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第五話:沖縄戦線Ⅳ



◆ ◆ ◆



 帰投命令を受けてから約五分。


 那覇統合基地を覆い隠す光学迷彩を潜り抜けた五百名の灰色の航空魔法師たちは、滑空姿勢を解き、「移動エネルギー転換魔法」を用い推力を反転噴射。背後から降りかかる慣性エネルギーに備えて、不可視の足場を踏みつけるように両足を前方へ突き出した。


 生じる減速Gの約六割を中和する「慣性変換簡易魔法」を介して制動推力へと変じることで、保っていたマッハ三の速度を強引に抑え込み、急減速をかける。


離着陸場上空でピタリと停止した彼らは、そのまま垂直に降下し、整然と歩を進める黒の集団の傍へと穏やかな着陸を果たした。




「五百名を預かりました梶川大尉、ただいま帰投いたしました!」


『プシュッ』という音とともに気密ロックを解除し、フルフェイスを淀みなく脱いだ梶川が、誇らしさを湛えた敬礼とともに告げた。


「ご苦労、見事な戦果だ。補給を終えた後、次の出撃に備え待機状態へ移行せよ」


 左肩部に中佐の階級章が刻まれた――灰色のものよりひと周り大きな漆黒のスーツに身を包む島木は足を止めることさえせず、フルフェイスのまま敬礼を返し、短く労った。


その後に続くのは同じく黒で統一された精鋭たち、第十七小隊。彼らは帰還した部隊と入れ替わるように、一斉に昇っていく。


「はッ! ご武運を!」


 空へと昇った彼らの背中に、地上の五百名は一糸乱れぬ動作で敬礼を捧げた。硬質な足音が重なり合い、死線渦巻く戦場へ向かうその姿が、空に消えるまで見送っていた。




◇ ◇ ◇




 甲板上に力なく横たわる鈍色の巨壁――アイギスシールドを抱え、隊列の内側を通り後退していくのは、鶴翼かくよく(V字型陣形)最前列を護っていたイージス艦「日鶴ひのつる」だ。


 低出力の重力反転魔法により、数センチの高さで辛うじて浮かぶ巨体。

魔力切れにより障壁魔法は剥がれているが、その本体には着弾の痕跡一つ許さなかった。


 魔力をリチャージするために重厚な背面ハッチが開かれ、全自動で各魔力コンデンサーへ補給チューブが接続されていく。それと同時に、間もなく浮力を失う巨体を受け止めるアームが甲板からせり出した。


アイギスシールドが重々しい着陸音を立て、全重量をアームに預けると、即座に起動待機状態へと移行した。



「唐崎提督! 前衛に布陣する六隻が前進を開始。全砲門の照準が、最前列の「にしき」ならびに「遠津とおつ」を捕捉!」


「(さすがに補給の必要性を見逃してはくれんか……)」


「二列目の二隻を前進させ、鶴翼を閉じる。全火力が一気に来るぞ!四枚のアイギスシールドで敵の集中砲火を分散させろ!」


 四枚のシールドを一挙に投入する。

その命令を下した唐崎の脳裏には「破綻」の二文字が浮かび上がっていた。


 この後実行される島木たちの奇襲によって早期に敵前衛艦すべてを沈める。


敵の魂魄に恐怖を刻みつけ、敵軍が後退せざるを得ない『並外れた規模』の損失を現実に突き付けなければ、十枚の防壁を一枚ずつ循環させることで補完しているこの防御サイクルは、遠からず破綻を迎える。


だが、この局面はリスクを取ってでも防御リソースを注ぎ込まねば、取り返しのつかない事態――前列二枚の同時喪失を免れることはできないのだ。




 乗組員が慌ただしく動き始めた司令室。突如として音声通信ウィンドウが浮かび上がると、島木の平坦な声が通った。


「唐崎提督、二分後、交戦領域に入ります。状況は」


「前衛艦六隻が前進中。こちらの第一列に全火力を集中させる構えを見せている。それに対しこちらは二列目を前に出し、鶴翼を閉じることでこれを凌ぐ」


 唐崎は眉間にシワを寄せながらも、冷静な声色で簡潔に伝えた。


「了解。――接敵後二分で片を付けます。それまでの間、アイギスシールドをさらに追加投入してでも、一枚の喪失すら許さないでいただきたい」


「……我々には後がない。貴官らが失敗すれば、自ら敗北を招くことになるぞ」


「必ず退かせます」


 島木は、決意を表明するように被せ気味に断言した。


「前衛六隻を撃沈後、自分が単機で敵戦艦に肉薄します。狙いは主砲レールキャノン。今回配備された携行型レールガンの威力であれば、主砲本体の破壊は叶わずとも、防御障壁の全層貫通までは、確実とみています」


