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5-5

「……やっぱり、兄貴は俺のこと嫌いなのかなぁ」


 ガレージの内で、リクが分かりやすく拗ねた声で愚痴る。


 ハルとアキがクリニックと城に赴いている間、降谷家のガレージではリク・カイ・ライカの留守番組が各々好きなペースで事件について思考を巡らせていた。

 連日バイトを休んでいたミズキは今日から出勤したが、暇を持て余したリクは降谷家のガレージで事件の資料を片手間に読んでいる。

 彼のぼやき声に反応したのは、和室空間のちゃぶ台に頬杖をつきながらノートパソコンのキーを片手で叩いていたカイだった。

 あぐらをかいた足の上をサラーサに占領されたままの状態で、彼はふと顔を上げる。


「調査、置いていかれたこと?」

「それもあるけど、なんとなく余所余所しいんですよねぇ」


 兄に対する不満を、リクが口にする。

 鬼の居ぬ間にハルの高級ソファを陣取って寝転がっていたライカも、なんだなんだと頭をあげる。

 前日、彼もミズキと一緒に、八柄兄弟の過去の話は聞いていた。

 ただのプレイヤーから切り裂き魔の手先に、そこから一変して事件調査隊に加わった遍歴を持つライカとしては、事件と同じくらい、ここのメンバーの内側についても謎だらけだった。

 

 リクのぼやきは止まらない。

 

