90
「あんたのせいだ!」
数人の老若男女の様々な種族の戦士や魔術師などが立ち塞がり、先頭に立つ男が叫んでくる。
「俺に何か用なのか?」
「あんたが余計な事をしたから、悪魔が憤怒する」
「ここでは名のしれた傭兵団よ」
ジャスミンが耳打ちしてくる。
「ほお」
「この代償は高くつく事になる。勿論、代償を払うのは罪のない住人達だ」
「それは残念だ。だが状況はすぐに良くなるだろう。俺が変えてみせる」
「それはどうかな。はっきり言って、あんたは必要ない。悪魔もな。この街は元々あんたらの物じゃない」
「それはどうかな。少なくとも、お前よりは長生きしている」
少し離れた場所で巡回していたドワーフ衛兵2人が立ち止まり、こちらの様子を伺っている。
「私達は忙しいのよ。早く消えて」マーラが短剣の鞘に手を置く。
「かー、ぺっ!」男は俺の足元に唾を吐き、睨み付けた後立ち去っていった。
「嫌な連中」
「行くぞ」
「どうして人間って唾を吐くわけ? 故郷では一度も見た事ない」
「私達がいつも顔を洗うのに近いんじゃない」
「そうかな〜」
ロブスター亭の近くを通り過ぎる傍ら、側の路地で人間とドワーフが大声で話す声が聞こえてくる。
「ちょっとやめてよね! ちゃんとトイレでしてよ」
「いいじゃないか。誰も見てないんだ」
「見てるわよ。まったくこんな所で。はぁ〜、どうしてこんな男と一緒になったのかしら。まだ日も暮れてないうちから酔っ払って、あ〜だらしない」
「そんな俺に惚れたんだろ」
「よしてよね。衛兵だったからよ。もっと真面目だと思ってたのに」
「ハッハッハッ、勇ましい戦士だろぉ~♪ いつも褒めてくれてたな」
「こちらをどうぞ」ロブスター亭の外でビラを配っている給仕の女から羊皮紙を受け取る「どうも。こちらをどうぞ。こちらをどうぞ」他の種族達にもビラ配っている。
酒場の入り口で酔っぱらい、立ち話をしているドワーフ達の話し声が聞こえてくる。
「さっきの光を見たか?」
「ああ、何かの神だろ」
「噂じゃあクニナだってよ。住人達は大騒ぎらしい」
「はん、馬鹿らしい。今さら神なんて珍しくもないのに」
「ここじゃあ、随分ご無沙汰だったらしい」
「そうか~。どっちにしろ神にすがるなんて哀れな連中だ。向こうは気にもしていないだろうに」
「ハハ、そうだよな」
「ところでクニナって、何の神なんだ?」
「さあ知らねー。ヴ×××とか?」
「「ハッハッハッ」」
──コークス亭のビラ。
邸宅は買えないけど貴族のように飲む事はできる!それがロクスソルス、イチ! 酒の旨い店! コークス亭!!
下部にジョッキに注がれる酒の絵が描かれている。
──
ビラを捨てる。
「マーラ、酒は飲むのか?」
「少しはね。でも好き好んでは飲まないかな。あなたは?」
「同じく、酒には疎い」
「いが~い」
談笑しながら暫く歩き、目的地へと着く。
「ここ?」
「ああ。だがここには別の用で来た」
「いつになったら吸血鬼の所に行くわけ?」
「そう焦るな。お前達はここで待っていろ」
「オーケー」
地下へ向かいモークの部屋に入る。
「おっと~。これはこれは、我らが救世主さ様のお出ましだ〜」
モークが笑顔で俺の側まで来る。
「随分とご機嫌だな」
「ハッハッハー。分かってるだろ。ここを見てくれ~」両手を広げ、大袈裟に振る舞い始めるモーク「化けていたアガレスの兵が全部消えた。いや〜、久し振りの自由を満喫できる。あんたのお陰だ」
「それは良かった」
テーブルへ向かい、モークも隣を歩く。
「分かってる。まだ予断は許されない。だが今は喜ばずにはいられないんだ」
テーブルへ着くと、モークは足で椅子を退け、両手をテーブルに着く。
「妻は無事なのか?」
「妻?」
「同じ指輪をしていたからな。違うのかか?」
動揺しているモーク。
「あんたには嘘をつきたくないんだが…つまり…あれだ」
「ハッキリ言え」
「かなり……複雑なんだ」
「いいから話せ」
「……分かった。あー……彼女の名はエスペランサ。そしてデーモンでもある」
「ほお」
「彼女は……」視線を左右にやり、目を瞑ったあと軽く深呼吸をし、視線を合わせてくるモーク「良いデーモンだ」モークに小さく頷く「あんたがここに来た理由は知ってる。今後の事についてだろ」
