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5-4

「マガミの……いや、城に行く前に、リサのところで情報とアレを仕入れておくか」


合同ガレージ会議の後、早速ハルとアキはこづかクリニックに訪れていた。


 いつものように客の入らないクリニックの扉を開けると、無表情の受付嬢がロボットのように頭を垂れたまま、彼女の雇い主の居場所を手で示す。

 それに従って診察室の一つを覗くと、クリニックの主であるリサが白衣のまま、診察台でいびきをかきながら昼寝している姿が見える。

 艶やかなピンク色の唇を子供のように開けて無防備に眠りこける彼女の姿に、アキの頬がぴくりと引き攣った。


「起きろ雌狐ぇ!

 てめぇ、社会人舐めてんのか!」

「……お前、学生だろうが」


 枕返しをお見舞いしながら叫ぶアキと呆れたハルの声が、寂れた病院内に響いた。




「ハルにゃんの言う通り、三年前の陽光学園、調べたヨ!

 偉い? エライ? エライでしょー?」


 診察台に腰を掛けたまま、褒めて褒めてとばかりに、リサが頭をハルに擦り付ける。

 ハルは呆れた顔のまま、サラーサにでもするように、透き通るほどに薄い金の髪を軽く撫でる。


「調べたなら、さっさと報告しろよ。

 こっちは暇じゃねぇんだ」

「バカにゃんこは引っ込んでなさい。

 ワタシはハルにゃんとお話ししてるの」


 二人を見ながらアキが苛立ったようにつま先で床を打ち、そんな彼に向かってリサが舌を出す。


「んだこら!」

「なによぅ!」


 いつものように仲間の不毛な展開を察知したハルが、少し尖らせた口元に人差し指を立てる。


「少しは静かにしろよ。一応ここは病院だ。

 ……ほら、あそこで凶器を構えて戦闘態勢に入ってる奴がいるぞ」


 その指で指された細く開かれた入り口からは、クリップボードを縦に構えた受付嬢が、殺気もなしに静かに佇んでいるのが見えた。

 過去に何度もそのクリップボードの角を商売道具の頭に食らっているリサは、頬を膨らませながら報告を始める。


「いいもんいいもん。

 ハルにゃんが次に来た時、メッキリ甘えるんだモン」

「メッキリという日本語はそういう使い方をしない。

 ……それで、分かったことって?」

「ウン。三年前の事件についてネー。

 三年前の陽光学園は、モノ凄く荒れてたのネ」

「荒れてたぁ? 今よりもか?」


 診察用の椅子に腰を落ち着けたアキが問うと、リサがしかめ面で何度か頷く。

 その場にいなかったのに、まるで当時を経験したかのような顔だった。


「ソーヨ。

 暴行、恐喝、麻薬に援助交際、虐めに自殺。

 心も体も、今よりボロボロな学生達が多かった時代ナノ。

 生徒だけじゃないみたいネ。

 学校の職員による盗撮やら不貞行為やら不倫やらってのも、この時期にあったみたいヨ?」

「今もあまり評判が良いとはいえないが、それ以上に、か。なるほどね」


 ハルが腕を組んで納得するのを見て、アキが何かを思い出したように笑う。


「ま、今は全く方向性の違う問題児が一名、学園の平和をかき乱してるけどな」


 彼が言っているのは、機械と電波に目がない彼の兄のことだろう。

 ケケケと愉快そうな顔を見せる。


「警察も病院も、『また陽光か』ミタイな対応だったみたいヨ。

 街の中も、今より悪い子たちで溢れてたんだって。 

 何だかワルが格好イイ、ミタイな風潮がたっぷりぽってりってカンジ」


 それは今も、それ程変わっていないだろう。

 『ワル』の対象が黒狼に極端に絞られている、という違いはあるが。


「その中でも特徴的な事件とかはなかったか? 

 警察沙汰に発展したり、世間で騒がれるようなもの……。

 ……いや。

 いや、違う」


 言いながら、ハルが考える。

 そして、少し黙った後で、


「警察沙汰になったのに世間ではあまり騒がれなかったり……。

 事件そのものは起きたのに、あまり表沙汰にならなかったような出来事だ」


 そう言ってリサを見ると、視線を上に向けて彼女が思い出す。


「んー……そういえば、ちょっと不思議ナンだけどね。

 当時、麻薬とか援交とか、そういう絡みの事件が組織立って横行してたいのに、ナンデか暴行事件とかと違って、個人情報はあまり表に出て来なかったノヨ」

「組織立ってって、どういうことだよ?

 高校生がグループ組んで麻薬取引やら援交してたってのか」


 アキが問うと、


「そそ。

 援交集団ってだけのくせに、イッチョーマエにチーム名まで付けちゃってネ。

 ナンテ言ったかな?

 ……えっと、メモメモ……あ、これこれ。

 代表格は、『ドリーマーズ』、『ミレニアムナイト』、『レッドティアラ』、『大奈舞都火紅死』ってチームね。

 ちなみに最後のは『ダイナマイトピクシー』って発音するンダッテ」


 つらつらと当時の女子高生グループを挙げ連ねていったリサの言葉の最後で、思わずアキが咳き込む。


「『するンダッテ』じゃねぇよ! おかしいだろ最後! 

