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消えない記憶

今回からは少しの間、視点が切り替わります。




 私――――美島(みしま)加菜恵(かなえ)は悪夢を見る。忘れたくても忘れられないあの忌まわしき記憶。どれだけ時間が経とうともあの頃からずっと私を苦しめ続けている。―――例え私が勇者の仲間として異世界に召喚されたとしても。




――――――――――――――――――――――――




 2年前、それは私がもうすぐ14歳の誕生日を迎えようとしていた夏のはじめ頃。


 事の発端は習い事も何もしない無気力な私が原因だった。そんな私を見て両親が何か好きな習い事でもしたら?と言った。


 面倒事が嫌いな私に好きな習い事なんてあるはずもなく、最初は断ろうとした。しかし、卑怯にもあの両親は私の友達に協力を要請していたのだ。


 その友達は付近の地域にある大きな剣道場に通っていて、一緒に剣道をやろうと何度も誘われた。家では両親から習い事を催促され、学校では友達に剣道をやろうと誘われる。


 そんな状況がしばらく続き、私は遂に折れてしまった。まぁ、剣道はちょっとくらい憧れもあったし、別にやってあげなくもない……と、そんな気持ちで剣道を始めた。


 友達と一緒に通い始めた剣道場は、通常のものよりも大きく、門下生(もんかせい)の人数が多かった。しかも広大な敷地を所有しているので剣道の他に、もう一つの道場で柔道もやっていた。


 最初に抱いた感想はただただ凄いという簡素なものだ。先生の教え方も丁寧な上に凄く分かりやすい。ただ残念な部分を挙げるとするなら立地が悪いという所くらいだろう。


 この道場は山の中腹より少し下にあるので登るのがとても面倒極まりない。道場までの階段があり、その上綺麗に整備されているのだが結構距離がある。


 先生は「いい修行になるじゃないか。この調子で足腰を鍛えてみろ」と私に言った。その発言に対して私は多少の怒りを感じたものの、先生は真面目な性格なので本気で言っているんだろうなと思い、ため息と共に諦めた。



「ねぇ加菜恵。最近剣道するの楽しいって思ってない?」



 剣道を習い始めて一週間と少しした頃、学校でニコニコと愛嬌のある笑みを浮かべた友達にそんな突拍子もないことを訊かれた。



「そう…?別に普通だと思うけど…?」



 自販機で購入したミニサイズのジュースを飲みながら私は何ともないような顔で答えた。



「いやいや、実際剣道してる時の加菜恵の表情は少し笑ってるよ?」


「そうかなぁ…?」



 あまり実感はないが、言われてみれば確かにそうなのかもしれない。事実、剣道をやめようと思ったことなんてないし。



「うーん、そう、かもしれない…?」


「絶対にそうだって!なんなら今度写真撮ってあげよっか?」


「やめなさいよ…」



 友達の無邪気な提案に呆れた。こういう天然なところが長所なんだけど場合によっては短所にもなるので困ったものだと思う。でも、この時の私は微かにではあるが剣道を自分からやりたいと、そう思うようになった。


 でも、変わりつつあるそんな私にとある事件が起きた。いや、正確に言うなら目撃してしまったと言うべきか。悪夢の原因となる事がこれから起こるなんてその時の私は想像も出来ず、過ぎ去っていく日常を私なりに謳歌するものだと信じていたのをよく覚えている。




 ―――――それは夏の真っ只中。もう夏休みに入り学校のクラスメイトがそれぞれの休暇を楽しんでいる頃。私はこの猛暑の中、両手に大きな荷物を抱えてフラフラとアスファルトの上を歩いていた。


 両手にある大きなビニール袋の中には先生から夏の強化合宿をやるのでそのための買い出しを前日に済ませておいて欲しいと頼まれたのだ。まだ道場の中で私は新参者だからという理由もあるのかもしれないが。


 それにしても暑い。アスファルトが太陽の熱を吸収するせいでジリジリと体を焼かれている気分だ。天気予報では今年一番の猛暑とか言っていたのを思い出した。何もこんな日に買い出しなんてさせなくていいのに。もしこれを見越して頼んでいたのなら先生は人が悪いと言ってやりたい。



「はぁ…。最後はこれかぁ…」



 そう言いながら道場へと続く階段を見上げた。両端には新緑の木々が鬱蒼(うっそう)と生い茂っていて、日陰を作っている。それがあるだけまだマシかと思いながらゆっくりと階段を登っていく。


 (せみ)の鳴き声がやけに耳に響く。もしかしたらこの辺りには蝉が大量に生息しているのかもしれない。一週間後には蝉の死体が大量に出ると思うと憂鬱な気分になる。


 ちょくちょく小休憩を挟みながら時間をかけて登る。そうでもしないと熱中症で倒れるからだ。買い出しの途中で購入した水はとっくの昔に底を尽きており、今はビニール袋の中に空のペットボトルが突っ込まれている。こんなことになるならもう一本買っておくべきだったと今更ながら後悔している。



