鍛練
もう少し手際よく話を進めたい(願望)
俺の小屋の近くにある森の中心部―――そこには、綺麗に設備されている広場があった。広場の隅に木製のベンチが置かれており、その近くには小川がある。
小川をよく見れば、小魚たちが水の流れに逆らって泳いでいるのが見えた。この森は、木々が密集しているせいで全体的に暗いが、この広場だけは木や草が何一つないので明るい。
ポカポカと暖かい陽気の中、ランニングや基礎的な準備体操をこなした俺は、大量の汗をかいて地面に寝転んでいた。
「ハァ……ハァ……、もう、ずっと長いこと…運動なんてしてなかったからな……。ヤバい、もう疲れてきた…」
「まだ準備運動が終わったところなのに……だらしないぞマナ…」
「無茶言うなよ……こちとらもう10年以上運動してないんだぞ…」
鍛練の時だとアルティナは少し厳しくなるな…。そんなことを思いながら俺は肩で息をする。
「ほら、今度は一対一で特訓だ。さぁ、立て立て!」
「勘弁してくれ…」
前言撤回。少しどころじゃない、普通に厳しかった。今更だが、軽い気持ちで受けた過去の俺を殴ってやりたい…!
俺はフラフラしながらも立ち上がる。着ていたパーカーを脱ぎ捨ててシャツ一枚と長ズボンというラフな格好になる。
「あ~~、涼しい~~~♪」
「ちょ、な、なんて格好してるんだ!?」
俺がシャツの首もとをパタパタと扇いでいると、アルティナが信じられないというような表情で言った。
「何が…?」
「こ、ここは外だぞ!?何でそんな、は、破廉恥な格好をしてるんだと聞いている!」
アルティナが俺へと指を差し、真っ赤な顔で叫んだ。
「いや、これくらい普通だろ…?」
「ふ、普通だって!?」
どうやら俺の反応が理解出来ないらしい。何故そこまで過剰に反応するのか、俺は疑問に思って思考を巡らせる。
(………そういえばここって女学院……あっ、そういうことか…)
つい、うっかりここがどこだか忘れていた。ここは超がつくほどの箱入りお嬢様たちが通う乙女の園なのだ。男慣れしていないのも頷ける。
「いや、すまなかったな…。つい元の世界の感覚でやってしまった……次から気を付けるよ…」
俺はアルティナに謝罪すると、脱ぎ捨てたパーカーを拾って再び着る。
「全くだ…。もし、ミーナが見てたら鼻血ものだぞ…」
「ミーナ、ムッツリ説」
「やめんか!馬鹿!」
「いてぇッ!」
少し茶化すとアルティナに頭をどつかれた。グーだから結構痛い。
「はぁ……話を戻そう。一対一の特訓だが、これは主にマナがどれくらい戦えるかを見るためのものだ。…………さぁ、好きにかかって来い…!」
「そんな事言われても……俺って家庭向きの召喚獣って話だったよな?」
「まぁ、その通りだが、家庭向きでも自分で身を守れるくらいにはなっておかないと後悔するぞ」
「うぐ……」
痛いところを指摘された。確かにそうなんだけど……。ぬぅ……一理あるので仕方なく納得しておく。仕方なくだぞ!
