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──埃を被った黒い本。
──ページ1。
領主が変わってからというもの、この街は今まで以上に変なことばかりが起きるようになってしまった。
ランバート家の三女、フィオルナ様はこの土地を売ると言い、俺達に身支度をするよう言ったきり姿を消してしまった。
俺の担当はこの墓地だ。だがこんなに貴重品を置いたまま消えるだなんて、絶対におかしい。
──ページ2。
昨日は雑用仲間のユーレフが宿から姿を消した。まったく気味が悪すぎる。
この街の衛兵にも言ったが、皆口ごもるばかりで何もしてくれやしない。
噂じゃ新しい領主は悪魔だって噂もある。衛兵達は魂でも握られているのだろうか。
──ページ3。
夜な夜な一階から妙な音が聞こえてくる。
でも降りても何もない、そして誰もいない。でも確かに聞こえた。気味が悪い。一体どうなっているんだか…。
──ページ4。
翌日食事をしていると二階から妙な音が聞こえてきた。調べに二階へ上がったが、やはり何もない。誰もいない。俺の耳がおかしいのか…。
──ページ5。
なぜか分からないが気になって眠れない。
早くここを出たいが、フィオルナ様が戻ってくるかもしれない。そうしたら俺はこの美味しい職を失ってしまう。
明日この家を徹底的に調べるつもりだ。
変性魔法や殺傷魔法の類いは宮殿で雑用していた頃に暇そうな宮廷魔術師からやり方を教わったから大丈夫だろう。
何が隠れているにせよ、そいつが出てきたとしても自分の身くらいは守れるはずだ。
──
本を閉じ、サイドテーブルへ置く。
周囲に魔法の痕跡がないか凝視して調べる。だが何かが干渉しているのか上手く見えなかった。
何者かが階段を駆け上がってくる音が聞こえ、ドアの方へ身構える。
ドアを頭で押しジャスミンが入って来る。
「お待たせ♪ 何か手がかりはあった?」
「いや、これからだ。だが目星は付いている」
杖の触手を放ち、ベッドをひっくり返す。
ベッドが壁にぶつかり壊れ、積もっていた埃が舞う。
「げほっ、げほっ。ん~、……魔法陣?」
魔法陣の元へ行く。
「いいや。これは呪術だ。恐らく……デコイラだな」
「呪術ね~。見るのは初めて。詳しいのね」
「まあな。大抵の場合、呪術は珍しい物なのか?」
「そうね~。多分、そうだと思う。頭がいってないと使えないってよく聞くし」
「これは恐らくは遊びの類いだろう。対象に危害を加えるような物ではないからな。相手を怖がらせて楽しんでいたんだろう」
「つまり……悪魔ってこと?」
「いいや、違う。悪魔は残忍だが、理性的だ。こんな幼稚な事はしないだろう。こういう輩は、即物的で分別が効かない様な奴だ」
「つまり」
「質が悪いのには変わりない。本能に従順で、狡猾さを備えた魔物といったところだろうな」
「ただの賢い化け物ってことね」
「賢さの程度によるがな。こいつは長い年月で、知恵を付けている。生半可な相手ではないだろう」
床に描かれた呪術を凝視し、時折掠れるスザンカの痕跡と合わせ跡を追っていく。
「ここで待っていてもいいんだぞ」
「心配御無用! 相手が誰だろうと、必ずケリーを助け出すんだから」
嫌な予感がする。
「分かった」
決意の固いジャスミンと共に掠れゆく痕跡を追い建物を出る。
「水術は自分で体得したのか?」
「まあね」
「ほお、それは凄い」
「風術程難しくはなかったから、でも貴方は水術より遥かに難しい死霊術を使えるじゃない」
