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6-5

「『クーガ』っていうのは、昔から俺が使っていたハンドルネームの一つ。

 今は仲間内で共有しているけどな」


 ハルははちみつ色のウィッグの毛先を指で梳きながら、いつものフラットな口調で言う。


「クリスが言うには……何だったかな。

 『日本の文化に憧れて来日し、溢れる好奇心のままに探偵業に手を出したヨーロッパ出身の上流階級お嬢様』とかって、コンセプトだったかな?」


 外国人の日本文化についての誤解も相当だが、日本人の外国文化の捉え方も大概だよな、とそのどちらでもないし、そのどちらでもあるハルが続けざまにぼやく。


「今はもう、チーム名みたいなもんだよな、『クーガ』って。

 ハルと俺と、馬鹿オタクとクリスと女狐」

「誰がメギツネよ、馬鹿ネコのクセにー!」


 後部座席を全て取り払った大型のバンの中で、ハルがクーガについて説明をし、アキが補足をしたところで運転席からリサが頬を膨らませて怒鳴る。


 カイとクリスは映像分析のため、それぞれガレージと自宅で待機。

 ミズキはモデル仲間に高校生ということが知られているため、げっそりとした顔で「クーガたん……」と呟きながら家に帰っていった。

 同じくげっそりしているライカと、どことなく上機嫌のリクが助手として共にバンに乗り込んで移動している。


「コードハントの掲示板とかチャットにいた『Quga』は、兄貴たちだったってことでいいのか?」

 

 『Quga』はコードハントの舞台に不意に現れてはプレイヤーにヒントを与えたり、リクたちにコンタクトを取っていた。

 その問いに、肩にかかった金髪を弄りながらハルが頷く。


「多分お前が言っているのは、ほとんどがリサだな。

 たまに暇なカイやクリスの時もあっただろうけど。

 掲示板に書き込んだり、お前にチャットで話しかけるよう指示していたからね。


 掲示板では『Ripper』を煽ること。

 他のプレイヤーにヒントを与えて辞めさせないこと。

 そしてお前には釘を差しておけと指示した。


 ……あぁそうだ、リサ。

 もう少しオンラインクーガのキャラ抑えてくれねぇかな。

 古馬さんにギャップ指摘されてちょっと焦ったぞ」


 ハルが病院で会っていたシノの反応を思い出して忠告する。

 あのチャットのテンションで演技できなくもないが、しなくていいならしたくはない。


「だってカイにゃんもマイク向けるとハッスルするでショ?

