表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/88

6-8


----------------------------------------------------------------------

■ 三年前の陽光学園事件簿 記:アキ


【4/8】

 交際相手をヤクザに取られた高校生、黒部琢磨が相手のヤクザを繁華街の路上で刺して重症を負わせる。

 後にそのヤクザの組から報復を受け、その後行方不明。


【5/28】

 援助交際グループ『ミレニアムナイト』の活動を断った女子高生の篠崎藍子が、同グループの女子から虐めを受け、自宅で手首を切って自殺を図る。

 一命を取り留め、後に彼女は県外に転校。

 虐めには性的なものもあった。


【5/30】

 援助交際グループ『レッドティアラ』のメンバーが繁華街路地裏で切り裂き魔に襲われ、右肩と腹部を刺される。

 背後には『ミレニアムナイト』がいた可能性がある。

 被害者の名前は不明。


【7/1】

 河野愛美、菅谷直がカラオケボックスで押し入ってきた男らに強姦される。

 彼女たちは『ミレニアムナイト』から誘いを受けていたが断り、逆に彼女たちの活動を教員に伝えていたらしい。


【7/3】

 女子便所から隠しカメラが見つかる。

 アリバイの有無と用務員室から発見された別の小型カメラにより、当時用務員であった古馬良一が容疑者として挙げられるが、証拠不十分で釈放。

 後に彼は陽光学園の職員自主退職する。


【7/10】

 櫻谷奈々が使われていない街はずれの倉庫で、正体不明の切り裂き魔に襲われる。

 重体で未だ意識不明。


【7/15】

 女子高生を使って売春をしていたとして、某暴力団体が摘発される。

 それにより、数人の女子高生が停学となる。


----------------------------------------------------------------------



「ハルぅ、もう書けないよー」


 捜査中に収集してきた三年前の陽光学生の情報をホワイトボードに羅列していたアキが、疲れたとばかりにペンを持った右手を振りながら嘆く。


 バーでの情報収集から翌日、降谷家ガレージに集まった面々が三年前に陽光学園で起こった事件を振り返る。

 ホワイトボードの裏まで続く事件の数々に、アキの字が次第にミミズのようになり、隅の方には「もうだめ」と心の声が書き出されていた。


 予想以上の事件の多さ、そしてどことなく漂う陰険さに、カイがやれやれと首をふる。


「僅か四ヶ月で、これだけの事件が起こっているのか。

 せっかくの学生生活を、なぜ愉しめないんだろうな。

 バカな行動が許されるのはガキの頃だけだぞ」


 お前は学生生活をエンジョイしすぎだろ、とアキが渋い顔をする。


「ディーラーが告発したい事件は、この中にあるはずなんだよなぁ……。

 ん、まぁいいか。

 それより第九問だ」


 第九問目、逆さまの油の写真を写した携帯端末のディスプレイに目を向けながらハルが答え、カイがその肩口から覗き込む。


「……難問?」

「というよりも閃きだろうな。

 どちらかというと、なぞなぞみたいなもんだろう。

 十六進法や元素記号みたいに、今までの傾向から知識としては中学生レベルで事足りるはずだ。

 俺やお前じゃ考え過ぎちまうから、もっと頭が単純な……


 おい、ポチ。

 お前どうだ? 分かるか?」


 顔も見ずにハルが名指しで頭が単純なメンバーを指名する。

 単純脳みそ扱いされたライカが、舌打ちで答える。


「分かんねぇよ。

 つぅか悪かったな、中学知識レベルの頭でよ」


 どうやら駄目らしい。

 その答えにハルがリクの方を無言で見る。


「お、俺ぇ?

