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「この辺の魔女に詳しいのか?」
「詳しいんですけど、忘れてしまって……」
「はん。院長の悪行は随分と長いのか?」
「それはもう……沢山……」
「もしマリアの話が本当なら。ケリーが生きている可能性は低いな」
「そんなはずない。ケリーが……ケリーに限ってそんな事あるはずないわ。きっと別の厄介ごとに巻き込まれているだけよ」
ジャスミンは無意識に爪を出しているのか、床にめり込ませている。
「来た衛兵はどうした?」
「それはまあ……形だけ。正直な話、いつも途中で衛兵の方々がいなくなるとかで、誰も調べたがらないと聞いた事も……。だから怖いんです。あなた方の運命も。無理強いできないのは分かっています。でも是非調査を…お願いしたい。私にできることなら何でもします。報酬は其れほど高くはないですけれど」
「他に知っている事は?」
「孤児院には在籍していない男の子がよくケリーに会いに来ていました。身なりに疑問が残る子でしたね。それから…院長は夜にここを出て、よくどこかへ出掛けて行くんです」
「どの方角だ?」
「……この方角です」
あの墓地だな。
「そうか。ジャスミン。行くぞ」
ドアを開ける。
共に部屋を後にする。
「本当に院長がケリーを連れ去ったと思う?」
「どうだろうな。常に可能性はあるさ。だが色々と引っ掛かる部分が多いのも確かだ」
「そう……。それで、どこに行くの?」
「墓地だ」
「嘘でしょ。確かに、方角はそうだけど。でもあそこには何もないわよ」
「さっきの院長から呪術の痕跡を感じたんだ。最初は分からなかったが、墓地で感じた物と似ていてな。他に当てがあるなら聞こう」
「いえ、希望の再会に行きましょう」
ジャスミンと共に孤児院の聖堂を出ると、すぐに3人の者が立ち塞がり、こちらの行く手を遮ぎった。
左の大柄で髭を生やした人間の男がジャスミンを見下ろし、睨み付けている。
男は全身に手入れの行き届き、磨きのかかった銅色の鎧に、大きな槌を背負い、槍を地面に突き立てていた。
「勝手に嗅ぎ回られると困るの」中央にいる衛兵の格好をした女ドワーフが睨み付けてくる「あんたみたいな輩は初めてじゃない。失せなさい」
「多ければ早く解決するだろう」
体をこちらに近付け、自らの胸に人差し指を数回当てる女ドワーフ「これは私の事件よ。部外者に邪魔させないわ」
「にしては人手不足のようだ。その2人は傭兵に見えるが」
「…………」女ドワーフが一歩下がる「仲間は怖じ気づいているだけよ。でも私が解決して、終わらせてみせる」先程の態度とは裏腹に弱腰にな態度を示す。しかし再び睨み付けてくる「話を逸らさないで。貴方が部外者っていう事実に変わりはないんだから」
〘⇄〙一応警告しておくべきか。だが無駄な時間を取られる。
「恐らくお前達の手には負えないだろう。俺は行方不明になった者の友人に頼まれ調べているだけだ。問題あるか?」
「ふん! どうせ私の仕事が増えるだけよ。まあ、死に急ぎたいのなら勝手にすればいい。行くわよ」
3人が立ち去って行く。
「衛兵なんて当てにできないわね」
「確かに協調性には欠けているが、本質に悪意は感じられない」
「じゃあ、協力する?」
「いや」
「どうして?」
「予想が正しければ、相手は怪物だ。それもかなりの曲者だろう」
「尚更じゃない?」
「怪物を倒せるのは怪物だけだ」
「貴方は怪物には見えない」
「お前には悪いが、俺には俺の目的がある。ケリーを救う機会があるのなら手を貸す。それだけに過ぎない。さっきの衛兵のように正義感で動く者では、怪物には勝てないだろう。ジャスミン、お前には怪物になる覚悟があるか?」
「ないわ。でもケリーを探す」
「悪く取るな。心構えを確認したかっただけだ」
「分かってる」
「魔法は扱えるか?」
「勿論よ。それに自分の身を守るぐらいなら余裕よ」
「頼もしいな」
ダークエルフの男女が歩きながら話をしている。
「まだ猟奇犯が野放しらしいわ」
「あれから随分経つってのに、衛兵は何してるんだか」
「私達避難民の事なんてどうでもいいのよ」
「そうだな。ここの領主も領主だしな。ったく、俺達から金を吸い上げてる癖に」
