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追憶:病みゆく恋心

今回はめちゃ長いです。大体4話分くらいありますね。

過去最長記録更新!(したくなかったです)

今後、こんなに長いのは書きません(多分)

ちょっと書くつもりだったんですけどなんでかこんなに長くなってしまって申し訳ないです…。




 私が義兄の前で盛大に告白した日から2年の月日が流れた。あれから7歳となった私は以前よりも義兄に素直に甘えるようになり今では土日以外、毎日彼の部屋に入り浸っている。



「お兄ちゃん、それ何読んでるの…?」



 ブックカバーを着けていつも読んでる小説に、私は興味が湧いた。


 椅子に座っている彼は目線を私の方に合わせると楽しそうに答えた。



「恋愛小説だよ。案外、俺はこういうのが好きなんだ」


「そうなんだ…。ちなみにどんな恋愛内容なの?」


「血の繋がった兄と妹の恋愛。けっこう面白いぞ。試しに読んでみるか?」


「ふぇっ!?」



 私は恋愛内容を聞いて思わず変な声を上げてしまった。兄妹恋愛―――そんな単語が脳裏に浮かぶ。



(ま、まるで今の私とお兄ちゃんみたい…!……ど、どんな内容なんだろう?もしかして最後までしちゃうの…!?)



 私の顔が真っ赤に染まり、胸が高鳴る。義兄から聞いた小説の兄と妹の恋愛内容の妄想が止まらない。彼が読んでいる恋愛小説の趣向に私は嬉しさを感じ、心の底から幸せが溢れてくる。



「えと、読まないなら別に―――「読む」そ、そうか…」



 危うく絶好の機会を逃すところだった。妄想も大概にしないと彼に呆れられてしまう。



「ほら、俺は一回読み終わってるし今貸すよ」



 義兄が自分の小説から栞を抜くと私に手渡してきた。私はすぐに受け取ると彼のベッドに寝転がって小説を一から読み始めた。


 義兄の匂いが染み付いたベッドで寝転がるということは、私がその匂いに包まれているのと同義。まるで彼に抱き締められているかのような感覚。布団を被れば完璧だ。……さすがに自重して被らないけど。



(あぁ…!私今すっごく幸せぇ…!えへ、えへへ…)



 だらしない笑みがこぼれそうになるのを必死に我慢して本を読む。視線だけ彼の方に向けると目が合った。数秒間視線が交錯したあと、私はハッとして本の内容に視線を戻した。


 ほんのり頬が赤くなっているのが自分でも分かった。



「すまん、嬉しそうに読んでたからつい…」



 と、人差し指で頬を軽く掻いていた。


 そんな事を今言うのはずるいと思う。顔が赤くなってるのを気付かれたくなくて本の内容に集中しようとしたのに、そんな嬉しいことを言われたら誤魔化すなんて絶対無理…!


 その日は義兄から借りた恋愛小説を読んでいたけど、ほとんどの内容が頭に入ってこなくて夜、自分の部屋で読むことになった。


 明日入学式なのになかなか寝られなくて寝不足になったのは言うまでもないだろう。





 義兄と共に過ごす日々はとても楽しく、ドキドキでいっぱいで、私は彼とずっとこうしていたいと強く思うようになった。


 ―――でも、彼と親密になればなるほど、私の感じていた違和感もそれに比例するように大きくなっていく。


 よく考えてみればおかしいと思うものはいくつもある。今思えばこの時に気付いてあげるべきだったんだと、未来の私は後悔した。





 最初に違和感を覚えたのは4日後の夕方。7歳ということで小学校に通うようになった私は、早く家に帰りたいと思い、ランドセルを背負うとバスに乗って下校した。



「ただいまー」



 私の声が玄関に虚しく響く。お父さんは休日以外夜まで働いているので夕方はいない。二人の兄もまだもう少し学校にいると思う。


 だから家には誰もおらず、私は自分の部屋で読書でもしようかなと考えたところで声が聞こえた。



「あ、おかえり」


「……っ!?」



 誰もいないと思っていたから思わずビクッと肩がはねる。すぐに声のした方向へ視線を向けるとリビングから義兄が顔を覗かせていた。



「?…どうしたんだ?」



 私の様子がおかしかったのに気付いた彼は不思議そうな表情で尋ねてきた。



「えっ…えと、学校行ってると思ってたから……つい、ビックリしただけなの…」


「あぁ、今日は早く終わったんだ」



 私が慌てて答えると、義兄は納得したように呟いた。


 靴を脱いでリビングに上がると義兄は食器を洗っていた。室内なのに彼は部屋着の上から愛用のパーカーを着用している。


 袖をめくってシャカシャカと少ない食器を素早く片付け、乾燥機へ入れると電源をつけて食器を乾燥させる。その作業が一段落すると彼は冷蔵庫から麦茶を取り出して一息ついた。


 そこで小さな違和感。義兄が食器を洗っているのをチラッと見たけど、洗っていたのはお皿とかじゃなくてラーメン鉢とガラスコップ、そしてお箸。


 ガラスコップとお箸はともかく、ラーメン鉢はどうみても昼食に使われる物だ。


 休日なら何もおかしくない光景だけど残念ながら今日は平日。学校に行っているならちゃんとお昼頃に給食が提供されているはずなので、今さっきラーメン鉢を洗っていた彼に対して疑問を抱いた。



「お兄ちゃん……何でラーメン鉢を洗っていたの…?」


「ん?……あぁ、午後から新入生の入学式があるから午前中に学校が終わったんだ」



 そう言って義兄は苦笑した。それを見た私は少しムッとした。今義兄が言ったことは多分、嘘なんじゃないかと感じたからだ。


 理由や根拠はないけど、なんとなくそう思っただけ。なんでそう感じたのかすら分からない。


 ―――でもこの時、私は杞憂(きゆう)であって欲しいと願いながらも、義兄に対するほんの小さな猜疑心(さいぎしん)が私の中に芽生えた。





 小学校に入学してから初めての日曜日。私はお父さんに昨日買ってもらったスマートフォンを手に義兄の部屋に向かった。


 小学生でスマートフォンを持たせるのはいくらなんでも早過ぎると世間ではあまり良く思われていないけど、実際に持っている人は少なからずいる。


 私のお父さんも「もしもの時のために絶対に持っておきなさい」と言って、スマートフォンの使い方を懇切丁寧に教えてくれた。


 義兄の部屋に無断で入ると彼はベッドで横になって眠っていた。今はお昼頃なので昼寝の最中なんだろう。


 せっかく彼の電話番号を登録しようと思って来たのに肝心の彼は熟睡中…。なんだか少しムッとしたので彼にイタズラしてやろうと魔が差した。


 普段はそんな事を思わないんだけど、スマートフォンを買ってもらって気分がいいのか……それとも大好きな義兄といつでも連絡できるようになると知って気分がいいのか……どっちか分からないけどそのせいだと思う。