 ……うぅ、分かんないです。

 単純馬鹿なのに使えなくてごめんなさい」


 少し考えてから、やはり答えが浮かばず、役に立てないことにしょんぼりするリク。

 ハルは特に期待していなかったのか特に気にせず、新しい馬鹿を探す。


「そうか。

 ミズキ……は今日はバイトか?」


 思い浮かんだ単純脳みその意見を聞こうとして、ミズキがいないことに気づく。


「あぁ、最近サボリがちだから稼いでくるってさ。

 あんまりうろうろすんなって言っておいたから、多分大丈夫だと思うけど」


 未だクーガショックから抜けず、ふらふらとバイトに行った友人を思い出しながらリクが答える。


「ふーん……。

 さて、どうするかなぁ。

 カイ、指紋の方は?」


 ハルが専用のソファに深く身を預けてカイの方を向くと、人差指と親指で丸が返ってくる。

 

「予想通り。

 つまらないくらい綺麗に一致した」


 どうやら物証は揃ったようだ。

 ネイビスのプレイヤーを襲い、リクをも危険に貶めた切り裂き魔、『Ripper』の正体。

 もっと劇的で複雑な検証を期待していたのか、カイは物足りなそうに唇を突き出す。


「『Ripper』……白沢透、相田誠治、古馬信乃、ついでに俺を襲った犯人は武井崎大輝、で確定ってこと?」

「そういうこと」

「だったら、その証拠もって警察行けば事件解決じゃないの?」


 リクが身を乗り出すが、ハルは肩をすくめる。


「お前のペン、白沢透のメガネ、相田誠治・古馬信乃のカバンの指紋だけじゃ、情況証拠と取られる可能性が高い。

 実際に被害者の血がついたナイフや、それに付いた指紋でもあれば別だがな」

「でも、それでも捜査くらいはしてくれるんじゃないのか?」


 一秒でも早く事件を終わらせたいリクだったが、ハルは面倒くさそうに手のひらを振る。


「それでどうなる?

 捜査の手が及んでいる事を知れば『BlueButterfly』は確実に逃げ出す。

 今回『Ripper』を操っていたのは、状況的にこいつだ。

 『Ripper』はもう、いつでも潰せる。

 が、先に『BlueButterfly』の目的を明らかにして潰さねぇと、第二の『Ripper』が出るだけだ」

「古馬志乃も三年前と同じように、痛くもない腹を探られることになるだろうなぁ」


 カイも便乗して指摘する。

 女子トイレのカメラを捜査されれば、三年前に犯人に仕立て上げられた古馬志乃の父親は再び巻き込まれるだろう。

 当然、現在陽光学園に通っている、彼女自身も。


「……そういう、ものなのか」


 ハルとカイに言い含められたリクが、納得したようなしないような顔をする。


「そういうもんだ。

 『Ripper』と『BlueButterfly』は同時に潰す。

 ……というより、出来ればどちらかでどちらかを釣る、と言ったほうがいいか。

 いずれにせよ、ここまで来たらお前の仕事は残りの回答をネイビスのディーラーに送る以外は、もうほとんど無ぇ。

 ミズキ同様、事件が解決するまで大人しくしてろ」

「お、俺まだ捜査できるぞ!」


 バーでは頑張ったのに、今や完全に戦力外だ。

 理詰めで情報を繋げて真相を暴く、なんて無理なのは承知だったが、やはり役に立って認められたい欲はそう簡単には消せない。

 書類の束をバサバサしながらアピールするが、兄の眼は冷たい。


「駄ぁ目だっつってんだろ。俺の胃腸を殺す気か」

「うぅぅう……」


 この数日間、ハルに気苦労を掛けっぱなしだったリクとしては、こう言われたら引き下がるしか無い。


「自分を襲ったのが『Ripper』、武井崎大輝だって証明しただろ? 