「吸血鬼も彷徨いてるらしいわ」
「聞いた。さっさとこんな街出て行きたいな」
「ええ。でも、もう少しの辛抱よ。もう少しで十分なお金が貯まるから、傭兵を雇って、どこか別の国へ行きましょう。後、お願いだからギャンブルで擦ったりしないでよね」
「分かってる。分かってる。俺だってそこまでバカじゃない。それで次はどこへ行く? ここも最悪だが、すれ違いざまに刺される故郷のノクターナルよりはまだマシだぜ」
「分かってる。ニーベルンゲンに行く手筈を整えてもらうよう頼んでいるの」
「ニーベルンゲン……嘘だろ!? 辿り着く前に魔物共に食い殺されるぞ。それか野盗やアナーキスト。あぁ、自殺行為だ…。リベルタリアに行くべきじゃないか?」
「それこそ辿り着く前にウェルミス兵士の朝食にされるわよ」
「ウェルミスの兵士は、本当にもうそこまで来てるって?」
「ええ、フリーカンパニーの人達がきな臭いって言ってた。それと軍隊より、魔物や野盗ならまだ生き残れるだろうって」
「はぁ〜、危険からは逃れられないか……」
「だから腕の良い護衛を雇うんでしょ」
「誰もやりたがらないじゃないのか?」
「そんな事ないわよ。みんなこの街から離れたがっているし、飢える心配がなければやってくれるわよ」
「俺達が獲物にされるかもな」
「ちゃんと用心してる。格式のある傭兵団に頼んでるの」
「割高だがな。それで、無事に辿り着けたとして、どうする?」
「ハイオーク達が避難民を受け入れている砦があるそうなの。そこなら安全だって」
「確かか? 酒場の酔っ払い共の話だろ?」
「あら? お酒が入ると本音を溢すものなのよ。あなただってそうじゃない」
「あぁ…うぅ…」
「ハイオーク達は食に煩いって話よ。貴方の料理の腕があれがきっと、すぐに仕事が見つかるわよ」
「奴らの口に合うといいがな…」
「それは向こうに着いてから心配すればいいでしょ」
「まあ、そうだな」
「こっちよ」
墓地へ向かって歩いていると……。
「おーい! おいおい!」
聞き覚えのある声がこちらを呼んでくる。
銀猫のサムが羊の前で騒ぎ、飛び跳ねながら前足を振り叫んでいる。
木の柵で囲われ、柵の内側は地面に藁が敷き詰められていた。
他に数頭の牛、羊、鶏などが柵内を歩き回っている。
サムの元へジャスミンと共に向かう。
「サム。こんなとこで何をしている?」
「これはご機嫌麗しゅう、愛しのジャスミン女王陛下」
サムが地面に腹と額をつけ、ジャスミンに深々と頭を下げる。
「サム。私達はいま急がしいのよ」
「勿論分かっています」サムはすぐさま後ろにいる羊に体を向けた「おい! 聞いたかこの不届き者!この我が友人は偉大な戦士であり、この場で今すぐお前の正体を暴き、女王陛下の元、貴様を罰することになるだろう。さあ戦士よ。行くのだ!」
「…………」
「ん!?」
サムが困惑した表情で顔をこちらに向ける。
「なぜ呼び止めた」
「なぜ、だと!? 見ての通り。この怪物がいるからさ。我はジャスミン女王陛下が困っていると聞きつけ、子供を狙う捕食者を見つけ出したのだ!」右前足を上げ、顔の前で肉球を握り締めるサム。
「ねえサム。この羊が子供を誘拐したって、本気で言っているわけじゃないわね……」
困り果てた表情でサムを見ているジャスミン。
「あ~♪ 愛しき女王陛下よ」二本足で立ち、胸の前で2つの前足の肉球を合わせるサム「疑問を抱かれるお気持ちは大変、よく理解できます。ですが直ぐに賛辞の言葉へ変わると、このサムは信じております。その暁には女王陛下の軽い抱擁を所望したく……」
「まったく気障で口煩い毛玉だ。食事も静かにできん」
草を頬張りながら、羊が不満を漏らした。
「うそっ、本当だったのね」
身構えるジャスミン。
羊の瞳の奥から感じられる強力な変性の気配。そして羊の奥底から漏れ出る殺戮を糧に燃え滾っている灼熱の魂。
サムが四足に戻り羊の方を向く。
「おい! 少しは身を弁えるんだな!」
「黙れ毛玉!!」
羊が一喝と共にスクリームを解き放ってきた。
「うっ……」
姿勢を低くし、耳を外側に寝かせ怯えるサム。
ジャスミンもスクリームを受け、少し辟易ろいでいた。
羊が目を赤く光らせ、じっと凝視してくる。