 手に持っていたスマートフォンを起動させて義兄の寝顔に標準を合わせると―――パシャッと一枚。


 義兄の可愛らしい寝顔写真を本人の許可なしで一枚撮った私は間違っても消さないようにロックを掛けた。



(これはスマートフォンがちゃんと機能するか試しただけ。決してお兄ちゃんの寝顔写真が撮りたかったとかそういうのじゃないから…!それに、ちゃんと扱えるかどうかを確認したかっただけで別に悪い事は何もしてない…!)



 などと、自分自身にあれやこれやと言い訳をしていたら義兄が身じろぎをして瞼がゆっくりと開かれた。



「…ぅん?……どうしたんだ…?休日は俺の部屋へ来ないのに…」



 寝ぼけ眼を擦りながら眠たそうに彼が言った。私はお父さんの前ではいい子にしているため、お父さんが休日の日は基本的に自室にこもって1日中勉強している。


 なので休日に自分の部屋にいることを彼は不思議に思ったんだろう。


 でも今の時間帯ならお父さんは道場で門下生達に指導をしているのでその間だけはこうしてここにいられる。


 ゆっくりとベッドから上半身を起こした義兄はじっとこちらに視線を送り、一言。



「えーっと……何してるんだ…?」



 よく見ると彼の視線は私にではなく私の持っているスマートフォンを捉えていた。それに気付いた私は慌ててカメラ機能を終了してアプリを閉じた。おまけに暗証番号もつけておく。これで勝手に(いじ)られたとしてもあの写真は万が一にも見られることはない。



「え、あ、その……お父さんにスマートフォン買ってもらったから――――」



 電話番号を登録し合おう―――そう彼に伝えようとしたけど、それは彼の呟きによって私の言葉は最後まで紡がれることはなかった。



「へぇ~……それがスマートフォンなんだ」



 ――――――え?



 一瞬、義兄から放たれた言葉を理解出来なかった。もしかしたら聞き間違いかもしれないとも思った。でも―――



「初めて実物を見たよ。テレビとかでは良く観るんだけど」



 その言葉によって聞き間違いではなかった事を証明された。彼は物珍しそうにスマートフォンを眺めているが、その光景を見た途端、とてつもない違和感が私を襲う。


 スマートフォンは買ってもらったばかりだけど私は持っているし、当然だけど兄も持っている。そして―――義兄も持っているはずだった。


 でもそれは私の思い込みでしかなく、現実での彼は持っていない。今もこうして私のスマートフォンを物珍しそうに眺めているのがその証拠。



(どういうこと…?)



 私の頭の中は疑問でいっぱいだった。



 なんで義兄はスマートフォンを持っていない…?

 それに対してなんで彼はおかしいと思わない…?

 なんでお父さんは彼にスマートフォンを買ってあげない?

 なんで―――こんな状況でも彼はなんともないように笑っているの?



 なんで?どうして?と、答えの出ない疑問が飛び交う。結局、私は義兄に要件を伝える事ができず、そのままスマートフォンを紹介することになった。





 ―――その日の夜、ずっと消えない疑問を心の中で引きずりながら夕飯を迎えた。お父さんと兄と私は椅子に座ってテーブルに並べられた数々のおかずを自分のお皿に盛っていく。


 この食卓に義兄の姿はない。以前、気になってお父さんに聞いてみたところ、「彼は一人で夕飯を摂りたいから皆は先に食べていてくれと頼まれたんだ」と言っていた。


 以前は疑問も抱かずに納得していたけど、今となってはその言葉を素直に受け取ることが出来ない。


 特に最近の義兄は数年前からまともに運動していないのに以前より更に()せている。痩せ過ぎなんじゃないかと心配するくらい。だから余計に……お父さんの言葉を疑ってしまう。


 私はさりげなく義兄の事についてお父さんに聞いてみたけど、やっぱりはぐらかされた。兄は心底不愉快そうな顔をすると早々に夕食を切り上げて自室に戻っていった。


 それを見たお父さんは苦笑すると、トレイに一人分の量の夕食を乗せてリビングを出ていく。多分だけどお父さんが運んでいったのは義兄の分のものだと思う。


 私はトレイを運ぶお父さんの背を、静かな眼差しで見送った。





 ―――深夜1時頃。私はトイレに行きたくなって自然と目が覚めた。布団の中は温かく、とても心地良い空間となっていたのでここから出たくなかった。けど、そろそろ出ないと悲惨な末路を辿ることになるので私は布団からの甘美な誘惑を無理やり押し退けてズルズルとやる気のないのっそりとした行動でベッドから起き上がる。



(…………眠い…)



 寝ぼけ眼を擦りながらなんとか自室から出てトイレのある場所を目指して歩き出す。



 ―――――――!……………――――!?



(…………………?)



 何か聞こえた。こんな深夜に起きている人なんて誰もいないはずなのに、私の耳には何かが聞こえた。


 私は気のせいだと必死に自分に言い聞かせてトイレを目指す。



 ―――――――ぁ……!…――――――ぇぇ!



 私は思わず歩みを止めた。今度ばかりは気のせいに出来なかった。声が聞こえる……誰かの声だ。まだ途切れ途切れでしか聞こえないものの、私が目指している先からその声が聞こえる。


 正体を確かめるために震えた足を必死に動かして歩を進める。段々と近づくにつれ聞こえてくる声が大きくなり、なんとか判別できる所まできた。


 うめき声だ。何か苦しんでいるような……そんな感じの。



(まさか……幽霊じゃない、よね…?)



