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ヴォイドの呼び声Ⅰ虚無の跫音  作者: 逆立ちハムスター


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部屋全体が歪み始め、視界が暗くなり、視界が消滅していった。

歪んだ視界が元に戻る。

黒く小さい目玉がじっと見つめてくる。

「クソがっ」

地面を叩くと、黒く小さい目玉の生き物が散っていった。

立ち上がり周囲を見ると、無数の岩が宙に浮かび漂っていた。

「領域外に飛ばされたか。ロレンツォ!」

「こ、ここだ」

ロレンツォの囁き声が聞こえる。小石の散乱する地面にうつ伏せに倒れ、腕が石化し始めているロレンツォ。

よく見ると小石がロレンツォに石化の魔法を放っていた。

「失せろ!」

念動で衝撃波を放ち、小石の生き物達を吹き飛ばす。

「アァァァ! ア、ア、アァァァー!!」

低い唸り声が周囲一体に響き渡る。


見上げると、緑の半透明な巨大な骨百足が通り過ぎていった。

「な、なんだ今のは!?」

巨大な骨百足はこちらの上空で向きを変え、下へ向かって降りて来る。百足の顔面は奇妙な笑みを浮かべた羊の顔だった。

宙に漂う岩で丁度視界が覆われ、巨大な骨百足への視界が遮られた。

岩が視界から外れると、百足は姿を消していた。

「メトゥス無事か?」

「キュル」

「ロレンツォを触手で覆え」

「キュル」

「ロレンツォ、動くなよ」

「わ、分かった。お、大人しくしてるよ」

メトゥスがロレンツォの元まで行き、触手を伸ばし小さなドームを触手で形成していく。ロレンツォはじっと地面に伏せたまま身動きせず、メトゥスの触手のドームに覆われていく。