「どれだけの大軍勢であっても、根幹兵装へ直接脅威を突き付けられれば、態勢を整えるべく撤退を選ばざるを得ません」


「……相分かった! 追加でもう二隻を前進させ、六隻の神盾しんじゅんによる金剛防壁を構築させる!」


 唐崎は迷いを払拭するように、声を張り上げ言い放った。


「感謝します。――では、行ってまいります」


「武運を祈る」


 唐崎が念じるように言い終えた直後、一切の間も置かず、プツンと通信は切れた。




◇ ◇ ◇




 島木、そして副隊長の大矢、その指揮下にある四十八名。


計五十名の第十七小隊は八人一組の縦列、計六個分隊に分かれ、高度一万九千メートルの世界を翔ぶ。




 それぞれの列の最後方には、全長三メートル、直径一メートルの円柱――『ATDアサルト』が不気味に追随していた。各員の左右には、三角錐の本体を六角形のプレートで隙間なく敷き詰めた『ATDシールド』が、一定の間隔を完璧に保ち追尾している。


 海上の友軍イージス艦が布陣する防衛ライン座標に入るや、彼らは一斉に頭部を真下に向け、急降下を開始した。

『飛行魔法・エアジェット』を一瞬、最大噴射。マッハ四に到達した速度を、重力加速を味方につけることで維持。最低限の姿勢制御魔法のみを稼働させ、省出力モードへと移行した。


「光学」「熱源」「魔力」を隠蔽するステルス魔法のヴェールが、漆黒の一団を蒼い空へと溶け込ませ、その存在を掻き消した。


 約十二秒の後、高度三千メートル。友軍イージス艦六隻によるアイギスシールドの鉄壁が敵の猛攻を防いでいるその光景を、フルフェイスのARディスプレイ越しにはっきりと捉えた。


 刹那、フルスペックモード起動《activate》のウィンドウが踊り、ステルスのヴェールは霧散する。複合魔法をシステムとして実行する姿勢制御バランサー、ならびに慣性変換簡易魔法を駆使し、減速することなく水平になるまで身体を引き起こす。それと同時に、最大出力でエアジェットを再噴射。


海面すれすれを切り裂くように翔け、左右に三隻ずつ展開した敵ミサイル艦へ向かい、六つの分隊が猛然と突き進む――ッ!


 目標とする敵ミサイル艦の威容が瞬く間に大きくなっていき、鋼鉄の巨体が視界を埋め尽くした瞬間――黒の一団は急激に高度を上げた。


『ATDアサルト展開』


 彼らは敵艦の上空約百メートルで急制動を掛けると、副隊長大矢の指令に従い、最後列に鎮座していたATDアサルトが躍り出た。


 一分隊あたり数千、総計数万発のマイクロミサイルの群れ。整然と射出口が開け放たれ、中空に解き放たれたそれらは、たった今友軍へと火力を吐き出していた八基のミサイル発射機を目掛け、一切の迷いなき機動で吸い込まれていく。


咄嗟に張り直された障壁魔法もその飽和攻撃を前にあっけなく砕け散り、剥き出しになった船体へと、暴威の雨が降り注いだ。




 弾薬庫内部までもが蹂躙され、激しい誘爆を引き起こされたミサイル艦。甲板を抉り取られ、もはや原型をとどめないほどの姿に成り果てながらも、むき出しになった内部骨格はその衝撃を耐え抜き、巡航能力を失ってはいなかった。


――だが、六隻のミサイル艦の命運は、既に尽きていた。


 黒煙を上げる標的を見下ろし、包囲する漆黒の八名。全員が構えた対艦用長身銃「携行型レールガン・雷電」の銃口は、まるで執行人の鎌のように、ただ無機質に固定されていた。


『放て』


 セーフティ解除に伴い、弾倉から送り込まれた三十ミリの弾丸が薬室に収まる。火薬による爆燃で初速を得た弾丸が長い銃身へ滑り込むと、「超磁場生成魔法レールガン」が起動。レールガンの原理であるローレンツ力を魔法的に抽象化した術式が付与されることで、弾丸は物理の限界へと一気に加速。

