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奴はなぜ炎術を放って来なかった。
衛兵達が仲間の亡骸や装備の後始末に取り掛かり始めた。
住人達が立ち入らないよう衛兵が街路に立ち、規制線を張り始めた。
「さっきは助けてくれてありがと。それで、サムは大丈夫なの?」
籠の中でぐったりと動かないサム。
「恐らくサムには効かないだろう。ただ変化で疲弊し気を失っているだけだろう。心配はない。次第に意識を取り戻すはずだ」
「それは良かった。あの怪物の影響?」
「分からん。だが本質は別にあるように思える」
杖を持ったドワーフの男と、2人のドワーフ衛兵がこちらの前に来た。
「おい、早く出ていけ」
杖を持ち、立派な髭を生やしたドワーフが話し掛けてくる。
「一応加勢していたんだ」
威圧の姿勢を崩し、気だるそうな態度に変わるドワーフの男「そうだったな。感謝する。じゃあもうここに用はないはずだ。さっさと去るんだ」顔の横に片手を上げ、親指で通路を指差すドワーフの男。
見慣れた顔ぶれの衛兵が3人。こちらに走ってきた。
「隊長、彼です。俺達を例の烙印から救出してくれたのは」
「おお、そうか~。じゃあ、あんたが仲間を……礼を言うよ」兜を外し、律儀に頭を下げる衛兵隊長「それで、まだここに残っている理由を聞かせてくれるか? 気を悪くしないでくれ。これも仕事なんだ」言い終えると兜を身に着ける衛兵隊長。
コルンナティモラスの死体を指差す。
「あの死体の処理を任せてもらいたい」
腕を組み、居心地の悪そうな表情を浮かべる衛兵隊長。
「仲間を救ってくれたから一応聞くが、あれがディスコルディアの兵だってのは当然知ってるんだろうな?」
「ああ」
「そうか〜」渋い表情を浮かべ、髭を何度か整えるよう触る衛兵隊長「度胸があるな。その度胸、俺の部下にも見習わせてやりたいもんだ。はぁ〜、まあいいぞ。好きにしろ。だが必ず街の外に持っていってくれよ。ディスコルディアに解剖仲間と思われちゃ困るからな」
「感謝する」
衛兵隊長が頷いた後、駆けつけた3人の方を向く。
「おい、いつまでここに突っ立てるつもりだ。仕事に戻れ!」
「りょ、了解」
檻にいた3人の衛兵は荒れた市街地の片付けに取り掛かりにいった。
「隊長、こちらの物はどうしましょう?」
潰された鋼のオートマトンの側にいる別の衛兵が呼びかけている。
「待ってろ! 世話になったな。気をつけろよ」
「あんたもな」
衛兵隊長と2人の衛兵が呼び掛けた衛兵の方へ向かっていく。
コルンナティモラスの死体に向かう。
コルンナティモラスから滴る赤い血が泡立ち、まだ溶岩のように熱を発していた。
死体を眺める。
「こう見るとクラーケンだな」
「キュル?」
「クラーケンは蛸だったか」
「キュル」
「どっちでもいいか」
胴体の膜に腕を突っ込み、コルンナティモラスの体内を探る。
残滓の骨はどれも大きく太い。
獣や家畜の類いか。小さな骨は1つもないな。こいつは関係無いかもしれない。
内部に酸や体液でべとついていない空間があり、そこに置いてある物を掴み取り出す。
「まったく……こういう事をしていると、妙な悲しみに囚われる」
「キュル」
「お前がやるか?」
「キュ」
メトゥスが態とらしく視線を逸らす。
羊皮紙と指輪か。
羊皮紙を開き読む。
──赤い粘液が付着した羊皮紙。
あの方は情報を求めている。
アガレスを監視し報告しろ。
バロル。
──
バロルがいるのか。厄介だな。
指輪を眺め凝視する。
指輪をローブの内側へしまう。
力を込めコルンナティモラスの死体に不可視化付与を放つ。
