口実
少し学院長の視点が入ってます。
――――――コンコン。
軽く扉をノックする音が学院長室に響いた。その音を聞いた学院長―――――キャリアス・ローズベルは書類から目を離すと瞬時に【魔力感知】を発動して扉の向こうに誰がいるのかを確認した。
(体内にある膨大な魔力が一つと微量の魔力が一つ……。ミーナ・クロスフィアと……魔力の質からするにクロナ・ワルキュリエか。魔力反応はないがマナ・ヤトガミもいるだろう)
それを確認し終えた所で、扉の向こうから相手の声が聞こえてきた。
『ミーナ・クロスフィアです。マナ・ヤトガミさんを連れてきました』
「入れ」
そう言うと、扉からガチャリと音がすると共に廊下にいた三人は学院長室へと入ってきた。
「そこのソファーに座ってくれ」
そこにはいつも通りのソファーが2つあり、その間にテーブルが設置してある。キャリアスから見て右のソファーにクロナ・ワルキュリエが、左のソファーにマナ・ヤトガミとミーナ・クロスフィアが着席した。
「さて、今回マナ・ヤトガミを呼び出したのは他でもない。この学院に編入して何か不便な事はないかと思ってね。周りの生徒達の反応やお前自身の感想を聞きたい」
「感想ねぇ…」
マナはそう言うとポリポリと後頭部を掻いた。それにつれ、長い黒髪がゆらりと揺れる。ミーナやクロナは空気を読んで彼の意見を聞こうと耳を傾けていた。
「そうだな…。特に不満はないぞ。クラスメイトの人達もよくしてくれるし、何より彼女達と会話するのは楽しい。まぁ、人数が人数なだけに結構大変な事になったりもするけど…」
マナの意見を聞いたキャリアスはひとまずほっとする。どうやら予想以上に上手くいっているようだ。
この学院の生徒は皆、根は良い子達ばかりなのだが、誰もが貴族令嬢やまたはそれに近い地位がある。家族やその周囲に大切に育てられてきた超がつくほどの箱入りお嬢様なのだ。
そしてこの年頃で、彼女達の最も関心の高いものは何か―――――?
それは言うまでもなく異性に対するものが殆どを占めている。しかし、ここは女学院であり、男性なんて極僅かな教師だけだ。いくら異性に興味があると言ってもいきなりフレンドリーに話し掛けられる程、箱入りお嬢様達は肝が据わっていない。せいぜいが遠くから羨望の眼差しを向ける者か、ちょっとしたファンくらいだ。
だが、このままでは男性に慣れる事などいったいいつの話になるのかわからない。それに慣れさせておかないと近い将来、社会に出た時に支障をきたしてしまう可能性がある。
こうしてどう対策を取るべきか頭を抱えていた頃に、この前のミーナ・クロスフィアの事件が起こったのだ。
マナ・ヤトガミという人物は姿こそ少女のそれであるが、歴とした少年だ。キャリアスは今の状況を客観的に分析し、利用することにした。いきなり男性に友好的に話し掛けられないのであれば、限りなく少女に近い少年とコミュニケーションを取らせて耐性を付けさせる魂胆だ。
キャリアスはマナの方へと視線を向ける。
「そうか……思ったより上手くいっているようでなによりだ。これからもその調子で頼む」
「これからも上手くやれるか全く自信はないけどな…。まぁ、なるようにはなると思うけど」
「フッ……そう言ってくれるだけでも助かるさ」
そう言うとキャリアスは軽く笑った。それを見たマナは怪訝そうな視線を送る。
「学院長が笑っていると凄く不気味に見える…。不思議だ…」
「大変失礼かつストレートな悪口をどうもありがとう。代わりにお前には宿題の量を今の5倍&食堂でのアルバイト2日間をプレゼントしよう」
マナの感想にキャリアスは顔をひきつらせながら容赦なく宿題を増やし、アルバイトまで追加させた。その様子に今度はマナの表情がひきつった。
「ク、クーリングオフ制度とかないですかね…?」
「何を訳の分からん事を…。ちなみに拒否権はない」
「で、デスヨネー」
いつも不敵な笑みを浮かべているキャリアスだが、先程のような学園長らしからぬ笑みを見せるとマナの調子が狂ってしまう。
だからこそ、マナはわざとキャリアスにあんな事を言ったのだ。ちょっと怒らせるつもりがとんだ藪蛇になってしまったのは自業自得としか言い様がないが。
そんな不器用なマナの心情など知らないキャリアスは、いつもの不敵な笑みを浮かべるとマナへと追い打ちをかける。
