第四話:沖縄戦線Ⅲ
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那覇統合基地総合司令室。出撃した五百名のバイタル、スーツの稼働状況をモニターするAR画面を睨みつけていた第65航空隊長、島木へ、通信を受けた副隊長の大矢が口を開いた。
「島木隊長、梶川大尉より入電です。作戦通りマイクロミサイル全弾発射し、コンテナをパージ。敵は質量煙幕を散布しミサイルの約半分を無効化――」
「ですが、四百三体を撃墜。殿二百を盾に敗走する敵本隊に追従し、当該の二百を殲滅。総員被害なし。判断を仰ぐとのことです」
大矢は、喜色のない声色で粛々と報告した。
「鋒矢陣形(矢印型陣形)を取り、最大速度で空域を離脱。基地に戻り次第、魔力コンデンサーの交換作業に入らせろ」
島木は予め決めていたとばかりに、やや食い気味に即応した。
「はっ。了解しました」
現在、前線で待機する五百名のアーマースーツの稼働時間は最大性能で残り四十分。稼働時間に問題はないものの、火力補助兵装を使い果たした今、アサルトライフルでは敵艦への有効打は見込めない。加えて、デコイ代わりに運用するにも、防御兵装を欠いた現状では敵対空網を凌ぐことも困難だ。
「(次の一手に合流させるにはリスクが高すぎる)」
この戦争に本気で勝つ。そのためには千名の一個大隊で、最低でも四千以上の敵魔法師を相手取り、なおかつ敵艦隊を壊滅に追い込まなければならない。
戦闘開始から間もないこのタイミングでは一人たりとも失えない。島木はそう判断し、撤退を命じた。
彼はその命令を下すやいなや、ARディスプレイを指先で操作し、今まさに海上の最前線に就いている指揮艦、イージスⅢ『不動』艦長、唐崎 正義へと映像通信をつないだ。
「唐崎大佐。消耗具合の報告を願います」
映像が繋がると島木は、一秒すら惜しいとばかりに、上官への礼を省き真っ直ぐな視線で尋ねた。
その画面の向こうからは、隠しきれぬ焦燥を湛えた、老兵のしわがれた声が総合司令室へと響く。
「間もなく、前線一隻のアイギスシールドが稼働限界を迎え、魔力のリチャージに入る。現状、当該艦の乗組員の魔力消費自体は、十隻で交代しつつ回せば枯渇しない水準だ」
アイギスシールドは、巨大な物理盾に障壁魔法を纏わせ、空中に独立稼働させるMCDだ。本体内部に大容量魔力タンクを満載しているとはいえ、『飛行魔法』と『障壁魔法』の魔力消費量は凄まじく、艦の周囲で展開させるだけでも、稼働時間は二時間が限度である。
――それが今回は、敵の猛攻を凌ぎ続けたことで、約二十分あまりの稼働時間で限界を迎えていた。
「問題は、アイギスシールド本体の損耗ですか」
「その通りだ。今はまだ障壁の再構築も余裕を持って行えているが、ミサイルや他艦からの火力まで集中させられた場合、全障壁の消失、そして……アイギスシールド本体が破壊される可能性を否定できん」
障壁の再構築速度には限界がある。電子制御下での魔法展開において、軍事施設の壁をそのまま切り取ったといって過言ではないアイギスシールドは、その巨体ゆえに魔法規模が桁外れに大きく、MCD本体部がどれだけ素早く魔法構築を行おうとも、障壁の発現までには数秒のタイムラグが生じる。
強度設計上、物理盾としての運用も十分可能である。だが、障壁が消失した隙に、想定外の威力を持つ大規模レールキャノンの直撃が重なれば――盾本体の破損は免れない。
「(想定よりも遥かに、敵のレールキャノンの火力は高い)」
「了解しました。その一隻が後退するタイミングに合わせて、私を含む第17小隊が前衛に布陣する護衛艦六隻の撃沈を目標に奇襲を仕掛けます」
