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今の所、何者かが後をつけて来ている様子はない。このまま何もないといいが。
先に見えるマーラのカンテラの灯りを見ながら階段を降りていく。
獣人は暗闇で目が利くと思ったが、如何せん僅かな光量が必要なのか。不便だな。
マーラが側に来る。
「アンデッドが街の近くに来るまでよくバレなかったわね」
「運が良かったのかもな」
「それにしてもよ。ノームとかディアーナの恩恵を受けてるから見えてたんじゃない?」
「高視力の事か?」
「そうそう」
「あれはノーム特有の種族特性だ。ディアーナの恩恵とは異なる」
「そうなの? え、不可視化を見破れるんじゃなかったっけ?」
「いいや、違う。それはルーナの自然の眼だ。少なくとも俺の記憶ではな。奴らややこしい関係なんだ」
「詳しく知ってる?」
「お前がお喋りだってのは知ってる」
「フッ」
鼻で笑うマーラ。
「ああ、知ってるさ。なぜか頭に染み込んでる。一から話すと退屈だ」
こちらを見つめ何度か頷くマーラ。
前を向くが、マーラの視線を感じる。
「聞きたいのか?」
「もちろん。カビのにおいだけ嗅いでいるなんて退屈だもん」
「はぁ、ディアーナは最初、狩人達に夜にも獲物を追うことができるよう暗視の恩恵を授けようとしたんだ。暗闇を見通せる力を自らの信仰者達に与え、自身の恩恵の偉大さを広めたかったんだ。だがディアーナの双子の姉である月の女神ルーナがそれを阻止した。ルーナは昔から双子の妹であるディアーナと確執があって嫉妬していたんだ」
「それでルーナはどうしたの?」
「ディアーナから暗視の恩恵を得た狩人達の両目を次々と奪っていったんだ」
「わお」
「ルーナの怒りを恐れた狩人達は、日が暮れる前に狩りをやめるようになり、今の狩りの習慣が根付いた。それで人々はディアーナに暗視の恩恵を求めなくなっていった。でもルーナはそうするしかなかった。ディアーナに信者を多く奪われ、自らの神殿を失い、神として役目を担う前からの妹への復讐心も抑え切れなかったんだろう。そしてディアーナの次の行動。いわば自分のアイデンティティーである漆黒や夜まで侵食され奪われたくなかったんだ。追い込んだのは妹のディアーナの方だ」
「へえ〜」関心したように頷くマーラ「それから?」
「それで、ルーナは残酷な夜の女神として、一時期人々に恐れられるようになったんだ。だがディアーナも当然黙っている訳もなく。それから双子の姉妹は不毛ないたちごっこを始めた。種族は神ほど文明が長続きしないから、次第に種族間での伝承が雑然になっていったんだ」
「う~ん♪」
「満足か?」
「私こういう話好き」
「ミュトスの書き記しならいくらでもあるだろう。無いのか?」
「勿論ある。けどやっぱり読むより、こうして聞く方が好きかな。それになんたってリッヂの語りなら尚更」
「もう着くぞ。用心しろ」
長い階段を降り終え、アンダーグラウンドの一角へ着く。
「うわ、まるで迷路ね。ねえ当然見えてるよね?」
「ああ」
「うぅ!」
マーラは肩を縮め、軽く身震いさせている「こんな広くて真っ暗でじめじめしたとこ、最高ね」
広大な空間にいくつも枝分かれした通路。
枝分かれした通路は多くが曲がりくねっており、容易に先を見通す事ができない。
天井や壁は比較的その頑丈さを保ってはいるが、通路のあちこちは瓦礫が散乱している。
時折小さな粉塵と共に小石が天井から落ちてくる。
地図が正確な事を願おう。
「アリ、ミート向こうだ」
「ねえ、今更なんだけど。その地図を渡した相手って信用できるの?」
「できん」
「はっ!? 嘘でしょ」
「初めてお前と会った時の信頼に近い」
「なにそれダメじゃん。一度戻って…」
「来たぞ」
体液の滴る音を立て、天井の隙間や通路の端に入った、亀裂から様々な色をした多数のスライムが湧き出てくる。
半透明の体内に無数の虚ろな目玉が漂い、全ての目玉がこちらを凝視してくる。
障壁を放ち、アンデッド達に遊撃の指示を出す。
前方のミートが両手で拳を作り、複数のスライムを粉砕していく。
アリゲーターも加勢し、前足の鋭利な爪や長い尾でスライムを次々と引き裂いていく。
ミートやアリゲーターに粉砕されたスライムの体が辺りへ音を立て飛び散り、煙を上げ壁を腐食していく。
前方から、スライムの体の一部がこちらまで飛んでくる。
スライムの体の一部はイエナとマーラの前に立ち塞がっているデュラハンにも当たり、デュラハンの鎧に触れると同時に煙を上げデュラハンの鎧を溶かしていた。
「まずいわね」
マーラが貧弱なマジックオーラを放ち、足元に白い魔法陣が現れる。
マーラの放つマジックオーラの影響で周囲の味方全員の足元にも其々白い魔法陣が現れ追従し始めた。
左右、後方からも次々とスライムが隙間から湧き出てくる。
マーラが両手から小規模のアイスシャードをスライム目掛け放っていき、側面右側にいるスライム達を氷柱で次々と串刺しにしていく。
扱いの難しい水術を扱えるのか。
マーラのアイスシャードは比較的近いスライムには当たっているが、離れ、動きが機敏なスライムには当てられず外していた。
右手に力を集中させデセラレーションを放つ。
周囲に死霊のショック波が駆け抜ける。
上手くスライム達の足元に緑液が現れ、スライム達の動きが鈍くなった。
「ちょっと!」
マーラが片膝を突き、辛そうにして睨み付けてくる。
マーラの足元にも緑液が波打っていた。
「ハハ、モート、マーラを連れて来い」
後方では蜘蛛が尻から糸を出し、後方に糸の壁を築きスライムの進行を防いでいた。
スライムが糸の壁の隙間に体をねじ込ませ、突き破ろうとしている。
糸の壁を抜けようとするスライム達をバジリスク、デスフラワーが攻撃し始めた。
バジリスクは強靭な口で突破してきたスライムに喰らいつき、一飲みにしていく。
デスフラワー達は頼りない短い腕や足でスライムを糸の壁の向こう側へ押し戻そうと健気に奮闘していた。
応戦していたモートがきりをつけ、マーラの元へ向かう。
マーラに背を向け、側面左のスライム達に応戦しているイエナ。
イエナは両手を開き、前方へトルネードを放っている。
しかし、あまりにも弱々しい。イエナの放つトルネードはまったくスライム達にダメージを負わせらていないようだ。スライムを寄せ付けないだけで精一杯のようだが、困難な風術魔法を扱えるだけで称賛に値する。迷いなく戦うイエナの姿勢は、出会った当初に比べ成長しているのを感じる。