 一応、私は科学的根拠のないものは信じないのだけど、こうして実際に不気味な雰囲気を感じ取ると嫌でも考えてしまう。


 トイレに行きたいのに凄く行きたくなくなった。このまま自室に戻って布団にくるまり寝よう……そんな考えが思い浮かんできては私を誘惑してくる。


 でもそうしてしまったら明日の朝は大惨事になってしまう。小学生でお漏らしなんて絶対に嫌。それを、もしも愛する義兄に知られでもしたら羞恥心で死ねる。


 私はブンブンと左右に軽く頭を振って、余計な思考を取り払った。


 ゆっくり……ゆっくりと歩く。物音を立てないよう忍び足で。うめき声が更に大きくなり、それは突然言葉に変わった。



「げほっ……げほっ。おぇ……全くもう…」



 その声を聞いた途端、私は違う理由で歩くのを止めた。



(――――お兄ちゃん…?)



 聞き間違えるはずがない。それは私が心から愛する義兄の声だったから。


 すごく、嫌な予感がした。


 私は彼に気付かれないように足音を立てずに近づくと、廊下の曲がり角から半分だけ顔を出して声のする方向に視線を向ける。


 するとそこには洋式トイレで膝をついて苦しむ義兄の姿があった。何かの病気かもしれない…!と、それを見た私は焦る気持ちを抑えてすぐに駆け寄ろうとした。



「あぁ……あの親子め…」



 駆け寄ろうと一歩を踏み出しかけた私は義兄の呟きを聞きなんとか踏み留まった。トイレのドアは開きっぱなしで電気もついているため彼の苦悶する姿がよく見える。


 あの親子…?一体誰のことなんだろうと不思議に思い、私は首を傾げた。多分今の呟きは独り言なんだと思う。廊下の曲がり角に隠れる私に気付いた様子もなく、彼は言葉を紡いだ。



「げほっ!げほっ!……毒の量、考えてほしいものだな…っ!…っうぇ…」



 痛みに耐えているのか、険しい表情を浮かべたまま言葉を吐き捨てた。その後すぐに口元を手で押さえたかと思うと便器に顔を近付けて嘔吐(おうと)した。



 ―――嗚呼(ああ)、今日だけでいったい何回自分の耳を疑ったのだろう。彼の……今の状況を察してしまった私は溢れる涙が止まらなかった。


 《あの親子》、そして《毒》というキーワードから当てはまるものは、私は一つしか知らない。


 でも、それでも私は信じられなかった……いえ、信じたくなかった。だから私は真相を知るために隠れるのをやめ、苦しむ義兄へと歩み寄る。一歩、また一歩と確実に。



「………ッ!?」



 あと数メートルの距離になるとさすがに義兄も私の存在に気付いて、持参していたティッシュで口を拭くと急いで便器の中に放り込み蓋をして流した。


 蓋をして流したのは私に中身を見せないための気遣い。こんな時でも彼は誰かを気遣って一人で全部背負おうとする……ほんと、悪い癖。


 義兄は私を見るとなんともなさそうに笑みを浮かべる。でもその顔色は重症の患者さんみたいに悪い。



「どうしたんだ…?こんな夜中に」



 それはこっちの台詞だと怒鳴りそうになったのを必死に堪えて震える声をなんとか振り絞る。



「夜中にトイレに行きたくなって…。お兄ちゃんこそ……大丈夫?」


「あ、あぁ!もう平気だよ。俺はもう大丈夫だから心配することないぞ。そ、それじゃあまた…ッ!お休み…!」



 義兄は何かを必死に誤魔化そうと早口で()し立てると、トイレから出て自分の部屋に戻ろうとした。



「……………ッ!」



 私の横を通りすがろうとした時に義兄の歩みは止まった。


 今、私がいったいどんな顔をしているのか気付いたんだろう。トイレからじゃ私の表情は夜の闇に隠れて正確に見えることはまずない。



「お、おい…!?何も泣くことはないだろう…?」



 彼が困ったように言った。


 大好きな義兄が苦しんでいるのに泣くなというのは(いささ)か残酷ではないだろうか…?


 そんな事を言われても私ではもうこの流れ落ちる涙を止めることなど出来ない。


 だから私は義兄を問い詰めるために彼の右腕を強く掴んだ。それはちゃんと答えるまで絶対に話さないという確固たる意思表示。



「お兄ちゃん……なんでトイレで吐いてたか答えて」


「…そりゃあ、体調が悪かったからに決まってるだろ?」


「じゃあお兄ちゃんが呟いてた毒ってなに?……それに、あの親子って誰のこと?」


「………ッ!……聞いてたのか…」



 義兄は苦虫を噛み潰したような顔をすると、しばらく黙った。もしかしたら言い訳でも考えているのかも…。



「……近所の親子が大量にお菓子をくれてな。夜食に食べてたんだけど、ついうっかり食べ過ぎてこの様だ。それに、毒って言ったのは言葉のあやで美味しいものでも過剰摂取は毒になるって意味なんだ…」