「メトゥス、こいつを拠点まで運べ」
「キュル」
メトゥスがコルンナティモラスの死体へ持ち上げていく。
ジャスミンの元へ向かう。
心配そうにサムと話しているジャスミン。
「ねえ、本当にもう大丈夫?」
「我が愛しき女王陛下。心配など不要です。裏切り者はこの我が必ずや…女王陛下! お逃げ下さい!」
サムが睨み付けてくると骨の籠を必死に引っ掻く。
「正気を失い、ジャスミンに襲い掛かったのはお前だ」
「な!? そ、そんなはずない! 出鱈目を言うな! 我は裏切り者の嘘など聞かん!」
「本当よ。サム」
「あぁ……そ、そんな……嘘だぁーーーー!!」
サムは放心した様子で言葉を失っている。
「なぜ吸血鬼だという事を隠していた?」
座り込み俯くサム。
「別に隠していたわけでは……本当に吸血鬼になっていただなんて、思ってもみなかった。ある日、目が覚めると太陽の光がいつもより眩しく感じたんだ。喉が無性に渇く気がしたり……ん〜」
「寝ている内に吸血鬼に噛まれたのだな」
「そんな事考えたくもない」
「サム……」
俯くサムを悲しげに見つめるジャスミン。
「吸血病の治し方なら心当たりがある」
「そんなこと我も知っているさ。心臓を引き抜くのだろう?」
「いいや。治療するという意味だ」
「本当か!?」サムは直ぐに起き上がり、両方の前足を檻の骨に置く「本当か? 本当なんだな? 嘘じゃないな? 本当の本当に本当なんだな?」尻尾を大きく何度も振るサム。
「ああ」
「ど、どどどうすればいいんだ?」
「吸血鬼の血を飲む必要がある」
「……からかっているのか。それがお前のやり方なのか!!」
「サム落ち着いて。自分の血を飲むってことなの?」
「いいや。必要なのは純血吸血鬼の血だ」
「その話が本当だとしても、そんなの無理に決まってる」
ふて腐れるサム。
「そうでもない。少し心当たりがあるんだ。お前の話で確証を得られた」
「誰か頼める人がいるかな?」
「俺がやる。殺す理由が俺にはあるからな。お前のついでを受けてもいい」
「ほ、本当か!?」
「あまり期待するなよ」
「 うぅ~!」
サムは目一杯に目を輝かせ涙目になる。
「だが今は忙しい。お前を一先ずどこかへ置いておくべきだな」
「あんたがその吸血鬼の血を手に入れるまで、ずっと我はこの檻の中なのか?」
「不満か?」
「不満じゃない。不満じゃないが……ただ狭いし、窮屈だし……」
「それを不満と言うんだ」
「サム。誰かを襲う自分には耐えられないでしょ? だから辛抱して」
「勿論です女王陛下! あなたの頼みとあらばなんなりと。心からこの試練をお受け致します!」
「ジャスミンに醜態を見られぬよう祈っておけよ」
「な!? 催す際は開けてくれよ」
「どこか安全なところはない?」
「あるが……」
またメトゥスを行かせるのは億劫だな。
「私が連れていくわ。その後、希望の再会で合流しましょ」
「女王陛下よぉ~、すん、うぅ……なんと」
目に涙をにじませジャスミンを見つめるサム。
「場所は分かるのか?」
「アンデッドのにおいがする場所。でしょ?」
「まあ、そうだな」指差す「この方角の洞窟だ。マーラとイエナに……」
「マーラを知っているの!?」
「知り合いなのか?」
「まあね。古い友人よ」
「それは良い意味でか?」
「ンフフ、ええ、もちろん! ここへマーラが来たとき偶然会ったの」
「じゃあ頼んだぞ」
「サム。行くわよ」
「畏まりました女王陛下」
律儀に籠の中央にじっと座るサム。
ジャスミンが有翼と念動を放ち飛び立つ。
ジャスミンはサムの入った籠と共に拠点へ向かっていった。




