4限目 ファースト・アタック!
部長を先頭に進むぼく達の隊列は、なぜか現地の方々から、強烈な注目を浴びていた。
特に熱い視線は彩葉さんに向けられている様だ。
「彩葉さん、なんか注目されていますね」
「ええ、ほんとに……」
彼女は恥ずかしそうに下を向いて歩いている。
そんな彼女が通り過ぎるまで、立ち止まってお辞儀をしている異世界人も多いではないか。
ぼくは部長に解説を求めた。
「ああ、巫女装束は彩葉の母親以来だろうからな。きっとその威光なのだろう。『親の七光り』って奴だな」
そんな注目を浴びながら、オレ達は開口部を抜けて地下へ向かう階段にたどり着いた。
行き交う冒険者が多いためか、とても立派な石組みの階段が下に向かって伸びていた。
「総員、傾注!」
副部長が姿勢を正し、部長の訓示を促した。
「さて、今日は新入部員のウォーミングアップ程度だが、記念すべき今年度初のアタックだ。各自気を引き締める様に!」
部長が普通の山岳部の部長の様な、まともなセリフを口にした……。
そしてぼくは今朝まで予想だにしていなかった、異世界ダンジョンの階段を下って行くのだった。
■難攻不落の地下大迷宮 アンダーグラウンド二層■
フロア階まで吹き抜けになっている部分が多いので、地下二層はまだ少しだけ明るかった。
それでも地面は薄暗く、目が慣れるまでちょっと見にくい。
あれ? なんか足がピリピリするよ……。
ゲッ! さっそくスライムがぼくの足を取り込んで捕食してやがる!
気持ち悪い――!
ぼくは取り込まれた左足をブンブンと振ると、偶然核の部分を蹴飛ばしたらしい。
スライムは、立体映像エフェクトが掛ったように、発光しながら消滅していった。
ぼくの記念すべき魔物討伐一号となった。
お約束のスライムだけど。
「やめて! こないで!」
そんな声に振り返ると、彩葉さんが三体のスライムに岩肌を背に追い詰められている。
ぼくはすかさず助けに向かい、杖先でスライムの核を突き刺した!
三体のスライムは順番に光を放ちながら消滅していく。
「ありがとうございました……」
彩葉さんが両手を前に揃そろえ、オレに向かって丁寧にお辞儀をした。
「いえ、大した事ではないです!」
「あの、手を……繋いでもらっていいですか……」
ぼくは自分の耳を疑うくらいの、夢のセリフを耳にした。
ダメ元で右手のひらをローブで拭ってから、彼女の前に差し出してみる。
本当に彼女はぼくの手を握った。
思ったよりも、力強よかった。
やっぱり怖いのだろう。
ぼくは無言のまま、彼女の手を引いて先輩達を追いかけた。
近寄って来るスライムを杖で突きながら……。
「おっ、おまえ達。もうそんな関係になっちゃったの!」
後ろを振り返った創介先輩が、オレ達を冷やかした。
「からかわないで下さい。ぼく達初めてで、一杯一杯なんですから!」
ぼくは照れを隠しながら、そう誤魔化した。
■難攻不落の地下大迷宮 アンダーグラウンド三層■
まだ広い階段で降りられる地下三層の雰囲気は、地下二層とさほど変わらなかった。
ただし陽の光は一切届かず、あちらこちらにかがり火が焚かれている。
『パチパチ』と薪が弾ける音が聞こえた。
先輩達は、逃げるスライムや大ナメクジを片っ端から踏みつぶしていく。
そのたびにぼくと彩葉さんの経験値は僅かずつだが増えていった。
ぼくもしばらく夢中になって、獲物を突きまくった。
「ああ、もう飽きた……。今日はこれくらいにして、ベースに戻ろう!」
部長がみんなを呼び集めた。
部長が今日の成果を端末で確認する。
「レベル3か……。まあ、こんなものだろう……」
外に出ると、既に太陽は山陰に沈み、辺りは茜色に染められていた。
今日のアタックを終え、宿屋に向かう冒険者も多いようだ。
買い取り屋にも客が多い。
咲耶旅館に着くと、作務衣を着た異世界人の従業員さんが、「おかえりなさいませ!」と日本語で出迎えてくれた。
なんかちょっと違和感があるが、微笑ましい。
「さあ、着替えて風呂入ってから晩飯だ。ヒトキュウマルマル食堂集合、いいな!」
「「アイ・コピー」」
ぼく達は一時解散になった。
「その『アイ・コピー』ってなんなんですか?」
「ああ、簡単に言えば、『了解した』って意味だな」
創介先輩と京弥先輩に続いて、オレは男子部屋に戻った。
「さあ、温泉に行くぞ! 浴衣に着替えろ。ベッドの上に置いてあるだろ」
浴衣に着替えたオレは二人に続いて温泉に向かった。
温泉は離れにあって、長い廊下で結ばれていた。
「ここの温泉は酸性度が結構高いんで、母屋から離されているんだよ。そうしないと金属がみんな腐食してしまうんだ」
京弥先輩が説明してくれた。
「なるほど、草津温泉みたいな感じですね! しかしこの異世界にも温泉が湧いているのですね」
「そうだね、ダンジョンの深い層には溶岩も流れているからね。温泉が湧き出るのも当然だよ」
やっぱりそんな熱そうな所もあるのね……。
温泉棟はいかにも温泉旅館といった作りをしていた。
脱衣所で浴衣とパンツを脱ぐと、身体を洗い、岩組の湯舟にさっそく浸かってみる。
初めは熱くてたまらないが、すぐに慣れる。
「ああ~。超気持ちエエ――!」
辺りを見回すと、ちょっと硫黄臭香る湯気の向こうに、数人の人影があった。
「この旅館、異世界人も多く利用しているのですね」
「ああ、こっちの世界の冒険者にも大人気なんだよ。ジャパンクオリティー、『おもてなし』ってやつよ! 最も宿代はかなり高額だから、上級冒険者しか泊まれないけどな」
ぼくはいちいち納得する。
「外に露天風呂もあるぞ!」
「本当ですか!」
かなり温泉好きのぼくは歓喜した。
温泉から上がり、ほてった身体を扇風機で冷やしながら、冷水を飲む!
