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ヴォイドの呼び声Ⅰ虚無の跫音  作者: 逆立ちハムスター


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OBLATION ヴォイドの呼び声Ⅰ

全 Ⅰ章 〜 Ⅻ章

下 Ⅶ章 〜 Ⅻ章

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────

Ⅶ章 狂気

Ⅷ章 信仰

Ⅸ章 闇の表面

Ⅹ章 意企

Ⅺ章 悪魔狩り

Ⅻ章 報復

────



── Ⅶ章『狂気』──



笑いが時を優雅にする。『王達のペット』より。著:ドレク:宮廷道化師。



ロレンツォの書斎へ戻り、持っていた本の目の輝きが失われると同時に転移門が消滅した。

「はぁ…はぁ…」

ロレンツォが片手で胸を抑えている。

「平気か?」

「あぁ。戻って来れて本当に良かった。本当に。でも不思議だ。まったくあそこにいた感覚が…ないんだ。まるで夢から覚めたような」

「無理もない。あの場所は時が止まっていたからな」

「なんて恐ろしいんだ。もうこんな経験は御免だ」

「これから起きる事に比べれば、大した事じゃないさ」

「そうか…。覚悟が必要なようだな。あぁ、それよりアンナの件はどうなった? 何か分かったのか? あの奇妙な場所と、その本に何か関係があったのか?」

「これは本ではない。強力な死霊術が掛けられる罠があったんだ。アンナはそれを受けてしまったようなんだ」

「元に戻せるのか?」

「いいや。現状は無理だ」

「そんな……」

「だが差して焦る必要はない。直接的な害はないだろう。アンナの気持ち次第だがな」

「なら一先ずは安心か。だがアンナはなぜ……いやもういいか。私は少し休むよ」

「ああ」

ロレンツォが書斎を出て行く。


ゆっくりと歩きながら周囲を見回しているエスティナの元へ行く。

「気分はどうだ?」

「はぁ~。いいわ。それなりにだけど。あそこを出てから、頭が次第にハッキリしてきているの。物事が鮮明に認識出来るようになってきた」

「それは良かった」

自らの手を見つめるエスティナ。

「こんな感覚いつぶりかしら。自分を自分と認識できるなんて。また味わえるなんてね」久しい感覚を噛み締めている様子のエスティナ。エスティナが俺の方を見る「もう駄目かと思ってた」

「具体的には、どんな感覚だったんだ?」

「そうね~。石を淡々と積み上げる作業。苦ではなかったわ。ンフフ、不思議とね。まるで自分を遠くから眺めているような……そんな感覚だった。でも、今なら分かる。あの時は、自分かどうかすらも分からなかったから。薄れる意識の中、ただ……ただ呆然と眺めていた。意味もなくね。それで…貴方は一体誰で、ここは何処なのか教えて」

「もう分かっていると思うが、俺はアンデッドだ。ここは随分と時が過ぎた世界。俺も、お前と似たような境遇でな。今はあまり力にはなれん」

エスティナは動揺する素振りもなく、落ち着いた様子で小さく頷いた。

「お互いこれから大変ね」

「まあな。お前はなぜあそこに?」

「どうだろう。あまり覚えていないの。遠い昔……遠い昔に感じるから。魔道具で入ったのは確かね」

「この本ではないのか?」

「いいえ、たぶん違う。それは分かるの」

「ふむ」

本を裏返し、観察し、表に戻す。

「ねえ、あなたは一体どうしてあそこに? なぜ助けてくれたの?」

「お前と違い、入る意思はなかった。不可抗力でな。悲しいが、罠に掛かったんだ。お前を助けたのは……特に理由はない。なんとなくだ」

「ネケシタスのいたずらね。でも感謝しなくちゃ。あの場所から出してくれて本当にありがとう。心から感謝してるわ」

「者によっては嘆き悲しむ。大切な者も大勢いただろう」

「そうね。でも、あの場所に永遠に囚われる恐怖よりは、耐えられる」

「君はとても強いな」

両方の眉を上げ、軽い笑みを浮かべるエスティナ。

「ンフフ、ありがとう。あぁ……その…言いにくいんだけど…。もう一度助けて欲しいの」

「構わん。聞こう」

「私は生前、まったく信仰心がなかった。だからつまり……」

「魔術師は基本、ヤーヌスを信仰していると思ったが、違うのか?」

「いいえ。それは正しいわ。一般的には、そう。でも私は……横着してて。今思えば浅はかだったわ」

「安易に魂を神に委ねるのが最善とは限らない」

「ンフフ、そうね。確かにそう。私は幼少の頃からずっと本ばかり読み漁ってきたから、貴方の懸念も十分理解できる。でも、このままだと魔法の影響が切れた時、私の体は一瞬で朽ちてしまう。痛みもそうだけど、まだこの世界には未練があるの。沢山ね。失った時を少しでも取り戻したい。ヴォイドなら、受け入れてくれるかもしれないって。どうかな?」

