6限目 葬列の帰還
しばらくスライムやバスケットボール・ピルバグを杖で突きながら歩いていると、彩葉いろはさんが立ち止まった。
「あの……」
彩葉さんがモジモジしている。
「どうしたの?」
「あの、わたし……おトイレに行きたいです」
彼女は顔を赤くして、下を向いている。
「上まで持ちそう?」
「無理……です」
「ちょっと、あそこの岩陰で……してきます」
「大丈夫?」
「はい、母から聞いていて、その覚悟は出来ています! あの……、近くで見張っていてくれますか……」
彩葉さんは岩陰に向かった。
ぼくも仕方なく傍までついて行く。
「この辺でいい?」
「怖いので、もう少し近くでお願いします」
「この辺?」
「はい。ちょっと汚れると困るので、袴脱ぎますから、時間がかかります……」
『もう、勘弁してください……彩葉さん。ぼくを悩殺する気ですか……』心の叫び。
「あの……。音、聞かないで下さいね……」
『やめて――!』心の絶叫。
「終わりました……。今、袴をはきますから……」
実況せんでよろしい!
「じ、じゃあ、オレ、向こうで待っています」
しばらくぼくは円周率を言えるところまで念じながら、彼女を待った。
「キャ――――!」
突然、辺りを引き裂く彩葉さんの悲鳴が聞こえた。
彼女は岩陰から飛び出すと、一目散にオレに向かって走って来る。
彼女の後ろから……!
全長三メートルはあろうかと目される、平べったい巨大ムカデが追いかけて来た!
ぼくは唖然とする間もなく、反射的に彼女へ向かって走った。
巨大ムカデは変に素早く、あっと言う間に彼女の後ろに迫った。
するとヤツは、斜めに大きく反り上がった! 尾っぽの巨大な刃物で攻撃するようだ。
オレは彩葉さんの両腕を掴むと、遠心力を利用して、そのまま彼女を後方へ、思い切り放り投げた。
彼女が転がる様子が見えた。
同時に腰のあたりに物凄い衝撃を受けた。
ぼくの視界には洞窟の景色が流れ回転した。
すぐに視界は天井に固定された。
そしてすべてが暗くなった…………。
* * * * *
「どうした! 彩葉!」
彼女の只ならぬ悲鳴を聞いて、上級生達が駆けつけて来る。
「ソードテール・センチピートだ!」
そう叫んだ副部長の創介が、一番に彩葉をかばい、盾を構える。
すかさず京弥が巨大ムカデの頭を射抜いた。
凄まじい迫力で躯体をくねらす巨大ムカデ! 尾の先端についた鋭利な刃を振り回す。
距離を取って仁王立ちする部長が自慢のワンドで、地面をチカラ強く突いた。
「炎弾、六連!」
瞬時に部長の前に、六個の小さな火の玉が、リボルバーの様に同一円周上に出来上がる。
そして高速で連続発射され、巨大ムカデのテカる深緑色の躯体を貫通していった。
焦げた臭いを発して、巨大ムカデは沈黙する。
「こいつは二十層以下の魔物だぞ! なんでこんなところに……」
「ああ、ぼく、聞いた事があります。産卵の次期になると幼虫の餌が豊富な上の方に、卵を産みに上がって来るそうですよ」
巨大ムカデの消滅を確認すると、部長と京弥は倒れている翔流の方へ歩み寄った。
すでに白魔導士の結夢が治癒にあたっている。
「どうだ……と、聞くまでも無いな……」
「グロイですね」
翔流の身体は腰のあたりで切断されていた。内臓が※※※している。
下半身は崖下に落ちたようである。
「半分以上は残っているよな」
「大丈夫だと思いますけど、このまま血が抜けると……解りませんよ」
「そうだな……」
部長はワンドの尖端を翔流の切断面にそっと当てた。
そして凍結の魔力を流し込むと、そこは凍って流血が止まった。
「イヤ――! 翔流さん――!」
彩葉が絶叫して翔流の元へ駆け寄ろうとする。
「行くな! 刺激が強過ぎる!」
創介が片手で抱き留めた。
「結夢、後始末が終わるまで彩葉を眠らせてくれ」
「わかりました」
白魔導士結夢は、泣き叫ぶ彩葉の前に歩みより、白銀の杖を突いた。
「強制睡眠!」
彩葉は泣きながら眠りについていく……。
「さてと、翔流を連れて帰らないといけないな」
みんなが頷いた。
「京弥、寝袋持って来たか?」
創介が尋ねた。
「こっちの世界のであれば、一つありますよ」
「仕方ないだろう……こんなところで死んじまったバツだ。あとロープも出してくれ」
「了解」
創介は翔流の上半身を抱きかかえ、寝袋の中に収めた。
「俺の背中に括り付けてくれ」
腰を落とした創介は背中を差し出した。
京弥と部長はロープで縛り付ける。
「悪いな創介。どうだ、行けそうか?」
部長が心配そうに創介に聞いた。
「ああ、大丈夫だ。半分だから結構軽いよ。京弥、俺の盾を頼めるか」
「了解!」
「よし、結夢。彩葉を起こしてくれ。帰るぞ」
「わかりました……」
「まずはベースに戻って制服に着替えよう。それから聖域に入る」
白鹿山高校山岳部は、まるで葬列の様に帰路についた……。
白く靄もやった聖域に入ると、創介はそっと翔流の上半身を横たえた。
「再生はきっとグロイから、みんな見ない方がいいぞ……」
部長は翔流の上半身に背を向けた。
他の部員もそれに習った。
* * * * *
目を開けると凄く眩しかった……。
「あれ、ぼくはどうなったんだっけ……」
ぼくの声を聞いてか、彩葉さんが首元に抱き着いてきた。
「よかった~! 翔流さん――!」
ボロ泣きしている彩葉さんは、涙で濡れた頬をオレの頬にこすりつけた。
ああ、彩葉さんのいい香りがする。
擦れる髪がぼくの五感を刺激した。
いけません、そんなに激しくしたら……。
それにしても上半身が上手く動かない。
「キャッ!」
足元の方で結夢先輩の小さな悲鳴が聞こえた。
「ほう、翔流。再生した途端に機能試験か⁈ 精が出るな!」
なんですか部長? その誤解を招きそうな言い方は……。
ぼくは腕組みしている部長を下から見上げた。
部長~。制服のスカート丈短いです。パンツ見えてます~。
そしてぼくは、部長の冷ややかな視線の先を推測した。
とてつもなく嫌な予感がした。
彩葉さんも上体を起こして、ぼくの足元の方へ視線を移した。
「キャ――――――ッ」!
ぼくは彩葉さんの表情の変化を、下からつぶさに観察出来てしまった。
涙をたたえた彼女の瞳は大きく見開かれた後、急速に顔を紅潮させ、刹那その表情は両手で覆われた。
ぼくは悲劇の現場を見なくても、すべてを理解するに至った……。
「お願いします~! 酷過ぎます~! 誰かせめてタオルでも掛けてもらえませんか~~!」
ぼくは涙を流しながら懇願した。
「おまえ、下半身だけそんなにクネクネさせると、さらに犯罪だぞ!」
そう哀れみながら創介先輩が、優しくタオルで覆ってくれた……。
「翔流~。そんな恥ずかしい所にもテントを張るとは……やはりおまえは選ばれし冒険者だな!」