 もう充分だ。

 すぐに元の生活に戻れるようにしてやるよ」


 身軽な動きでハルはソファから腰を浮かせる。

 そのまま軽い足取りで歩を進め、眉尻を下げたリクの頭をポン、と軽く撫でる。


「どこ行くんだ、兄貴?」


 そのまま止まらず歩き出したハルに問う。


「現場百回。

 ……アキ」

「ほいほいっと!」


 どうやら現場検証に向かうらしい。

 彼が歩きながら友人の名を呼んで人差し指で「来い」と招くと、アキは指で弄んでいたマジックをライカに投げつけ、主人に呼ばれた犬のように後に続く。

 マジックを投げ返そうとするライカの腕を制して、カイが


「これから雨降るぞ? 大丈夫か?」


 そう告げるが、ハルは軽く手を挙げて


「それまでには帰る。

 リク、お前も明るいうちに帰れよ」


 後ろを向いたまま答えて、半分開いたガレージのシャッターをするりとくぐって出て行った。






「あーぶら、あぶら。

 サラダあぶら!」


 ハルの後に続きながら、アキが歌うように口ずさみながらで歩を進める。


「逆向きの油、ね。

 アキ、何でもいいから、思いつくこと言ってみてくれ」


 『Ripper』による第一、第二の切り裂き事件、そして後藤文一の切り裂き事件現場である住宅街に足を向けながら、ハルが問う。

 彼の傍で最も単純脳みそを持つアキに頼ってみる試みのようだ。

 問われたアキは手を頭の後ろに組んで、歌っていた時と同じような軽い調子でふんふんと考える。


「油の逆……。

『あぶら』、だから『らぶあ』?」

「ふむ、他には?」


 ハルに促され、アキは少し眉を寄せたのち、あっと人差し指を立てる。


「他?

 うーん、油を逆にしたら……『こぼれる』!」

「……お前の脳みそも母親の腹ん中で、そうやってこぼれていったのかな」

「え? 何?」

「なんでもない。他には?」


 残念な脳を持つアキに失礼な憐憫の情を見せながら、さらに問うてみる。

 段々真剣になってきたのか、顔をしかめながらアキが思慮を深くする。


「えっと、油の逆、油の逆。

 あぶらのぎゃくあぶらぎゃくあぶら……あーあーあーぶらかたぶら!」

「おっと迷走し始めたか。

 もういいぞアキ」


 やはりだめだったか、と早々にハルは見切りをつけた。

 それが気に食わなかったのか、アキはわざわざハルの横に並んでふくれっ面を向ける。


「えー、俺だってその気になれば、頭脳プレイくらい出来るのに!

 ハルはいつも、そういうのアイツばっかだよな!

 ただの頭おかしい根暗変態オタクなのに!」

「たまには『お兄ちゃん』って呼んでやれよ、カイの事。

 上手くいけば、すげぇ良い嫌がらせになるぜ」

「それ、俺もダメージ受けるじゃん。

 誰も得しないじゃん」

「俺が面白い」

「ハル―!?」


 最終的にカイの話になるという、相談だか雑談だか分からない会話を経て二人が事件現場にたどり着く。

 住宅街の大通りに続く細い路地。

 ネイビスのコードが書かれた電信柱と、生ごみの匂いがするゴミ捨て場が近くにある。

 ここで『Ripper』に黒狼の幹部が襲われ、同じ場所で白沢透、相田誠治の二人も襲われた。


 だが、そこを目指していたのは、どうやらハル達だけではなかったらしい。

 幾つかのガラの悪い人影が路地を覗き込んでいる。

 彼らを目に入れた瞬間、ハルが心底面倒臭そうな声を出す。


「うげ」

「ん? あ、てめぇ!」


 ハルとアキに気付いた人影の一人が、ハルに向かって指を指す。


 事件のあった付近で頭を揃えていたのは、数日前城に乗り込んだ際に見た面構えの三人だった。

 武闘幹部のロック、黒狼お抱え情報屋のカラス、そして長身で筋肉がついた体を晒すような革の服装の赤いモヒカンの若い女。

 どうやら彼らは仲間である後藤文一を襲った人間を調査しているらしい。

 ハルの言った『現場百回』と同じ行動をとっているのだろう。


 まず先に目ざとくハルを見つけて威嚇するように目を剥きだしたのは、ロックだった。


 道理で住宅街なのに人通りが無いわけだ、とハルがと溜息をつく。

 こんなヤクザ以上に人相も態度も悪いギャングが殺気まみれで歩いていたら、誰もがブロック単位で避けて通るだろう。


「八柄ぁ、てめぇ、よくのこのこ面見せられるなぁ?

 おい」

「あーすみませーん、恐れ入りまーす」

「こ、の……っ!」


 ハルがパーカーのポケットに手を突っ込んだまま無表情で棒読みするのに対して、ロックが頬を引き攣らせる。

 本気で面倒くさがっているのか、挑発するために煽っているのか判断がつかないアキは、ハルとロックの対照的な表情に視線を行き来させる。


 次に割って入るように口を出してきたのは、派手なモヒカン女だった。


「てめぇこのチビ!

 てめぇのせいで、あれからアタシ、鼻水とまんねぇんだよ! 

