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第八話:思想の衝突



◆ ◆ ◆



 中露連合が公海まで撤退したことが確認されると、出撃した第65大隊の五百名は、次なる戦闘へ向けてカプセル型のベッド内で回復魔法、ならびに治癒魔法を受けた。彼らに肉体的なダメージは確認されなかったものの、身体強化魔法の解除に伴う反動、四十倍という超高倍率で身体強化を発動していたとはいえ、猛烈な加減速Gを受け止めた身体を万全の状態へと整えるための、大事をとった処置であった。


 その後、基地で待機していた者たちも含めた全千名の隊員には、島木の口から正式に休息命令が下された。


 

 時刻は夜八時。


 那覇統合基地総合司令室には、第65大隊の隊長および副隊長。そして、指揮能力を持つ隊員が九名。ARディスプレイ越しに参加する本防衛任務の提督、海軍大佐「唐崎からざき 正義まさよし」の姿があった。


 さらには――国防空軍総師長「紫崎しざき 隼人はやと」が、政府の思惑など知ったことかとばかりに。堂々と、正規回線を通して作戦会議の場に加わっていた。


「皆々様。本日はお疲れ様でした。我々航空隊が誰一人として欠けることなく、今日を乗り越えられたのは、唐崎提督率いるイージス艦隊が機転を利かせて前進してくださったおかげです。改めて、感謝いたします」


 この場に列席した航空隊員全員が、慇懃いんぎんに頭を下げた。


「あの場面で前進するのは当然のことだ。それに、第十七小隊ならびに貴官のあの活躍ぶりを見せられて、感化されん者はワシの部隊にはおらん。それより、本題に入るぞ」


「了解しました。……まず、敵航空戦力の総数の想定ですが、後方に布陣する十隻のうち、少なく見積もっても半数は補給艦、残りの五隻が航空戦力の母艦になっていると思われます。よって、最大数はおよそ五千程度とみています」


「そのうちの五百を削って、残るは四千と五百か……。島木中佐、一度にそのすべてをぶつけられた場合、戦力差はいかほどになる?」


 従来の航空部隊であればとても対処しきれない。だが、未知数の強化兵士部隊、第65大隊の能力を以てすれば、その戦力差はどの程度まで埋めることが可能なのかという問いであった。


「本日接敵した敵第一陣の装備――それを全員が運用していると仮定した場合になりますが、正面からの交戦であれば、まず敗れる可能性はありません。また、敵対空ミサイルを無力化できる友軍艦隊の対空網の領域内まで引き込めれば、空の支配権は確実にこちらの物にできます」


「――その根拠は」


「まず、私が率いる第十七小隊の飛行装備は、高度二万メートル付近での運用が可能です。最終実戦試験段階の兵装であるため、配備された弾数に限りがありますが、超高高度での運用に最適化された特別仕様のマイクロミサイル、計一千発を投下できます」


「出鼻を叩き折ることは十二分に可能……か。他の部隊はどうする」


「第65大隊の飛行装備と、敵飛行装備との性能差はおよそ二倍。それに加えて、ATDアサルトが百基、ATDシールドを五百基投入可能です。重装型ヘビータイプのマイクロミサイルで防御手段を吐き出させた後、アサルトを全隊員で護るように立ち回れば、制空権は自ずと確保できると予測しています」


「全滅させずとも、押し返すだけで十分ということか。聞いている限り文句の付け所はないが、懸念点は?」


「時間です。いくら個の戦力、兵装火力で優れていようとも、四倍以上の兵数で時間稼ぎを徹底された場合、こちらとしても早期の決着は望めません。敵艦隊の総攻撃を合わせて交戦を引き延ばされた結果、イージス艦のアイギスシールドが消耗し――最終的に海上防衛に穴を開けられる可能性が高いものと推測します」