 笑いか? 笑いに走ったのか!? ちゃんと真面目に非行に走ってくれよ!」


 三年前の女子高生のセンスに、アキが椅子から立ち上がって突っ込む。


「『大奈舞都火紅死』は全員が外国留学生だったんダッテ。

 漢字はねー格好イイのよー。

 ロマンなのよー」

「外国人受けいいよな、漢字って。

 日本人より漢字に詳しかったり、読み方に拘る外国人いたりするくらいだし。

 俺の母親もそうだったぜ。

 おかげで俺は面倒な目にあったがな」


 完全外国人なリサと半分外国人なハルが、感慨深そうに頷きあう。


「……えぇーそこ分かりあっちゃうんだ」


 仲間外れにされた純粋日本人のアキが、どこか納得いかない顔で椅子に座りなおす。


「ま、そんな感じで、頭とお股は緩いけど結束の固い援交集団や麻薬集団が、陽光に数グループあったワケ。

 ハルにゃんがいうような事件性のモノについては……。

 ソウネ、いくつかあったワ」


 リサが携帯端末を操作して、調査メモを幾つか開く。

 大小さまざまな事件から、当てはまりそうな事件をピックアップする。


「援交や麻薬関係だと……。

 例えば、仲の悪いケツ持ち暴力団をバックに持った二つのチームが、イザコザの果てに殺傷事件にまで発展して、その結果、暴力団抗争にまでなった事件トカ?

 この事件で、援交グループの存在が明るみになったようネ。

 他には、チームに入っている彼女を辞めさせようとして、バックのヤクザに刺された彼氏君の事件トカ。

 チームを抜けようとした数人の女子が襲われて、重傷人が出た事件トカ。

 チームに入っていることを告発されて、学校をやめさせられた事件トカ、その恨みで刺した刺された事件トカ……。


 ここまで事件が多くなると、人が刺されてるのに大きい事件なんだか小さい事件なんだか、よく分からなくなっちゃうネー」


 困ったワー、とリサが物憂げなため息とともに、指を頬に当てる。

 彼女の言う通り、麻薬や援助交際だけでも十分事件性があるというのに、それを巡る事件がさらに多種多様大小様々であり、多少の傷害事件ならばよくあること程度とさえ捕えられそうだ。

 それだけに瑣末な部分の情報まで取り込もうとすると、絞り込むのが相当難しい。


「今言ったのは、全て三年前の事件か?」

「ソーヨ。

 一応今言ったのも言ってないのも、全部ハルにゃんに送信しとくネ」

「あぁ、頼む」


 リサが慣れた手つきで端末を操作をしている間、アキがずっと思っていた疑問を口に出す。


「なぁハル?

 なんで三年前の事件を調べているんだ? 

 前の黒狼切り裂き事件についての関連性は分かったけど、こっちは一体どういう関係があるんだよ」


 この疑問は前にクリニックに来た時も口にしたが、結局今の今まで分からなかったらしい。

 受け取った情報に目を通すハルは、アキのほうを見もせずに告げる。


「お前はもう少し頭を使ったほうがいい。

 第二問と第五問が、黒狼切り裂き事件に関係する問いかけならば、他の問題も同じように何かの意味を持つ、と捉えるのが当然だろう?」

「そう、なの?」


 ピンとこないのか、アキが曖昧に首を傾げるのを、ハルは横目で見る。

 だがその視線はすぐに携帯端末の画面に戻る。

 どうやらまだ答えはくれないようだ。

 自分の端末を操作しながら、ハルは静かに言う。


「このコードハント:ネイビスは、最初から不自然だった。

 賞金の額。

 『Ripper』の存在。

 突如湧いて出た『BlueButterfly』。

 学園外にまで広がるコードサーチ。

 ……他にも不自然の点があらゆる場所に散らばっている。

 だがもっとも不自然なのは、負傷者を出してまでもゲームを続行しようとする、ネイビスのディーラーの存在だ。

 コードハントの問題と答え、不自然な点の数々、違和感の正体。

 謎は全て、ネイビスのディーラーに集約される」


 不自然、違和感。

 事件の当初から、ハルはこの言葉を口にしていた。

 ただ付き従っていたアキにしてみれば、そもそも何にそれほど不自然と違和感を覚えているのかすら分からない、という状態だ。

 思考を放棄しかけたアキに、ハルは謎を解く取っ掛かりを与える。


「アキ、俺は別に難しいことは言ってないよ。

 前に俺がガレージで言った、黒狼事件を思い出してみろ。

『Ripper』がプレイヤーを襲う理由は、問題を解こうとする彼らを排除することで、自分の事件が暴かれるのを恐れたから。

 ならば逆に考えろ。

 ディーラー側の目的は?

