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4-6


「……ん、了解」


 ガレージの和室空間で、胡坐をかいたカイが通話を終えて、ちゃぶ台に端末を置く。

 カタヤマ工場に向かった実弟からの連絡のようだ。

 媒介を通すとテンションが上がる彼も、弟一人相手だとそうもいかないらしい。


「あ、あ、あの、降谷先輩。どうだったんですか?」


 ちゃぶ台を挟んでミズキが身を乗り出すと、カイは気だるげに座布団に沈む。


「リクは保護した。

 ……でも気を失ってるみたい」

「え!?」


 付け加えられた不穏な言葉に、膝に抱えていたアンを撫でる手を止めてミズキが目を剥く。

 彼はリクから短く状況は伝えられていた。


 『Kalu』が危ない。

 カタヤマ工場っていう場所にいるみたい。

 俺は追いかけるから、ミズキももし間に合いそうだったら来て。


 そう言って、一方的に切れた。


 ミズキは警察に電話でもしようかと思ったが、どう説明していいのか分からなかった。

 とりあえず場所を調べて駆けつけようとした時、どこからか現れたライカに呼び止められた。

 「よく分かんないけど、行かなきゃいけないんです」とミズキが言うと、「よく分かんねぇけど、行かせちゃマズイんだよ! 俺が殺される!」と必死な形相でライカに言われた。

 引きずられるようにしてミズキがガレージに連れて来られると、ちゃぶ台で待機していたカイが状況の説明をしてくれた。

 今、ハルとアキがカタヤマ工場に向かっている、と。


 確かに警察に下手な説明をして何かしてもらうより、あの二人の方が適役だろう。

 彼らの力量や立ち回りは、既にミズキも二度ほど目にしている。


 そして今、こうして最新の状況がアキからカイへと入ってきた。


「り、リクが気を?

 え、大丈夫なんですか!」

「ハル君の部屋に運んで、医者にも診てもらった。

 ……リクに関しては、ハル君にまかせておけば大丈夫」

「そう、ですか」


 それでもどこかミズキは胸が傷んだ。

 自分がもっと早く駆けつけられれば、いや、説得して工場に一人で行かせなければよかったんじゃないか、と。

 ここ数日、リクはどこか焦っていた。

 顔に似合わず、穏やかで争い事を望まない優しい人間だ。

 その焦りが、こうして危険な場所に行かせてしまったのだとしたら、ミズキは責任を感じざるを得ない。


「どうだったんだぁ?