発射の際に付与される加重・加速魔法が、その破壊力をさらに引き上げた。


――マッハ十。


 硬度強化と状態固定化魔法を施され、発射から0.05秒間に限り不変物質へと昇華されるそれは、もはやただの弾丸ではない。敵艦の装甲を無視して突き進み、内包された遅延発動魔法『フレアバースト』を炸裂させる――一発限りの純魔法兵器である。


 引き金が引き絞られた、次の瞬間。白い雷光の如き光が八本、標的へと突き刺さっていた。


――僅かな静寂の後、船内の空気を吸い込み尽くし、臨界を迎えた『フレアバースト』が、爆ぜた。


 船体が真っ二つに割れる。それを皮切りに、内部から爆炎に食い破られた巨体は、まるで砂山が瓦解するように海へと崩れ落ちていった。




 漆黒の魔法師たちは、レールガンの発射で生じた強大な反動を無理に抑え込もうとはせず、あえて吹き飛ばされることで衝撃を逃がす。大きく乱れた姿勢も、スーツに組み込まれた姿勢制御機能によって即座に補正された。


『総員撤退ッ!』


 無線に投げられたのは、厳しく張り上げた大矢の声。


――敵を撃沈させたのも束の間。探知レーダーが、突如として現れた無数の赤点に埋め尽くされたのだ。


 各員のフルフェイス内には、ロックオンの警告表示とともに、上空から彼らを撃ち墜とさんと飛来する飛翔体の大群が映し出された。


『ATDシールド最大出力で展開!各員、直ちに離脱せよ!』


 その号令とともに、それぞれが散り散りとなり、島木を除く四十九名は一斉に離脱に移った。


 マイクロミサイルを撃ち尽くし、身軽になったATDアサルト六基は整然と高度を上げ、敵ミサイルの進路へ立ちふさがった。


――直後、時限設定されていた自壊機能が作動。大規模な誘爆を引き起こし、迫りくる飛翔体の目前に炎の壁が聳え立った。


 先頭の数発がその爆発に巻き込まれるのみならず、後続のミサイルも熱源誘導を逆手に取られ、狂ったように爆炎へと突っ込んでいく。結果、誘爆が連鎖的に広がり、上空から迫った第一波の全てを、巨大な炎の塊が呑み込んだ。


 だが、撹乱から目を覚まし、炎の壁を迂回して突き進んでくる第二、第三の波が、数多の白い航跡雲《飛行機雲》を描きながら、執念深く彼らの背を猛然と追い上げていく――。



◇ ◇ ◇


 部下六個分隊がミサイル艦を包囲し、一斉攻撃の火蓋を切った、その時。漆黒の人型は単騎、マッハ四の速度領域に張り付いたまま、海面を掠めるように突き進んでいた。


 目標は当然、敵艦隊中枢、巨大レールキャノンを備える超弩級戦艦への奇襲。


 速度は一キロたりとも犠牲にできない。ミリ刻みの角度調整で慎重に、かつ迅速に高度を上げ、敵主砲の砲身軸と同じ高さまで、滑らかに浮上していく。


 後衛に布陣していた護衛艦艇はいまだ配置を変えている最中にあり、標的である弩級艦は今この一瞬に限り、無防備にその全貌を晒している。


 だがそれでも、足を止めて撃つ猶予はない。


――すれ違いざま、刹那の狭間に放つ。



 距離二千メートル。


 『総員撤退ッ!』


 部隊を任せた大矢の緊迫した声を、まるで遠い世界の出来事のように聞き流しながら、漆黒の人型は淀みない動作で無造作にレールガンを構えた。


 距離、千。


 身体の中心軸を真横へ倒し、流れる海面を背負った態勢でフルフェイス内に現れた照準器を覗く。

進行方向に対し、直角に突き出した長い銃身。そこに降りかかる風圧の揺れを身体強化魔法の倍率を五十倍まで引き上げることで強引に抑え込み、照準を固定。

その瞬間に備え、瞳孔を開き切る。


 船体真横、百五十。


 視界の中で巨影の船首が流れ去り、レールキャノンを象徴する長く伸びた四本のレールが飛び込んでくる。


――まだだ、まだ待つ。


 極大の円筒、大口径の射出口を視界に捉えた、その刹那、全推力を遮断――無音の世界の中で、引き金を絞り切った。






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