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クエスト失敗

今回は少し長いです。




「お待たせしましたー。これが運搬するエネナギ草になりますー」



 ゆったりとした口調の受付嬢が大きな木箱を両手で抱えながらカウンターの奥から歩いてきた。



「よいしょっ……と」



 ドサッという擬音が聞こえてきそうなほど重量があり、受付嬢が木箱をカウンターの上におろすと少し揺れた。


 学院長からは軽い運搬作業と聞いていたのだがどう見ても軽くなさそうだ。とんだ詐欺である。



「ふぅ~。この木箱の中にエネナギ草が入っていますのでこちらの紙に書かれた場所へと向かって下さいねー」


「なかなか重そうだな…。いったい何キログラムあるんだ…?」


「うーんとですねー、確か2トンだったような?」


「桁が(ちげ)ぇッ!?」



 悲痛な叫びに受付嬢は答えることなく目的地である調合屋の場所が書かれた紙を俺に渡してきた。



「もぅー、冗談ですよー。2トンなんて無理に決まってるじゃないですかー。私だってその半分くらいしか持てませんのにー」


「あんたほんとにただの受付嬢かッ!?」


「はい、どうぞー」



 俺のツッコミをスルーし続ける受付嬢はカウンターに乗せた木箱をこちらへと寄せてきた。


 マイペース過ぎるだろこの人…。



「いや、どうぞと言われても1トンなんて重量持てないからな?」


「んー? 私別に木箱が1トンあるなんて言ってませんよー? 本当は1キログラムですー」


「だったら最初からそうと言ってくれ…」



 確かにさっき言った1トンとはこの受付嬢が持てる(本当かどうかは知らない)重量であり、この木箱の重さとは一言も言っていなかった。


 雰囲気から察するに天然でやっているので、もし道を踏み間違えていたら立派な詐欺師になっていたことだろう。ちなみに詐欺師という職業はない。


 そんな仮定の話をあれこれ脳内で考えながら俺は受付嬢からエネナギ草の入った木箱を受け取るとミーナ達のいる方へと向かおうとしたが――――



「さっきからしつこいわよ! 私は嫌って言ってるでしょ!?」


「すみません、私も貴方達と一緒に行くことは出来ません」



 ――――怒鳴り声が一つ、そしてもう一つは、静かな声であるがきっぱりと否定の意が込められている。



(…………何か問題でも起きたのか? てかこの声の主って―――)



 何やら物凄く聞き覚えのある声が2つあるので一抹の不安を抱えながら騒ぎがある方向へと視線を向けた。



「えぇ~! 別にいいじゃんよぉ、俺らと一緒にどっか遊びに行かない?」


「なんなら奢りでもいいんだぜ?」



 ヘラヘラと薄笑いを浮かべている3人の男がミーナとクロナをナンパしていた。二人とも美少女だが特にクロナはおしゃれな格好をしているので余計に人の目を集めやすい。これが原因の一端であることはまず間違いないだろう。


 ミーナとクロナを取り囲む3人の男は身に付けている装備からして冒険者のようだ。所持している武器は右から順に杖、片手剣、バトルアックスといった感じ。バトルアックスを装備した男と片手剣を装備している男は前衛、杖持ちの男は後衛を努める魔術師か。


 これは珍しい。さっきからローブを深く被ってずっと沈黙している魔術師はここから見たら間違いなく男だ。だというのに女性の比率が圧倒的に高い魔術師に男がいるのはなかなかない。


 あの魔術師は仲間というよりあの二人に雇われたという線もあるな。いや、むしろそちらの方が可能性が高い。それは前衛の男二人から少し距離を取っている事実が何よりも物語っている。



「先程も言った通りお断りします。人を待たせている上に依頼の最中ですので」


「だったらそれが終わったら―――」


「―――何度も言いますがお断りします」



 バトルアックスを装備している男の言葉を無理やり遮るとミーナはクロナを連れて立ち去ろうとした。一切相手にされずフラれた男は、自身の浮かべていた薄笑いをひきつらせた。