「協力してくれるし、前よりも話は聞いてくれるけどさ。

 でもやっぱり四年前とは違うなぁって。

 昔はもっと優しかったっていうか、やんわりしてたっていうか……」


 あの事件よりも前の関係に、すぐに戻れるとは思ってはいない。

 それは分かっていても、兄との間に存在する壊し難い壁を感じる度に、息が詰まりそうだった。


「俺にゃ、あの冷血鬼が優しいお兄ちゃんだったって方が、信じられねぇけどな」


 自分で口に出した『優しいお兄ちゃん』なハルを想像して、ライカが気持ち悪そうに口の端を曲げる。

 それを見たリクが口を尖らせて反論する。


「んな事ないっすよ。

 いつも俺のために、すげぇ美味いご飯作ってくれて、その上掃除洗濯なんかの家事も完璧だし。

 イベント事なんて、クラスメイトのヤツが羨ましがるほど豪華にしてくれてさ。

 俺が調子が悪い時は、ずっとずっと、傍で看病してくれてたこともあったし。

 あと、歌とピアノが凄く上手くて、テレビで見た曲とかを即興で演奏してくれたりさ。

 それから、それから……。

 はぁぁ……挙げたらキリがないくらい、優しかったのに」


 リクが兄のことを喋るたびに、ライカの顔が更に顰め面になっていく。

 彼の話すハル像が、どうしてもライカのそれと結びつかないのだ。


「……えっと悪ぃ、誰の話だ?」

「だから、兄貴」

「なるほど、お前兄貴が二人いるのか」


 ライカは遂に最終手段として、ハル以外の兄を作り出すことで事なきを得ようとしたようだ。


「え? いや、今は確かに兄貴は二人いるけど。

 でももう一人は、今世話になってる家の兄貴っていうか、従兄弟だよ」

「きっとそいつとごっちゃになってんだよ。

 そうに決まってる。

 そうじゃなきゃ、俺の脳がおかしくなる」

「残念だけど、今言ってるのは先輩が冷血鬼呼ばわりした、ハルの兄貴の方」


 存在の否定を否定され、ライカががっくり落ち込む。

 彼にとって、ハルにはどうあがいても非道外道の人でなしであってほしいようだ。


「……認めねぇ、俺は認めねぇからな」


 ライカがツンツンの頭を掻きむしりながら、再びソファに身を沈めた。


「ハル君はハル君でしょーが。

 嫌いじゃないって、ちゃんと言ってくれたんだろ?」


 再びキーに指を走らせながら、マイペースに間延びした口調でカイが答える。


「うー、そうなんですけど。

 何だかいつも、背中を向けられてる気がするんです。

 真正面から俺を見てくれないっていうか」


 頬をふくらませた顔は、人相の悪いリクを子供っぽくさせた。

 それを見たカイは、僅かに苦笑しながら指を止める。

 キーボードの端を軽く叩きながら、口に出そうか考える時間を作り、そしてやがてそれを口にする。


「リクは、なぜハル君が黒狼に……というよりキングに協力してたか、分かる?」


 突然の問いかけにリクがきょとんとする。

 少し考えて、


「目的の為って言ってたけど、それが何かまでは、分かんないっス」


 そう答える。 

 正直な話、ハルが黒狼の関係者であったという過去ですら、リクは未だ信じ切れていない。

 信じ切れないというよりも、信じたくないというほうが正しいかもしれない。


 それを聞いてカイが僅かに頷く。


「ハル君の言う『目的』というのは色々あるんだけど、その中の一つを教えてあげるよ」

「え?」

「あのね、ハル君はこの街にいた裏社会の組織を、全部追い出したかったんだ。

 だから、キングを使って黒狼を頂点に押し上げたの」


 あぁまただ。

 彼らは大事なことを、さらりと言い過ぎる。

 兄の友人が悠然と吐く言葉を、リクは脳が噛み砕く前に飲み込みそうになって、その大きさにむせる羽目になる。

 ほんの数秒で聞きたいことが山盛りだ。


 リクは咳き込みそうになるのをこらえて、震える指でカイを差しながら、どう足掻いても噛み砕けない事実を確認する。


「あの、聞き間違いじゃなければ、今、変なことを言い方をしませんでしたか?」

「うん?」

「昔、街にいた暴力団とかを追い出したキングの黒狼に、兄貴が加わった、じゃないんですか?」

「違う違う、逆だよ」

「暴力団をこの街から追い出したかったから、マガミさんと手を組んだ……? 

 じゃ、兄貴は……あれ? 

 黒狼がこの街に出来てから参加したんじゃなくて……? えっと?」


 リクのような街の一般人からすれば、黒狼という組織は幽霊のようにふと現れた組織だった。

 裏社会の組織が一斉に呪われたかのように共倒れし弱体化したところに、破竹の勢いでのし上がったのが黒狼だった。

 黒狼にとってはまさに幸運、その他の勢力からしてみれば不運が起こり続けた。

 そしていつの間にか、地盤と外堀を固めた黒狼が王座についた。

 事実、数年前は街の存続を脅かすほどに覇権争いをしていた暴力団もやくざも、今ではこの街を忌み嫌い近づかない。

 彼らにとって意外にも重要なのが、このような『機運』という類のものだったのかもしれない。

 曰く、『この街は、呪われている』『この街はどこかおかしい』と。

 そう誰もが呟いて、彼らは姿を消した。


 そうして頂点に立った黒狼に協力する形で、ハルが加わったのかとリクは考えていた。

 しかし、どうもカイの口調からすると、そうではないらしい。


「黒狼が出来てからというよりも、黒狼が出来る前に、だね。

 当時、圧倒的なカリスマ性、支配力、暴力性を持つがゆえに、他人に従うことができない若かりしキングがいた。

 どの誘いも断り、どこにも属さない事で危険視され、それが原因で命を狙われていた青年。

 そして、街の支配層を一掃したいと考えていた少年。

 キングとハル君が、まぁ、運命の出会いをしちゃったわけ。

 でもって核融合起こしちゃう、みたいな?

 ちょっとした奇跡、みたいな?

 互いに故郷を持たずに流れ着いたこの街で、同じ目的の下で戦うなんて、ロマンティックでドラマティック的な?

 あはは、凄いよねぇ」


「ちょ、ちょ、ちょっと待て!」


 途中で軽く笑い声さえ上げながら、あくまで軽くのんびりした調子で告げるカイ。

 だがその言葉に、再び寝にかかっていたライカが体を跳ね上げる。


「じゃ、なんだ? アイツ、まさか」


 先程以上に顔を引き攣らせたライカに、カイがにたりと笑う。


「ハル君とキングが作ったのが、『黒狼』」

「うう嘘だ!」


 カイを指さしてライカが叫ぶ。


「お前、あのマガミさんだぞ! キングだぞ! 

 俺たちティーンエイジャーが愛してやまない、あの王様と、ハルが!?」

「……ティーンエイジャーを一括りにするな」


 少なくとも俺は憧れてない、とカイは付け加える。


「彼らは一見、とても強くて完璧だけど、それでも足りないモノがあった。

 その足りないもの、自分に無いものを、互いに持っていたんだ。

 それぞれが最高の武器を得た。

 それが黒狼の始まり」

「で、でもよぉ、俺はハルのことなんて知らなかったぞ?