 どうしてくれるんだ、このチビ!」


 派手な格好のこの女に、黒狼時代のハルは『いつの世紀末から来たんだ』と純粋な問いを投げ、バーを一つ潰すほど怒らせて派手にやり合ったことがある。

 つまり、ロックと同じく犬猿の仲だ。

 ロック以上に怒りをガンガンとぶつけてくる彼女に、ハルは舌打ちをする。


「うるせぇな。

 ゴリラは動物園に帰ってうんこでも投げてろ」

「誰がゴリラだ、チビ!」

「お前だよ、シギ。

 ほれ、早く帰んねぇと、動物園閉まっちまうぞ」

「がーーーーっ!」


 どうやらロック以上に直情的らしい、シギと呼ばれた女が、モヒカンを揺らして威嚇する。

 指をぶんぶんとハルに向かって振りながら、シギは唾を飛ばす勢いで怒鳴る。


「てめぇ!

 前に城でアタシたちにやったこと、タダで済むと思うなよ!」


 突然城にやってきたハルたちが、自分たちの王に敬意の一つも見せず、変な煙をまき散らして帰っていったのが相当頭にきているようだ。

 そんなシギをハルが鼻で笑う。


「何言ってんだ。

 こっちは正当な交渉をしに行ったのに、お前らの王様がいきなり襲いかかってきたんじゃねぇか。

 俺は火の粉を振り払っただけだ。


 違うか?

 その頭がモヒカン乗せるために付いてるんじゃねぇなら、ちっとは考えてモノ言えよな。

 あ、無理か?

 ゴリラだもんな、仕方ねぇか」


「ぎぃぃいいーーっ!!」


 言えば言うほど期待通りの反応で歯をむいて飛びかかろうとするシギをカラスが、チビチビと連呼されるのに苛立って矢継ぎ早に毒を吐くハルをアキが、それぞれ後ろから服を引っ張って制している。


「おい八柄。

 てめぇどうしてここに来た。

 やっぱりフミの事件を調べてるんじゃねぇか」


 埒が明かないと悟ったのか、シギの一歩前に出て、ロックがハルを睨めつける。

 だがそんなロックに、再度ハルは鼻で笑う。


「違ぇよ、散歩だ散歩」

「嘘をつくんじゃねぇ」

「なんだよ、俺は街を散歩するのも許されねぇのか」

「調子に乗るんじゃねぇぞ。

 てめぇがこうやって街を歩けるのも、マガミさんがお前らには手を出すなって、そう言うからだ。

 じゃなきゃ、てめぇらなんぞ……」


 言いながらロックは背後に手を回す。

 革のパンツと背中に挟まれた彼愛用の拳銃をハルは思い出すが、特段表情は変えない。

 勿論態度も変えるつもりはなかった。

 

 さて次はどう言いくるめてここからどかそうか、と考えていると、カラスが両者の間に歩き出る。

 どうやら仲裁を買って出ようとしているようだ。


「はいはい。ロックもやめましょうね。

 八柄君に喧嘩売ったって、得るものなんて何もありませんよ? 

 そこら辺は貴方もよく分かってるでしょ?」

「……てめぇ」


 冷静なカラスの言葉に、卑下されたと感じたらしいロックが血管の浮いた目を向ける。

 その態度に、「お前はまるで変わっていないな」とでも言いたげにハルは首を少し傾ける。

 

「マガミがさぁ、なんで俺に手を出すなって言ってるか、本当にお前分かってないんだな」

「何?」


 呆れたように言うハルに、再びロックの鋭い視線が向く。

 くっ、と顎を上げ、見下すような視線でハルがロックを眺める。


「まさかずっと、『俺』を『お前ら』から守るためだとでも思ってたのか?

 それとも、『アイツを殺すのは俺だけだ』みてぇな展開でも期待してた?

 まったく、何年アイツと一緒にいるんだか」

「……どういう意味だ」


 マガミがハルを知る黒狼メンバーに出した命令。

 『ハル』には手を出すな。

 その単純な命令の裏を、ロックたちは理解していないと、ハルは言う。

 ハルがマガミの獲物だから。

 かつての相棒への情。

 その程度ならばロックも考えた。

 だがハルはそのどちらでもないと答え、同時にマガミの本心をも理解しているという。

 

 しかしその答えを教えてやるほど、彼は人格が整ってはいない。

 

「なんでそんなことまで、俺がお前に教えなきゃなんねぇんだよ。

 本当、お前らって頭使って考えるってことをしねぇよな。

 なんなの?

