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追憶:芽生え始めた恋心

次の回はちょっと狂気が混ざってくるのでお楽しみに!あと、これが誰の過去かも分かるので期待してて下さい!←(徹夜テンション)




 これは随分と遠い記憶。もう10年以上前にもなる古い思い出。


 私が5歳になったばかりの頃、家には二人の兄がいた。一人は血の繋がった実の兄。もう一人は、お父さんが遠い親戚から預かってきた義理の兄。


 私の家は他の家と比べて大きく、剣道用と柔道用の道場を敷地内に2つ所有していた。門下生も多く、私は訓練に励む姿をよくお父さんの隣で見ていた。


 二人の兄も門下生達と一緒に剣道と柔道の訓練に参加していたけど、結果は歴然だった。


 私より7歳上の実の兄はとても優秀で、12歳の頃には剣道で五段、柔道では七段という前代未聞の好成績を残した。


 その圧倒的才覚の前では、敵となる者は存在せず周囲の人達からも【神童】ともてはやされていた。このまま成長すれば黒帯もそう遠くはないと噂されている。


 テレビや新聞などのマスメディアを扱うマスコミも殺到し、彼の才能に注目して将来有望な期待の新人と記事にした。


 しかし、私より1歳上の義理の兄は違った。血がものをいうのかは分からないけど、何をやっても最低クラスの結果しか出せなかった。剣道や柔道も初級のまま全くと言っていいほど成長がない。


 剣道や柔道の技や作法を知っていても、実際にやったことがない私ですら勝てたのだ。


 男と女で対戦するのはおかしいと思う。でも彼の相手が男だと実力差がありすぎて話しにならないらしい。


 そんな私の義兄は、いつも道場でボコボコにされていた。柔道では技によって床に叩きつけられ、剣道では竹刀(しない)で容赦なく打ち付けられた。


 その様子を初めて目撃したとき、私は彼が可哀想だと思った。


 毎日毎日同じようにボコボコにされて、途中で投げ出さず誰よりも長く努力して。それでも成長がなくて。そんな彼を門下生達は見下し、馬鹿にし、嘲笑した。


 凄く辛いはずなのに、義兄はなんともないようにいつも笑って。傷だらけの体に鞭を打って朝から夜まで必死に練習して。どんなに頑張っても、何度も何度も繰り返しても、でもやっぱり成長がなくて。


 才能がないどころの話ではなかった。全く成長しないのは最早(もはや)一種の才能ですらあった。


 誰からも期待されず、ずっと孤独に耐えて、人の優しさや温かさも与えられない。私はそんな彼を毎日見ていて心が締め付けられた。


 ある日、見ていられなくなった私は彼を柔道と剣道から離そうと思ってお父さんに頼んだ。


 お父さんは柔和な笑みを浮かべると優しげな声で「分かったよ」と、すぐに了承してくれた。


 これで義兄は救われる。もう痛い思いも苦しい思いもしなくて済む。彼が辛い日々から解放されるのだと想像して安堵した私は気分が良くなった。人を助けるってこんな感じなんだと思う。





 ―――数日後、今頃どうしているのかな、と私は彼の様子が気になった。きっともう苦しんでいることはないと思って疑問すら抱く事なく日常を過ごした。


 でもある日の昼頃、私は大きな池のある庭で全身水浸しになっている義兄を発見した。


 私が「どうしたの?」と尋ねると彼は苦笑して「(つまず)いて池に落ちたんだ」と答えた。私はしばらく呆然としたあと、「おっちょこちょい」と微笑して言った。


 「全くだよ」と義兄は笑った。家からタオルと着替えを持ってきて彼に渡すと「ありがとう」と感謝された。この日はそのまま彼と雑談に花を咲かせて夕方まで過ごした。





 ―――それから更に数日が経ち、土曜日のお昼頃。


 山の中腹にある家から下の道路まで伸びる大理石の階段で傷だらけの義兄を発見した。公園に行こうと思ってたけどそれどころじゃない。


 私は義兄の怪我の具合を確認するために急いで彼のもとへ駆け寄った。そしてサーッと血の気が引いて私の顔色が蒼白になった。


 酷い怪我だ。頭から血が出て顔半分くらいを覆っている。腕や足にもいくつか擦り傷や打撲の跡がある。医学に関しては素人(しろうと)の私でも重症だと判断出来た。


 念のため意識があるのか確認するべく私は義兄に呼び掛ける。


 「ねぇ、起きてる?」そう声を掛けても反応がない。「ねぇってば…!」今度は先程よりも強く呼び掛けて彼の肩を揺さぶった。


 すると彼はうめき声をあげながらゆっくりと(まぶた)を開けて目を覚ました。


 「ここは…?」と彼が私に質問した。気絶していたせいか、記憶が混濁しているのだろう。私は正確な情報を必死に伝えた。


 すると彼は「そうか…。また―――」と、何かを悔やむような悲痛な表情で呟いた。後半は何を言っているのか、声が小さすぎて私には聞こえなかった。


 「お父さんに伝えてくる…!」と言って家に向かおうとした私を彼が袖を掴んで止めた。「なに…!?」と、急いでいた私は声を少し荒げて振り返る。


 彼は私の目を見つめると軽く頭を横に振った。呼ばなくていい……と言いたいのだろう。私は泣きそうになった。そんな重症で今にも死にそうな顔をしている病人を放置することなんて私には到底出来ない。


