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側の壁には綺麗に洗われ、磨かれた装備品が一列に立て掛けられ、並べられていた。
濡れた装備品から水滴が滴り、青い大理石のタイルを伝って排水口へと流れていく。
別のカンテラ型のオートマトンが装備品の側で炎を滾らせ、乾かしている。
脱衣場の奥にあるドアへ向かい、念動で横にスライドさせ開ける。
ドアを開けると蒸気が視界を覆う。
小さな椅子に座ったマーラが、オイルを手に取りながら泡立て、体を洗っていた。
マーラが全身白い泡に包まれ、目を瞑り、うつつ抜かしていた。そして呑気に鼻歌を口ずさんでいる。
このリズム、どこかで聞いた事があるな。しかしそれよりも、この声を聞いていると妙な感覚になるな。出会った時は気のせいかと思ったが、無意識なのか。
「すこぶる機嫌が良さそうだな」
「アッーー!!」
マーラが胸を片手で抑え、空の桶が飛んでくる。
顔に飛んできた桶を念動で受け止める。目の前の桶の底を氷柱が突き抜ける。
「脅かすつもりはなかったんだが、無用心じゃないか?」
桶を捨てる。
「もうっ!! 脅かさないでよね」
「お前ほど悠長に過ごせなくてな。邪魔するつもりはないが、ブラックハンドの事で話したい事もある。まあこれ以上干渉されたくないのなら、無理強いはしない。今すぐ消える」
「まあまあ、そんな事より一緒にどう?」
したり顔で見てくるマーラ。
目を細め、返す。
「分かった、分かりました。体を洗ったらすぐ出るから。もう、その顔で見られると気味悪いから」
「急げよ」
入り口へ向かう。
「でも正直悪くないでしょ?」
「何がだ?」
「ほら~、髪とか、体とか」
「さあな、分からん」
「はいはい。アンデッドと違って私は神経あって寒いんだから、ちゃんとドア閉めてよね」
「ああ」浴室を出て、念動で後方のドアを半分閉める「そうだな」
「ん?」
「確かに肌も綺麗で、物も大きかった」
「アッーー!! しっかり見てたんじゃなっ!……」
ドアを閉める。
個室前の壁に背を預け腕を組む。
しかし分からんな。一体何故蘇ったのか。何の意味があるのか。
何か、根本的に抜け落ちてしまっている気がするな。
思い返しているとドアが開いた。
「あ~! さっぱりした」
白いタオルで頭を拭きながら出てくるマーラ。
「お待た~」
片手を上げるマーラ。
「…………」
「怖い顔。ねえ、この気持ちよさを味わえないのって辛い? それとも辛くない?」
「これから下水に行くんだぞ」
「嘘でしょ…」
「来たくないのなら別に来なくていい」
奥の階段へ向かう。
「また〜、行くって」
結局この石は何だったんだか。石を通路に捨て、階段を上がる。
「何故ついて来る?」
「冒険が好きだから。それにリッヂと冒険できる機会なんて、逃せない」
「ふむ」
「私は別に、アンデッドに偏見なんてないしっ。それにあなたは悪そうには見えない」
「風呂に無断で入ってきたのにか?」
「ンフフ、あなたも冒険好きって事よね」
「かもな」
「ンフフ」
首を軽く左右に振るマーラ。
「俺意外のアンデッドと会った事はあるのか?」
「うーんうん。無い」
階段先のドアを抜け、テラスへ着く。
夜の街を眺める。
酒場から聞こえる賑い、別の建物から聞こえてくる陽気な談笑が届く。
「平和だな」
「う~ん♪」片手を曲げて肘持ち、もう一方の腕を伸ばす片手を伸ばすマーラ「良い気分。それで話って?」
丸めた地図を取り出しマーラに手渡す。
「地図だ」
「ふ~ん、これって街の地下の?」
「そうだ」
「一体どうやって手に入れたの? この街に来て半日も経ってないっていうのに」
「★印にブラックハンドの拠点がある。お前は興味あるか?」
「ない」
「意外だな」
「そう? ねえ、イエナ達を迎えにいかないといけないじゃない?」
「ブラックハンドの拠点は、街へ安全にアンデッドを侵入させる通過地点だ。理由を言ってみろ」
「あ〜ん。ただ、興味がないだけ。それより、あなたはそこに行って何をするつもりなの?」
どこか悲しげな表情になるマーラ。
「立地的に足掛かりにするのに丁度良いと思ってな。ここまで来たんだ。お前も加わるか?」
そう言い終えると、マーラの表情が険しくなった。
「ねえ、あなたの名前、教えてもらってもいい?」
マーラは急に思い詰めた口調で話し始めた。
「なんだって? マーラ、風呂に入ったせいで逆上せたのか? それとも…」
「いいえ。それより答えてくれるの?」
「分かっているだろう。俺はリッヂだ」
「分かってる。どうせヴォイドに魂を捧げたとでも言うんでしょ」
「分かってるなら聞くな。俺はもう行くぞ」
「待って、おかしいでしょ? リッヂといえど、ただのアンデッド。種族だろうと神だろうと誰かに従属しているただのアンデッド。ヴォイドがあなたに旅をしろって? そう言ったの? 私みたいなネクロマンサーでもない獣人を助けて、また信仰を広める駒にしろって? 今までヴォイドを信じて、全てを捧げてきた人達を見捨てて、今更こんなくだらない事を指示してるわけ? また平気で見捨てる神の為に、仲間に加われですって? あなた達にとっては取るに足らない存在だとしても、そこまで馬鹿じゃない。あなたが今まで本当の事を黙っていたから、私も言わなかったけど。私の父はリッヂだったの。そう、ヴォイドに恩恵を与えられたリッヂよ。でも父はある日突然、神に見捨てられた。心から信じていた神にね。突然見捨てられたのよ。酷い話でしょ? それからはもっと酷かった。まあ、貴方は責めるつもりはない。使者としての務めを果たそうしているだけだけから。だからきっと私みたいな存在が何を言っても貴方にはきっと届かないでしょうけど。でもあなたも遅かれ早かれ裏切られる。もしこのまま行くというなら勝手に行けばいい。でも私は手伝うつもりもないし、逆に邪魔するかもね」
振り向き、静かにマーラに迫る。
マーラが怯え、強張った表情で腰に差した短剣に手を置く。
〘⇄〙
寄り添う。
突き離す。