「アンデッドは体内で魔力を死霊魔力に変異させる特質がある。生者ほど難しくはないんだ」
「へえ~。色々な文献を読み漁ってきたけど、そんなの初耳。じゃあ、生きたネクロマンサーで高位の死霊術を使える種族は凄いのね」
「ああ、恐ろしいだろうな」
墓地の中央まで痕跡を辿り、地下霊廟の入り口へと着いた。
地下霊廟の入り口には、鋼鉄柵に鍵穴が九つ付いた黒く大きな南京錠と、太い鎖が何重にも掛けられていた。
「この中です。って言っているようなものね」
「ジャスミン、少し離れていろ」
ジャスミンが離れるのを待ち、呪術の練り込まれた錠前と鎖に死の侵食を放つ。
錠前と鎖が変色した後破裂し、緑の棘が飛び出し骨に突き刺さった。
「おっと、 大丈夫?」
心配そうにこちらを見つめるジャスミン。
「ただの反射だ。問題ない」
死霊術を帯びた棘を抜き捨てる。
メトゥスに合図し、腐った錠前、鎖ごと鋼鉄柵を弾き飛ばさせる。
ジャスミンが自身に鋼のベール、氷の鎧を放ち、白と青の半透明のベールがジャスミンの体に沿って覆っていく。
ジャスミンと共に地下霊廟へ入る。
光源が全くない地下霊廟。
狭い階段を降りていき、フロアに着くと、そこは幾つかの大理石で作られた大きな棺に、壁穴に沿って均等に置かれている木製の小さな棺などが置かれていた。
他に変わった様子は……何か妙だな。
「視界は効くか?」
「ええ、なんとかね。それより気のせいじゃないわよね。かなり寒い」
尾を自身の体に密着するジャスミン。
「恐らく強力な呪術の影響だろう。罠に気を付けろよ」
中央にある一際大きな棺の前まで行き、プレートを読む。
──棺プレート。
ランバート家。初代当主。
先は文字が欠けていて読めない。
──
……見てみるか。
念動を使い、棺の蓋を開ける。
棺の蓋を開くと同時に石棺を砕く音がフロア内から多数聞こえ始めた。
周囲の棺の蓋が内側から破壊され、空いた穴の部分から無数の黒い蛆が蠢く腕が伸びてくる。
全身が黒い蛆に包まれ、青黒く光る目をしたスケルトンが次々と石棺から出てくる。
指に力を込め、周囲に虚無の誘いを放つ。緑に光る長い腕がスケルトン達の側に出現し、スケルトン達に掴み掛かっていく。
掴まれたスケルトンは額に烙印が刻まれていき、全身に蔓延る黒い蛆が剥がれ落ち始めた。落ちた無数の黒い蛆達は霊廟の奥へ蠢きながら逃げていった。
スケルトン達がその場に立ち竦み、こちらの命令を待っている。
「スケルトン1、奥へ向かえ」
一体のスケルトンに蛆が逃げた先へ向かわせる。
「エッヘン、オッホン。さっき罠に気を付けろよ。とか言ってなかったかしら?」
片方の眉を上げ、嫌らしい目付きで見てくるジャスミン。
「そうだったな。幸い予想通りだった」
「出てきたのは貴方のお仲間だったし。こういう仕掛けって、アンデッドでは普通なの?」
「ンフフ、どうだろうな」
純粋な死霊術とは少し異なる。だが知っている呪術ではない。知りえない未知の魔法なの。しかし、この罠には覚えがある。
「う~む」
「貴方がいる限り、死者が味方に見えるだけマシね」奥から大きな音が響いてくる「いっ!?」霊廟の奥から突然響いてくる音にたじろぐジャスミン。
石棺から出現した複数体のスケルトンを追従させ、ジャスミンと共に蛆の逃げ向かった霊廟の奥へ向かう。
前方を注視し、音の正体を気にする様子で歩いているジャスミン。
先の幅の狭まった通路には、壁から複数の呪術が練り込まれた槍が飛び出しており、先導させたスケルトンが串刺しになった後、塵になっていた。