 動物園なの?

 だからゴリラまでいるの?」

「この……っ!」


 ため息混じりにそう言うハルに、ロックはこめかみに青筋を立てて目を剥くが、それより先に歯を剥きだして怒りをあらわにしたシギが怒鳴る。


「うるせぇチビ! 

 アタシは難しいことよく分かんねぇけど、裏切り者のてめぇが、キングの事をよく分かっているような口ぶりで話すのが、すっっっげぇ腹立つ!

 だから嫌いだ! 死ね! 死んでごめんなさいって詫びろ!」

「裏切るも何も、俺は最初から『協力』してただけで、お前らの仲間になった覚えは一ミリたりともねぇっつってんのに……」


 面倒くさそうにぼやくハルの言葉を、シギが鼻息で「はん!」と不敵に笑い飛ばす。

 そして開いた胸元を誇示するように豊満な胸を張る。

 そこには、黒狼の印であり誇りである狼のたてがみと牙、そして爪のタトゥーが堂々と彫られていた。

 彼女はそれを親指で指しながら、


「いいか、チビ!


 この街は黒狼のモノ!

 黒狼はキングのモノ!

 つまりてめぇもキングのモノだ! 


 好き勝手は許されねぇ!

 例え天地がひっくり返って全てが変わっても、それだけは変わんねぇんだよ!」


 そう啖呵を切って、ふん、と鼻を鳴らす。

 若い女性ながらその立ち姿と気風は堂々としたもので、アキとカラスが「おぉー」と拍手を上げる。

 それに気をよくしたシギは、得意げな顔でハルを見る。


「分かったか、チビ。

 分かったらさっさとキングの……。

 ………?


 ……チビ?」

 

 しかし、その反応は薄い。

 薄いというより、全ての情報をシャットアウトしたかのように微動だにしなかった。


「……おーい? おチビちゃーん?」


 いつもなら馬鹿にするような言葉が飛んでくる辺りだったが、見据えたハルは、人形のように整った目をぱちぱちと大きく瞬かせていた。


「……ひっくり返って、変わる?」

「へ?」


 シギの言葉で腹を立てて争いになるかと腰の警棒を抜いていたアキが、ぼそりと吐かれたハルの言葉を聞き取る。

 ハルはほとんど聞こえない声で続ける。


「……そうか。

 そうか、だから『ネイビス』なのか」


 アキが横から、ハルのその表情を覗い、そして悟る。

 いつもと変わらぬ無表情の中で、僅かに光を灯したハルの瞳は、すべての謎が一本の物語に繋がった事を示していた。


 謎が解けたのだ。


 ハルはふらり、と前に進み出る。


「お……おぉ?」


 そしてそのまま押し黙り、殺気すら見せず、ただ感激したようにシギを見る。


「な、な、なななによぅ!

 なんなのよぅ!」


 先ほどとは一八〇度違う視線を向けられ、逆にシギが怪訝そうに身を引きながらハルを見る。


「ゴリラ、いやシギ、いやシギさん」

「ぅええ!?」


 グローブを嵌めた女性にしてはごつい右手を、ハルが両手でぐっと掴む。


「お前みたいな脳みそから血液まで筋肉のような女が、なんでナンバースリーの地位を保っているのか、やっと分かったよ。

 女好きのマガミが手を出しもしない……まぁ気持ちは分かるが、そんな女を傍においておく気持ちが分かった。

 お前はあるべくして、その地位にいたんだな」

「お、おう、やめろよ!

 そんな褒めんなよ!

 アハハハ!」


 空いている方の手でモヒカン頭を引っ掻くようにしながら、シギが照れる。

 そんなシギから目を離し、ハルが片手で顔を覆う。


 次に顔に浮かんでいたのは、絶望に似た落胆だった。


「それに比べて俺は馬鹿だ、無能だ。

 いつぞやのカイじゃねぇが、小学生か俺は。

 こんな問題なんて解けなくても、この流れだったら予め答えは予測できて然り、そこから答えに遡ることも出来たはずだ。

 

 なのになぜここに来るまでに、これほど時間がかかった?