 だから真似してミタの」


 とボスの言葉に悪びれもなく、リサが歌うように言う。


 そして顔だけリクに向けて、


「ワタシはコーホータントーとジョーホーシューシュータントーなのよー。

 あとねー色々作って、ハルにゃんのサポートする、お医者サンなのよー」


 広報担当と情報収集担当、ということを怪しいイントネーションで楽しげに付け加える。

 色々作って、という部分については何となく聞かない方が良い気がして、リクは納得した振りをする。


 『Quga』、そしてクーガの正体については分かったが、ならば尚の事の疑問が出てくる。


「でもなんで、クーガの事を黙ってたんだよ。

 ゲームに参加してたことも。

 俺に言ってくれれば、色々協力できたかもなのに」


 なぜか兄はコードハントに参加していないと思い込んでいたリクが首を捻った。

 実際は考えてみれば、彼または彼らがコードハントに参加していたと考えた方が筋が通る。

 かつてカイが『Furiya』として掲示板に現れた時、『とある方のサポートをしている』と発言している。

 そしてハルたちは陽光生でもないのに、コードハントの問題を難なく手に入れているのだ。


 事件を追うために自らゲームに参加したという理屈は分かる。

 が、そのゲーム内で『Quga』というキャラクターが行った様々な行動に、リクは疑問を覚えていた。


「理由は色々ある。

 例えば、どうせ襲うならば、他のプレイヤーではなくて手っ取り早く『Quga』に噛み付いて欲しかった、とかな」

「でも一番は、やっぱり弟くんが心配だからだったんだけどねー」


「俺?」


 レースに隠れた細い指を組みながら答えるハルの横から、アキが意外な事を口走る。

 聞き逃さなかったリクの反応に、ハルがアキを横目で無言のまま睨む。


 『Quga』の行動の一番の目的がリクを守るため、とはどういうことか。

 説明を求めるリクと無言の圧力を送るハルに挟まれ、アキがじりじりと座ったまま後退する。


「も、もう別にバレちゃったんだからいいじゃん!」


 アキがまだ話していないのにハルに弁解すると、彼は黙って目を逸らす。

 話す許可が下りたようだ。


「弟君はさ、脅迫されてもネイビスを辞める気なかったじゃん?

 でもネイビスのプレイヤーはどんどん減り続けていた。

 人数が減れば減るだけ、ゲームを辞めることの出来ない弟くんたちに『Ripper』が目を向ける可能性が高くなる、だろ?

 

 だから『Ripper』たちの目を『Quga』に引きつけておいて、さらにプレイヤーの絶対数を多くすることで、弟くんたちがなるべく安全地帯にいられるようにしてたって訳なの」

「……兄貴」


 『Ripper』や『BlueButterfly』のターゲットを『Luis』から逸らすため、伝説の女王探偵はネイビスに参加してプレイヤーや切り裂き魔を煽っていたようだ。


 アキが今言わなければ、きっとリクはそんな兄の行動や気持ちに気付きもしなかっただろう。

 隣りに座ったリクから感激した視線を投げかけられ、ハルが小さく舌打ちをする。


「仕方ねぇだろ。

 ゲーム辞めろっつっても辞めねぇし。

 ただでさえ目立つってのに、警戒心ゼロの間抜けな行動ばかりするし。

 顔も知らねぇプレイヤーに騙されて、ピヨピヨぴよぴよ敵の懐に突っ込みやがるしな!」

「へ、へへへー」


 全て記憶に新しい。

 どうやらリク自身が知らぬ所で、兄はさんざん気を揉んでいたらしい。

 さすがにバツが悪く、リクが頭をかく。


 それを見ながら、ハルがあぐらをかいて、脚に肘を乗せて頬杖をつく。

 そのまま下からリクを見上げ、


「俺はお前が、『Quga』の正体が俺だと、気付くと思っていたんだけどな」


 そんなことを言う。


「へ? なんで?」


 リクが目を丸くして問い返す。

 実際は『Quga』の正体は今の今まで謎のままだったし、本物のクーガについても露程も気づかなかった。

 それなのに兄は、普通は気づいて当然だとでも言いたげに、人差し指をリクに向ける。


「お前、自分のコードネーム、俺が昔教えた方法で作ったんだろ?」


 『Luis』という名前について言っているのだろう。

 そう、確かにかつて兄に習った方法だった。

 いつだったかミズキに説明をしようとして全然聞いてもらえなかったが。


 リクは顎に指をあてて、『Luis』という文字列を作った過程を思い出す。


「うん。

 俺の名前はアルファベットで『RIKU』。

 その子音だけを、AならB、BならCみたく一つずつ下げると、『SILU』。

 それをえっと、ア、アナグマ……?」


 ミズキに聞いた、基本的な暗号解読方法の一つの名前が出てこないようだ。

 弟の記憶の蓋を兄が開けてやる。


「アナグラム。

 文字を並び替えて、出来たのが『Luis』」


 『RIKU』から『SILU』、『SILU』から『LUIS』。

 リクのコードネームはこのようにして作られた。

 兄の言葉にリクは嬉しそうに顔を輝かせる。。


「そうそう!

