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天才(自称)の少女

少し文章の書き方を変えました。



 うら若き乙女達が通う王立魔法聖女学院Eクラスの教室で、マナは非常に居心地の悪そうな顔で教壇に突っ立っていた。


 白薔薇の刺繍(ししゅう)が入った制服を着こなし、右手の親指に《女神の指輪》を嵌め、その上から《タイラントグローブ》を装備している。ちなみに、この《タイラントグローブ》を装備しているお陰で、左手の甲に刻まれている奴隷紋は見えない。


 マナは横へと視線を向けると、三日前に図書館で会ったグレイド先生が名簿表を広げ、鋭い眼差しで見つめている。彼はこのEクラスの担任らしい。


 前を見れば生徒達がヒソヒソと小声で何かを話し合っている。まるで珍生物でも見るような視線が容赦なくマナに刺さっていく。



(あぁ、帰りたい……)



 編入早々、そんな考えが頭を過る。しかし、それを実行することは不可能と分かっているのでマナは頭を振り、諦めたような顔でため息を吐いた。



「早く自己紹介を」



 そう言ってグレイド先生が視線をマナの方へと向ける。刃物のように鋭い眼がマナを捉える。心の弱い人なら蛇に睨まれた蛙のように固まるのだろうなと、そんな感想を抱かせた。


 そろそろ自己紹介を始めないと、グレイド先生が痺れを切らすので、マナは再び生徒達の方へと視線を向けた。



「え、え~と、マナ・ヤトガミです。見ての通り男ですが、怖がらずに話し掛けてくれると……う、嬉しいです……」



 マナは下手な愛想笑いを浮かべると、皆の様子を(うかが)った。



((((見ての通り……?))))



 ヒソヒソと小声で話し合っていた女生徒達は、この瞬間だけ同じ疑問を抱いていた。


 なにせ目の前の教壇で自己紹介している人物の容姿は、腰まで伸びた黒髪に、くりっとした黒い瞳。少し幼さの残る顔立ちは実に可愛らしいのだ。そんな容姿を持つ人を普通男とは思わないだろう。それは、この教室にいる生徒の誰もが思った事だ。



「学院長のお考えでな…。皆に同年代の男性への耐性を付けるためにマナ・ヤトガミはここへ編入された。不安な気持ちもあるだろうが、こいつは無害なので皆優しく接してやれ。……以上だ」



 説明が終わると同時にグレイド先生は名簿表をパタンと閉じ、椅子から立ち上がってマナの方へと近づく。



「生徒達に手を出したら即刻、お前の首は胴体と仲違いすることになる。精々、気を付ける事だ」



 他の生徒達には聞こえないような小声で、マナの耳元で警告する。元々手を出す気はないのだが、サーッと血の気が引いて、顔色は蒼白くなる。


 その反応を見たグレイド先生はフンと鼻を鳴らし、用事は終わったというように自分の座っていた椅子へと戻る。そして、何かを思い出したようにマナの方へと振り向く。



「席は自由だ。どこか適当に空いている席に座れ」



 グレイド先生はそう言うと今度こそ席へと戻り、始業の鐘が鳴るのをじっと待つ。


 マナは、いつまでも教壇に突っ立っている訳にもいかないと思い、どこか空いている席がないかと探す。


 生徒達からの視線を気にしない……ことは出来ないが、奥の席が空いているのを発見し、そそくさと向かった。席に座ると鞄から必要な教科書と筆記用具を取り出して安堵する。どうやら忘れ物はないようだ。



「ねぇ、あんた。その教科書違うんじゃない?」


「えっ……?」



 マナは突然声がした方へと視線を向ける。すると隣には一人の生徒がいた。黒紫の髪を均等な長さで左右に括ってある……いわゆるツインテールという髪型に、紫水晶のような瞳。背丈は見た感じマナと同じくらいの美少女だ。


 マナは、はっ、とその少女が先程言った言葉を思い出し、見惚れている場合ではないと自身を叱責(しっせき)する。


 すぐに予定表を取り出して確認する。するとどうだ、今机に置いてある教科書は《魔法学Ⅰ》と書かれているが、今日の予定表には《魔法学Ⅰ》ではなく、《魔物学Ⅰ》と書かれているではないか…!


 しまった…!と自身の迂闊(うかつ)さを呪うも時既に遅し。急いで取りに戻ろうと立ち上がりかけた所で始業の鐘が無慈悲に鳴る。



「さて、では授業を始めよう」



 そう言うとグレイド先生が立ち上がり、チョークと教科書を持って授業を開始した。


 編入早々、取りに戻るなど出来るはずもなく、マナは大人しく着席した。



(………まさか編入初日にやらかすなんて……。ノートはあるからまぁ、大丈夫か…?)