 なぜ、どうして。

 あぁいや分かっている。

 アイツがいたから。

 だから俺は。

 あぁ、駄目だ俺は、余計なことに気を取られていつもいつも……。

 シギの言う通りだ俺なんか死ねばいいんだ。

 こんな無能な俺なんていらないのに」


「ハル、ハル、落ち着いて!」


 突然壊れた蛇口から零れ落ちるように鬱言葉を吐き出すハルを、アキが後ろから声をかけて止めようとする。

 しかし次の瞬間には、先程の瞳の輝きと気力を取り戻す。


「アキ、カイに連絡!

 至急調べてほしいことがある!」

 

 まるで躁鬱患者のように感情を上下させるハル。

 普段は人形のような彼のその変貌ぶりに、黒狼一味が呆然としているが、もはや彼らの事はハルの目に入っていないようだ。

 彼は携帯端末をポケットから取り出し、ばっと振り向いてアキを指さす。


「え、あ……」


 いつもならそれに阿吽の呼吸で応と応えるアキが、頷きかけてギクリと首が止まる。


「は、ハル……」

「あん?」


 アキが震える指でハルを、正確にはその後ろを指さす。

 ハルが振り向くより先に、シギの肩越しから長い腕が伸び、ひょいと彼の端末を持ち上げる。


「……あ」


 見なくてもハルには分かった。

 獣独特の、毛を逆立てるような威圧感。

 ハルの耳元で、腹を揺するような低いゆっくりとした声が響く。


「楽しそうだなぁ、ハールーちゃん」


 片手をシギの肩に乗せ、片手で見せびらかすようにハルの端末をプラプラと揺らすマガミがそこにいた。

 青くなるアキとは裏腹に、親愛なる王が至近距離で話す姿に、シギが先ほどの威勢を吹き飛ばして、真っ赤になりながら、あわあわと口を開けたり閉めたりしている。


 一番良いところで、一番最悪な邪魔が入った。

 最近で一番音の良い舌打ちをしながら、ハルがマガミを睨み上げる。


 以前の城での展開からして、間違いなくエンカウント即デストロイの九割内に入っているだろう。


 話し合いは無為だ。

 眼鏡の奥で細められたマガミの目は、既に頭のなかで攻撃の展開を繰り広げているだろう。

 ならば。


「俺もまぜてよ、なぁ?」

「うっっぜぇんだよ!」


 マガミの言葉が終わらない内に、ハルがシギの脇に入るようにして寄り、そのまま垂直に蹴り上げる。

 蹴り上げた踵が綺麗にマガミの手の甲に当たり、ハルの端末が宙を舞う。

 さらにシギを引きずり倒すように腕を引っ張り、低くなった彼女の肩に足を乗せて跳びあがって端末をキャッチする。


「うぉあ!」


 そのまま体勢を崩したシギを、着地と同時に肩口をマガミの方に蹴り飛ばす。

 頭から地面に倒れるシギと逃げる態勢に入るハル。


 マガミは一瞬ハルを捉えるために手を伸ばしかけるが、舌打ちとともに、大柄なシギを受け止める方を選択する。

 王の腕に抱かれたシギがポッと赤くなったのは言うまでもいない。


「……俺って良いヤツ」


 そんな彼女を見ながら、ハルは瞬時の内に端末に指を滑らせ、アキに投げる。


「連絡頼むぞ、アキ」

「へ? へ?」


 おろおろしながら端末をキャッチするアキの横を、ハルが一陣の風のようにすり抜けて走る。

 先程のカラスではないが、今マガミとやり合ったところで何一つ得るものはない。

 どうやら逃げの一択のようだ。

 アキが振り向いた時には、既にパーカーの裾が翻りながら、人気のない狭い路地の曲がり角に消えていった。


「ハァールーーーッ!!」

「え? わわ!」 


 そしてその三秒後に、獣の咆哮のような声を上げたマガミが、同じルートを暴風雨のような勢いで突っ切る。


 あとに残されたのは、台風の後の静けさの中で目をぱちくりさせる男たちと、道端で頬を染めて蕩けそうな顔をしているシギの姿だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