6-6
【ナイトクラブ マディ.D】
-------------------------------------------------------
「あー三年前ねぇ。
あの頃って、全般的に色々ヤバかったよ。
特に女子。
男子はひたすら小さくなるか、女子に媚び売るか、ヤクザの下っ端みたいなことして威張ってるか。
でも女子はねぇ……エンコーとかクスリとか虐めとか?
学校だけじゃなくてさぁ。
外の……ほら、あの頃まだ黒狼いなくてさ、暴力団とかヤクザとか酷かったじゃん?
そういう人たちと付き合うのが大人の女、みたいな。ねぇ?」
「そうそう。
制服のままでいかにもってカンジのオトコに肩抱かれて、繁華街歩いてたりねぇ。
それを見てた敵対ヤクザに拉致られて、そのままレイプされちゃったり」
「なんか、そういうオトコからクスリ貰って学校で売ってた子もいたよね。
教師は知らないってか、知ってても見て見ぬフリ。
そりゃそうだよねぇ。
ヤクザ後ろに控えた女子高生に、安月給の教師じゃ何も言えないって」
「グループ?
そういえばあったね。女子のグループ。
クスリ売ってたり、エンコーしたり。
勿論ほとんど後ろにコワイおにーさん方がいたけど。
その女子グループ同士が仲悪かったりしたら、もう最悪!
同じクラスにそんなのが二つも三つもいてみ?
もう息苦しいったらなかったわよ!
とか言いながら、私達もどっかのグループに入ってたわけだけどさ。
だって一人だと徹底的に狙われちゃうもん。
……え?
そりゃ勿論、虐めよ、イ・ジ・メ!」
「グループ間の潰し合いも酷かったわぁ。
なんかぁ、仲悪い相手グループの女の子を脅して自分のオトコのとこ放り出したりぃ?
彼氏いるのに、ヤクザと付き合わせたりぃ?
それで彼氏がそいつに斬りかかったりぃ?
やばいよねぇ、ウケるわぁ!」
「下手な体育系より上下関係厳しかったよ。
リーダーに逆らったら、もう死んだも同然。
……うん、そう。
それでハブられちゃった子とかいたよね。
クスリやりたくないとか、援交したくないとか。
それ言っただけで、もう学校にいれなくなっちゃう、みたいな?」
「名前?
えっと確かね、『ドリーマーズ』とか『ミレニアムナイト』とか、あそこら辺がヤバかったね。
そういうのがなくなったのは、黒狼時代に入ってからかな。
後ろ盾なくなっちゃって、自然消滅ってカンジ。
リーダーが針の筵になっちゃったりなんてこともあったね。
ザマァみろって思ったけど!」
「『ミレニアムナイト』?
確か、いつの間にかなくなっちゃったんだよ。
あれ?
でもアレって、まだ黒狼時代じゃなくない?
競争に負けたのかな、よく覚えてないや」
「あー『ミレニアムナイト』ね……。
確かにヤバかったね。
あそこの子ら、めっちゃプライド高いつぅか、キレやすいっつぅか。
援交もドラッグもしてたね。
リーダーの親が街の重役かなんかでさぁ、誰も手出しできないの。
なんかヤバイことあっても、全部なかったことになっちゃうのよ。
ドラッグ関係は、あそこが一番ヤバかったんじゃない?
取引の場所?
え、そうだよ、校舎裏とか公園とか。
なんで知って……あー確かに、人目につきにくいもんね。
私?
違うよぉ、友だちに聞いたの。
あのグループ、本っ当に酷かったんだって。
裏切り者には制裁をー! みたいなカンジ」
「ちょうど切り裂き魔ブームだったじゃないですか。
だから、結構事件もあったんですよ。
学校内でもイジメの延長でナイフちらつかせて実際に傷つけたり、通り魔に見せかけて切りつけたり。
未だ犯人が分からない事件もあるんですよね。
あと、まだ重症のままの子とか。
……まぁ皆、忘れちゃってますけどね。
若気の至りってやつなのかしら」
「一言で言えば、最ッ悪!!
なぁにが『私達、友だちだよね』だよ!