「そうだ。だがエスペランサの事は心配していない」
「それは良かった。だがエスペランサは…その…この仕事の事をあまり快く思っていないんだ。だから互いに一緒になるのなら、この仕事から足を洗って欲しいと頼まれてたんだ」
「奴隷の事か?」
「ああ。あんたは俺のコネやルートを、その…欲しいんだろ?」
「そうだ。だが然程長くはない。見返りが必要なのは分かっているだろう」
「ああ、あいつにはもう少しだけ待ってもらうさ。何をすればいいか詳しく聞かせてくれ」
「お前には今までと同じ商品を扱ってもらう。だが俺が欲しているのは生者ではなく死者だ。言葉通りの死体。状態は問わん」
「本当にただの死体か? くどい意味じゃないよな?」
「ああ。最悪骨だけでも構わん。だが、分かるだろ?」
「ああ」
「今までより稼げるぞ。それに後ろめたさはなくなるだろう」
「確かに、そうだな。悪くはない話だ」
小刻みに頷くモーク。
「まあ、周囲からは変人だと思われるだろうがな」
「ハッハッ。ああ、そうだな。分かった。早速準備を始める」
「いいか。まず、お前は奴隷の代わりにアンデッドを売り込め」
「なに!?」
「最初は値段は問わん。とにかく評判を広めろ。アンデッドは食事も休息も、魔力も忠誠も必要ない。文句を言わず、ただ言われた事を淡々とこなす存在だ。その価値を相手に理解させろ。出来る限り多くな」
「金と死体だと、どっちが重い?」
「まずは死体だ。後は任せる。だが俺を失望させるなよ。経費に関しては俺が全て持つ。後のことはこのカラスと相談しろ」
「分かった。あんたが何をしようとしているかは分からんが、凄まじい事になりそうだな」
「楽しくなるぞ。一先ずこいつを置いていく。必要なら後から更にアンデッド兵を送ってやる」
「感謝する。行く前に見せておきたい事があるんだ」モークが手から小型の死の火球を壁に向け放つ「凄いだろ」
「いつ使えるようになったんだ?」
「デーモンの兵がここから引き上げてからさ。こんなに早くヴォイドの恩恵を得られるなんて驚いたんだ。正直半信半疑だったからな」
「もういいか」
「待ってくれ。最後に1つ。俺はヴォイドに対して信仰心はないんだ。誤解しないで欲しいんだが、ヴォイドだけじゃなく、信仰そのものがって意味だ」
「分かってる」
「だったら…これはなぜだ? あんたなら知っているはずだろ? 教えてくれ」
「さあな。自分で考えろ。奴隷に用がある」
「好きにしてくれ」1人の男が入ってくる「丁度良い、案内を頼む」
男と共に部屋を出て地下へ向かう。
「何度も会ってんのに、ようやくあんたの顔が見れたぜ。にしても大したことねーな。ただの喋るスケルトンだ」
「忙しいようだな」
「あんたがここに来てから大忙しさ。まあ俺は金さえ手に入れば、どうでもいいが」
「デーモンが金を寄越してもか?」
「きついなー。連中がそんなんで満足するはずがねー。奴らの口車に乗ったら最後、魂は終わる」
「随分詳しいな」
「元アルモガバルスだからな」
「傭兵か?」
「まあ、そんなとこだ」
「なぜ抜けた?」
「デーモンを舐めてた。それで大勢仲間を失った。それだけさ。でも行く先々で地面が燃え上がる。参るぜ」
地下へ着く。
「あまり奴隷は減っていないようだな」
「そうか? あんまり見てねーから分かんねーが。檻のドアを開けても、居座る連中ばかりさ」
「訳ありか?」
「話せば長い」
「本当にリッヂか。噂は本当だったんだな」
屈強な肉体をした人間の男が檻の前に立っていた。
「お前は?」
「ただの傭兵さ。ここでアンデッドが暴れてるって聞いてな」
「そいつには気いつけた方がいい」
「ふむ。随分と腕に自信があるようだな」
「おう。散々しけた依頼を断って、態々ここであんたが来るのを待ってたんだ。甲斐があったみたいだ」
「ほお」
「あんたの元なら楽しめそうだ」
「何ができる?」
「魔術師を殺すのは得意だぜ。高慢ちきで優雅に後方に居座ってる奴を大勢葬ってきたからな。王の側に突っ立っていた宮廷魔術師も大勢だ。誤解すんなよ。脅しじゃねー。事実さ」