 憂鬱(ゆううつ)な気分にやりながらも、後悔しても仕方がないと割り切り、ノートを広げて黒板に書かれている事を写し始めた。



「ねぇあんた、教科書はどうしたの?」



 暗くどんよりとした雰囲気のマナに、先程の少女が話し掛けてきた。



「忘れた……」



 覇気のない声でただ一言、事実を告げた。隣にいる少女は興味なさそうな顔をしながらも自分の持っている教科書をマナの近くに置いた。



「ふーん、そ。なら私の教科書貸してあげるわ。感謝しなさいよね?」



 その少女の言葉にマナは目を丸くした。



「いいのか?」


「私は天才だからね!実際、教科書なんてなくても満点くらい楽勝よ!」



 少女がマナへと指を突き付け、当たり前のように答えた。表情や目を見てみるが、嘘を吐いているようには見えない。だが本当に彼女は天才なのかと問われればやはり疑ってしまうだろうが。



「ありがとう。……えーと……」


「クロナ・ワルキュリアよ」


「ありがとう、ワルキュリアさん」



 そう言うとワルキュリアは眉間(みけん)にしわを寄せて、嫌そうな顔をした。マナは理由が分からず首を傾げる。



「クロナでいいわ。私、堅苦しいのは嫌いなの」


「了解、じゃあ、クロナって呼ぶよ」



 そういうことかと一人納得した。ワルキュリア―――改めクロナは、マナと会話しながらちゃんとノートをとっているので器用だなと、マナは感心した。



「ところで、あんた名前は?」



 クロナが突然、問い掛けてきた。その言葉にマナは、先程自己紹介したのだが……と、内心思いながら答える。



「マナ・ヤトガミだ。さっき自己紹介したんだけどな…」


「興味なかったから聞いてなかったのよ…」



 クロナがつまらなさそうに言う。その何気ない言葉に精神的ダメージを負いながら、マナは相づちを打つ。



「そ、そうなのか…。ということは今は興味あったりするのか?」


「そうね……特にないわ」



 グサグサッ!そんな擬音が聞こえて来そうな勢いでマナの心は抉られた。少しでも期待した過去の自分を恨みたい。そんな事を思いながらマナは机にうつ伏せになった。



「ヤトガミ、今は授業中だ。もし、体調が優れないのなら隣にいるクロナに保健室へ連れて行ってもらえ。大丈夫ならこの問題に答えろ」



 グレイド先生は一旦黒板に書くのをやめ、マナへと視線を向けるとそんな事を言った。



「えっ?あ、いえ、大丈夫です……」



 咄嗟(とっさ)に答えてしまい、しまった…!と、もう何度目か分からない後悔を繰り返す。


 どうしようかと思考を巡らせるが、グレイド先生がチョークで問題が書かれている部分を指し、早くしろと目を鋭くして訴えてくる。


 マナは仕方なく問題の方へと視線を向けた。



『問1、【ジャイアントゴーレム】の属性と生態を答えよ』



(そういや、魔物学の授業だったな……。良かった。もし、魔導工学や魔法基礎とかだったら答えられる自信はなかったからな…)



 ほっ…と、マナは小さく安堵した。この世界の魔物は、MMORPGアルザストーナに出てくる魔物と全く同じなのである。その設定を全て熟知しているマナにとって、この問題を答えるのは造作もないことだろう。



「【ジャイアントゴーレム】は土属性であり、主に《迷いの森》などの自然の多い場所に生息しています。また、特徴的なのが危害を加えない限り襲って来ないという点ですね」


「正解だ」



 マナはその言葉を聞くとふぅ、と小さな溜め息を溢して着席した。他の生徒達にもかなり注目されていたので緊張していたのだ。



「ちなみに【ジャイアントゴーレム】は人工的に作ることが可能であり、軍事戦力として他国との戦争に用いられる事が多いわ」



 隣で退屈そうにしていたクロナが不意にそんな事を言った。



「へぇ、そうなのか…。ちなみにそれはいつ習うんだ?」


「あと二年後くらいに習うと思うわ」



 その言葉にマナはぎょっとした。適当に相づちを打っていようとしたが、思わずクロナの方へと振り向く。



「私、天才だから」



 さも当然のように答えた。マナの方へと視線を向けず、ただ淡々とノートをとっていた。



「天才なら何でここにいるんだよ…」



 マナは少し呆れながら呟いた。天才だというのなら飛び級とかしていそうなものだが…。



「単位とるために決まってるでしょ?あんた、そんな事も分からないの?」



 クロナが呆れた目線を送る。悪気がないのは分かるが、もう少し優しく接して欲しいとマナは思った。


 そして彼女はいつもなのか分からないが、頬杖をついて退屈そうな顔で授業を受けていた。それがやけに、印象に残った。



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