110.
翌朝。
私たちは日銭を稼ぐため、ウォズの港町へと向かっていた。
キャンピーは目立たないよう、白銀の髪を持つ少女の姿(人間形態)になっている。
だが、港に近づくにつれて、どうも様子がおかしいことに気がついた。
ザザーッ、と打ち寄せる波の音を掻き消すほど、大勢の人々のざわめきが響き渡っている。
潮の香りに混じって、ほんのりと香ばしい焦げた醤油のような匂いが風に乗って漂ってきた。
どうやら、昨晩キャンピーが放った極太ビームで黒焦げになったクラーケンの残骸が、まだ海岸に残っているらしい。
「おい、見ろよあれ! クラーケンの足がごっそり千切れてるぞ!」
「なんてこった。あんな巨大な海魔を一撃で黒焦げにするなんて」
「しかも、なんだこの食欲をそそる良い匂いは。腹が減ってくるじゃねえか」
遠くから漁師や冒険者たちの驚嘆の声が聞こえてくる。
海岸には人だかりができ、完全にお祭り騒ぎの様相を呈していた。
やばい。
完全に目立ちすぎた。
まさか一晩明けても騒ぎが収まらないどころか、見物人が増え続けているとは思わなかった。
ふと横を見ると、神獣たちが優雅に歩き食いを楽しんでいた。
「むしゃむしゃ! この弾力、噛めば噛むほど溢れ出す濃厚な海鮮の旨味! 朝から最高の馳走なのです!」
テンコが大きな口を限界まで開け、アイテムボックスから取り出したクラーケンの巨大な足を豪快に貪り食っている。
ふさふさの尻尾をパタパタと振り回し、顔中をタレまみれにしながら夢中で咀嚼していた。
「あむあむ! おいしー!」
ソーちゃんも短い手足でイカの切れ端を掴み、幸せそうに頬張っている。
私は大きく息を吐き、頭を抱えた。
お前たちはのんきでいいよね。
このままここに留まれば、間違いなくあのクラーケンを倒した犯人として目をつけられる。
ギルドでのドタバタや、海岸でのビーム発射。
目撃者がいてもおかしくない。
面倒事はごめんだ。
私は気ままな旅を求めてこの異世界にいるのであって、町の英雄になりたいわけではないのだから。
「よし、お前ら! 今日はさっさと仕事探して、終わったらすぐ隣町に行くよ!」
「もう出発するのですか? まだ市場で買い食いをしていないというのに」
テンコがぷくっと頬を膨らませて抗議の声を上げる。
「買い食いしてる場合じゃないの! あれだけ派手にクラーケンをぶっ飛ばしたんだ。絶対面倒なことになるに決まってる!」
「むぅ。スミコは心配性なのです」
私は急ぎ足でギルドへ向かおうとした。
目立たないように、下を向いて歩く。
キャンピーも無言のままコクンと頷き、華奢な身体に似合わない凛とした足取りで私の後ろをついてきた。
だが、そんな私のささやかな抵抗は、あっけなく打ち砕かれた。
「お待ちくださぁぁぁぁぁい!」
背後から、悲鳴のような大声が響き渡った。
ビクッと肩を震わせ、私は恐る恐る振り返る。
そこには、豪華な衣服を身に纏った恰幅の良い中年男性が、顔を真っ赤にして全力疾走してくる姿があった。
その後ろには、完全武装した数十人の衛兵たちがずらりと付き従っている。
どう見ても、ただの一般人ではない。
身なりからして、この町のトップ、町長かそれに類する権力者だ。
うげ。
嫌な予感しかしない。
私は盛大に顔をしかめた。
見つかった。絶対に昨日のクラーケン討伐の件だ。
表彰だの感謝状だの、最悪の場合は町の守り神になってくれだのと言われるに決まっている。
「はぁ、はぁ、はぁっ! よ、ようやく見つけましたぞ!」
息も絶え絶えになりながら、恰幅の良い男が私たちの目の前で足を止めた。
滝のように汗を流し、膝に手をついて荒い息を吐いている。
「あー、その。人違いじゃないですかね」
私はシラを切ろうと試みた。
しかし、男は勢いよく顔を上げ、すがるような目を向けた。
「お助けください、救いの聖女様!」
やっぱりそう来たか。
私は心の中で大きく舌打ちをした。
聖女と呼ばれるのはもうウンザリだ。
その肩書きのせいで追放され、行く先々で厄介事に巻き込まれてきたのだから。
いや、めんどー。
適当に誤魔化して、全力で逃げよう。
そう決意し、断りの言葉を口にしようとした、その時だ。
ガシッ!
