描き飛び去っていった。



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