「そこで待っていろ。出口を探してくる」

「あぁ……」


上方の宇宙は輝く緑の靄に覆い尽くされ、次第に靄に2つ穴が開いていき、じっと見つめられているような感覚に囚われた。

奪われそうになる意識を戻し、前方を向き先へ進む。


周囲の景色は一面宇宙。

不可解な靄が無ければ平衡感覚が分からなくなるだろう。

小石まみれの地面に引き寄せられるように先へ進んでいく。

踏み歩くごとに小石が宙に舞い上がり、漂っていく。

周囲には大きさの違う岩が無数に漂い、時に視界を阻害する。

気が付けば靄は右側に捉えるほどの場所まで来ていた。

直線に伸びる岩の地面を進むほど、靄の位置がずれていく。

クソッ、これ自体がデカい岩か。

先にある大きな岩を目指す。


漂い動く小さな岩々の地面から、静止する大きな岩の地面に浮遊し渡り歩いていく。

靄は相も変わらずこちらを見つめているようだ。だが何かしてくる様子も見られない。

舐めた真似を。

辺りを見渡すと多くの小石が積み上げられたオブジェクトが無数に置かれていた。

遠方は緑の靄に包まれ見通せないが、彼方までオブジェクトが積まれているように見えた。

前進し歩き続ける……。


…………。


…………。


暫く歩き続けると遠くに青い光が垣間見えてきた。

確認に向かう。

オブジェクトが囲う中央付近には、しゃがみ込み、小石を拾う種族の姿をした半透明の青い霊魂の姿があった。

「一体何をしている?」

ゆっくりとこちらを見る霊魂。

「小石を拾ってるの」

そしてすぐに地面の小石を淡々と拾う作業に戻る。

「なぜだ?」

「小石を集めないといけないの」

「これは全部お前がやったのか?」

「そう。それが私の仕事だから」

「ここからどうやって出ればいい?」

「ここからは出られない。だって小石を集めなきゃいけないから。それが私の仕事。あなたも、一緒にどう」

霊魂は地面の小石を拾い続ける。

魂は空じゃない。だがまるで抜け殻だ。魂が苦痛を感じている様子もない。まさかここは……。


霊魂が積み上げた小石のオブジェクトの間を進んでいく。

暫くして小石のオブジェクト群を抜けると靄が消え、遮る物が一切ない広大に続く石の地面が視界に入る。

景色に違和感を感じ目を凝らす。

すると広大な石の地面は次第に縮小していき祭壇へと変化していった。


不安定な領域なのか。敢えて多重魔法を掛けているのか。やはり牢獄なのか。いまいち納得がいかないな。


祭壇には一冊の石の本が置かれており、表紙には虚ろな表情をした羊の顔が描かれていた。

側には状態の良い精巧な魔法の羊皮紙がいくつか置かれていた。

羊皮紙を手に取り読む。


──祭壇に置かれた羊皮紙。


モナーク魔法省長官。エスティナ。


私は長年の研究の結果、ようやくリーケンが残した秘密の1つに辿り着く事に成功した。

これはイニティウム史に残る快挙になるだろう。


しかし非常に危険な道のりだった。

リーケンはとても狡猾で用心深く、新たな魔法を生み出すほど知識を極めた恐ろしきウィザード。

ここまで無事に辿り着いたのは、自らの力だけでなく神々の加護があったからだろう。

単純なようでとても複雑で危険。どんな罠があるか分からない。それが罠かすら認識できないまま罠に囚われてしまう恐怖。一切油断は許されない危険な旅だった。


リーケンの秘密の書庫に行くにはまず、様々な物体に変化している魔道具を見つけ出す必要があった。

蓋のある小瓶、古びた本、鞘のある剣、宝石箱など、まったく予想がつかない。本質を見抜くには変性魔法に対する深い知識が必要でもある。

仕組みを完全に理解できないのは残念だが、リーケンは自身が生み出した変性魔法で物質に強力な変性魔法を付与し、その存在を隠していたという事は分かっていた。

この変性を見破るのがまず最初の難関となってしまった。

しかしそれはさほど難儀な問題ではなかった。問題はこの変性魔法を見破ったはいいが、その先にはさらに強力な罠が仕掛けられている点。

探求衝動に駆られ、まるで魅了魔法を掛けられている時同様の感覚で強く引き寄せられた。

恐らくリーケンが最も得意としていた死霊術。迂闊に確認しようとすれば自身に死霊術が掛かる仕組みとなっていた。

これは非常に強力な死霊術であり、解くのはマスターローレンスすら困難と言わしめたかもしれない。

リーケンの秘密を探る者は皆、ヴォイドの従属となるのだから上手く考えられたものだ。

──


──祭壇に置かれた羊皮紙2。

私は用意した魔道具、知識により無事に罠を掻い潜る事に成功した。

入念な事前準備が功を成した形だ。まあ、豊富な予算あっての事。

そして今、私はこの奇妙な場所へと辿り着いた。

そう、ついに辿り着いた。


恐らくここは別領域。

リーケンが生み出した領域、或いは別の神が支配する領域。

今のところ敵対的な者や、神らしき姿も見当たらない。

ただ不安はない。

アークウォーカーであるヒューバートのようになった気分に浸り、私の心は興奮で満ちている。

──


──祭壇に置かれた羊皮紙3。

当初の自身の心情を疑うほどに、この場所には恐怖を覚える。

私以外に誰もいないのだから。

いっそのこと襲われた方がまだ安心できる。

まるで世界で自分、たった1人になってしまった感覚になってしまう。

ここにいると不思議と体の感覚が薄れていくのを感じる。

何かの魔法がこの領域を覆っているのかもしれない。

不可解だが、ここでは時が止まってしまっているように思える。


マスターローレンスから受けたタイムアウトの感覚に酷似しているからだ。

いまこの場にマスターローレンスがいれば、きっと素晴らしい助言を提案してくれたに違いない。

──


──祭壇に置かれた羊皮紙4。

幻惑のベールで隠されていた祭壇を見つけた。これも非常に強力な魔法の一種だった。

それから一冊の石の本と小さい魔法石が祭壇に置かれていた。リーケンが置いたのか。しかし一体なぜ。まるで誰かが取りに来るのを待っていたかのような。謎は深まるばかり。


ただ答えを求めるのは楽しく苦にはならない。

けれどリーケンはどこまで用心深いのだろう。リーケンがここまで用心深いのには何か理由がありそうだ。それも帰ってから何れは調べなくては。

未知への好奇心は抑えきれない。

──


──祭壇に置かれた羊皮紙5。

本を開きたいが、ここで開けるのは恐らく危険。

一度魔法省に持ち帰り、他のアークメイジ達の助力も兼ねて調べることにする。

何よりマスターローレンスの驚く顔を見てみたい。

──


──祭壇に置かれた羊皮紙6。

帝国にある転移門への扉が開かない。

ペンダントは壊れていないようだが、まだ何かリーケンの仕掛けでもあるのだろうか。

焦る必要はない。

来れたのだから帰れるはず。

──


──祭壇に置かれた羊皮紙7。文字が掠れてきている。


どうやってもここから抜け出せそうにない。

もうどれくらいここで過ごした事だろうか。

ここでは時間が止まっている分、焦る必要はない……はず。焦る必要はない。焦る必要はない。

絶対に出られる。

──


──祭壇に置かれた羊皮紙8。文字が掠れている。


頭がぼんやりとしてきた。

考えるのが辛く、苦しい。早く考えるのをやめて楽になりたい。もう何も考えたくない。

最近自身の名前を忘れていた。随分前、羊皮紙を見て思い出した気がする。

最近だった? もう記憶がごちゃごちゃになってきてしまった。

でもこれは本当に私が書いたものなのだろうか。

私以外の誰かが先にここへ来て、書いた物かもしれない。

だとしたら私は一体誰なのだろうか。

──


──祭壇に置かれた羊皮紙9。

マスターローレンスに貰った明晰の指輪が私を窮地から救ってくれた。彼には感謝しかない。

だがこの領域全体を覆う魔法が強力過ぎて、指輪がひび割れ始めてきた。

早くここから抜け出す方法を探さないといけない。

もう分かっている。この本しかないと。

──


──祭壇に置かれた羊皮紙10。

表紙に宝石を嵌め込む箇所がある。

ここの祭壇にあった宝石を嵌めればいい。そうすれば開くだろう。

だが取っておいた筈の宝石が見つからない。

いつ落としたのだろうか。

あの明晰の指輪が抵抗している間に、私がさ迷い、どこかに落としたのかもしれない。

もう探す気力すら湧き上がってこない。指輪の効力が落ちてきているのだろう。

これを書き終えたら、この何処までも続く広い領域から小さな宝石を探す事にする。

もう間に合わないのは理解できている。


せめて何か目的を持っていれば、意識を失った後でも無意味にさ迷うことなく探し続けられるかもしれない。運が良ければいつか。

願わくば、哀れにさ迷う私が石を見つけ出し、本に嵌めるという行いをする事を今から祈るしかない。


好奇心に駆られる魔法に、自我を喪失する魔法。抗い、本と石を手に取るべきではなかったのかもしれない。

マスターローレンスの忠告を聞いていれば……もう彼に会えないのが寂しくて仕方がない。

もう一度だけ彼の声が聞きたい。

それが今の私の最後の願い。

──


本を開くには特定の石が必要か。早く探さねばな。

俺もエスティナのオブジェクト仲間になってしまう。


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