馬鹿にしやがってさ!」
-----------------------------------------------------
「……聞きたくなかったなぁ」
バンの中で、リクが頭を抱える。
彼の通う学校がかつて荒れていた様子を、三年前に女子高生だった女性たちが隠さず、時に批難を口にしながらもどこか楽しそうに話している。
「俺も聞きたくなかったな。
八柄の野郎が、違和感なく女の会話に滑りこんで情報引き出していくサマなんて」
「わんわんはちょっと黙ってろ」
相変わらず死んだ目をしているライカの頭をアキが警棒で突く。
マイナーバンドの歌と喧騒、グラスの音と嬌声渦巻くクラブの中で、ハルの胸元にセットされたマイクが、目的の情報を次々と拾う。
雑多な音楽や異国の言葉のように紡がれ続ける言葉が、作戦開始五分で飽きて眠りはじめたリサのいびきと一緒にバンの中に響いてくる。
予め仕掛けられていたのか監視カメラをハッキングしたのか定かではないが、独特のイルミネーションが薄暗いホールの中で交差しあう様子を、バンの中に数台あるモニターがリアルタイムで映し出す。
ミズキによって集められたモデル目当ての女性が七割を占め、そのほとんどが二十前後の年頃だ。
残りはあぶれた女の子とあわよくばという願いを秘めた、やはり同じような年齢の男たちである。
若者たちが肌の触れ合う距離で音と光に合わせて踊り狂うホールの片隅が、ハルの仕事場だ。
騒ぎ疲れて一息入れようとバーカウンターのストールに腰を掛け、飲み物を飲んでいる女性をターゲットに、彼は卒なく情報収集をこなす。
男にも女にも、幼くも大人びても聞こえるその不思議なハルの声と巧妙な誘導尋問は、彼女たちの口を止める方が難しいくらいにスムーズに情報を引き出していく。
クーガのミステリアスでありながら無邪気な笑みも相まって、暗示にかけられたかのように聞かれてもいないことまで喋り出す始末だ。
「話には聞いてたけど、本当に荒れてたんだ。
女の子って怖ぇなあ」
「……本当だよな」
「だから黙ってろ」
違う意味で同意したライカの頭がもう一度強く突かれる。
「それにしても何で兄貴は『ミレニアムナイト』にこだわっているんだ?」
三年前の陽光女子高生たちがグループを組んで様々な悪事を働いていたことは、クーガ一味から聞いてリクも知っていた。
『ミレニアムナイト』というグループ名もその中に出てきた一つだ。
他にも色々なグループがあったはずなのに、クーガに扮したハルが女性客から聞き出したがっているのは、主にこのグループの活動についてだった。
会話を聞きながら感じた疑問をリクが口に出す。
「第六問目!!!」
「うわっ!」
積まれたモニター横にちんまりと座っていた三毛猫のぬいぐるみから、カイの声が飛んでくる。
どうやらガレージの兎同様、カメラとマイクが仕込まれているらしい。
あの眠たげなカイのどこからそんなテンションが這い出てくるのか、マイクを介して向こう側にいる彼は実に生き生きとした声を出す。
「やぁっと終わりましたぁ!
背骨バッキバキー!」
伸びをしているらしく、布ズレの音が聞こえる。
確かに以前チャットで会話をした感触を会話にしたら、こんな感じだろう。
スピーカーを介したカイのテンションに数センチ引きながら、リクが応じる。
「降谷先輩、第六問目って?」
「おやおや。
リク君、ご自分で解いたじゃないですかぁ」
言われてリクは問題を思い出す。
-----------------------------------------
ネイビス:第六問
以下の?に入る正しいコードを答えよ。
【例題】[CoCK = 26518]
【問題】[NaHHB = ?????]
-----------------------------------------
カイと初接触した印象深い問題。
ミズキと一緒に頭をひねりながら、最終的にカイのアドバイスで解いたのがもう昔の話のようだ。
「えっと確か、【Na・H・H・B】を元素番号に直して、【11・1・1・5】。
例題と同じように、出てきた数字からそれぞれマイナス一をして【10・0・0・4】。
つまり正解は【10004】だったよな」
そこまで声に出して一瞬固まり、そして理解する。
「【10004】……。
あっ! 【1000】は【ミレニアム】か!
ということは、【4】の部分が【ナイト】になるってこと?」
珍しく思考を放り投げずにリクがさらに考えを先に進ませる。
「むむ、ナイト……ナイトは英語で【騎士】か【夜】?
そっか、月夜とか言うし、【夜】で【よ】って読ませて、【4】!
【1000】と【4】で【ミレニアムナイト】か!」
問題が解けた時に広がる解放感に、リクが思わず自分で拍手をする。
ネイビスの問題は、すべて何らかの意味を持つ。
兄はそう言っていた。
第六問目の答えは『ミレニアムナイト』というグループを示していたということだ。
スピーカーからもう一つの拍手の音が聞こえる。
「リク君だいせいかいー!