 今日の艦隊の動きからも、防衛の命綱は海上艦隊にあることは見破られている。島木は間を開けることなく、食い気味に言い切った。


「やはり、それがネックとなるか……。貴官らは、明日の戦闘の帰趨をどう見ている? 明日で決着をつけようとしてくるか、それとも、こちら側の消耗を主目的としてくるか」


「まず間違いなく、早期の決着を狙ってくるはずです。中大陸およびロシア帝国は政府の自尊心が高く、強欲な国。昨年の一件に続き、これ以上の敗戦、劣勢の空気を()()()()はずです。今日の結果を冷静に受け入れ、増援を前提とした消耗戦を現場の指揮官に許すとは思えません」


「そう見るのが必然か。つまり、こちらの航空部隊が空を支配するのが先か、敵艦隊がこちらの盾を穿つのが先か。――その一点に明日の命運が懸かっているということか」


「ですが、第十七小隊は上補家ならびに上弐家かみにけの方々の支援部隊出身のみで構成されています。よって、あの方々には遠く及びませんが近接飛行戦闘も可能です。ミサイル投下後、フルステルスモードで降下し上空から奇襲、回避機動を取りつつ敵の懐を撹乱すれば、一気に畳み掛けられるはずです」


「島木中佐、それは死に役になり得る。それを理解しての提案か」


「死線に飛び込み生還する。それが、私たち第十七小隊に与えられた『役割』です」


「……それでは答えになっておらん。いくら貴官らといえど、軍勢のど真ん中に突っ込んでは無事で済むはずがない。玉砕を前提とした作戦など、到底認められるものではない」


「提督、失礼を承知で申し上げますが、この防衛線に充てられた戦力状況では情に流されている余裕はありません。それに、海上戦力を失えば我々の敗北であることは、唐崎提督もご理解されているはずです」


「「――――」」


 静かに睨み合う沈黙の中、軍部における最高階級の一人が口を開いた。


「唐崎提督。――こやつらは本物だ。速度上限に制約があったとはいえ、上弐家との戦闘訓練で一発喰らわせる程度には()()もある。半分程度の性能しか持たぬ相手であれば、ATDシールドを追随させれば一発の被弾もなく戻ってくる」


「……客観的事実だけでは納得しかねます。総師長閣下から見て、彼らの強さはどの程度に映っているのか、お聞かせ願いたい」


「音速域での三次元機動に対して近距離で対応できる航空隊は我が国にも存在せん。それこそ、敵陣のど真ん中で間抜けに静止射撃でもしない限り、どうにもならんよ。回避に専念すれば、まともな被弾もなく敵部隊を機能不全に追い込める」


 そう淡々と締めくくった紫崎の言葉を受け、唐崎は眉間に皺を寄せ唸るように吐息を零した。


「……承知いたしました。閣下がそこまで仰るのであれば信用することにいたします。それでは、我々海軍勢は明日も彼らの退避に対応するべく、前進すべきタイミングに神経を尖らせ、敵艦隊の動きを注視いたします」


 紫崎が評した内容には僅かに驚いたような表情をのぞかせたものの、唐崎はすぐに毅然とした態度を取り戻し、正面から応えていた。


「それよりも――問題なのは一般兵士部隊を退けたあとのことだ」


 唐崎の言葉に被せるように、紫崎がそう告げた。一拍置き、有無を云わせぬとばかりの強い口調で続けた。


「未だ政府が実権を持っているのならば、国際社会の目に構うこともなく第二世代因子、つまり魔法家の系譜を投入してくる。そうなれば、もはや貴官らに勝ち目はない」


「よって、敵艦隊が再び退いた時、そこで貴官らの任務は終了だ」


 拒否権はないといわんばかりに、圧するような響き。


「終了と仰いますが、沖縄本島の防衛、そして今まさに避難を進めている市民を見捨てろと?」


 唐崎は怯むことなく、嫌悪感を隠そうともせず強く言い返した。


「中露連合軍は、昨年の一件で四国本土を踏み荒らした末に全滅した経緯がある。基地への攻撃はあっても、沖縄本島を踏み荒らすほどの胆力が残っていると思うか? ゆえに、市民への被害を考える必要はない」

