109.
私たちは、とばり(夜)の降り始めた静かな浜辺へと戻ってきた。
波の音がザザー、ザザーと心地よく響き、潮の香りが辺りを包んでいる。
だが、今の私には情緒を味わっている余裕なんてない。
目の前では、キャンピー(人間形態)が砂浜に三角座りをして、目に見えるほどどんよりとしたオーラを放っているからだ。
「よし、キャンピー。ご機嫌を直してよ。今から特製の海鮮バーベキューを振る舞うからさ!」
私は気合を入れ、【KAmizon】を起動した。
虚空に浮かぶブラウザを高速で操作し、本格的な焚き火台、高級な木炭、そしてバーベキュー用の網とトングを次々と注文する。
ガサッ、ガサガサッ。
足元に届いた段ボールから手際よく道具を取り出し、設置していく。
炭に火を点けると、パチパチと薪の爆ぜる心地よい音が静かな夜に響き始めた。
そこに並べるのは、先ほど仕留めたばかりの巨大クラーケンの足だ。
ジュゥゥゥゥ……ッ!
網の上に乗せた瞬間、食欲をそそる凄まじい音が立ち上った。
醤油とバターを軽く垂らすと、香ばしく焦げた匂いが鼻腔を強烈に刺激する。
「じゅるり……。スミコ、もう焼けたのではないですか? 妾の鼻が、これは至高の馳走であると告げておるのですが」
「きゅいー! たべるー!」
いつもなら真っ先に飛びついてくる食いしん坊コンビが、身を乗り出して鼻をピクピクさせている。
テンコは涎を堪えるのに必死なようで、ふさふさの尻尾を落ち着きなく左右に振っていた。
だが、今の最優先事項はこっちじゃない。
「ステイ! 二人とも、一回お座り! 今日はキャンピーが一番最初だよ」
私は焼きたてでぷりっぷりのゲソを小皿に取り、おそるおそるキャンピーの前に差し出した。
「ほら、キャンピー。一番美味しいところだよ。どぞ」
「…………」
キャンピーはチラリと皿を見つめ、それからゆっくりとゲソを口に運んだ。
もむもむ、と小さな口を動かして咀嚼する。
私とテンコ、そしてソーちゃんは固唾をのんでその様子を見守った。
「……どう、かな?」
「…………」
キャンピーは、なんとも形容しがたい、微妙な表情を浮かべて首を傾げた。
「ええっ!? まじか。まずいの? クラーケン、見た目はイカだけど味は変なのかな……」
私は不安になり、自分でも一切れ食べてみる。
隣では我慢の限界を迎えたテンコが、残りの足をひったくるようにして口に放り込んでいた。
むぐっ。
「ん、普通にうまいじゃん! 弾力があって、噛むほどに甘みが溢れてくるよ」
「なんという美味! びーみー! これほど濃厚な旨味を持つ食材を、まずいなどと、キャンピー殿の舌はおかしいのではありませんか?」
テンコは目を輝かせ、ガツガツと二本目の足に食らいついている。
「じゃあ、一体何がご不満なの……?」
私が尋ねると、キャンピーはおもむろに立ち上がり、砂浜に指で文字を書き始めた。
『ガソリンほしい』
「ああ……。そっちか」
納得である。
彼女は人間になれるとはいえ、本質は【野外活動車】なのだ。
生物としての食事より、機械としてのエネルギーを求めているらしい。
「わかったよ。特別に【KAmizon】で最高級のやつを取り寄せてあげる。ハイオク満タンでいい?」
「…………」
キャンピーは深く頷いた。
現金なものである。
それまでのどんよりした空気を一変させ、期待に満ちた目で私を見つめてきた。
私はすぐに注文を済ませ、届いたポリ缶を手に、キャンピーが差し出した専用のジョッキに液体を注ぎ込んだ。
ゴクゴク、と美味そうにハイオクを飲み干していくキャンピー。
「……それで、いいの?」
「…………」
飲み終えると同時に、キャンピーの姿が眩い光に包まれ、元の巨大なキャンピングカーへと戻った。
ぷっぷー♪
軽快なクラクションが鳴り響く。
車体を左右に可愛らしく揺らすその姿は、どう見てもご機嫌そのものだった。
「はぁ~……良かったぜ。これでやっとゆっくり寝られるよ」
私は安堵のあまり、その場にガックリと膝をついた。
夜の海辺に、再びパチパチと焚き火の音が戻ってくる。
満腹になった神獣たちと、エネルギー満タンの相棒。
私たちは波の音を聞きながら、静かな夜を過ごすのだった。
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