 黒狼の成立に関わってんなら、知ってるはずだろ」

「舞台には役割があるんだよ。

 キングは表舞台。

 ハル君は裏舞台、そしてキングの切り札。

 ハル君も、互いに利用しあっていたって言っていただろ。

 キングは、ハル君が最高の条件で用意した舞台の上で、黒狼という組織を大きくした。

 そしてハル君は、キングという大きすぎる駒に隠れて、自ら必要とする情報を追い求め奪い続け、同時に『目的』の一つである裏社会の支配層の掃除をキングにやらせていた。

 まぁ簡単な話、黒狼の『幸運』とそれ以外の組織の『不運』ってのは、ハル君の小細工ってわけ。

 そんなハル君を失うのは、キングにとって一番の痛手だった。

 だから王様は、相棒をずっとひた隠しにしてきたんだ」


 そう言ってから、チラリとリクを見る。


「ハル君にとっても、そのほうが都合よかった。

 家を出たとはいえ、リクとお前の家族がいるからね。

 まさかギャングと繋がっていて、暴力団相手を相手にしてるなんて知られたら、リクたちにも迷惑がかかるでしょ。

 お前の事がなければ、ハル君はもっとやり易かったと思うよ。

 でも彼はお前のことが大切だったから、上手いこと隠し切ったんだ」

「そりゃ、そうかもしれないけど、……その」


 そのスケールに、リクがついていけていない。

 兄は兄だ。

 ギャングに関わっているという事実だけでも、まるで赤の他人の事のようなのに。

 なのに、そのギャングを、事もあろうに作り上げた?

 暴力団やらヤクザやらを一掃するために?


 リクの脳裏にあるのは、いつだって優しく笑ってる兄だった。

 暴力団とかヤクザとかギャングとか、そういう人間とは相容れない、優しく灯るような人だった。


 違う意味で、カイの言葉を受け入れられないライカが、ソファのひじ掛けに頬杖をついて苦い顔をさらに苦くする。


「……なぁ、アイツって俺と同い年だよなぁ?」

「うん。

 だから、まぁ、キングの相棒が中学生だなんて言っても、誰も信じなかっただろうけどね」

「にしたってさぁ、ちょっと有り得ねぇわ。

 あいつが相当ヤバイってのは身を持ってわかってるけど、アレだろ?

 ヤクザとかそういうのと渡り合ってきたって事だろ?

 そんなん、信じろって方が無理じゃね?」

「多分だけど、お互い予想以上に相性が良かったんだ。

 実際ハル君は、早くて五年計画として見ていたらしいよ。

 強い意志には、強い運が寄ってくるのかな」

「ある意味で出会っちゃいけない二人でもあったのか。

 ……はあぁぁぁ、俺のキングの相棒が、あんなゲス野郎なんて」

「言っておくけど他言したら、文字通り髪の毛一本残らず消されるからね」

「……こんな悲しい事実、言えるわけねぇだろ」


 だん、と拳を床に叩きつけて男泣きでもしそうなライカの言葉が、リクの頭にぼんやりと響く。

 一番信じられていないのは、実の弟であるリク自身だろう。

 能力に限って言えば、小学生だろうと中学生だろうと、ハルはそれを成し得るだけの力はあった。


 いつだったか、彼は弟に言った。

 「人はやる理由よりも、やらない理由を考えることに時間を割く。

 やらなかっただけのくせに、『無理』だとか『できない』とか言うんだ」と。


 当時の彼にしては珍しく嘲るようにそう言った後で、「結局、やるべきことをやるだけなのに」と、そう呟いていた。


 今のリクならば、兄があの時言いたかった事がなんとなく分かる気がしている。

 彼が生まれ持った能力に加え、向上することに対する飽くなき欲求。

 彼は欲しい能力を得るための努力は惜しまなかった、

 それが熟練の老兵でも、道を歩く三歳児でも、彼は根を張るように彼らに近づき、そしてまるでご馳走でも食べるかのように、その能力を吸収していった。

 目の前にあるのにできない、その能力を持っていないことが、彼には我慢ならないのかもしれない。


 だから、目的のために手段を選ばないハルの行動に関しては、リクはさほど驚かない。

 リクが信じられないのは、兄が人を傷つけることに積極的に関わったという事実だ。

 たとえそれが、反社会的な人間であったとしても、彼らだって人間だ。

 親兄弟がいる。

 傷ついて散り散りとなった家族がいるかもしれない。

 誰よりも弟や家族を想っていたハルのとった行動として、リクは上手く飲み込めていなかった。


 仏頂面をさらに渋めたリクを見て、カイが話を戻す。


「まぁ、それも数年前にハル君が黒狼を抜けるまでだけどね。

 それは今は置いておこうか。

 問題は先程言った、彼が黒狼を作った理由。

 ハル君はなぜそこまでして、この街から暴力団達を追い出したかったんだと思う?」


 たかだか中学生であったハルが、マガミという社会的に、いや人間としても異端者とも言える化物と組んでまで成し遂げたかったこと。

 それはおそらく、四年前の事件が関わっているに違いない。

 だが、それがどう関わってくるのかまでは、リクには分からなかった。


「この街を支配したかったんじゃね?

 金も女も溢れるほど集まるわけだし」

「お前と違って、ハル君はそういうことに対して、欲求がない。

 というより彼だったら、その程度の事はどうとでもなる」


 あぁ、確かに。

 一般的若者代表として意見したライカが、悔しそうに歯噛みする。

 ではなんだろうか、リクが首を傾げるのを見て、カイは答える。


「彼は、ハル君はね、この街に復讐したかったんだよ」


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