 

「市民に被害が及ばないというのは、いささか楽観が過ぎると存じます。……それに、国防統括本部から下された厳守の命令を無視することになりますが」


「上補家が外された指揮系統に背いたところで、そんなもの現場の状況判断と言い張れば済むことだ。それに、国防空軍の頂点であるこの紫崎隼人が後ろ盾になると断言しよう」


 食い下がる唐崎の指摘を、紫崎は自身の権威を以て強引に説き伏せた。


 その、剣呑な雰囲気が色濃くなる二人の間に割り込むように、島木が鋭い語気をもって言い放った。


「――紫崎閣下。我々が自らの身体を差し出すことで得たこの力は、まさにこのような困難に立ち向かうためのもの。もしここで退いてしまっては、再び日本の領土は侵され、結局、閣下に並ぶ上補家の方々に頼ることになります。一戦交えることもなく逃げ帰る、それは第65大隊全員の総意として断じて受け入れることができません」


「自惚れるなよ、島木。貴官らが以前と比べ遥かに強くなったことは認める。だがそれは、貴官らと同じ構造体系の魔力因子を宿した者を比較対象とした場合の話だ。ロシア帝国のセカンド、中大陸の劉一族。『イメージ通りに魔法を使える、第二世代因子』を相手取れば全滅は免れん。――敗けると分かった戦場に兵士を送り込むほど、私は我慢強くはない」


 軍籍魔法師であれば、組織の長である上補家に従うのは当然。にもかかわらず、自身の言葉がまるで響かない島木に苛立ったのだろう、眼光に激情を湛えた紫崎が返した。


「ご配慮、感謝いたします。しかし、すでに全指揮権は現場に委譲されており、いくら閣下といえど我々の行動を制限することは叶いません。必ず()()を持ち帰ってみせますので、座してお待ちください」


「ならんッ! 貴様らも知っているだろう、現状の汎用魔力因子では決して魔法家の血筋の者に敵うことはない!」


「一人もしくは二人。その一点に()()を注げば、十分に可能性はあります。紫崎閣下。もしただの汎用因子しか持たぬ我々が魔法家の血筋を討ったならば、敵だけに留まらず、世界各国に対してさらなる武威を示すことができます。そうなれば、あなた方の負担なく、これ以上の矛先が日本に向けられる可能性を大きく下げられるはずです」


 複製因子が第二世代因子を斃す。竹槍で銃器に勝つよりもなお困難なその大番狂わせを、島木をはじめこの場に並ぶ十一名の航空隊員は、命を引き換えにしてでもやってみせると正々堂々宣言してみせた。



◇ ◇ ◇



 第65大隊をはじめ、ほぼ全ての軍籍魔法師がその身に宿す複製因子は「汎用型魔力因子」である。血統遺伝でのみ引き継がれる第二世代魔力因子をベースとしており、因子自体が持つ『自我的な指向性』を取り除き、魔力を身に宿して扱う機能のみを抽出したものとなっている。


 複製元であるオリジナル因子は、魔力の総量、出力、生成速度といった基礎性能の高さもさることながら、『魔法現象発現までの過程を省き、イメージを具現化させる』という圧倒的な特権を有している。


 二つの因子を身体に詰め込む『超過因子』の施術を受けた島木ら――強化兵士とはいえ、それでも魔法能力は四割に届く程度に過ぎない。いくら紫崎家など上補家の魔法師のために開発された最新鋭の装備を身に着けようとも、その出力上限は肉体保護のために制限されており、たとえマッハ四で飛行したとしても、スーツが持つフルスペックの三分の一までしか性能を引き出すことはできない。


 全てを掛け合わせても、実情を示さぬ数字上の能力値で半分に届くかどうか。これ以上、差を埋める手段を持たぬ以上、彼らに勝ち目はない。――紫崎は『持つ者』として、その覆ることのない絶対的な差を知っているからこそ、彼らを必死に繋ぎ止めようとしていた。





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