「よし、あと少しね…」



 独り言を呟きながらなんとか階段を登りきるといつも通りの道場があった。これ建築するのにどれだけの金額が必要なんだろうかと毎度のごとく思うが、先生は答えてくれない。


 さっさと運び込んで冷たいジュースでも飲もうと決心して道場に向かって歩くが、その途中で私は違和感を覚えた。



「あれ…?おかしいな…」



 やけに静かだ。いや、静か過ぎる。虫や鳥類の鳴き声なら聞こえるが人の声が聞こえない。この時間帯は剣道も柔道も練習しているはずなのに。今日は急用で先生がいないからってまさか全員がサボっている訳でもあるまい。



 ―――――――ドサッ



 何かが倒れるような音が剣道場から聞こえた。私は不思議に思い、音のした剣道場へと足を運ぶ。音からしてそこまで大きな物は倒れていないはず。そもそも剣道場には道具一式以外はほとんど何も無かったと思ったけど…。


 そんな事を考えながら靴を脱いで道場の中に入ろうとして一旦停止した。襖障子(ふすましょうじ)が少し開いている。最初は換気のために開けてるんだと思ったけどそれにしては開いてる幅が狭すぎる。


 そしてそこから漂う微かな鉄の(にお)いが私の鼻腔を刺激する。



(鉄…?……いや、これは……血の臭い…!?)



 嫌な予感がした私は襖障子をすぐには開けず、隙間から中の様子を覗いて確認した。



「………………………………え?」



 そして後悔した。覗かなければ良かったと、中の様子を見て目の前で起こっている現実を否定したくなった。


 夏なのに薄暗い剣道場の中では何人もの門下生が倒れていた。前半も後半も関係なく10代くらいの門下生達が血を流して倒れていた。青年の門下生も数人倒れている。


 一体ここで何があったんだろうと急いで問いただしたくなったが、この中に入るのを躊躇(ちゅうちょ)した。


 ――――いた。誰か起きている人はいないだろうかと周囲を見渡すと私は見つけてしまった。


 薄暗い室内で静かに(たたず)んでいる少年がいた。歳は憶測だが私と同じくらい。でも明らかに様子がおかしい。周囲に門下生達が倒れているというのに看病する気配もなければ、誰かを呼ぼうともしない。


 ただただ静かにそこにいる。もう少し様子見をしようと少年の右手に握られた木刀に視線を向けた。


 ―――――血だ。彼の持つ木刀には血がベットリと付着していた。それを見た私はこの事件を起こした犯人が目の前にいる少年だと確信してしまった。最悪の結末に私は思わず絶句してしまう。


 目の前にいる少年が犯人なら見つかった場合、私も周囲に転がる門下生達と同じ目に合うのではないだろうか―――?


 そう考えただけでとてつもない恐怖が私の心に襲い掛かり、背筋に冷たい汗が流れた。先程まで私はこの猛暑に気を滅入らせていたのが嘘のようだ。恐怖心からか、今は寒くて仕方がない。



(なんで……どうしてこんなことになってるの…?)



 悪い夢なら覚めて欲しいと心底思った。おかげで足の震えが止まらない。



 ―――――――カサッ



「――――――ッ!」


(―――――――――――――!?)



 両手に持っていたビニール袋が足に当たり小さな音を立てた。普段なら聞き逃すほど小さなものだが、静寂が支配するこの場においては話が別だ。


 少年はすぐに反応してこちらへと視線を向けた。



 ――――――――バレた!!



 一瞬ではあるが、私の思考は空白になった。



(まずい……まずいまずいまずいまずいまずいまずい…ッ!!)



 逃げなきゃ。そう思ってもなかなか足が言うことを聞いてくれない。震えたままその場から一歩も動けない。



 ――――――殺される。



 あの少年の眼差しを見た瞬間、私は死を覚悟した。あれほどまでに冷たい瞳を私は見たことがなかった。そこには感情も何も一切ない、そんな瞳だ。私とそれほど歳が変わらない少年がどうしてそんな眼が出来るのだろう?


 私の頭の中は疑問と恐怖で埋め尽くされた。でもやはり、まだ幼い私にとっては、当然恐怖心が勝ってしまう。あの恐ろしいほど冷徹な眼を見ていると心臓を掴まれた気分になる。


 そしてまるでそれに抵抗するかのように脈拍数が上昇する。バクバクと心臓の音がうるさい。静まれと右胸を押さえるが、余計に悪化した。



(お願い…!早く私の視界から消えて…ッ!)



 その想いがあの少年に伝わったのかどうかは分からないが、彼は私を一瞥(いちべつ)すると奥の方へと姿を消した。



「………はぁ、はぁ……よ、良かった…」



 恐怖心から解放された私は安堵するあまり、思わず声に出していた。まだ心臓がドクドクと脈打っていて、呼吸も少し乱れているが問題はない。


 震えていた足は限界を迎え、私はその場にへたり込んだ。



「もう、一時はどうなることかと――――」



 そして最後まで言葉を紡ごうとした瞬間―――


 襖障子のすぐそばで、血まみれで倒れている友達と()()()()()――――――。




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