第一問目の【3】が三年前という意味だと仮定したのも、この『ミレニアムナイト』とやらが活動していたのが三年前だからという訳なのです!」
そこに三年前の盗撮事件が重なって、仮定が確信に近くなったということか。
バラバラに見える要素を合わせると、一つの物語になる。
そう言っていたハルの言葉をリクは思い出した。
「で、ちゃんと解析出来たのかよ、クソオタク」
「そりゃ勿論。
誰かさんと違って、私の目は節穴じゃありませんからね!」
「誰が節穴だ、クソ野郎」
三毛猫に仕込まれたスピーカーを挟んで降谷兄弟が毒づき合う。
片方の一人称が変わるほどに人格が変貌しても、この兄弟の仲の悪さだけは変わらないようだ。
「解析って、何のことだ?」
「『Ripper』に決まってんだろ。
何のために俺とハルが命がけで城に乗り込んだと思ってんだよ」
ライカの言葉にアキが胸を張って答えるが、
「……いや、お前ら普通に逃げ帰ってきたじゃねぇか」
キングに交渉すると言いながら城に行ったくせに手ぶらで返ってきた二人、いや、ハルに至ってはパーカーすら取られて帰ってきたのをライカが思い出す。
しかし甘い甘いとアキが人差し指を振る。
「ハルが言ってたろ?
どんな状況でも何かしら持って帰って来るって。
というか多分、始めっからキングを説得する気なんて無かったからね、アイツ」
交渉とも言えない交渉を思い出してアキが苦笑いする。
無茶な要求をして、駄目と分かったら速攻帰ろうとして、キングに絡まれて、部屋の中を危険な煙塗れにして帰ってきた。
こちらからすれば目的があって黒狼の喉元まで行ったのだが、相手からしたら気紛れなハルにからかわれただけと思われたのではないだろうか。
もっとも王様だけは、何をどこまで悟っているのか分かったものではないが。
「要は城に入れればよかったのですよ。
王様に謁見すること、実はそれ自体が、ただの口実というわけです」
「城に入れればって……じゃ、お前ら何してきたんだ?」
「それがこちらです!」
ライカの疑問に答えるように、カイがバンの中にあるモニターの一つをジャックする。
クラブ内部を映していたモニターの一つがブツンと切れ、別の映像が映し出される。
映されていたのは、どこかの室内だ。
あまり映像の質は良くないが、マンションの入口ロビーであるのは見て取れる。
床や壁、柱は装飾品に至るまで、お高いホテルのように落ち着いた高級感が漂っている。
「これって……」
「本邦初公開!
黒い狼さんたちのお城の中です!」
じゃーんと腕を広げてアキが説明をする。
マイクを挟んだカイと素のアキは、結構似ているんじゃないか、と声には出さずリクは思いながら、その映像をまじまじと覗き込む。
「あれ、この場所って……」
その室内には見覚えがあった。
そう、初めてクリスの家に行き、ディスプレイだらけの監視部屋に通された時だ。
部屋の中に掲げられていた数多くのディスプレイが映し出していた大半が、これと同じ室内だった。
つまり彼らの真の目的はこちらだったのだ。
マガミに右手の甲に刺青を入れた男の情報を聞くのが、一番早い。
相当運が良ければ、それも可能だったろう。
だがまず無理だと踏んだハルは、主目的よりも予防策に重きを置いた。
それが、城に幾つもしかけられた監視カメラだ。
仕掛けたのは勿論、あの日城の中をうろちょろしていたハルとアキ。
クリスの部屋のディスプレイに目を凝らしていたハルは、自分で仕掛けた映像を見ていたのだろうと、やっと思い至る。
「へ? これ城の中か?」
「そうだぞぅ。
こっそり入り口にカメラ仕掛けておいたんだ。
あとエレベータと廊下と、その他諸々。
ついでに盗聴器も何個かね。
色々仕掛けたけど、重要なのは入り口とエレベーターね。
……ほら」
アキがモニターの一部をこんこんと警棒で軽くたたいて示す。
重なる緑色の影からの視点は、おそらく入り口付近にでも置かれた観葉植物だろう。
半分ほど隠れているが、それでも上手い具合に下から見上げるような角度で入り口から入ってくる黒狼のメンバーを映し出している。
アキが警棒の先で示したのは、通りかかるメンバーの腕の部分だ。
カメラの視点は、ちょうど歩く姿の手の位置を鮮明に映し出している。
ライカが納得したように、うんうんと首を振る。
「そういうことか。
八柄弟が言ってた、『手の甲にタトゥー』があるヤツを探すんだな」
「ピンポンピンポン!