町長が勢いよく両手を伸ばし、しっかりと握りしめた。
だが、その手は私に向かっていなかった。
「どうか、どうかこのウォズの町をお救いください!」
町長が涙ながらに懇願し、強く手を握りしめている相手。
それは、私の隣に無表情で突っ立っている、少女形態のキャンピーだった。
「ほへ?」
思わず間抜けな声が漏れた。
私は目をパチクリと瞬かせ、町長とキャンピーを交互に見比べる。
「あ、あの。町長さん?」
「おおっ! 昨晩、海岸で巨大な光の柱を放ち、あの憎きクラーケンを一撃で討ち果たしたという、白銀の髪を持つ美しき少女! 目撃者の証言通りの、神々しいお姿!」
町長がキャンピーの手を握ったまま、大仰な動作で天を仰いだ。
感動に打ち震え、ボロボロと涙を流している。
「まさに、神が遣わした奇跡! あなた様こそ、伝説の聖女様に違いありません!」
「聖女?」
私は完全に蚊帳の外に置かれていた。
町長の言葉を聞いて、ようやく状況を理解する。
昨晩、キャンピーが極太ビームを撃った瞬間を、誰かが見ていたのだ。
そして、白銀の髪を持つミステリアスな美少女が、魔物を一掃したという噂が尾ひれをつけて広がったのだろう。
「いやいやいや、ちょっと待って」
私は慌てて突っ込みを入れた。
「聖女は私であって、そっちはキャンピングカーですよ」
だが、町長は私の言葉など全く耳に入っていない様子だった。
ただひたすらに、キャンピーを熱い眼差しで見つめている。
「おお、聖女様! どうか、私どもの願いをお聞き届けください!」
「ほへ?」
キャンピーが、私の声と全く同じタイミングで、首をコテッと傾げた。
その瞳は何が起きているのと言わんばかりに、純粋な疑問で満ちている。
無理もない。
彼女はただの乗り物なのだ。
自我を持ち、人間になれるとはいえ、本質はチートな野外活動車に過ぎない。
そんな自分が聖女などと崇め奉られているのだから、混乱するのも当然だった。
「いや、だから! 人違いだって言ってるでしょうが!」
「スミコ。これは面白い展開なのです」
私が全力で否定しようとする横で、テンコがニヤニヤと笑いながら尻尾を揺らした。
「キャンピー殿が聖女として扱われれば、我らはさらに多くの馳走にありつけるやもしれません。ここは黙って見守るのが得策かと」
「ばか! ややこしくなるだけだから!」
私はテンコの頭に軽くチョップを落とした。
キャンピーは町長に手を握られたまま、助けを求めるように私を見つめてくる。
事態は思わぬ方向へと転がり始めていた。
町長はさらにズイッと顔を近づけ、必死の形相でキャンピーにすがりつく。
「実は、近海の島にクラーケンの巣が発見されたのです! 放置すれば、いずれこの港は壊滅してしまいます! どうか、聖女様のお力で!」
「えええええええええっ!」
私は大きくのけぞり、空に向かって絶叫した。
討伐したクラーケンは、ただの群れの一匹に過ぎなかったのだ。
しかも、その討伐の依頼を、人間の姿をしたキャンピングカーが押し付けられようとしている。
港町ウォズでの出稼ぎ生活は、海鮮パラダイスから一転して、未曾有の大混乱へと突入していくのだった。
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