「協力してやりたいが、難しい問題だ。俺は神でもないし、本当にリッヂかどうかすらも怪しいんだ。それに、俺の知る限り、ヴォイドはもうこの領域では信者を見捨ているようなんだ」

エスティナは取り乱す事なく落ち着いていた。エスティナが軽い笑みを浮かべ口を開く。

「ヴォイドがそう言ったの?」

「いいや。ただの憶測さ。悲観的だが、まあ現実的だろ?」

「でも世界はそんなに単純じゃない。でしょ?」

「ふむ。君は…俺が目覚めてから、この世界で出会った中で最も魅力的だ」

「ンフフ」

「力になれるのなら手を貸そう。望むのなら、アンデッドにしよう」

「ありがとう」

「だが本当にいいのか? どうなるか分からないぞ」

「お願い」

「早計すぎると思わないのか?」

「う~んう~ん」エスティナが首を左右に振る「思わないわ。はぁ~、近くにデーモンの気配を感じるもの。それも、とても強い気配。きっと私の魂を欲しがる。デーモンの玩具になるなんて御免よ。覚悟はできてる」

「恨むなよ」

「ンフフ、それはどうか分からない」

「ハッ。痛むぞ」

エスティナは目を瞑り、両手を胸の前で握りしめる。


力を込め、ヴォイドの誘いをエスティナへ放つ。


…………。


エスティナの体が緑の光に覆われていき、両目が緑に輝き始めた。

エスティナの体は宙へ浮き、エスティナが苦しみに耐えながら上を見上げている。

両手を広げ、昇格の儀式を全身で受け入れていくエスティナ。


エスティナの体を包み込む緑の光は次第に収まり、エスティナは両足を地面にゆっくりと着けた。

エスティナが広げた両手を元に戻すと同時にこちらへ顔を向ける。

エスティナの体は緑の半透明な体へ変化し、エスティナは心地良さそうな表情を浮かべていた。

「それで、気分はどうだ? 意思や記憶は残っているか?」

「ンフフ、ええ。まだエスティナよ。気分はとてもいいわ。不思議とね。痛みも、思ったより耐えれた。こんな事で生前の鍛錬の成果が分かるとは皮肉よね。それに……本当にヴォイドは何も要求して来なかった。それどころか、姿形すら見当たらなかった。文献なんて当てにならないものね」

「残念そうだな」

「私程度、会う価値すらないって事よね」

「だが裁量は為された」

「優しい神よね」

「ヴォイドの真意は分からん。今は

、ただ気紛れを起こしている時期なのかもな」

「それは疑問が残るわ。ヴォイドが見返りもなく、やっているとは思えない」

「神だって、退屈さ。他の神もさして変わらんだろう」

「私は意図を感じる。直接的ではないけれど、何か……」

「ふむ。否定はできんな。だがヴォイドしか知り得ない事を考えても、仕方がない。それよりその体に慣れるのは少々辛いぞ」

「あらそうなの? 経験から?」

「ああ。特に本能の部分を抑えるのが厄介だ。普段の抑制は容易い、不確定要素が発生した時、対処が困難に陥りやすい」

「用心しておくわ」


近づく悪魔の気配を感じる。

「感じるか?」

「ええ、悪魔ね」

赤い煙が目の前に現れ、悪魔が姿を現す。

両手を腰に当て胸を張り、片側の肩をこちらに近付ける「良くやった」すぐに姿勢を戻す悪魔「いや~、我は……ゴホン、いや我はアガレスだ!」

エスティナと互いに顔を合わせ、すぐに悪魔の方を見る。

「二度も自己紹介してくれるとは親切だな」

「そ、そうか。ゴホンッ! いや、なんて口の聞き方だ! 私はアガレスだぞ!」

「用がないのなら失せろ」

「ああ、分かった。 いや! お前に称賛を伝えにきたのだ。ありがた〜く思え。あ~、害虫を…一匹…片付けたようだな。我は嬉しいぞ」

「そうか」

「ここはもっと感情を高ぶらせるところだぞ骨。いやアンデッド…スケルトン…リッヂ。と・に・か・くだ。良かった」

「良ければ他の害虫も片付けよう。そうだな~。手始めにお前からってのはどうだ?」

「なに!?」

「メトゥス」

「キュル!」

メトゥスが瞬時に触手を伸ばし、悪魔の首に巻き付けていく。

「うっ! うぅ……うぅ! よ、よせ!」メトゥスが触手の締め付けを強めていく「こ、降参だ……」


〘⇄〙このまま始末するか。或いは見逃すか。

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