1限目 咲耶高校『山岳冒険部』
短期集中連載しますので、本作をどうぞよろしくお願い致します!
県立咲耶高校の入学式に臨む朝を迎えた。
咲耶高校は、千葉県の県立高校では、三本の指に入る歴史ある進学校として知られている。
ぼくは努力と、なにより強運で、この学校の入学を勝ち取ったのだ。
新しい学生服に身を包み朝食を取っていると、何やら父さんと母さんがニヤニヤしている。
大学生の姉のニヤケ方が特に怪しい。
ちなみに父も母も姉もこの地元高校の卒業生である。
「これからあんたには、新しい冒険が待っているわよ!」
そんな意味不明な一言を残し、ぼくの肩を『ポン!』と叩いてから、姉さんは先に出て行った。
さて時間には余裕があるが、ぼくも登校するとしますか!
なぜか玄関まで母さんが見送りに来た。
まあ、高校入学初日ですからね。
「行ってまいります!」
取り敢えずぼくは特別な日であるが故に、母さんに敬意を払うことにしよう。
「いってらっしゃい。転移陣には気をつけるのよ!」
ぼくは首を傾げて一瞬固まったが、RPG好きの母さんなりのジョークだろうと判断する事にした。
入学祝いに買ってもらったロードバイクを駆れば、高校までは三十分ほどの道のりである。
まだ慣れない通学路だが、天気もいいし気分は悪くない。
高校に到着すると、屋根の付いた自転車置き場に愛車を止める。
念のためにロックは二重に施さないといけない。
県立高校ゆえに派手さは無いが、やっぱり通いなれた中学校と違うネ。
クラス分け表を見ると、ぼくはF組だった。
そこに知った名前は無かった。
教室に入り自分の席に座ってみるが、特に誰かと話す機会はなかった。
まあ、ぼくはAB型なので、そんなに友達の必要性を感じないし。
体育館での入学式典も終わり、ホームルームが終わると、本日はあっけなく下校となった。
今日はサッサと帰ってゲームをやろうと初めから決めていたし。
昇降口の外はすでに部活の勧誘が盛んなようだ。
捕まると厄介そうだね。
ぼくはそのうち美術部でも入ろうかと思っている。
下駄箱の前で靴に履き替えていると、突然背後から両腕を抱かかえられた!
「深山翔流君だね……。ちょっと御同行願おうか……」
「…………⁈」
エッ! なに? いきなり何されちゃうの……?
ぼくはガタイのいい二人の上級生に拉致されてしまった。
そのまま無言で連れていかれた先は、校内の北東にある古びた木造の建物だった。
辺りは樹木がうっそうと茂り人気はない。
開校百年を超えるこの高校には怪しげな逸話も多い。
入り口横の柱には『山岳冒険部』と年季は入っているが立派な一枚板の看板が下がっていた。
部室の中に連れ込まれると、長テーブルにパイプ椅子、壁際の棚には登山道具やキャンプ道具が整然と並べられている情景が見て取れる。
部室内、奥の扉が開けられると、なぜか階段は下に向かっていた。
ぼくはそのまま地下室に連れていかれた。
ヤバイよ、ヤバイよ! これは絶対いけない事になるに違いないよ!
高校初日から何なの、コレ!
地下室はまるで掘られた洞窟のようで思いのほか広く、照明が少ないのか少し薄暗く感じる。
岩肌に食い込んだ不気味な祭壇を背に、二人の女生徒が待ち構える様に、仁王立ちしているではないか。
「咲耶高校山岳冒険部へようこそ! 待っていたぞ、深山家の息子よ。私が部長の朝比奈紬だ!」
突然、赤味が強い茶髪をボブカットにした、いかにも押しが強そうな先輩が、強引に自己紹介を始めた。
「私は二年の榊結夢よ。よろしくね!」
隣のすらりとした綺麗なお姉さんも自らを名乗った。
「俺は副部長の雨宮創介だ」
ぼくを拉致してきた、ガタイのいい怖そうなお兄さんも名乗りを上げた。
「ぼくは二年の小鳥遊京弥です。以後お見知りおきを」
この先輩はちょっと細身で優しそうだ。
そして祭壇の脇にはもう一人、女生徒がパイプ椅子に座っていた。
彼女は立ち上がると、ぼくの方へ向き直った。
「新入生の北城彩葉です……。どうぞよろしくお願い致します」
ストレートの黒髪を鎖骨辺りまで伸ばした美少女が、オレに向かってお辞儀をした。
な、なんでこの人達は……ぼくに向かって挨拶するの?