極楽だ……。
「さあ、頃合いだろう、晩飯だ」
副部長がニヤリと笑った。
食堂に行くと窓際の六人が座れるテーブルに、山岳冒険部の夕食が準備されていた。
少し待つと、湯上がりの浴衣姿がなまめかしい、三人の美少女が現れた!
何もしない、何も喋らなければ、部長も結構美人なんだな……。
「おお、今夜はトンカツか!」
どうやら我々には学生メニューが提供されているようだ。
隣のこの世界の冒険者達は、冷えたビールで会席料理に舌鼓を打っている。
「よし、今夜は新入部員の歓迎会だ! みんな、パ――ッと行こうぜ!」
部長の一言に先輩達は大きく盛り上がった。
まずはコーラで乾杯だ。
やっぱり異世界でもぼくたちは、アルコールの摂取はまずいのだろうか⁈
やっぱりダメだよね……。
盛り上がった夕食後、ぼくはデッキに出て、木製の手摺にもたれながら星空を見上げた。
春本番の夜風が気持ち良かった。
エッ! なんなのですか、この星々の煌めきは⁈ 天の川まではっきり見えるよ……。
んん、ちょっと待てよ? あれは夏の大三角だぞ!
東の山の上に見慣れた星座が確認できる。
あれがこと座のベガ、白鳥座のデネヴ、わし座のアルタイル。間違いない。
……と言う事は、この異世界も地球? そして北半球? だとすれば次元が異なる同一空間座標か?
そんな事を考えていると、後ろからオレを呼ぶ声がした。
「翔流さん……こんばんは」
振り向くと浴衣姿の彩葉が立っていた。
「彩葉さん。こんばんは」
「今日はありがとうございました。母にはいろいろ聞かされていたのですけど、実際に体験すると想像以上で……」
彼女は可愛らしく肩をすくめて見せる。
「ぼくなんか今まで何も聞かされていなかったんですよ! 父さんが勇者で、母さんが聖女で姉さんが剣聖だったなんて……」
彩葉さんがクスクスと可愛らしく笑った。
「そもそもぼくは『こんなところで何しているんだろう……』って思っている訳ですよ。山岳冒険部なんて、全く入る気無かった訳だし……」
そう言ったぼくは、何気なく彩葉さんを見た。
「翔流さん……、山岳冒険部には、入らないのですか」
彼女はとても悲しそうな表情をしていた。
「いえ、こうなった以上入部します。そして君を……ぼくが守ります」
ヤバイ! 雰囲気に流されて、限りなく恥ずかしいセリフを言ってしまった。
後悔先に立たず! 下を向いてしまったぼくは恐る恐る彼女を見てみる…。
予想外に彩葉さんは、百合が咲いたような笑顔を、こんなぼくに向けていた。
「わたし、あなたの事は小さい頃から聞かされていたのです……」
彩葉さんの瞳が潤んでいた。
「わたしの母は、翔流さんのご両親の二学年下で、この山岳冒険部で活動したそうです。そしてお二人にとても憧れていたそうなんですよ! それから時が流れて翔流さんとわたしが生まれて……」
「あなた達はきっとこの山岳冒険部で出会うって……。わたし、母の想いがなんとなく解かるんです。だから一生懸命勉強して、咲耶高校に入りました。そして今日、あなたと出会う事が出来ました」
彩葉さんの頬を涙がつたった。
「ごめんなさい、勝手な事ばかり喋ってしまって……」
彼女は人差し指で涙をぬぐった。
「ぼく、その辺によくいる、普通の男子高生ですけど……」
彩葉さんはオレを見つめて、ゆっくりと首を振った。
彼女は一度星空を見上げたあと、笑顔でオレにこう言った。
「明日からも、よろしくお願いします……」
ペコリとお辞儀をした彼女は、そのまま食堂に戻って行った。
正に茫然自失のぼく。
しばらくボーッと星空を見ていた。
『ほれてまうやろ――!』