「おい、そりゃねぇんじゃねぇか?」


「俺らがせっかく誘ってやってんのによぉ、ちょっとくらい付き合ってくれてもいいだろ?」



 バトルアックスを装備した男が、立ち去ろうとするミーナを逃がすまいと彼女の腕を掴んだ。隣では片手剣を装備した男がクロナの手首を掴んでいる。



「ちょっと離しなさいよ!」


「あぁ? 嫌に決まってんだろ。あんま抵抗すると痛い目みることになるぜ? あ、もしかしたら後で気持ちよくなれるかもな! くははははははッ!」



 気分良さげに高笑いする片手剣の男。その様子を見たクロナは心底不愉快そうに呟いた。



「最低のクズね…」


「ハッ! なんとでも言えよ。てめぇらなんざうちのお(かしら)にかかれば数日で堕ちるだろうからな!」


「おいこらチンピラ。勝手に人の連れにちょっかい掛けるのはやめろ」



 余りにも聞くに()えない事をベラベラと喋るので思わず口調が少しきつくなった。



「はぁ? なんだてめぇは…?」



 不機嫌な表情を隠すことなく片手剣の男はこちらへと振り向く。隣にいるバトルアックスの男も同様だ。


 ほんの一瞬、男達は怪訝(けげん)そうにしたが、俺の容姿を見るなりこいつらに宿る目の色が変わった。


 元の世界でも勘違いした男に結構絡まれる事があったので驚きはしないがこればっかりは一向に慣れない。いや、慣れたら慣れたでそっちの方が大問題か。


 そんなくだらないことを考えていると、片手剣の男がニヤけた顔で近付いてきた。



「なんだぁ? お嬢ちゃんも俺たちと一緒についてくるってか?」


「寝言は寝て言え。お前らと行くぐらいなら地獄に行った方がマシだ」


「可愛いからってあんま調子乗ってるとちーとばかし痛くなるかもなぁ?」


「それこそこちらの台詞だ。あまり火遊びが過ぎるとギルドから然るべき罰を受けなくてはならなくなるが…」



 そう言いながら俺は目線を周囲に向ける。剣呑(けんのん)な雰囲気を感じ取ったのか、ギルドの受付嬢は仕事をこなしながら、周りにいる冒険者の大半は飲み食いしながら、どちらも俺たちへと視線だけは向けている。


 それに気付かない彼らではないだろう。少しの間、逡巡(しゅんじゅん)したあと苛立ちの(こも)った険しい表情でミーナとクロナから手を放した。



「物わかりが良くて助か―――」



 意外と素直に言うことを聞いてくれたので感謝の一つでも述べようとした瞬間、瞬発力を活かした鋭い拳が俺の顔面へと狙いを定めて襲い掛かってきた。


 突然の事だったので状況を理解する前に、俺は自分の本能に従って首を右へと傾ける。迫り来る男の拳が俺の頬を(かす)め、鮮血が宙を舞うがなんとか直撃だけは避けられた。



「………っと」



 限度はあるが俺は危機的なものに対して脊髄(せきずい)反射レベルの速度で反応出来る。それが昔から変わらない俺の特技だ。


 だからこそ狙いが俺であったから良かったものの、もし他の人なら今の不意討ちはまともに喰らっていただろう。そしてレベルが低かった場合、重症間違いなしだ。



「「なっ……!?」」



 1秒遅れてやっと状況が理解出来たのか、ミーナとクロナは愕然(がくぜん)とした様子を見せる。


 俺に避けられるのが意外だったのか、殴り掛かってきたバトルアックスの男が僅かに目を見開いたあとすぐに拳を引っ込める。


 その次の瞬間、周りからこちらの様子を(うかが)っていた冒険者達が一斉に立ち上がり、その中にいる一人が声を張った。



「捕まえろッ! ギルド協定の違反者だ!」


「「「…おうッ!!」」」



 立ち上がった勢いでドカドカと椅子が倒れ、一気に騒がしくなる。先程までのような酒を酌み交わしたりする日常的な光景が反転し、その様相はまるで冒険者達が戦場へ(おもむ)く兵士のようだ。



「…チッ! お前ら、すぐに逃げるぞ! 魔術師、てめぇは俺らが逃げられるよう時間を稼げ!」



 即座に指示を出したバトルアックスの男は(きびす)を返してすぐさま走り出した。その後をピッタリと離れずついていく片手剣の男。



「絶対に逃がすなッ! 追え!」



 指揮者らしき人物の怒号と共に彼らを捕縛せんとする冒険者の群れは、このままいけば彼らがギルドから出る前に捕縛することに成功するだろう。追われる者と追う者は距離的にそれほど遠くない上に人数では追う者達の方が圧倒的に多い。


 しかし、簡単には捕まえられない。逃走を(はか)ったバトルアックスの男と片手剣の男を追いかける冒険者達の前に魔術師が立ちはだかったからだ。


 真っ黒なローブを身に(まと)い、顔が見えないようフードを深く被っている。なんとも怪しさ満載の魔術師が、右手に持っていた杖を構えると無詠唱で魔法を発動させた。



「【フレイムバーン】ッ!」



 杖の先端に瞬時に集まった魔力が魔法という形で冒険者達を襲う。燃え盛る炎が周囲に拡散され木製の机や椅子に着火した。



(フレイムバーン!? こんな場所で中級魔法を使ったのか…! いや、でもこれは本来の威力の2割程度しかない……逃げやすいようわざと威力を抑えたのか!)