「おい、深山家の息子! 君も自己紹介せんか!」
部長がオレに命令する。
「あ、はい、新入生の深山翔流です……」
ぼくは辺りをキョロキョロと見渡した。
「あの~、どうしてぼくは、ここに連れてこられたのでしょうか……」
ぼくの言葉を聞いて、一同はそろって不思議そうに首を傾げた。
「なんだ、ホントに何も聞かされていないのだな! 君は生まれながらにして、選ばれし冒険者なのだよ!」
部長は『ビシッ!』とオレに向かって指を差す。
「菜摘お姉さまから『くれぐれもよろしく!』って頼まれているのよん!」
部長はオレに駆け寄って、スマホを開いてラインの画面を見せてくれた。
それで姉さんは、今朝はあんな意味有り気な事を言っていたのか。
でもたしか姉さんは、山岳部で部長をやっていたはずなんだけど……。
だからと言って、ぼくがこんな得体の知れない山岳冒険部に入らなければいけない道理はない。
「百聞は一見に如かず! 期待の新入部員もそろった事だし、これより我々は異世界ダンジョンへ潜行する!」
はァ? なにを力強く言っているのですか、このお姉さんは! ここは山岳部ですよね。山登る部活ですよね! 異世界ダンジョンってなんですか? ラノベの読み過ぎで脳が溶けましたか?
二年の榊結夢先輩が祭壇の幕を少し横に捲まくった。
そこには古めかしい木製の引き戸が姿を現した。
そして両手の指先を使い、恭しく扉を引き寄せた。
開かれた扉の先には……。
……なにも無かった。変な発色の光が揺らいでいる。
「な、なんなのですか? その先は!」
ぼくは目に映るモノが信じられなかった。
もう一人の新入生の北城彩葉さんも両手を口に当て驚いている。
「最初は転移酔いするだろうが、時期慣れる」
部長がそう言うや否や、ぼくと彼女は先輩達に妙な光の中へと引きずり込まれた!
グラッと空間が歪むような感覚と、押しつぶされるようなプレッシャーが同時に来た。
光の粒子が身体を通り抜けていくような違和感がする。
これは確かに気持ち悪くなるぞ……。
プレッシャーを抜けると、白く靄った場所に出た。
大雪のゲレンデで、足元が解らなくなる感じと似ている。
「この部屋、と言うより、この空間は何なのですか⁈」
部長は腕組みして得意気に頷く。
「我々はこの空間をシンクロナイズエリア、通称『聖域』と呼んでいる。この空間は我々が生きている現実世界とこれから向かう異世界との連絡口、この二つの時空間をすり合わせる特異点なのだ」
「そしてこの聖域には四つの大きな特徴がある!」
「一つ目は、現実世界と向こうの異世界とでは、時間の連続性がまったく異なっているのだ。たとえば異世界で一ヶ月過ごしたとしよう。しかしここ聖域を通り抜けて現実世界に戻っても、刹那の時間しか過ぎていないのだ」
「二つ目は、現実世界から異世界へは、入り口さえ通り抜けられれば物質を持ち込む事が可能だ」
「三つ目は逆に異世界から現実世界に物質を持ち込む事は出来ない。試してみるとこの聖域で消滅してしまうのだよ。簡単な例を出すと、異世界で調達した衣服を着たままこの聖域に戻るとする。すると瞬時にスッポンポンの丸裸になってしまう訳だ」
「四つ目は異世界側でどんなに怪我をしても、たとえ死んでしまってもこの聖域にもどれば再生、さらに蘇生される。ただし欠損が五割を超えると蘇生は不可能になるらしい」
「そんなに危険なのですか! やっぱり怪我とかしちゃうんですか?」
「当たり前だろう! 死ぬ事だってあるぞ。生死を賭けない冒険に魅力があるか?」
部長のマジな視線が、ぼくを突き刺した。
「さあ、いざゆかん! 君達の異世界デビューだ!」
ぼくは誰かに背中を突き飛ばされた。
今一度、先ほどの様なプレッシャーに見舞われた。
そして硬い地面に両手両膝をついて這いつくばったオレが、顔を上げて観た景色は……。
……そこは紛れもない異世界だった!




