5限目 付与魔術
ぼくは異世界で初めての朝を迎えた。
朝食を済ませ装備を整えると、山岳部は地下大迷宮へと出発した。
広大なフロア階の片隅でミーティングを行う。
「本日のテーマも新入り二人のレベル上げだ。獲物を倒しながら行ける所まで潜る!」
「アイ・コピー!」
昨日経験した地下二階、三階は速攻で通り抜けた。
■難攻不落の地下大迷宮 アンダーグラウンド四層■
四層はバスケットボール・ピルバグ(巨大ダンゴムシ)が多くて厄介だぞ。気をつけろ」
階段を下りながら部長が忠告してくれた。
先輩達の後を続くと、なるほど岩の周りに、どでかいダンゴムシがたくさんいる。
ぼくは試しに思い切り杖で突いてみた。
外殻が硬くて全く刺さらない。
それどころか、丸くなって、ぼくの腹めがけて突っ込んできた。
「ゲフ!」
ぼくは朝食を戻しそうになって膝をつく。
なるほどバスケットボールを思い切り腹に当てられた様な衝撃だ。
そして内臓に響くようで、とても痛い!
「翔流かけるさん、大丈夫ですか!」
彩葉いろはさんが心配しながらぼくに合わせてしゃがみ込む。
「今ので、どのくらいのダメージを受けたのだろうか?」
彩葉さんがタブレットですかさず確認してくれた。
「翔流さんはフルHPで25、今の一撃でHPが5減っています!」
「やばいね、五発食らっただけで死んじゃうじゃないか!」
ぼくと彩葉さんは生唾を飲み込んだ。
先輩達は軽く蹴飛ばしたり、杖で突いたりして簡単に淡い光へと変化させていく。
「先輩達から離れないほうがよさそうだ! 今のぼく達にはこいつらを仕留める手段がない」
ぼくと彩葉さんは手を繋いで、先輩達を急ぎ追いかけた。
結果五層への階段にたどり着く前に、ぼくは三発、彩葉さんは一発の攻撃を受けてしまった。
■難攻不落の地下大迷宮 アンダーグラウンド五層■
「よし、少し休憩をいれようか」
部長が階段下の、少し開けた場所の岩に腰を下ろした。
「どうだ、おまえ達、少しは慣れたか?」
ぼくと彩葉さんは、首を横に振った。
「おかげさまでレベル4までは上がりましたが……ゲームと一緒で、最初は結構厳しいですね」
先輩達が頷いた。
「ここ五層から本格的に迷路が始まるからな。二人供、タブレット出してみろ」
ぼくと彩葉さんは言われるままに、タブレットを手に取った。
「マップのアプリを開いてみな」
暗い画面に光点がひとつ、ゆっくりと点滅している。
「翔流、ちょっと先まで走ってから戻って来い」
ぼくは言われるがままに、三十メートルばかり走って、そのまま戻って来た。
「マップを見てみろ。今走った範囲がマッピングされているだろう」
「ほんとだ……」
「しかし部長、このダンジョンって、いったい誰が造ったのでしょうか? とても自然に出来ただけのモノとは思えないのですけど」
「当然の疑問だな……」
「正直なところ、我ら山岳冒険部百年の英知と努力をもってしても、その疑問の解に未だたどり着いていないのだ。しかしはっきり言える事は、我々二十一世紀の人類を遙かに凌ぐテクノロジーを持った存在が管理・運営していると言う事だな」
「そのタブレットだってそうさ。先代達がスマホやタブレットを持ち込んだ際に、様々な機能が勝手にインストールされ始めたらしい。一方的にこちらの端末に合わせたデータ通信が送られてくるんだよ」
「ただしこちらの端末同士の通話は許してくれない。もっともこちらで基地局やデジタル処理システムを勝手に持ち込んで通信環境を構築すれば話は別だろうが……」
「こちらの異世界人の方々はどうしているのでしょうか?」
「ああ、不思議なノートくらいの金属板を使っている。文字やマップが光って浮き出てくるんだ。しかし非常に高価で、上級冒険者しか使えていないがな」
すると突然部長は両膝を叩いた。
「よし、このフロアはおまえ達二人で少し遊んで来な。下等な動物系も出始めるから、私達がいると、警戒して寄って来ないのだ」
「結夢、こいつらを全回復してやってくれ」
「はい!」
そう返事した結夢先輩は座ったまま、白銀のワンドで地面を一度小突いた。
たったそれだけの動作で、オレと彩葉さんは、青白い光に包まれ全回復してしまった。
「それじゃあ、行って来な。我々はここでリアルの予習でもしているよ」
「……わかりました。……行ってきます」
彩葉さんもとても不安そうな表情をしていた。
ぼくと彩葉さんは部長達が見えなくなった辺りで、どちらからと言う訳でもなく、自然に手をつないだ。
しばらく二人で用心深く進むと、なにやら黒い物体が変な軌道で飛んで来る。
「吸血蝙蝠です!」
タブレットを見ていた彩葉さんが叫んだ!