 ……あれ? もしかして兄貴も?」


 兄が言っていた、「気が付くはず」とはこのことだろうか。

 つまり、リクが『Luis』となったのと同じ理屈で、ハルも『Quga』となった、ということか。

 ハルはリクに向けた指でくるりと宙に円を描く。


「同じだけど、逆」

「逆?」


 リクが首を傾げる。


「お前は子音を一つ下げたが、俺は上げた。

 つまり、『HARU』から子音を上げて『GAQU』。

 並び変えたら『Quga』、だろ?」


 そう説明されたリクが指を使って数えながら、頭のなかでアルファベットを並び替える。

 幼い頃にハルがリクに教えた方法だ。


 アルファベットをAからBに、BからAにと移動させるのも、アナグラムも有名な暗号の作り方。

 だけど全ての文字を移動させると、数少ない母音がなくなってしまう。

 下手すれば子音だけとなってしまって名前のようにならないから、動かすのは子音だけ。


 そうやって二つの暗号を組み合わせたのが、『Luis』と『Quga』だ。


 リクが嬉しそうに拍手しながら兄の顔を覗き込む。


「あ、本当だ! おそろいだな!」

「だから言わなくても、すぐに分かると思ったんだ。

 なのにいつまで経っても『誰だこいつ』みたいな反応してやがるし、実際に目の前に現れてやっても全然気づきもしねぇ」

「……うへへー」


 明るい顔の弟とは逆に、顔を顰めるハル。

 それは色々と仕方ないよ、あの格好だもん。とアキが心の中で呟いた。


 ハルが手を顔の前で振って、この話題はこれで終わりだと示す。

 確かに弟のぼんくら具合を嘆いたところできりがない。


 事件についての話題に戻す。


「それでリク、古馬信乃の資料は読んだか?」

「あぁ、うん。

 でも本当なのか? 

 三年前にも、まったく同じ女子トイレの、あの場所で盗撮事件が起きたって」


 ハルがシノから聞いてきた三年前の事件を思い出す。


「間違いないよ。

 あの貯水タンクの蓋、欠けてたでしょ? 