で、ここ数日間の映像を、ずぅっとチェックしてたんですよぅ。
そしてつ・い・に!」
またモニターが遠隔操作される。
次に写ったのは、四分割されたモニターに映された静止画だ。
「右手の甲にタトゥーを持っていて、身長が一八〇センチメートル以上。
そしてガタイが良くて、なんかそれっぽいヤツ。
ヒットしたのが、彼でございます!」
「……なんか最後のほう曖昧じゃねぇか?」
アキが呆れたように呟く。
モニターには一人の男の右腕、全身、俯瞰、顔のアップが映されている。
革のジャケットの裾が少しかかっているが、右手の甲に明らかに黒い狼と爪が描かれていた。
画像はそれほど鮮明ではなかったが、その容貌は見て取るに充分だった。
「どうでしょうか、リクさん。
貴方を襲った男はこれで間違いありませんか?」
モニターの上に置かれた、ガレージよりも少し小さい城兎がリクに問いかける。
カイとは違う場所で映像解析していたクリスだ。
食い入るように四つの静止画を見ながら、リクが唸る。
もう一度見ればわかるかもしれない、となんとなくリクはそう思っていた。
だが実際は、ずっとパニック状態だったせいだろうか、記憶に自信が持てない。
自分を襲ったのはこいつだ、とそう言って勘違いだったら。
ただの疑いで関係ない人を追い詰めることになるかもしれない。
リクはそれが怖かった。
「ど、どうだろう。
似ているような気もするけど、似ていないような気も……。
ちょっと自信ないっす」
煮え切らないと分かっていたが、リクが正直に伝える。
明らかに失望したため息がバンの中に落ちるが、そんな中で新しい声がスピーカーを通して聞こえる。
「そんなに気負わなくていい」
「……兄貴?」
ジャックされていないモニターを見ると、休憩中なのか、ストールに軽く腰を掛けて優雅にグラスを揺らしている金髪美少女姿の探偵が、モニター越しに視線を投げていた。
「お前の証言だけで、そいつを『Ripper』だなんて決めたりしねぇよ。
言っただろ?
証拠集めだ。正解率を高めるための手段でしかない。
分からないなら、分からないでいい」
口を動かさずにそう言う声が車の中のスピーカーから聞こえる。
彼の手元に携帯端末があるため、おそらく同じ映像を見ているのだろう。
冷たい言い方はいつも通り。
だが、この場にいないのに的確に心中を把握するハルに、少しだけリクの心が軽くなる。
リクはもう一度モニターを見る。
自分の首を絞めた手。
ナイフを振りかぶった手。
隠れている自分に怒声を浴びせて近寄る体。
それが段々と目の前の男に重なっていく。
「間違いない、とは言い切れない。
でも、似てる、気がする」
あの廃工場の空気が鼻に蘇る気がした。
雨の音、埃の匂い、男の吐く息遣い。
「ちなみに、他にどんな条件が加わったら、『Ripper』を特定できそう?」
ハルが更に問われ、リクはその時の空気に再度浸ってみる。
蘇るのは映像よりも、音や匂いだった。
雨の音が金属の屋根に辺り反響する。
埃の匂いが充満する。
それを割くような『Ripper』の怒鳴り声や乱暴な息遣い、慣れた手つきで後ろから羽交い締めにして……。
はっと何かに気づいてリクが顔を上げる。
「匂い!
そうだ、匂いだ!
なんか、強い香水の匂いがしたんだ」
男物の香水ではあったが、爽やかな感じというよりも、底に残るようなねっとりとした感触の匂いだった、とリクの鼻が告げている。
「種類は?」
「う、それはさすがに分かんねぇけど。
でも、もう一度嗅げば、絶対に分かる」
『Ripper』に後ろから羽交い締めにされた時、一番近づいた時に残った印象がそれだった。
それだけは確信を持って答えることが出来る。
「もう一度、ね。
……カイ、この男の素性は?」
ハルの問いかけに、三毛猫のスピーカーからがさりと紙束をめくる音がする。
「えーとですね。
陽光学園三年生、武井崎大輝。
成績は三年間通して下の下。
一年前に黒狼の武闘派幹部にスカウトされて、そのままメンバー入り。
腕っ節は文句ないのですが協調性がなくキレやすく、仲間とも何度かいざこざを起こしています。
あとは、あれ?
今年で二十歳ですねぇ。留年かな?