「……こちら側でできる援護は何一つない。それでも、達成できるのだな?」
「必ずや遂行いたします」
島木は一瞬の躊躇もなく言い切った。
「――頼んだぞ」
唐崎は、深く目を伏せ、まるで祈るように、重々しく吐き出した。
「はッ!」
二人は互いに敬礼を捧げると、即座に通信を終えた。
「聞いていたな、大矢。上空の五百名が戻り次第、我々第17小隊のみで出る。目標は戦艦の前衛に布陣する護衛艦、六隻。攻勢に出る前に叩き伏せるぞ。
装備は対艦用レールガンのみを携行、予備弾は必要ない。追加兵装はATDアサルトならびにシールド。作戦所要時間は十分とする」
島木は、淡々と流れるように指令を述べた。
「了解いたしました!」
大矢は一片の恐れも窺わせず、むしろ闘志に漲った精悍な表情で即答していた。
――勝利の天秤は間違いなく、次の一手で動く。
敵は、少なくともまだ四千以上の航空魔法師を擁しており、相対的に見れば若干の「痛手」を被ったに過ぎない。
しかし、ただひとつの戦果もなく、投入した一個大隊の半数以上にのぼる航空戦力を一方的に削られてしまえば、敵が「人間」である以上、気圧され、少なからず動揺が生じているはずだ。
そしてそれは、これから現場に投入される航空魔法師はもちろんのこと、その命を預かる指揮官の方が、より深い疑心に取り憑かれるものだ。
次の一手を迷わずにはいられないであろう、この機を逃せば――おそらく被害なく敵艦を沈める好機は、二度と訪れない。
「(隙があれば、敵戦艦のレールキャノンの破壊も見据えるッ――!)」
◇ ◇ ◇
高度一万五千メートル。空中で完全静止していた五百の灰色の一団は、那覇基地からの指令を受けると、一斉に反転し加速。無造作に幾重ものソニックブームを空に刻み付けると、鋒矢陣形を組み、瞬く間に空域を去っていった。
「ツァリコフ提督。敵航空魔法師五百、全機が退いていきます」
レーダースクリーンが示すのは、猛烈な速度で離脱していく赤い光点たちであった。
たかが六百余名。全体の十二パーセントの航空戦力を失ったに過ぎない。依然として戦力差は圧倒的であり、戦局の優位が揺るいだわけではない。
だが、望遠カメラが鮮明に捉えた映像は、まるで「この程度、造作もない」とでもいわんばかりの高圧的なメッセージとして、ツァリコフに突き付けられていた。
しかし、彼は決して冷静さを失ってはいなかった。
「(出鼻を挫かれたこの機に、間違いなく勝ち筋を作りに来る。非現実的と思いたいが、おそらく対空ならびに前面火力を削ごうと考えるはず――すなわち狙われるのは、こちらの前衛……!)」
「前衛艦のすべては前進!极炮のレールキャノン発射に合わせてミサイルを一斉射せよ。目標は敵イージス艦を護る巨大なシールドだ」
「航空部隊は出撃準備態勢で待機。残る全艦は、対空システムを熱源誘導にセットせよ。空に現れた存在は全て敵だ。惜しみなく弾幕を吐き出せ!」
「了解いたしました!」
日本の航空戦力は、現段階ではもはや予測しきれない。前衛、後衛艦すべてで防衛に徹したとしても――航空魔法師の域を逸脱したあの火力を向けられれば、撃沈の可能性を完全には否定できないのだ。
後手に回り、不確定要素に怯えるくらいなら、能動的に火力のすべてを吐き出し、使い捨てる。
十隻すべてのシールドを破壊する必要はない。二枚、あるいは三枚……。あの防御網の循環に綻びさえ作れば、それを補うために各艦の負荷が増す。時間とともに疲労が積み重なり、やがて均衡は崩れる。
「(――そうなれば、お互いを補完することで成立している防衛戦術そのものが、瓦解するはずだ)」