 ハルと二人で現場確かめに行ったけど、一度埋められた跡があったんだぜ。

 最近になって、その埋めたところが削られていたんだ」

「埋めた場所はかなり脆かったから、削り取るのもそれほど苦ではなかっただろう。


 埋められた跡から推測すると、今回と同じように、個室入り口を監視するような角度でカメラが仕掛けられていたみたいだな

 もっともカメラが同じならばの話だが」


 アキとハルの説明を聞きながら、なるほどな、と思うのと同時に、男が二人で他校の女子トイレ篭って何やってるんだ、とリクが突っ込みたくなる気持ちを抑える。


 ハルが再度リクの顔を覗き見る。


「リサが調べてくれた三年前の事件の中に、『職員による盗撮』ってのがあったからな。

 調べてみたら、その責任を負って辞めさせられたのが【古馬雅紀】という用務員。

 そして今回の第三の被害者が【古馬信乃】。


 ……なぁ? だいぶ見えてきただろ?」


 シノの証言と、今ハルが述べたこと。

 このことから何か分かるのか、リクに問うているようだ。


 しかしリクは


「いやごめん兄貴、全然分からない」


 正直に、真顔で頭を振る。

 だがその答えにはそれほど気分を害さず、むしろ自分が今着ている慣れぬドレスの方が気に障るのか、ハルがもぞもぞと腕を動かしながら説明を続ける。

 どうやら胸のパットがずれているようだ。


「ちったぁ頭使って考えみろ。


 三年前の様々な事件。

 コードサーチの場所の共通点。

 そこに仕掛けられたカメラ。

 三年前に同じ場所に仕掛けられた盗撮カメラによって学校を追われた用務員。

 そして今回襲われた、その用務員の娘。


 なぜ今になって、三年も前の事件が問題になってきているのか。

 『Ripper』の焦り、『BlueButterfly』の思惑。


 そして、ネイビスのディーラーの本当の目的は何か」


 彼は上目遣いでリクを見上げ、次々にそう問いかける。


「一見バラバラに見えるだろうが、こいつらを根拠付けて繋いでみろ。

 そうすれば、自ずと一つの物語が見えてくる」

「物語……」


 静かなハルの目を見て、あぁ多分、この人の中では既に物語の大枠が出来ているんだ、と直感した。

 あとはその中身を精査しながら詰めていき、必要があれば枠を取り払って別の枠を加える。


 兄は『あの日』からずっと、憑りつかれたように切り裂き事件を追ってきた。

 その中の幾つもに対し、今回のように物語を再現してきたのだろう。

 クーガとして解決してきた事件も、このように物語を作りながら解決してきた実績なのだ。


「……まぁ、必ずしも見えればいいってものでもないけど」

「え?」


 下を向いて呟いたハルの言葉の意味を図りかねてリクが見下ろすが、なんでもねぇ、と一言だけ返ってくる。


「ハルにゃんにゃん。

 そろそろ着くノヨ」


 運転席から歌い出しそうな声が聞こえると、ハルが軽く顔を上げる。


「分かった。

 アキ、お前はカイやクリスとここの中継。

 リク、お前には後からカイが指示を出す。


 それからポチ……おい、どうした」


 てきぱきと指示を出していたハルの指が、ライカに向けられて止まる。


 そういえば彼は、数時間前のクーガショックから声を発していなかった。

 まるでバンの壁に打ち捨てられたゴミのようにもたれかかっているライカに向かって、ハルが大きく舌打ちをする。


「おいこら犬野郎。

 てめぇ仕事だってのに呆けてんじゃねぇよ、クソが」


 小さな薔薇があしらわれた羊革ブーツの靴底にある高いヒールが、いつものようにライカの上に落ちようとする。

 が、いつもとは違う、きっとした表情をライカが向ける。


「やめなさい、スカートで!!」

「……お?」


 父親のような顔でライカが本気で怒鳴る。

 そのままぐわっと立ち上がると、まるで年頃の娘に説教するかのように、指を指して怒鳴る。


「クソとか言うな!

 脚を上げるな!

 舌打ちするな!

 胡座もかくな!

 さり気なく胸パットの位置を直すな! 


 お前はクーガだ!

 クーガなんだ!!

 八柄じゃねぇ!」


 最後の方は自分に言い聞かすかのような口調だった。


「あー……よっぽどショックだったんだね」


 見目麗しき美少女が、悪魔のような男だった。

 ライカはその事実を、まだ受け入れていないようだ。

 苦笑いしながらも愉しそうにアキが言う。


 ライカ自身、髪の毛を変えるだけで印象ががらりと変わり、そのお陰で捜査がしやすくなるというのは実践済みである。

 それを教えたハルが同じ事をしていても、なんら不思議ではない。


 不思議ではないのだ。

 それでも納得できない何かが彼の頭を掻き毟らせる。


 手が届く場所にいる美少女は、決して手を振れてはいけない悪鬼悪霊の類。

 そのジレンマか、ただの煩悩か。

 言い表せない何かが、ただただ思春期の少年の心の中でせめぎ合っているようだ。


 ライカはバンの壁の方を向いて両腕を付き、悔しそうに呻く。


「ちくしょう! 男の敵め!」

「俺は男だ」


 嘆くライカに、ハルが冷静に返す。


「黙れ!

 くそ、もうぜってぇ女なんて信じねぇっ!」

「俺は男だ」


 さらにもう一度。


「あぁあうるせぇっ!

 うがぁあぁあああああ!」


 ついにブチ切れたライカがハルに襲いかかる。


 が、薄いシルクのスカートの下から伸びたハルの左脚が鞭のようにライカの脇腹を捉え、よろけた彼の脳天をハルの肘がピンポイントで撃墜する。

 いつもどおり地面に這いつくばったライカの頭の上に、可憐なあしらいのブーツが収まる。

 そして、


「ポチ、お前はここで待機。

 周りのフォローだ。

 何かあったらお前が盾になって、死んでもいいから全員を逃がせ。


 ……返事は?」


「……わん」


 踏みつけられた後、さらに上半身の体重を乗せて、ハルが命令を下す。

 クーガスタイルのまま無表情でライカを見下ろす様は、まさに女王様そのものだった。


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