ぼくは堅木の杖で叩き落そうとするが、全く当たらない。
それどこか、吸血蝙蝠の数は増える一方だ。
ダメだこりゃ!
「戦術的一時撤退!」
ぼくはたぶんそう叫んで、彩葉さんの手を引き、安全そうな岩陰まで逃げた。
しゃがみこんだ彩葉さんもぼくも、息が荒かった。
でも、少しだけ可笑なってきた。
ぼくは打開策を練るべくタブレットを開く。
レベル4に上がったおかげで、特技欄に『エアカッター』が追加されていた。
ぼくはピン! と来たね。
『エアカッター』を『堅木の杖』に付与してみる。
案の定、杖先から空気の刃が発現した。
彩葉さんが『すごい!』と手を叩いて褒めてくれた。
単純に嬉しかった。
「彩葉さんにも、何かあるはずだ……」
ぼくは画面をパーティーメンバーである彼女のページに移す。
「あった!」
装備品の神楽鈴に『スローモーション』の効果が追加されていた。
彩葉さんも自分の端末で確認する。
「行けそうだね!」
ぼく達は頷き合うと、先ほど襲われた方へ、堂々と歩みを進めた。
あっと言う間に吸血蝙蝠が群がってくる。
「彩葉さん、頼む!」
「はい!」と返事をして、彼女は神楽鈴を『シャン、シャン!』と鳴らし始めた!
すると物理的には有り得ない様子で、吸血蝙蝠ヴァンパイアがゆっくりと飛行し始めた。
羽ばたき自体が遅い!
ぼくはそんな一匹を、両手で握った杖の先で、狙いを定めて叩き切った!
簡単に翼の根本を切断された吸血蝙蝠ヴァンパイアは、ゆっくりと落下しながら光を散らし消滅していった。
あとは簡単だった。
ぼくは夢中で杖を振り続けた。
二十匹ほど、撃墜しただろうか。
すると辺りには、彩葉さんの鈴の音だけが響いていた。
茫然と立ち尽くしていたぼくは、彩葉さんに視線を移した。
彼女は満面の笑顔でぼくに抱き着いて来た。
ぼくにも達成感が込み上げてきた。
思わず彩葉さんを強く抱きしめてしまった。
ぼくは彼女の髪のいい香りで我に返った。
「ご、ごめん……。つい夢中になって……」
彼女を離したオレは、下を向くしかなかった。
「わたしこそ……ごめんなさい」
彼女もうつむいてしまったようだ。
ちょっとだけ気まずい。
ぼくはタブレットでステータスを確認した。
「やった、今ので一気にレベル6まで上がったよ!」
「ほんとだわ!」
彩葉さんが微笑んでくれた。
「もう少し進んでみようか」
「はい」
しばらくスライムやバスケットボール・ピルバグを杖で突きながら歩いていると、彩葉さんが立ち止まった。
「あの……」
彩葉さんがモジモジしている。
「どうしたの?」
「あの、わたし……おトイレに行きたいです」