 だから心配する必要はないと義兄は苦笑した。彼を注意深く観察してみると目線は微かに私からズレている。


 あぁ、ほらやっぱり。彼の述べる言葉は嘘ばかり。例え私に聞かせたくなかったとしても、彼のその優しい嘘が私の心をより傷付ける。


 私の中に渦巻く悲哀、失望、怒り、慈愛などの感情は複雑に絡み合い、そして入り交じる。


 私は更に強く彼の腕を握り締める。そのせいで彼の皮膚に私の爪が食い込んだ。



「…ッ!?……い、痛…っ!」



 彼は少し涙目になりながら顔をしかめた。


 痩せ細った腕にはまともな筋肉もなく、ぷにぷにしてて柔らかい。まるで女の子のような腕をしている。


 もともと華奢(きしゃ)な体型だったから今の彼では掴まれた手すら振り払えないんじゃないかと思えてしまうくらい。



「嘘は言わないで。私の目を見てちゃんと本当のことを話して」


「だからそれはさっき言った通りだって…」



 まだ嘘を並べ立てる義兄を、私は彼の足を引っかけて床に押し倒した。逃げられないよう馬乗りになった私は空いているもう片方の手で彼の左腕を掴んで拘束する。



「ねぇ、なんで嘘をつくの?ねぇなんで?お兄ちゃんは優しいから私に嘘をつかないでしょ?早く答えてよ、本当のこと。じゃないと私………………ナニするかわからないよ?」



 両腕を拘束された義兄は肩をビクッと震わせた。


 そんなに怒ってる姿の私は怖いのかな?…なんてことを頭の片隅で考える。


 彼の真っ黒で綺麗な瞳に私はどんな風に写っているのだろう?という疑問も浮かび上がる。でも今はそれを訊くときじゃない。彼から真実を聞き出すときだ。


 本当のことを話すまで今の状況が続く……または悪化すると察した彼は悲しそうな表情で言った。



「……………答えなくないよ」



 どうしても嫌らしい。そこまで拒否されると、さすがの私もちょっと我慢できそうにないかな…。



「……お兄ちゃん知ってる?……家族って三つ以上離れてると結婚できるんだよ…?」



 それを聞いた義兄は顔色が真っ青になった。対する私は頬が朱色に染まり、恍惚(こうこつ)な笑みを浮かべた。



「頼む、それだけは駄目なんだ…!」



 そう言いながら体を動かして私の拘束から抜け出そうと必死に抵抗している。本気で抵抗したら大体私より力が少し上くらい。でも馬乗りになってる私の方が有利。


 ほんと、スマートフォンって便利だよね。調べたい事があればなんでも簡単に調べられるんだから。相手の拘束の仕方や男の喜ばせ方なんかもちゃんと出てくる。


 でもここで問題が一つ。私は手錠やロープなんかを持ってないし、義兄の両腕を拘束しているのは私の両手。離せばすぐに抵抗さてる上に逃げられるかもしれない。


 どうしようかと悩んでいると微かに足音が聞こえた。かなり遠いが、誰かがこっちに向かって歩いてくる。


 彼は抵抗することで精一杯なのか、気付いていない。どうするかと少し悩んでとある対処法を思い付いた。



「――――なんてね」


「……え?」



 私はからかうように言うとぱっと両手を義兄から離して拘束を解いた。馬乗りするのもやめ、彼から一歩だけ距離を取る。


 義兄は何もわからず困惑している。その反応を見た私はからかうような口調で告げる。



「冗談だよお兄ちゃん。こうやって脅せば話してくれると思っただけだし…。もぅ、お兄ちゃんってかなり口が固いんだから…」



 からかわれていると気付いたのか、義兄は安堵したように息を吐いて起き上がる。



「な、なんだ冗談だったのか…。さすがにちょっと本気にしたぞ…」


「してほしかったの?」


「しなくてよろしい…!」



 意地の悪い笑みを浮かべて問い返すと義兄は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら答えた。あまり見られたくないのか、横を向いて右腕で表情隠すような仕草はとてもかわいい。



「お兄ちゃんが話したくないなら話さなくてもいいよ。でも、いつかきっと話してくれるってお兄ちゃんのこと信じてずっと待ってるから…」


「……ああ、約束だ。俺は必ず話すよ……いつかきっと、話せるようになるまで…」


「うん、その時は遠慮しなくていいからね…?……それじゃ、お休み」


「ああ、お休み」



 こうして私は義兄と別れると、別の場所にあるトイレへと向かった。


 ―――私が取った対処法。それはただ単純に待ち続けること。今はまだ早すぎたんだ。日本の法律では結婚出来る年齢は男性の場合、18歳。女性の場合16歳。


 私はまだなんの力もないちっぽけな存在だ。だからそれまでは待つことにした。一人で生きていけるようになるまで、私はずっと我慢し続ける。


 トイレに行く途中の廊下には、義兄の部屋があるので少しだけ部屋の様子を覗く。


 するとそこには食べかけの料理がトレイの上で散らかっており、ガラスコップは倒れて中に入っていた水は床に(こぼ)れていた。


 私は部屋の扉をそっと閉めると静かに確信しながらその場を離れる。戻ってくる義兄に見つからないよう少し早歩きで。


 彼の言っていた《あの親子》とは、私の父と兄のことだろう。そして《毒》は言葉通りの意味。散乱した料理を見ればおのずと状況が見えてくる。


 私の父か兄のどちらかが彼の料理に文字通りの毒を盛った。もちろん、死なない程度の微量のものだと思う。


 ―――許せない。私のお兄ちゃんを傷付ける理由は分からない。でも、こんな酷いことを平気で出来る人を私は家族だと思いたくもなかった。


 だから私の家族は義兄であるお兄ちゃんただ一人。いつか結婚して二人の愛の巣で永遠を誓い合って幸せに暮らす。それが私の夢であり、希望であり、願いであった。



(待っててねお兄ちゃん…♡いつか絶対に結婚して、愛し合って、それから二人で幸せに暮らすの…♡私とお兄ちゃん以外誰もいない世界で私だけを見て、私だけを頼って、そして私がいなきゃ生きていけない体してあげる♡♡♡……ふ、ふふふ…♡あぁ、楽しみだなぁ…………でも、今はまだ我慢しなきゃ。お父さんと兄さんを黙らせられるくらい努力しなきゃ絶対に叶わないもの。だから――もう少し我慢しててねお兄ちゃん♡♡)



 私の未来を脳内で描きながら幸せを噛み締める。緩んだ頬を両手で押さえて表情を元に戻そうとするが、そんな行為は無意味で逆にどんどん口角が上がり笑みが強まる。


 闇夜に広がる雲が風に流れていき、隠れていた月が姿を現した。時間が経過するにつれ、窓から差し込む月明かりも明るさを増す。


 私の姿も照らされて遠目からでも確認できる。



(嗚呼、やっぱり私はお兄ちゃんの事を考えるとこんな顔になるんだ…)



 窓へ近づいた私はそんな感想を抱いた。窓ガラスにうっすらと写し出された私の顔は、恍惚とした笑みを浮かべていた。





 それから私はこのままではいけないと思い、義兄が傷付けられないようにする方法を思案し、実行に移した。


 まず手始めに私は四六時中(しろくじちゅう)義兄と一緒にいることにした。通っている学校が違うのでさすがにそこまでは一緒にいられないが、家にいる時やどこかへ出掛ける時なんかは彼とずっと一緒にいる。