 大した威力はないものの、追い掛けていた冒険者達は揃って混乱した状態に陥った。


 過剰に防御する者もいれば怯んで転んだ者もいる。それによって冒険者達の体勢が(またた)く間に総崩れとなった。


 幸運にも俺たちの方はフレイムバーンの範囲外だったので肌にちょっとした熱が当たるだけで済んだが、もし俺たちが冒険者達のところにいてたのならただでは済まなかっただろう。特にレベル1の俺なんて一瞬であの世行きだ。



「こんな所で範囲系の火属性魔法を使うなんて非常識にも程があるわよ…!?」



 クロナが苦々しげに呟く。気持ちは分かるが動揺していては奴等に確実に逃げられる。



「……あっ、マナさん!?」



 魔法を撃ち終わった隙を狙い、姿勢を低くして駆け出すと魔術師へと肉薄した。



「なっ……!?」



 俺は迷わず無防備になった魔術師の(あご)掌底(しょうてい)を打ち込もうとしたが、さすがの魔術師もくらうまいと自分自身の態勢を後ろへ傾けそのままバックステップで俺が放った掌底を見事回避した。


 敵ながら対応が早い。身体強化魔法は付与されているだろうが、それを考慮しても相手はかなりの手練れだ。


 それを改めて認識した俺は魔術師に更に接近して拳を繰り出す。何も装備していない状態なら相手にダメージを与えられなかったけど、今はタイラントグローブを装備しているので俺の攻撃力は爆発的に上昇している。


 休む暇を与える事なく追撃するが、相手も何かを感じ取ったようでスラスラと回避していく。


 全く当たらないのでこれでは(らち)が明かないと判断し、試しに不意討ち気味に右足で蹴りを素早く入れてみる。だがそれこそが俺の判断ミスであり、蹴りをかわされた挙げ句に右足を掴まれた。



「げっ…!」



 右足を掴んだ魔術師はそのまま俺を持ち上げると勢いをつけてギルドカウンターの方へと投げ飛ばした。


 通常、人間を投げ飛ばすにはかなりの筋力が必要とされ、インドア派の魔術師では不可能だ。なので身体強化魔法で自分自身を強化しなければならないのだが、それを踏まえてもかなりの魔力を消耗するはず。


 しかしそれは両者が同レベルであった場合の話であり、今現在レベル1の俺は耐久力がないので簡単に投げ飛ばされてしまう。


 ―――これがレベルの差だ。相手とのレベル差が開けば開くほど圧倒的に不利な状況へと陥る。


 投げ飛ばされて宙を舞う俺もその不利な状況へと陥った一人だ。それにレベル制限が掛かっているため俺はこのままずっと不利な状況でやっていかなくてはならない。


 なんだかやけに時間が遅く感じられ、未だに宙を舞う俺は、視界がぐるぐると回っていて少し酔いそうになった。どこかに酔い止め薬でもないかな、なんて考えているとギルドのカウンターへと突っ込んだ。


 ドンガラガッシャンと木製の物が崩れる音や花瓶が割れる音が盛大に響く。


 受付嬢はカウンターの奥へと避難していたので無事みたいだが俺はというとダメージをくらったおかげでかなり痛い。


 頭からぶつからなかっただけマシではあるが背中や腕が痛み、更には刺状の木の破片に(ひたい)を掠めたせいで額より少し上の部分が切れた。おかげで頭から一筋の血が垂れ落ちてくる。



(………いてて、しくじったか)



 完璧に不意をついたはずなのに、レベルだけでなく技術面でも俺より上ってことか。


 まぁそれを知れただけでも今は充分な収穫だろう。そんなことを思っていると魔術師が再びこちらへと杖を構えた。


 それが意味するものは一つしかない。咄嗟に起き上がろうとするが痛みで思い通りに体が動いてくれない。


 困ったな、こんな時に限って俺の体に反抗期が訪れてしまったようだ。例えるなら妹に「お菓子取って」と頼んでもプイッと顔を背けて無視されるような感じ。なにそれちょっと萌えるんですけど。


 ……駄目だな。ダメージが大きいせいか緊急時だというのに下らないことばかり考えてしまう。


 そうしているうちに魔術師は魔法を発動させた。



「【フレイムランス】」



 鋭く尖った槍状の炎が俺の顔面に向かって飛んできた。最早ここまでかと諦め、俺は静かに目を閉じる。


 しかしその時、ダンッ!―――という強く踏み込んだ足音が俺の耳に届いた。



「ハァッ!」



 気迫のある声がしたかと思うと次の瞬間、爆発音が響き、ギルド本部が揺れる。



「くっ…!」



 周囲の悲鳴は爆発音によってかき消され、魔術師の近くにいた冒険者もろとも吹き飛ばした。


 いったい何が起こったのかと恐る恐る目を開けてみれば、俺の目の前にはアルティナが立っていた。



「アルティナ!? トイレに行ってたんじゃなかったの?」



 酔っ払いドワーフと別れた際にアルティナと偶然会ったのだが、彼女はトイレに向かう途中だったようで少しだけ会話したあとそのまま別れたのだ。


 だけどそんなにすぐ帰ってくるとは正直思っていなかった。女性のトイレはそれなりに時間がかかるって聞いたことあるけどアルティナのせいでよく分からなくなった。



「行って帰ってきたところだ。……それにしてもなんなのだ、この状況は…」



 何か呆れたような顔で彼女は周囲を見渡して状況を確認している。


 