二年前にこの街に来たみたい」
「腕っぷしが強くて、協調性が無くてキレやすい、か。
ハルが言ってた人物像と近いな」
こんこん、とモニターに映った男をアキが警棒で突く。
映像を見つけるばかりか、その人物の名前や特徴などを調べあげている様子から、なるほど、わざわざ王様に謁見してまで情報提供をしてもらう必要は殆ど無かったわけだ、とライカが納得しながらも疲れた顔でため息をつく。
「武井崎大輝。
武井崎大輝……。
たけいざきだいき、タケイザキ、ダイキ」
「あ、兄貴……?」
口になじませるように、ハルが何度も名前を口に出す。
顔が見えないせいか、まるで呪詛のような冷たさがその名前にこびりつくようだった。
ぞっとするような声が途切れた後、いつもの調子で意外なことを口にする。
「あのさ。
その武井崎君とやら。
今、俺の目の前にいるんだが」
「へっ?」
数人が同じような間抜けな声を出す。
その中の一人であるリクがスピーカーに詰め寄る。
「り、『Ripper』が?
クラブの中に?
いつから?」
「まだ『Ripper(仮)』だ。
クラブの中、カウンターでビールを飲んでいる。
時間的には十三分前から」
「ま、ま、間違いないのか?」
「あぁ。
写真と見比べてるけど、間違いない」
アキがカメラを遠隔操作して、ハルのいるバーのカウンターあたりを探す。
すると見覚えのある黒い革ジャンの男の背中がリクの目に入った。
俯瞰視点のため顔は映っていない。
ハルが言っていた通り、遂に『Ripper』が姿を現した。
彼は手元に置かれたビールを舐めるように飲みながら、誰かを探すようにじっとホール内を窺っている。
リクの心臓がどくんと音を立てる。
ハルは証拠集めと言った。
つまり証拠はまだ不十分なのだ。
もし自分が動くことで、その証拠が一つ埋まるのならば。
そうすることで、ネイビスに終止符を打てるのならば。
もう誰も傷つかないならば。
リクが恐怖を抑えるように唇を噛み、こくっと喉を鳴らす。
「兄貴、俺今からそっちに行く」
「へ?
何言ってるの弟くん! ダメだって!
一度顔見られて……るかどうかは微妙だけど、バレたらヤバイよ」
「そうだぜ。
向こうは喧嘩慣れしてるみてぇだし、近寄んねぇほうがいいぞ。
兄貴に任せとけ。
アイツなら三回くらいなら死んでも大丈夫だから」
アキとライカが止めようとするが、リクは頭を振る。
「この中で匂いを断定できるのは俺だけだ。
香水とかってあまり変えたりしないんだろ?
もし今日も同じものつけてたら、俺は確信持ってアイツが襲ったやつだって言える」
「そ、そりゃそうかもしれねぇけどよぉ」
事件を終わらせたい。
その願いは以前からずっと一緒だった。
だが前は、それ以上にハルへの確執や焦りが先行し、そして彼ごと巻き込み失敗した。
でも今は違う。
役にたっても立たなくても良い。
なんでも良いから、協力したかった。
弟を傷つけまいと、見えない場所で画策し続けて行動していたハルのように。
認めてくれなくても良い。
何かしなければならないと、リクは強く感じていた。
「……兄貴」
いつものように駄目だ、と言われた時のための口答えの準備をしながら身構えたが、スピーカーからは短い指示が飛ぶ。
「ピアスを外して帽子をかぶれ」
「え?」
ぱちくりとリクが目を瞬かせるが、ハルはそのまま続ける。
「あの暗い廃工場の中で認識できるとしたら、大体の体格と顔のピアスくらいだろう。
体格は仕方ないが、ピアスは外せ。
顔は見られないように帽子を被れ。
……アキ、持ってきてるだろ?」
ハルの指示に、アキが頷きながらつばが長い帽子を運転席の下からごそごそと取り出す。
クラブで被っていても違和感がない、少し薄汚れた迷彩柄だった。
「兄貴、いいのか?」
特に反対もせず許可したハルに対し、逆に不安になってスピーカーの前に屈みこむ。
「また暴走されたら、こっちの身が持たねぇんだよ。
マズそうだったら俺がフォローする。
心配するな」
頼りない弟を背中に隠すようにして守っていたハルが、そう言ってくれたことがリクには嬉しかった。
後ろにくっついているだけではなく、隣に並び、そして共に目指す方向に向かって歩いているような気がした。
「うん、ありがとう、兄貴!」
「途中でダメだと思ったら、スグに切り上げろ。
いいか、くれぐれも、慎重に、な」
言い聞かせるように短く切りながらハルが念を押す。
リクは「うんうん」と兄には見えていない頭をブンブンと振って、帽子を深く被った。