 お父さんや兄さんは、義兄にしていることを私に知られたくないようだから私がずっと一緒にいれば手を出せなくなる。


 それでもお父さんと兄さんは私が彼と一緒にいることを快く思わず、離れるよう催促してきた。兄さんに至っては不愉快極まりないようでとてもしつこかった。


 でも私が「今までお兄ちゃんにしてきたことを全部話して?」と遠回しに脅すと二人とも黙り込んだ。私が更にこの二人を内心で軽蔑(けいべつ)したのは言うまでもない。


 勉強するときも、ご飯を食べるときも、お風呂に行くときや寝るときもずっと一緒にいる。お風呂はさすがに義兄も恥ずかしがったのでお互いに水着を着て入った。


 提案したのは私で、これなら問題ないと言ったら義兄はなるほどと納得した。そういう問題ではないのだが、納得した彼はわりとちょろいと思った。彼は贔屓(ひいき)目なしで可愛いから将来、悪い女に騙されないか少し心配した。


 だから私はそういう悪い虫から絶対に彼を守ると固く決意した。ちなみにその決意の意思表示というか、誓いというか………なんだかんだ言い訳しながら顔を真っ赤にした私が寝ている彼のほっぺにキスしたのは内緒。






 ――――それから5年後、13歳となった義兄は随分と機嫌良さそうに下校してきた。


 私が何かあったのか尋ねると、義兄は幸せそうな笑みを浮かべて公園で優しいお姉さんに会ったと言った。


 それを聞いた私は物凄く嫉妬(しっと)した。義兄から悪い虫を排除すると決意している私は彼からその優しいお姉さんの特徴を聞き出した。


 黒髪ロングの大学2年生。義兄はそう言った。とても優しくていつも話を聞いてくれるとも言っていた。通学している大学を聞いたところ、私の実の兄と同じ大学らしい。あそこはかなりの難関学校で有名なのに。


 話ならいつでも私が聞いてあげるのに。悔しいけどお姉さんという年上ポジションだと普段言えないことも言えるのかもしれない。この時は初めて妹ポジションが嫌になった。





 ―――それから数ヶ月後、義兄は毎日公園にいる優しいお姉さんに会いに行った。毎日といっても登下校のある平日だけ。


 義兄がすごく幸せそうな表情でその人のことを話してくるから私は我慢するのに必死だった。彼が幸せでいることが私の一番の願いだけど、それは私の手で叶えたいから。


 そして何よりもすごく嫌な予感がした。今の義兄は以前よりずっと楽しそうで、その様子はまるで恋人でも出来たんじゃないかというくらい。


 これはまずい。非常にまずい。焦る気持ちを抑えながら私は義兄に忠告しておく。「もしかしたらその人はお兄ちゃんを騙そうとしているかもしれない」と。


 それを聞いた義兄は、苦笑しながら「俺にそんな事をする理由が思い当たらないよ」と私の頭を()で撫でしながら答えた。


 義兄の撫で撫での威力は凄まじく、私は気持ちよさと幸福感により危うく昇天しそうになった。


 必死に耐えたので時々体がビクッ…ビクッ……と痙攣(けいれん)してしまい、彼に「大丈夫か…?」と心配された。


 嗚呼、私の義兄はなんて優しいんだろう。最近の状況はあまり喜ばしくないが、私と義兄が出会えた幸運に感謝した。


 だから気が緩んでしまったのかもしれない。これから悲惨な出来事が待ち構えているというのにこの時の私はそれに全く気付くことが出来なかった。





 ――――更に1年と数ヶ月後。公園にいる優しいお姉さんと会って約2年が経過しようとしていた頃。


 家に帰ってきた義兄は凄く落ち込んでいた。いや、よく観察してみると落ち込んでいるというレベルではなかった。


 いつものようなまん丸とした明るい瞳には光が宿っておらず、絶望や悲哀などの全ての負の感情で塗り固められたように濁っていた。


 目元は真っ赤に腫れてどれだけ泣いていたのかが窺える。その様子はとても普通とはかけ離れたもので、一言で表現するならば、それは虚無という言葉が当てはまる。


 明らかに義兄が異常だと即座に気付いた私は心配して何があったのか尋ねてみた。しかし彼は何も答えることなく、茫然自失の状態だった。


 彼の瞳は何も映していなかった。その日ばかりは私ですら見えていないようで、ただただ虚空(こくう)を見つめている。


 とぼとぼと歩く。その足取りはおぼつかないし、その背中からは哀愁(あいしゅう)が漂っていた。そんな義兄の様子は例えるならガラスだ。少しでも触れてしまえばバラバラに砕け散ってしまうほどの繊細なガラス。


 いや、もしかしたらもう壊れているのかもしれない。虚ろな瞳に表情が一切ない人形のような顔。あれだけ幸せそうにしていた彼の笑顔はもはや見る影もない。


 どうして、こんな事になったのかは分からない。もしかしたら公園にいる優しいお姉さんと何かあったのかもしれないし、そうでないかもしれない。物事を憶測で決め付けては駄目と義兄に教わった私は、部屋へ歩いていく彼の後ろ姿をただ見つめることしか出来なかった。





 ――――翌日。あれから部屋に閉じ籠った義兄は部屋の扉に鍵を掛けて自分の部屋に誰も入れようとはしなかった。義兄の部屋に入る人物はこの家で私しかいないのでなんだか拒絶された気分になって私は少しショックを受けた。


 義兄は学校に行きたくなかったようで、彼は学校を無断欠席した。朝食はいつも通り3人で摂っているのだが、どこかどんよりとした重い空気だった。


 そんな中、私の実の兄が空気も読まず随分と機嫌良さそうにしていた。大学院で上手くいっているとお父さんに自慢していたけど、私にはその笑顔が凄く不気味に見えて仕方がなかった。


 朝食をいち早く終え、私は得体の知れない寒気を感じながらその日は学校生活を送った。





 ―――その日の夕方。私の家で暴行事件が起きた。今日は日直や生徒会の仕事で忙しく、帰宅出来たのはもう夕方6時に差し掛かっていた頃だ。


 異変に気付いたのはいつも登る大理石の階段付近に沢山のパトカーと救急車が停まっていたからだ。


 そして何よりも驚いたのが、階段の上から傷だらけになった門下生達がタンカーに乗せられて運ばれているところ。その様子は誰かに半殺しにでもされたかのような有り様だった。