「この事はお前のクラスの担任であるグレイド先生にも話を通しておく。何かあればすぐに私の所へ連絡が来るだろう。フフッ……逃げられると思うなよ?」
「うへぇ、無駄に徹底してるなぁ…」
「今回はマナさんの自業自得ですからおとなしく言うことを聞いておきましょう…」
「ほんとにね…。諦めた方がいいわよ」
キャリアスの発言にミーナとクロナも賛同した。
「……うー、それもそうか…」
マナが小さく頷くのを確認したキャリアスは、視線をマナからクロナへと移した。
「さて、話を変えるがミーナ・クロスフィアはともかく何故クロナ・ワルキュリエまでいる?」
だいたいの見当は付いているが、キャリアスは敢えてクロナに訊いた。するとクロナは先程までの少し緩い雰囲気とは違い、真剣な眼差しでキャリアスを見た。
「学院長に話があって来たわ…!」
「なんだ?部費の増量はお断りだぞ」
「………オリハルコンの事よ」
そう言ってクロナは制服のポケットに手を突っ込むと、中からオリハルコンを取り出して机の上に置いた。
【MMORPGアルザストルーナ】で見たことのあるオリハルコンは透き通るような美しい鉱石だが、それと比べると目の前にあるオリハルコンはかなり小さく、色が少し濁っていた。
「…………やはりその件についてか」
机の上に置かれたオリハルコンを見てキャリアスは憂鬱そうな顔でため息を吐いた。
「ええ。以前と比べてオリハルコンの大きさと質が格段に悪くなってるわ…。このことについて説明してもらいたいの」
「お前にオリハルコンが渡されたのは昨日の夜のはずだが…。予想よりも行動が早いな。その行動力に免じて教えるとしよう…」
「それは俺とミーナも聞いていいものなのか?」
「ん……ああ、構わんよ。どうせ数日後には知ることになるだろうしな」
そう言うとキャリアスは椅子の背もたれに深く背を預けた。魔女のような紫のローブと帽子に皺ができるが、気にする素振りも見せない。そのローブと帽子は普段通り綺麗にされてあるが、マナの目には少々くたびれているように映った。
「…………取り敢えず一言で言うと、原因は勇者だ」
「………勇者?」
クロナが怪訝そうな目でキャリアスを見た。
「ああ、約一年前ほどに勇者召喚の儀式を国が大々的に行っていたのは覚えているか?」
「ええ、もちろんよ。お陰様で今は昔と比べて随分と平和になったわ。今は確か南東の大陸を奪還しに行ってるんだっけ?」
「そうだ。まだ攻略中とのことでしばらくこの国に帰還することはないだろう」
事実、南東の大陸には魔王の幹部の一人がいるとの報告があったので、さすがの勇者もそう簡単には奪還出来ないだろうとキャリアスは踏んでいる。
南東の大陸奪還に向けて勇者達が出発してから約1ヶ月ほど経過している。未だに勇者との拮抗を保っている時点で相手の幹部もなかなか優秀なのだろう。
「それで、何でオリハルコンの品質が悪くなってる状況と関係するのよ…?」
クロナの質問に対しキャリアスは軽く答えた。
「なに、簡単なことさ。オリハルコンは装備の強化や一部のマジックアイテムの製造、更には魔法の媒体など広範囲で使用されている。だがそれは勇者達が魔族に苦戦すればするほど需要が増える」
「つまり需要と供給が釣り合ってないって言いたい訳…?」
「その通りだ。高品質なオリハルコンから順に勇者達へと提供されていく。ただでさえ少ない資源だからあまりこちらへ手が回せないのも納得だろう?」
「むぅ…、それならまぁ、仕方ないけど…」
クロナが少々不満そうな表情をしているが、一応納得はしてくれたようだ。
オリハルコンの話は一段落したが、キャリアスは何かを思い出したかのような素振りをした。
「あぁ、そうだ。お前にこれを渡しておこう」
「ん、何これ?」
そう言ってキャリアスから渡された用紙を受け取るとマナはさっそく内容を確認した。
やはり本来書いてある文字の一つ下に日本語で翻訳されているせいで、読むことは出来るが少々読みづらいため思ったより時間がかかってしまった。
でもそのうち慣れてくるだろうと思いながら用紙に書かれてある内容を頭に叩き込んでいく。
「………ギルドの依頼…?」
「その通りだ」
マナが小首を傾げながら尋ねるとキャリアスは肯定した。
「何故マナさんにギルドの依頼を…?」