 私は彼の腕を振り切って家に向かった。玄関で靴を脱ぎ捨てて急いでお父さんを探しにリビングへ入る。でもそこにはお父さんはいなかった。


 私はすぐに道場へと向かう。でもやっぱりいなかった。2つの道場には門下生達はいたがお父さんの姿はなかった。


 「どうして…!?」と、家中を探しながら声を張り上げた。お父さんの私室や書斎(しょさい)、庭やトイレまで探した。でもどこにもお父さんの姿はなく、見付ける事が出来なかった。


 私が重症の義兄を発見してから数十分が経過した頃、私は今朝お父さんが言っていた事を思い出した。その瞬間、私は自分の愚かさに腹を立てた。私はなんて愚かなんだろうって。自分自身が嫌になって後悔した。


 お父さんは仕事のため出掛けている。普段、土日はお休みなんだけど、今日だけ休日出勤だったのだ。


 焦った私は判断力が鈍り、なかなかこの答えに辿り着けなかった。今更後悔していても状況は改善しない。すぐにリビングに設置されている電話を取るとお父さんに連絡した。


 電話を終えた私は彼の容態を確認するために急いで階段に向かって駆け出す。



「……………ッ!?」



 私は息を詰まらせた。階段の途中で倒れていた彼の姿がなかったからだ。付近には義兄のものであろう血がこびりついているので、彼はどこかへ移動したことになる。



(どこ…っ?一体お兄ちゃんはどこに…!?お、落ち着いて私…!怪我をしたらまず行くところ……ッ!あ、病院っ!)



 私は必死に思考を巡らせて答えを導き出した。すぐに病院がある場所へと走る。でもたしか、ここから近くの病院でも数キロメートルの距離があったはず。


 あんな体では歩くのも辛いはず。彼の無茶な行動に私は腹を立てた。


 血の痕跡(こんせき)を追って走ればすぐに義兄の後ろ姿を捉えることが出来た。右手で左肩を押さえ、右足を引きずりながら歩いている。


 そんな痛々しい姿を見た私は更に走るスピードを上げた。あまり運動しない私は激しい息切れを起こしていたけど、それでも彼は私に気付いてないようですぐに追い付けた。


 私は彼の襟首を掴むと無理やり歩みを止めさせる。私の姿を認識した彼は目を見開き心底驚いていた。


 「なんでここにいるの…っ!?」と、肩で息をしながら責めるように問う。すると彼は苦笑して「怪我をしたんだから病院に行かなきゃ」と答えた。


 「じゃあなんで大人しくしてなかったの…!?」と続けて彼を責め立てると、彼は困ったような顔をして「迷惑はかけたくなかったんだ…」と答えた。


 その言葉に私の心は傷付けられた。迷惑…?私が心配するのも迷惑なの…?必死にお父さんに連絡したのも迷惑なの…?貴方に関わる私は迷惑なの…?……貴方を……こうして貴方を想うこの気持ちも迷惑なの…?


 なんだか自分を否定されたような気がして、私の心に溜まっていた鬱憤が崩壊したダムのように口から流れ出た。



「そんなに迷惑だって言うなら…!病院に行ったって結局は迷惑をかけるでしょっ!」



 私は何も考えずヤケクソ気味に叫ぶとその言葉を聞いた彼は、少し考える素振りをして「それもそうだね」と苦笑した。


 義兄はいつも苦笑する。どんな時でも決して弱みは見せず、なんともないように……苦笑する。


 その瞬間、私は頭に血がのぼった。



「お兄ちゃんなんて、大っ嫌いッ!!」



 そんな心にもない捨て台詞を吐いて私は彼に背を向けて走り去った。「もう知らない、お兄ちゃんなんて大嫌い。一生嫌い」と、私は泣きながら家に帰った。


 ―――その後、お父さんが呼んだ救急車によって病院へと搬送されるのだが、それは私が義兄から遠ざかってから約20分後の出来事だった。





 ―――数ヶ月後、私の義兄は無事に退院した。外傷も酷かったけれど、内部にある骨も何本か折れていたらしい。今では、それももうすっかり跡を残すことなく完治している。


 私は無事に退院してきた彼に声を掛けようとしたけど、数ヶ月前の光景が脳裏を(よぎ)って出来なかった。


 あんな別れ方をして数ヶ月も過ぎてしまったんだ。どんな顔して彼に会えばいいのか分からなくなるし、凄く気まずい。


 そんな時、公園にいた私は偶然、別荘に住んでる祖母に出会った。私が産まれたすぐ後にお母さんを亡くした私にとって、祖母は困ったときにいつでも相談にのってくれる頼り甲斐(がい)のある存在だ。