 私は何があったのか警察官に事情を聞いたところ、事件を起こした犯人にやられたらしい。


 犯人は今も逃走中との事で、私の家にはもういないと警察官が言っていたので私は急いで階段を駆け上がった。


 これだけ門下生がやられていたのだ。犯人は相当強いはず。私は部屋に閉じ籠って1日中家にいた義兄が心配になった。


 彼は凄く弱いし、そのくせすぐに無茶をする。犯人に立ち向かうなんて無謀なことをしないとは言い切れない。下手をすれば犯人に義兄が殺される可能性だってある。


 長い階段を登り切ると息も整えずに走る。もし立ち向かっていたとしたら事件現場の道場付近にいるはず。


 未だにタンカーで運ばれている門下生を横目にして警察官の多い剣道場へと向かった。


 靴を脱いで上がった剣道場は、障子(しょうじ)(たたみ)が所々誰かの血によって汚れていた。多分だけど門下生達の血だと思う。内出血はもちろんのこと骨折や切り傷もあったらしい。


 あちこち見回していた私はふと、道場の隅にいる一人の警察官と少女が視界に入った。あの様子からして少女に警察官が事情聴取を執り行っている最中だと容易に分かった。


 冷静に警察官が質問しているのに対して少女はまるで幽霊でも見たかのように恐怖で震えていた。それでもゆっくりとだけど、少女は警察官の質問に答えているみたいで警察官はそれを手に持つメモ帳に事細かく記録している。


 私は警察官に気付かれないよう物陰に隠れて近づくと、話の内容を聞くために耳を澄ませた。



「なるほど。門下生達の様子は大体わかりました。では、次に犯人の特徴と……出来れば動機などを知っていたら教えて下さい」


「は、犯人の特徴は………見た目からして…わ、私と同じくらいの歳の少年で、それから……黒髪で……あとは、凄く冷たい瞳を……していました。―――犯人の、ど、動機は…わかりません…」


「ありがとうございました。以上で事情聴取は終了です。ご協力に感謝致します。もう遅いので気を付けて帰って下さいね」


「は、はい…」



 私はそっと物音を立てずにその場から離れると急いで義兄の部屋に向かった。《黒髪》、《私と年齢が近い》、《少年》……少女の言っていた犯人の特徴は私の義兄に似ている。


 でもそうなると合致しない点が一つ浮き上がってくる。それは犯人の強さだ。門下生は全員その犯人にやられたと主張しているが、その犯人が仮に私の義兄だとしたらそれは不可能ということになる。


 もう何年も前の話になるのだけど、彼は一番弱かったのだ。それこそ私に負けるくらいに。そんな彼が犯人なんてあり得ない。頭ではそう分かっているのにどうてしても不安が拭えない、嫌な予感が消えない。


 あれこれ思考しているうちに義兄の部屋の前に辿り着く。扉には鍵が掛かっていたら部屋の中に必ず彼がいる。


 私はドアノブを握り、回した。



(――――開いてる……ッ!?)



 義兄の部屋の扉には鍵が掛かっていなかった。嫌な予感が私の中でどんどん膨れ上がっていく。


 きっと大丈夫。私の不安は杞憂に終わるから。部屋にはいつものように笑みを浮かべて待ってくれている義兄がいるからと、自分自身に言い聞かせて恐る恐る扉を開けて室内を見渡した。


 室内にはベッドや机、椅子などの生活に必要最低限の物しかない少し殺風景な部屋が広がっている。これがいつも通りの部屋だ。



 ―――しかし、愛する義兄の姿はそこにはなかった。



 いや、諦めるにはまだ早い。そう思った私は部屋中を探した。もしかしたら義兄が隠れているかもしれないから。しかし、そんな小さな希望的予想はいとも簡単に壊された。


 ―――どこにもいない。クローゼットやタンスの中にも、ましてやベッドの下もいない。他に隠れる場所がないと(さと)った私は先程から気になっていた机の上に視線を向ける。


 一枚の用紙が窓から吹く風に飛ばされないようにと()()()()()()()砂時計の下に挟んである。なんとなく用紙を手に取り裏返すと、私は目を見開いた。



 ――――ただの用紙だと思っていたそれは、義兄から私宛ての手紙だったからだ。



 私は震える手を必死に抑えながら丁寧な字でしたためられた手紙を読んだ。


 最初の方は迷惑をかけた事に対する謝罪と、この事件の犯人は自分だという自白する文章……そしてその事件の原因。


 その後は、この家に引き取られてから彼に何があったのかが全て(つづ)られていた。もちろん、昨日あった出来事も含めて。


 何年も経った今、私が知りたかった真実が明らかになった。こんな形で、あっさりと。


 全てを知った私は涙が止まらなかった。こんな酷い事を今まで続けてきたお父さんと兄さんに殺意が芽生えた。


 もしここに義兄がいたなら、お前は泣き虫だなと、笑われるかもしれない。


 でも、彼に泣くなと言われてもこればっかりは無理だった。私の心から溢れる感情の激流は、とどまることを知らずに涙と泣き声として吐き出された。


 ―――義兄はどれだけ苦しめられていたのか、どれだけ(つら)かったのか私にはとても想像出来ない。



 以前、彼が庭の池に落ちたのは偶然か?―――違う。


 以前、階段で大怪我をしたのは偶然か?―――違う…!


 以前、学校が途中で終わったと言っていたのは偶然か?―――違う…ッ!


 以前……いや、今もスマートフォンを持っていないのは偶然か?―――違う!


 以前―――……彼の夕飯に毒が盛られていたのは偶然か?



 ……………………………………全部………全部……全部、全部全部全部全部全部ッ!!



