2限目 御宿『咲耶旅館』
「さあ、いざゆかん! 君達の異世界デビューだ!」
ぼくは誰かに背中を突き飛ばされた。
今一度、先ほどの様なプレッシャーに見舞われる。
そして硬い地面に両手両膝をついて這いつくばっていたぼくが、顔を上げて観た光景は……。
……紛れもない異世界だった!
そこは体育館ほどの広さの、洞窟の様な巨大な空間だった。
岩肌には翼の生えた女神様や神獣のような彫刻が彫られている。
そして如何いかにも冒険者といった風貌の人達が行きかっているではないか。
ほとんどが白人系の様に見える。
シッポが生えていたり、耳がとがっている人達もいるよ。
「エレンシアへ、ようこそ!」
副部長の雨宮創介あまみやそうすけ先輩がぼくの手を取り、立ち上がらせてくれた。
「ここは……どこなのでしょうか?」
ぼくは頭の混乱を少しでも抑えようと辺りを見渡す。
「簡単に言えば、難攻不落の地下大迷宮のフロア階だな!」
岩肌に人々が放つ喧騒けんそうが反射している。
「まずは一度、外の我ら山岳冒険部のベースに入って、装備を整えよう!」
部長はそう言って、明るい出口へとぼく達を先導する。
ぼくと北城彩葉さんは自然と横に並んで、辺りを見渡しながら後に続いた。
行きかう異世界の冒険者達は、学生服姿のぼく達を見ても違和感がない様だ。
それどころか、「こ・ん・に・ち・は!」と片言の日本語で挨拶してきたり、手を振ってくれたりしている。
「あの、なんでぼく達は不思議に思われないのでしょうか?」
そんな問いに、先導する部長が振り返りながら説明してくれた。
「我々咲耶高校山岳冒険部は、この世界では一目置かれた有名人なのだよ。もうこの異世界で、百年以上の歴史を持っているからな」
「と言う事は、学校創立以来、脈々と先輩たちから受け継がれてきたわけですか……」
「その通り。おまえなかなか飲み込みがいいな」
「しかしなぜこの信じがたい事実が現実世界では認知されていないでしょうか……」
「それは当然の疑問だが愚問でもあるぞ。今日の今までお前は何も知らなかったじゃないか。そしてこの秘密は代々結束と掟によって守られているのだ」
「なるほど……」
「もしこのダンジョンに往来できることが外部に知られてみろ! すぐに自衛隊どころか米軍や中国軍まで押し寄せて来るぞ! おまえ『ゲート』読んでないのか?」
幅三メートル、高さ四メートル程だろうか、繊細な彫刻が施された開口部を潜くぐれば、光る溢れる外の世界へと出た。
美しい緑の山々に囲まれた小さな街が視界に入った。
遠くには、山頂に雪を称えた青い高山が連なっている。
開口部の外は石畳の広場になっていた。
周りを囲む建物は、中世ヨーロッパの様な、チューダー様式に似ている外観を見せている。
「信じられませんが、ホントに異世界って感じですね……」
「この辺りはあの巨大地下迷宮を攻略する冒険者の為に出来上がった街なんだよ。まあ、門前町の様なものだな」
ぼくは振り返って開口部を見ると、断層のズレによって出来た巨大は崖に、大きな穴が開いているように見えた。
異世界の武器屋や道具屋を眺めながら、しばらく歩いて到着したのは、なぜか和風の宿屋だった。
御宿『咲耶旅館』と大きな看板が出ている。
立派な赤松や大きな石組みが素敵な純和風のアプローチを進む。
玄関を入ると、赤い絨毯が敷き詰められた広いフロントロビーの奥にカウンターがあった。
誰もいないので、部長が呼びリンを鳴らす。
すぐに奥から暖簾をのけて、和服姿の女性が出てきた。
「女将さん、お世話になります!」
「あら、つむぎちゃん、いらっしゃい! おや、新入部員かい?」
「我が部期待のルーキー達です。深山家の息子と北城家の娘ですよ!」
「あらまあ、それは大変! 今マスターを呼んでくるわ」
そう言って女将は奥の事務所に戻った。
少し待つと、ちょっとイケてる熟練の冒険者風の、初老の男性が姿を現した。
「おお、君が翔流君かね⁈ 勇者殿と聖女様と剣聖ちゃんは息災かな」
オレには何を言われたのか理解出来なかった。
部長に無言で助け舟を求める。
「バカね、あんたのお父様とお母様とお姉様の事よ!」
部長が肘でオレを小突いた。
「ああ、はい。元気にしています。深山翔流です。よろしくお願いします」
とりあえずオレは両親に恥をかかせない様に、丁寧に挨拶をした。
それにしても父さんが勇者で、母さんが聖女⁈ そいで持って姉さんが剣聖? 衝撃すぎる事実ですよ!
「そちらのフロイラインは巫女様の娘さんだね。よう似ておる。まことに美しい!」
なんかこのマスターさん、話し方がファンタジー風なのですけど……。
「お噂は母より伺っています。新入部員の北城彩葉です。どうぞよろしくお願いします」
おっと、この娘も制服のスカートの脇をつまんで、ファンタジー風の挨拶を決めたよ!
でも様になっていて、なんか萌える!
「ここのマスターと女将さんは、地元の咲耶グランドホテルのオーナー夫婦でいらっしゃる。我が山岳冒険部のOB・OGでもあるのさ。趣味でこっちでも旅館を経営されているのだ」
部長がぼくに説明してくれた。
「また、賑やかになりそうだね。期待しているよ!」
オーナーと女将さんは、ぼくと彩葉さんを眩しそうに見ながら微笑んだ。
オーナー夫婦に挨拶を済ませると、ぼく達は部長に案内され、食堂に向かった。
五十人は収容出来るだろうか……それなりに大きくゆったりとした食堂だった。
上質な木製のテーブルと椅子が、雰囲気を醸し出している。
解放感のある窓の外には、ウッドデッキが広がっていた。
天気が良いので、遠くの山々までよく見渡せた。
「さっそくおまえ達の装備を選ばなくてはいけないな。まずステータスを確認しよう。おい結夢、端末!」
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