「それはこっちが聞きたいくらいだよ。違反者がどーのこーので今あの魔術師を―――って、あれ?」



 先程まで魔術師がいた場所には誰一人としていなかった。あの爆発で吹き飛んだのかと思って周囲を見渡してみても冒険者達がいるだけでそれらしき姿は見つからない。



「あー、逃げられたか…」


「そのようだな」



 俺たちは二人揃ってため息を吐いた。



「そういえばミーナとクロナは無事かな?」


「私とクロナさんならここにいますよ」



 二人の安否が心配だったけど、それはこちらへと近寄ってくる二人を確認出来たので一安心した。


 てっきりあの爆発に巻き込まれたかもしれないと不安だったし。それはないって頭では理解しているけどどうしてもね…。



「おぉ、二人とも無事だったか」


「あんなんでやられる訳ないでしょ」


「クロナさんが防御魔法を張ってくれたんです。私だけならダメだったかもしれませんね」


「すまない、私がもう少し早く戻ってきていれば…」



 アルティナが顔を少し(うつむ)かせて申し訳なさそうに言った。



「生理現象なら仕方ないことだって。あんまり自分を責めすぎるのも良くないぞ」


「フォローしてくれるのはありがたいが、まずは他人の心配ではなく自分の心配をした方がよいのではないか?」


「そういや俺、怪我してたんだったな…」


「えっと、大丈夫なんですか? それ…」


「大丈夫だって。ちょっと意識が朦朧(もうろう)としてきただけだから」


「全然大丈夫じゃないです!?」



 俺の怪我を見て顔を真っ青にしたミーナからツッコミが入った。そこまで重症ではないのでそんなに心配はいらないがついつい冗談を言ってしまう。



「はぁ…。あんたね、頭から血流してるくせに他人の心配なんかしてんじゃないわよ…」


「返す言葉もないな」



 クロナに注意されて思わず後頭部をかきながら苦笑いを浮かべた。



「そういえばさ、アルティナはどうやってフレイムランスを止めたんだ?」



 ふと、疑問に思ったことを聞いてみた。フレイムランスは見た目の通り、貫通するように構成されるのであまり爆発はしない。


 爆発するとなると対象以外のものに当たった時くらいなんだが…。



「ああ、そのことか。それなら近くに置いてあった箱をフレイムランスに向かって投げつけたのだ」


「なるほど。だからこっちに届く前に爆発したのか………ん? 近くにあった箱?」



 なんだが嫌な予感がした。俺が投げ飛ばされた方向はギルドカウンターだから、今俺たちはギルドカウンター付近にいることになる。



「ねぇアルティナ。箱ってもしかして木箱?」


「ああそうだが…。それがどうかしたのか?」



 確かエネナギ草の入っていた箱も木箱だ。そして数分前、俺はそれを持たずにミーナとクロナのもとへ向かった。……つまり、エネナギ草の入った木箱はギルドカウンターに置きっぱなしだったという結論に達してしまうのだが……。



 俺は恐る恐る首を動かして受付嬢のいるギルドカウンターへと視線を向けた。そしてそこに置いてあるはずの木箱が――――――ない。



「エネナギ草の入った木箱がぁぁあああッ!?」


「え、えぇ!?」


「ちょ、嘘でしょ!?」


「な、なんだと!? 私が投げた箱が運搬しなければならなかったものだったのか!?」



 思わぬアクシデントの連続に悲鳴じみた声をあげる。それにつられてミーナ、クロナ、アルティナも叫んだ内容に驚愕した。



「で、でしたら少しでも回収を―――!」



 そう言いかけたミーナであったが、その言葉は最後まで紡がれることはなかった。


 それもそうか。なんせエネナギ草はフレイムランスによって箱ごと全部燃えたのだから。残っているのは燃えきって真っ黒な灰と化したエネナギ草の残骸だけだ。


 無事なものなんてあるはずがない。



(これ、どうしよう…)



 依頼されていた代物が全部燃やされたのだから当然依頼は失敗だろう。これを学院長にどう報告すればいいのかと言い訳を考える前に俺たちは大きなため息を吐いた。



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