 プレイヤーが負傷するだけではなく、自分の正体が暴かれることで『Ripper』や『BlueButterfly』の餌食になる可能性すらありながら、未だゲームを続行しようとするディーラーは、一体何を考えている?


 ……ほら、簡単だろう?」


 いつかハルは言っていた。


 『Ripper』も『BlueButterfly』もネイビスのディーラーも、目的は金ではない、と。

 『Ripper』が切り裂き事件を起こす目的が事件を『覆い隠したい』、ということだとしたら。

 ネイビスのディーラーの目的とは、その全く逆ということになる。

 問題を解かれることにより、何らかの事件を『暴こう』としている。


 黒狼事件の第二問と第五問だけではない。

 ハルの言葉をそのまま捉えるならば、コードハント:ネイビスの全十問の問題とは、すなわち……。

 

 アキは自信無さ気に、達した結論を口に出す。


「コードハント:ネイビスは……ディーラーによる、犯罪の告発?」


 正解だ、ということだろうか。

 視線も向けずにハルは指を鳴らし、そしてその指をアキの方に向けた。


「そういうこと。

 ネイビスの問題は、おそらく全て、何らかの事件に関係しているはずだ」

「第二問と第五問以外の問題は、別の事件っていうこと?」

「黒狼事件関係の問題は第二問と五問以外にもあるかもしれないが……。

 今持っている情報とネイビスの答えを組み合わせると……そうだな。

 とりあえず第二問と五問以外の問題は、別事件についての告発だと、俺は考えている。

 そしてその別事件と深く関わっているのが、『BlueButterfly』だ」

「あ、そっか!

 だから、『BlueButterfly』はネイビスで一位になれたのか!

 『Ripper』の事件現場が問題の答えだったみたいに、『BlueButterfly』の事件の情報がネイビスの答えだったから、当事者が一番答えに近い場所にいるんだもんな!」


 アキの答えに、ハルが向けた指で丸を作る。

 どうやらアキには珍しく、満点に近い回答だったようだ。


「へへー。俺だって、やればできる子なんだぜ!

 でもさぁ、なんていうかさぁ、やり方が面倒くさいっていうか、回りくどくない?

 わざわざゲームに参加して、問題解いたりプレイヤー潰したり、もっとこう、ワッとやってドカンってやればギュッってなるような感じなんだけど」

「馬鹿にゃんこは語彙が貧相ネー」

「うるせぇ」


 直情型のアキには、切り裂き魔たちの行動に疑問があるようだ。

 擬音語でそれを表現しようしてしきれていないのを、キーボードを弾いていたリサが嘲笑しながら横目で一蹴する。


 そんな彼らに、ハルはいつものように機嫌の良し悪しが分からない声で説明を付け足す。


「お前が不自然に感じるのはもっともだ。

 犯罪の告発を防ぐためにネイビス自体を潰すだけなら、『Ripper』にせよ『BlueButterfly』にせよ、それほど難しいことではない。

 手っ取り早く大き目の事件を起こして、教師や警察にコードハントのサイトやネイビスのことをチクりゃいい。

 それをしないのは、いや、できないのは、彼ら二人にもディーラーの本当の目的が分からないからだ。

 ディーラーは確実に彼ら二人の犯罪を知っている。

 それなのに、直接脅すのではなくゲームという形で不特定多数に罪を告発している。

 ネイビスを潰してしまえば、そんなディーラーが自分たちの犯罪を知ったまま行方をくらませてしまうことになるんだ。

 そうなったら次にどんな形で、ディーラーが彼らの罪を暴露しようとするか分からない。

 だから今、ゲームに参加して優勝するか、ディーラーを探しだして潰すしかないんだ」


 なるほど、とアキが納得しながら、黒狼事件とは違う別事件について考えてみる。


「『Ripper』の事件が切り裂き事件だったってことは、『BlueButterfly』の事件も、やっぱり切り裂き事件なのかな」


 彼にとっては、単純で小さな一つの疑問だった。

 だが、それはハルにとって、この事件に関わる上で最も重要なファクターの一つでもあった。

 友人の眼の色が少し変わるのを見て、アキは遅まきながらそれに気付く。


「切り裂き事件かどうかは定かではないが、その事件がディーラーにとって黒狼切り裂き事件と同等かそれ以上に重大なものであったことは間違いないだろう。

 俺にとって大切なのは、そこだ」


 コードハントという、ただのゲームにハルが固執する理由。

 違和感と不自然から感じ取った、彼にしか分からない匂いにも似た感覚。

 その第六感とも言うべき感覚に充てられたのか、アキは背筋にひやりとしたものを感じた。


「ディーラが固執する事件が一体どういうものか、それを残りの問題から探り出す。

 ……『Ripper』、そして『BlueButterfly』……」


 ふと、ハルが言葉を止める。

 端末に視線は落としたまま、だが、その目には先程までとは違い、僅かに光を帯びていた。


「『そういう類』の人間は、一人も逃さない」


 当然の義務のようにそう呟くハルに、アキは言葉を投げかけようとして、そして何も言わずに下を向いて口を噤んだ。

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