 私は覚悟を決めて義兄との出来事を話すと、祖母は優しい笑みを浮かべて「贈り物なんてどうだい?」と提案した。心にもない事を言ったことに対する謝罪とそのお詫びの贈り物。


 私はすぐに駆け出した。夕日を背にして全力で走る。


 家に着き、急いで自分の部屋に入ると机の引き出しの奥に、大切に仕舞ってある箱を開ける。そこには二つのネックレスがあり、キラキラと輝く水晶が取り付けられている。


 これはお母さんの形見。お母さんが大切にしていたもので、心から大切だと思う人に出会えたらいつかこれを渡してあげなさいと遺言を残していた。


 だから私はネックレスを取り出して彼のもとへと向かう。ただひたすらに、彼と仲直りがしたくて。そして大切な義兄に、今自分が胸に抱いているこの想いを伝えたくて。


 家の階段を登り、三階に着くと廊下の端にポツンとある小部屋へと歩を進める。


 部屋の扉を開けて室内を確認する。


 ―――いた。殺風景な部屋の隅っこにあるベッドの上で彼は座って読書をしていた。


 彼は私に気付くと本に(しおり)を挟んで読書を中断した。「どうしたんだ…?」と不思議そうに小首を傾げる義兄。


 その反応が少し可愛く見えて、私から緊張感がなくなった。なんだか緊張していたこっちが馬鹿みたい…。


 私はズカズカと遠慮なく義兄の目の前まで来ると、持っていたネックレスを彼に差し出した。



「これ…!あげる…!……あと、あの時は酷いこと言ってごめんなさい…っ!」



 今しがた緊張感がなくなったのに彼の目の前に来ると凄く緊張した。頬は朱色に染まり、心拍数が上昇する。なんだか不思議な感じ。


 窓から夕日が差し込み室内を朱色に染める。そのお陰で私の顔が赤くなってることに彼は気付いていない。


 彼はネックレスを一つ受け取ると「ありがとう」と感謝の意を伝え、私の頭を撫で回した。


 急な出来事に私の体がビクッと反応する。そんな様子を見た義兄は「あ、ごめん。嫌だった?」と申し訳なさそうに訊いてきた。


 私は精一杯首をブンブンと横に振ると、彼はおかしそうに笑った。


 その彼の笑顔に私は少し目を見開いて驚愕した。いつも取り繕ったような苦笑ばかりしていた義兄の、本当の笑み。これは大きな進歩だと思う。


 私は彼の笑みを見たとき、更に心拍数が上昇した。多分だけど顔も耳まで真っ赤になってると思う。


 無邪気に笑う彼の姿は、私にとってそれだけ大きな効果があった。



 ―――伝えなくちゃ。ずっと一緒にいたいというこの気持ちを。


 ―――伝えなくちゃ。貴方といればどんな事でも楽しくなるこの感情を。


 ―――伝えなくちゃ。貴方のその無邪気な笑顔をずっと見ていたいこの想いを。



 だから私は、彼に……最愛の義兄に伝えなくてはならない。私の全てを、受け入れてもらいたくて。



「お兄ちゃん――――」



 私は静かに言葉を紡ぐ。羞恥心なんていらない。今ここで一番伝えたい事をハッキリと言わなきゃ意味がない…!



「―――――私ね、お兄ちゃんのこと――――」



 ゆっくりと時間が流れる。ドクン、ドクンと心臓の音がやけに大きく聞こえる。あと少し。あと少しだけでいい。勇気を振り絞って一言伝えるだけでいいの…!お願い!頑張って私…ッ!



「――――大好きだよ」



 その言葉を聞いた彼は、大きく目を見開いた。


 言った。ついに言ってしまった。恥ずかしさで死んでしまいそうだ。穴があったら入りたいくらいには恥ずかしい。でも、これだけじゃ足りない。



「―――だから……ね」



 私の言葉に驚愕した彼は、何も言わず、ただじっと静かに私の紡ぐ言葉の続きを待っている。



「――――――ずっと……………一緒にいようね…?」



 大切な事を言い切った私は羞恥心で頭がおかしくなりそうだった。そんな私を彼はそっと抱き締めると―――――



「―――うん。俺も大好きだよ」



 私の耳元で最高の言葉を(ささや)いた。


 この瞬間、私に芽生えた新たな感情。彼を見るだけで胸が高鳴り、どうしようもないくらいドキドキして。彼の言葉は蜜のように甘く。彼の匂いは麻薬のような中毒性を秘める。


 好きで好きで堪らない。そんな感情を私は初めて知った。


 ―――――嗚呼(ああ)、これが恋なんだ。




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