俺は一定の距離を取り、アルティナと対峙する。
「あ、ミーナだ」
「ん?どこにいるんだ?」
俺がアルティナの後方へと指を差すと、アルティナが意識を俺から逸らして後ろを向いた。
それを確認した俺は全力疾走でアルティナとの距離を縮め、頭にチョップを喰らわせようとした。
「隙ありっ!!」
「甘いっ!」
「ぐはぁっ!?」
アルティナは後ろを向いたまま身体の向きを少しずらして俺のチョップを避けた。そしてお返しとばかりに、俺の顔に裏拳を喰らわせた。見事なまでの反撃である。
アルティナの裏拳が直撃した俺は、痛みで地面に崩れ落ち、しばらく悶絶した。
「あ…!す、すまない……!怪我はないかっ!?卑怯な攻撃に怒りが込み上げてつい、手加減出来なかったんだ……本当にすまない……」
アルティナが申し訳なさそうに謝る。表情も沈んでいて暗い。
「いや、気にしないでくれ……。そもそも俺が悪いんだし…」
「そ、そうか…?なら、いいのだが…」
アルティナは今も心配そうにしているが、それは時間が経つにつれ、段々と怒りに変わっていった。今や俺の目の前には、射殺さんばかりの視線を向けてくるアルティナがいる。
「さて、どうやら無事のようで安心した。これで遠慮なく説教出来るな…!」
「あ、はい…」
このあと一時間ほど説教された。そして俺は、アルティナに騎士道精神のなんたるかを叩き込まれた。もう、二度とアルティナの前では卑怯な戦いをしないと心に固く誓った。
「気を取り直して続きをしようか…」
「はい…」
「今度は私から攻撃するから…まぁ、頑張って避けてくれ。それに、ちゃんと手加減するから安心してくれ」
「お、おう…。もし避けられそうになかったら寸止めで頼む」
「了解だ。任せておけ…!」
再び、俺とアルティナは距離を取って対峙する。肌を撫でるような心地良い風が吹き、どこからか風に飛ばされてきた葉っぱが地面に落ちた。
――――――と、次の瞬間、アルティナが目を見張るような速さで俺との距離を一気に縮めてきた。
「シッ!!」
「……ッ!?」
アルティナが右腕を突き出すが、俺は左手で軌道を無理矢理逸らして避ける。更にアルティナは、そこから腰を捻って回し蹴りを放つ。俺はすぐさま態勢を低くして回避。
俺は低い態勢のまま右腕を伸ばしてアルティナの首を掴もうとする。しかし、アルティナも俺の狙いに気付き、バックステップを踏んで距離を取った。
「ふむ……なかなかやるじゃないか…!誰かに武術を教えてもらっていた事があるのか?」
「昔……お姉ちゃんに少し鍛えらてね…」
「ほぅ、それならばマナの姉上殿はさぞかし立派な人物だったのだろうな…!」
「いや、超がつくほどのブラコンだったけど…?」
「………………………………………………………………………」
何かおかしな事を言ったのだろうか…?いや、まぁ、充分おかしいことを言っているのは分かるが真実なのだから仕方ない。アルティナが信じたくなさそうな顔をしていたが俺はそっと目を逸らして見なかった事にした。
「ま、まぁいい……。では、私ももう少し本気を出すとしよう………【ブースト】、【ハイ・スピード】…!」
アルティナは身体強化魔法を付与すると、再び疾走する。
「……ッ!やはりか!」
先程よりアルティナのスピードが上がっている。多分、それだけではないだろうが。
「ふっ…!」
アルティナは先程と同じように右腕を突き出してきた。俺も同じ方法で回避した―――――と思ったら右の脇腹にポン、とアルティナの拳が軽く当たった。
「……ッ!?……なるほど、さっきの右腕の攻撃はフェイントだったのか…」
「ああ、その通りだ。私の右腕にマナの注意を引き着け、死角となった右の脇腹を狙った」
「見事に俺の完敗だな」
アルティナの解説を聞いた俺は肩を竦めて地面に座る。俺とアルティナでは力の差があり過ぎる。いや、単純にレベルの差か…。
「アルティナってレベルいくつなんだ?」
俺は胡座をかきながら、アルティナの方へと視線を向ける。
「ん?……私のレベルは78だぞ。それと、ミーナはレベル65だ」
「道理でアルティナに勝てない訳だ。それに、ミーナにすら勝てる気がしなくなってきた…」
「そう悲観的になることもないだろう…?レベルが全てという訳ではないんだからな。技術や基礎能力など、その他諸々のステータスで勝敗が別れる……それが戦いだ」