「ミーナ・クロスフィアの疑問はもっともだがこれにはちゃんとした理由がある。マナ・ヤトガミ、その用紙に書かれている依頼内容を教えてやれ」
「…ん?……あぁ、分かった…」
頭に入れた内容が合っているのかどうかの書くにのため再度ギルドからの依頼内容を黙読していたマナは、キャリアスに声を掛けられると手に持っていた用紙をミーナに渡した。
「…………えと、運搬作業の依頼、ですか…?」
「そうだ、お前達でも運べるよう軽いものを選んでおいた。薬草の一種である【エネナギ草】を街の各区画にある調合屋に納品して欲しいというものだ」
エネナギ草。始まりの街と言われる場所の付近にある草原で採取可能な薬草。ゲームの序盤で多用されており、初心者の必需品となっている。
マナが思考を巡らせていると、クロナが何かに思い至ったようだ。一人納得したような顔をしている。
「………あ~、なるほど。その依頼のついでにこいつを案内してやれと…」
そう言うとクロナはジトっとした視線をマナに向けた。
「まぁ、そういうことだ。男性慣れさせるために学院が雇った編入生ということになっているのでもう街に出ても問題はなかろう。今週の日曜日の午前8時からと決めてあるのでくれぐれも遅刻しないように…」
「日曜日の午前8時…?」
キャリアスが伝えた日付と時刻にクロナが呆れたような表情をした。
「あぁそうだ。何か用事でもあるのか?」
それに対しキャリアスは意地の悪い笑みを浮かべて楽しそうにしている。
「はぁ…。むしろ丁度時間が空いてるわよ…」
「それは何よりだ。その時は是非とも依頼の遂行を頼む」
「用意周到過ぎるのも考えものね…」
クロナが困った顔をして言った。それらの様子を見てキャリアスのような人物を敵に回すと末恐ろしいなとマナは苦笑する。ミーナはどう反応していいのか判断がつかず曖昧な笑みを浮かべていた。
「ちなみにだが……報酬は本来のものより私が色を付けておいたぞ。それくらいしないとお前達が文句を言いそうだからな…」
「報酬の詳細は…?」
「金貨15枚。三人で分けるので一人につき金貨5枚になるな」
「あんた達ッ!今すぐ依頼こなしに行くわよッ!」
「落ち着けッ!依頼はまだ先だぞ!?」
いきなり席を立ったかと思いきや報酬(金貨)に釣られたクロナに腕を引っ張られた。彼女から発せられる謎の気迫はまるで亡者か何かのようだ。
「まぁその反応も仕方あるまい。彼女は今金欠だからな」
「金欠ですか…?一体何に使ったのでしょうか?」
「主に彼女の研究資材だ。後先考えずに使うところは直して欲しい限りだが…。そういう欠点こそが天才は万能ではないと改めて教えられているようで何とも言えんのだがな…」
ミーナの疑問に対してキャリアスは言う。彼女の言う通りクロナは天才ではあるが、こうして間近で見てみると意外と普通の少女のようだ。
「そういうところってクロナらしくていいんじゃないか…?」
「出会って数日のお前が何を言う…」
「率直な感想を述べただけなのに…」
「あ、あはは…」
逆に、出会って数日でよくもまぁそこまでズバズバと遠慮なく話し掛けられるものだとマナは感嘆した。長く学院長をしているだけあってその能力は伊達ではない。
「率直な疑問なんだが金貨15枚ってどれくらいの凄さなんだ?」
「そうだな…。この国で最高級の三食飯付きの宿屋に2週間くらい宿泊できるくらいの凄さだ。ちなみに一般市民の生活なら一年は遊んで暮らせるだろう」
「よしクロナ!今すぐ依頼こなしに行くぞ!」
「言われなくても行くわよッ!」
「マ、マナさんまで!?取り敢えず落ち着いて下さい二人ともぉ!依頼はまだ先じゃないですかぁ!」
ミーナも珍しく慌てた様子で学院長室から出て行こうとする二人の肩を必死に掴んで止めていた。
その様子を見ていたキャリアスは予想通りに事が上手く運んだと思う一方で、本当に依頼を持ってきて良かったのだろうかという今さらな疑問を抱いた。
食いつくと分かってはいたが、勢いがあり過ぎて逆に失敗しないかと心配するほどだ。ここは教師として生徒達を信じてあげるのが正しいのかもしれないがもし万が一の事があったら……と、キャリアスは葛藤し続けているが、それに気付ける者は誰もおらず虚しく心に残るだけだった…。
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