 仕組まれた事だったんだ。


 その途端、私の中にある何かが吹っ切れた。



「……あはっ…………あははははははッ!……私ってばほんとに馬鹿ッ!守ってあげる?お兄ちゃんを傷付けさせない?……何も知らなかったくせにッ!!こんなにいっぱい傷付いて、体も心もボロボロになって!それでも私の前では笑顔を絶やさずにいてくれてッ!愚かにも私はそれに気付かず甘えてばかりっ!……ぐすっ…うぅ……ほんと……お兄ちゃんに、気を遣わせてばかりの自分が嫌いだよ…」



 ひとしきり叫んだあと、読んでいる途中だった手紙を広げる。叫んでいる時に無意識に手紙を握り締めていたようで、かなりクシャクシャになった。



 涙でぼやける視界でなんとか手紙の続きを読んだ。



『こんな形で約束を果たすことになって本当にごめんな…。これを読んでいる時には俺はもうここにはいない。本当の本当に最後だ、これからは俺に頼らず生きていって欲しいと心から願っている。まぁ、ブラコンのお前なら無理そうな気もするけど(;゜∇゜)

 …………門下生達を潰してほんとにごめん。あの様子だと心に恐怖が刻み込まれている人も少なくはないと思う。営業妨害どころの話じゃないな、これは。最後の最後に多大な迷惑をかけて自分が情けなくなるよ…。恨むなら好きに恨んでくれ』



(……ぐずっ……うぁ……お、お兄ちゃんの……馬鹿ぁ~~~~~~ッ!)



 泣きながら心の中でまた叫ぶ。


 恨める訳がない。いつも私に優しくしてくれたお兄ちゃんを…。感謝こそあれど恨むなんてできっこない。



(門下生達を潰してごめんって謝ってるけど、もともと悪いのは今まで散々お兄ちゃんを虐めてたその門下生達なのに。いくらなんでも人が良すぎるよぉ…うぅ……)



 ポタポタと流れ落ちる涙は義兄の残した手紙を少しずつ汚していく。



『追伸。一応、言っておくけど俺の心配はするなよ?これだけの事をやらかしたんだ、俺は立派な犯罪者さ。それに、もうここには俺の居場所なんてないんだ。だからこの街から出ていくことにしたよ。年齢偽ってバイトしてた甲斐があって良かったぜ!v(´▽`*)

 だからこれだけはハッキリ言っておく。俺はもう二度とここには戻って来ないし、お前にも会えない。……あいつらの事だ、どうせ俺を捕まえようと警察を使う可能性が高い。捕まったらそこまでだけど、それまでなんとか生きていける。

 あまり長く書くと紙に書ききれないな…。最初は寂しい思いをさせるかもしれないけどだからって死んだりするんじゃないぞ?ウサギじゃあるまいし。

 冗談はさておき。書ける残りも少なくなってきたし伝えたいことを率直に伝える。―――今までお世話になりました。俺なんかに構ってくれてほんとにありがとよ。あとは……そう!…追いかけようなんて馬鹿な真似は絶対にするな。これは義兄としての最後のお願いだから。この手紙の上に砂時計があっただろ?その砂が完全に落ちきっていたら、それはもう俺がこの街にはいないことを示しているから大人しく諦めてくれ。

 でもこれだけは覚えていて欲しい……俺たちはどこにいたって兄妹だ!例え海の底だろうが空の果てだろうが関係ない!俺たちは変わらず繋がり続けていることをっ!……その事実だけは絶対に忘れないでくれ……。もう一行しか残ってないからお別れの挨拶を済ませるよ………さようなら、俺の愛する妹よ』



 この手紙を読み終えた私は自然と膝が床に崩れ落ちた。静かに涙を流しながら茫然自失になる。


 心にぽっかりと空いた大きな穴はもう修復されることはない。今の自分にあるのは己に対する無力感と、圧倒的な虚無感。ただそれだけだった。


 最愛の義兄に二度と会うことが叶わない。その事実だけで自殺しそうになった。彼のいない世界なんて無価値だ。そんなところで私は生きていたくはない……そう思えるほど、私は彼を兄妹としてではなく、一人の異性として愛していたのだ。


 でもどんなに辛くても自殺はしない。それが彼の願いだから。私が死ねば彼はきっと悲しむ。だからもうこれ以上彼を傷付けるのはよそう。


 でも、今だけは許して欲しい。今まで我慢してきた反動が……押さえきれなくなったから。


 その日から数ヶ月―――私は立ち直ることが出来ず自室に引きこもった。





 何も変わらぬ空間で、同じ日々の繰り返し。心が虚無に支配され、全てが灰色となった世界。私は眠る時間も削って寂しさを埋めようとした。



(お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃ―――)



 頭の中がおかしくなりそうになる。義兄の布団を被って匂いの残り香を吸い込む。



(嗚呼、お兄ちゃんの匂いを嗅ぐと頭の中が蕩けそうになるよぉ…)



 恍惚とした笑みを浮かべようとしても表情が変わらない。……残り香だけでは足りない。一旦落ち着いた私はこれからの事を考え続けた。


 ―――しかし、私はこれから何をして何を目指せばいいのか分からない。目標もなければ救いもない。大切な義兄と会えなくなり、全てを見失ってしまった。


 じゃあ、解決するにはどうすればいい?……そのためには何をすればいい?……今、すべきことは何かと永遠に問い掛け続ける。


 あの日から私の涙は枯れた。泣きたくても泣けなくなった。私の表情も死んでしまった。何も感じないし、どんな表情をすればいいのかも忘れてしまった。


 ――――それは何故か?……全ては義兄を失ったからだ。



「………………あぁ、そっか…」



 薄暗い部屋で布団にくるまった私は唐突に呟いた。それはどうすればいいのか、答えが見つかったから。



「……失ったら取り戻せばいいだけだよ…」



 そう、失ったら取り戻せばいい。至ってシンプルな答えだ。しかし、常人ならばそんなことは不可能だと判断するかもしれない。でも私には分かる、感じられる。私の心にある暖かな繋がりが。



 ――――俺たちはどこにいたって兄妹だ!例え海の底だろうが空の果てだろうが関係ない!俺たちが変わらず繋がり続けていることをっ!……どうか忘れないでくれ…。



 そう言ったのは彼自身ではないか。今頃になって気付いた私は本当に馬鹿だと自虐してしまう。目標が明確に見えた今、私のやるべき事は一つであり、そのための準備は今からでも充分、間に合う。



(私、決めたよ…。いつか絶対に叶えてみせるから。例えどれだけ時間がかかってもお兄ちゃんを見つけ出すからね…)



 首にかけたネックレスをぎゅっと握り締める。これは彼との繋がりを示す物的証拠。今私がいる彼の部屋中、どれだけ探しても私がプレゼントしたもう一つのネックレスだけは見つからなかった。