「なんか男らしいこと言ってるな」
「むっ……そういうお前は女らしいがな」
「あー!あー!聞こえないー!聞こえないー!」
アルティナが嫌なところを指摘してくるので、俺は耳を塞いだ。
そして俺とアルティナは、しばらく対戦しては休憩を挟むといった感じで何回か繰り返した。
「どうする?そろそろ終わるか?」
日も傾きそろそろ夕方になろうとしている頃、アルティナがそんな事を言った。
「そうだな…。俺の身体もかなり酷使させたから次で最後にするよ」
「了解だ」
俺たちは互いに確認すると、もう何度繰り返したか分からない構えを取った。
再び俺はアルティナと対峙する。心を静ませ、神経を尖らせる。
(アルティナとの戦闘で少しずつ勘を取り戻してはいるんだがな……やはり、まだまだ10年の空白は埋められないか…)
俺は内心で愚痴るとアルティナへと視線を向けた。
「では、いくぞ!」
俺の目を見て準備オッケーと認識したのか、アルティナは俺へと疾走する。俺も少し時間差はあったものの、アルティナへと疾走した。
一気に距離が近づき、俺は勢いをそのままにして蹴りを放つ。アルティナは右へと跳んで回避。俺はアルティナの方へと振り向き、更に攻撃を加えようとしたが、すでにアルティナは俺へと先制攻撃を仕掛けてきた。
「うぉ、危ね…ッ!?」
そう呟きながら右腕を横に振るい、アルティナの攻撃を牽制する。警戒したアルティナは数歩分の距離を取る。
俺はすぐさま距離を詰める。アルティナが右拳を突き出すが、俺は首を少し傾けて避ける。更に突き出された右腕の手首を掴み、そのまま背負い投げの態勢へと移行する。
「なッ!?」
アルティナが焦ったような声をあげる。俺はその一瞬の隙を突いた。アルティナはなんとか抵抗しようとしたが、綺麗に背負い投げされ、地面に背中を打ち付けた。
「ぐぅっ……!」
俺はそっとアルティナの首へと手刀を当てる。
「……どうやら私の負けのようだな」
どうやらアルティナも気付いたようで、フッ…と軽く笑うと、素直に負けを認めた。
俺もかなり疲弊していたので、アルティナが負けを認めた瞬間に、力を抜いてぐったりと地面に倒れ込んだ。一方で、アルティナは態勢を起こして座っていた。様子を見るにまだ余裕があるのだろう。
「それにしても、先程の技はなんだったんだ?」
アルティナは俺の方へと視線を向けて、疑問を口にした。
「柔道の技の一種だよ…」
「じゅうどう…?」
俺は寝転がったまま答えた。すると、アルティナは不思議そうな顔をして呟いた。どうやら知らないらしい。
「元の世界で使われていた武術(というか競技)の中の一種だ…。相手の攻撃を柔らかく受け流す事によって攻撃・防御したりすることが出来る」
「相手の攻撃を受け流して……か。ふむ……そんなものがあったとは……その柔道とやらを使えるマナは凄いのだな」
アルティナは俺へと尊敬の眼差しを向けてくる。ちょっと嬉しいが、元の世界では大抵の人が使えるので、それを考えると少し居心地の悪さを覚える。
「いや、元の世界では誰でも使えるような技だし、そんな大した事じゃないぞ…」
俺は「降参だ」という風に、ひらひらと軽く手を振る。
「でもこれでマナも分かっただろう?レベルだけが全てではないと…」
「………でも手加減してたよな?」
俺は確信しながらもアルティナに問い掛けた。
今までの鍛練を思い出してみると、アルティナは基礎的な身体強化魔法しか使っていない事がわかる。それに、レベルが全てではないにしてもレベル1の俺に負けるはずがない。力でごり押しすることだって出来たはずだ。
俺の言葉を聞いたアルティナは「はぁ…」と溜め息を吐いた。何故溜め息を吐いたのか分からず、俺は頭に疑問符を浮かべた。
「確かにそうだが……。しかし、手加減はしても負けるつもりはなかったんだぞ…」
「…………だったらアルティナの敗因は、油断したことだな」
俺はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「耳が痛いな…」
こればっかりは反論出来ないようで、アルティナも諦めたように肩を竦めた。
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