 つまり、彼はこのネックレスを今でも持っている。これは非売品だから身に付けていれば見つけ出せる可能性はぐんと上がる。


 でも今はまだ探しに行けない。高校を卒業したら、すぐに家を出て探しに行くから。



(お兄ちゃんは私が捕まえてあげる♡そしたら監禁して私だけを見て私だけを好きになって私に依存させて私がいないと生きていけない体にして、それでそれで、もう二度と悪い女に騙されないよう私とお兄ちゃんだけの愛の巣を作ってそこでたっぷりと愛を囁き合って永遠に、そして幸せに暮らすの♡)



 ―――必ず捕まえる。それは私の確固たる意思。誰にもお兄ちゃんは渡さないし、邪魔するやつは全部排除する。もう、同じ過ちは繰り返さない。必ず私の手で、出ていったお兄ちゃんを更正(洗脳)させてみせる。


 私の世界は未だに灰色だ。無味乾燥で何も感じない。でも、彼を取り戻せば私の全てが戻る。


 そう信じて……疑うこともなく、私は義兄の部屋から出ていった。





――――――――――――――――――――――――





 ふと、私は目が覚める。(まぶた)を開けてゆっくりと上半身を起こすとそこはテントの中だった。


 随分と懐かしい夢をみた。異世界に召喚されてからというもの、最近は義兄との思い出がよく夢に出てくる。


 テントの外からはパチパチと焚き火の音が聞こえるが、もう少しで消えそうなほどか弱い音だ。多分見張り番が寝落ちでもしているんだろう。


 隣にいる仲間達はぐっすりと眠っておりまだ起きそうにない。今のうちに着替えておこうと思った私は、メニュー画面を表示して瞬時に通常装備へと変更する。


 体が一瞬、光に包まれたかと思うとパジャマから軽量型の装備に早変わり。いちいち装備するより簡単で非常に便利だ。


 寝ぼけ眼を擦りながら顔を洗おうと私はテントから出た。



「おや、随分と早い目覚めだね紫織」



 焚き火に(まき)をくべる事を忘れ、読書に集中していた鈴谷が私の名前を呼ぶ。



「これくらい普通。鈴谷こそ私よりも早く起きている」


「私の場合、睡眠強化魔法があるからね。三時間眠るだけでも人間の平均的な睡眠時間と同じ効果が得られる。だからこうしてゆっくりと読書も出来るわけだ」



 鈴谷が読んだいた魔導書を閉じると自慢げに語った。



「でも焚き火に薪をくべることを忘れている」


「おっと、それはすまなかったね」



 彼女も今頃気付いたらしい。急いで薪をくべるが、もうほとんど火は消えている。これでは薪をくべたところで再燃することはないだろう。


 現在私たちがいる場所は、エルフ族が住むと言われる南の大陸の最西端。さすがエルフの住む場所というべきか、周囲には森しかない。鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々は太陽の光すらほとんど通さない。


 今は早朝なのでかなりの霧が出ており、視界が悪い上に冷たい空気が私の肌を刺す。


 何故ここにいるのかというとこのパーティのリーダーである美咲が世界樹を見てみたいと言ったのが事の発端だ。


 この世界は私たちがプレイしていた【MMORPGアルザストルーナ】と非常に酷似している。クラスメイトの中でその事実に真っ先に気付いた私たちはエルバート王からの許可を得てこうして別行動をさせてもらっている。


 効率の良いレベリング(レベル上げ)の場所を熟知しているのですぐにレベル上げることに成功した。その時はまだ予想でしかなかったけどこれで確信に変わった。


 現在は美咲の意見を優先しつつも同時にこの辺りで魔物を狩ってレベリングしている。


 エルフ族にも会ってみたいが強固な結界を幾重(いくえ)にも張っているのでなかなか手強い。


 ――――閑話休題。


 この異世界は元の世界よりもずっと楽しい。でもいつまでもこの世界にとどまる訳にはいかない。早く元の世界に戻って義兄の居場所を突き止める準備をしなければならない。


 警察に捕まったという情報はなかったのでまだどこかで生きているはずだけど、一刻も早く彼の情報がほしい。


 そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか近くの河原にたどり着いた。透明度の高い綺麗な水が流れており、顔を洗うのにうってつけ。


 私はしゃがんで川を覗き込むと、うっすらと自分の顔が写し出される。幼かった頃と比べて白銀の髪は艶を増しており、髪型はショートではなくセミロングにしている。


 胸もだいぶ大きく育ったし、少なからず女性としての自信がある。今の私の姿を見たら彼はなんていうのかな…?もしかしたら綺麗だと言ってくれるのかもしれない。


 そんな(はかな)い期待を胸に、私はさっさと顔を洗うことにした。


 両手で川の水を(すく)い上げてバシャッと軽く顔にかける。……早朝の空気よりも更に冷たい刺激が顔に伝わる。しばらく無言で洗顔したあと、持参のタオルで顔と手を拭くと私はアイテムボックスからネックレスとスマートフォンを取り出した。


 スマートフォンは召喚されたときに一緒に持っていたもので、最近になってクラスメイトの人が魔力で充電出来るように専用の魔導具を開発したらしい。しかし、充電は出来てもネット環境がないので撮影機能くらいしか使えない。


 私はネックレスを首にかけ、右手でスマートフォンを操作する。画面には数年前の義兄と私のツーショットが映し出されていた。


 この時の写真は、義兄にスマートフォンの紹介をしたときのもの。お揃いのネックレスをして互いに抱き付くようなポーズ……まるで恋人同士がするようなこのツーショットは、私の中で一番のお気に入り。


 これを見る度に心が(いや)されてなんでも出来るような気がしてくる。


 数秒間、写真を見つめた私はスマートフォンの電源を切ると、アイテムボックスに仕舞った。


 首にかけたネックレスの水晶の部分を軽く握り締めて義兄の事を思う。



(お兄ちゃん……今、どこで何してるのかな…?)



 そんな私の問い掛けに誰も答える者はおらず、この壮大な森に静かに消えていった。




続きが読みたい方はブックマークお願いします。あと、次回からは本編に戻ります。

作品の本編も大事だと思う反面、こういう別の人物からの違った視点、過去、物語なども大事なのではないかと考えたりしてます。しばらくは本編が続きますが、たまーに違うキャラクター視点のサイドストーリー的なものを書く予定です。

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