 結局『Kalu』とかってやつ、いたのかよ」


 一番上等そうな二人掛けのソファに寝そべりながら、ライカがカイに問う。

 そこはハル君の場所だからやめろ、と何度かカイに言われていたが、だったら尚更とばかりに、ライカが我が物顔で陣取っている。


「いなかった。

 というか、やっぱりハル君の思ってたとおり、『Kalu』は罠。

 プレイヤーをおびき寄せる餌。

 で、今回引っかかったのは、リク」

「え? ど、どういうことですか?」


 思えば、なぜかハルたちはミズキの周囲に起こっていることを、逐一把握しているかのようだった。

 今回のこともそうだ。

 一体どのようにして状況を知り、そしてその先まで読んでいたのだろうか。

 その問いに、


「どういう……? つまり、そういうこと」


 とカイがふんわりやんわりと答えたので、ミズキもはぁ、としか返事ができなかった。

 しかし次の言葉は衝撃だった。


「現れたのは、おそらく『Ripper』と『BlueButterfly』ではないか、とのこと」

「はぁっ!?」


 その言葉に、ソファのライカも勢い良く身を起こした。


「愚弟が、工場からばらばらに逃げていく二人の人物を見ている。

 一人は長いジャケットに帽子で背格好に特徴がなかったから判別は難しいが、もう一人は『Ripper』の特徴と一致していた。

 あの状況で『Ripper』とともに逃げ出すとしたら、『BlueButterfly』の可能性が高い、と。

 八柄兄弟の安全確保を優先して追わなかったけど」

「え? あの、え?」


 先程から、ミズキの頭の上には疑問符しか出てこない。


「工場は暗かったから、顔バレはしてないと思うとか言ってたけど、どうかな。

 今後気を付けるに越したことはないかぁ。

 とりあえず一大事は脱したから、安心安心」

「えぇ……?」


 カイは本当に危機を感じていないようで、ちゃぶ台の上の緑茶に口をつける。

 なんだか当事者のはずの自分が置いてけぼりなような気がして、ミズキは首を捻るしかなかった。


「リクの安全も確認したし、ミズキももう帰って大丈夫。

 道中はハル君のわんこに送らせるからね」

「わんこじゃねえ!」


 指を指されたライカが、犬のように吠える。


「はぁ……あの」


 そう促されたが、ミズキは腰を上げなかった。

 もしかしたら、これはチャンスかもしれない、と思ったからだ。


 ミズキが、ずっとリクについて聞きたかったこと。

 だけど本人には聞けず、ずっと気にしていたこと。


「あの、降谷先輩。

 ……その、一つお聞きしたいことが、あるのですが」


 華奢だが自分より頭の位置が高いカイを、見上げるようにしてミズキが話しかける。


「んー?」


 作業終了、とばかりに開けっ放しだったノートパソコンを閉じかけたカイがきょとんとする。


「先輩とリク、前に言ってましたよね。その……四年前の、事件のこと」

「………」


 その言葉にカイが口を噤む。

 

 四年前、切り裂き魔『ジャック』による最後の犯行。

 その被害者となった八柄兄弟。

 そして、二人を疎遠にしたきっかけ。


 カイに代わり口を挟んだのが、ソファに腹ばいになっていたライカだ。


「なんだぁ? 四年前の事件って」

「うるさい、駄犬」

「なんだとこら!」


 しかし目も向けられずに一蹴される。

 ライカの吠える声を無視して、カイが考えるようにして宙を見る。

 それをじっと、緊張気味にミズキが見守る。

 やがてカイが重い口を開いた。


「ハル君たちの、事件……。

 そういうのは直接本人に聞いたほうがいいんじゃない?」


 それはミズキも考えた。

 だが、あのリクの泣きそうな顔を見ると、どうしても言葉が詰まってしまう。


「俺もそう思います。

 でもそうやって話すことで、リクを傷つけてしまいそうで」

「なら、本人が話すまで待つとか?」

「それも考えました。

 ……でも、俺が一番怖いのは、俺が何も知らずに話した言葉が、アイツを傷つけるんじゃないのか、ということです。

 普段の馬鹿話の中で、もしかしたらもう、俺は傷つけてしまっているかもしれないのに」


 いや違う。

 ミズキは分かっていた。

 もうとっくに、友人を傷つけていることを。

 このゲームを続けることで、リクは否が応にも切り裂き魔と関わりを持ってしまう。

 もしそのたびにリクが傷ついているのだとしたら、誰よりも優しい彼はいつか壊れてしまうかもしれない。


 ミズキの言葉を聞き、カイは軽く頷く。


「ふむ、確かに。 ……ただ」

「だ、駄目ですか?」


 やはり友人の傷口に触れたくないのだろうか、とミズキが推測するが、カイは力なくふるふると首を振る。


「……長いから喋るの、疲れる」


 何らかの媒介があれば饒舌なのに、直接の会話はあまり好きでないらしく、今でさえ既にもうくたびれているらしい。

 代わりに、ソファの上から涼し気な少女の声がする。


「でしたら、私がお話いたしましょうか」


「ひわっ!?」

「うぃっ!?」


 予期せぬ姿の見えぬ声に、ライカがソファの上で飛び上がり、ミズキが目の前のカイの影に隠れる。


「な、なななん、誰だ! どこだ! 何奴だ!!」


「はじめまして、クリスタルと申します。

 クリス、とお呼びくださいませ」


 威嚇するようなライカの声を受け流すように、清涼感溢れる声が応答する。

 その声の出場所を探っていたミズキが、ソファの上に白いウサギのぬいぐるみを見つける。

 ちょうど膝に乗せると具合がよさそうな大きさと長い毛を持つウサギのつぶらな瞳が、キュイと音を立てて光を反射した。


「ぬ、ぬいぐるみが、喋ってる……?」

「ほぇー。あ、こいつ眼がレンズになってら。

 誰か見てるのか?

 っていうか、ずっと話聞いてたのかよ」


 白兎のあちらこちらを観察するように、ライカが両手で掲げるようにして持つ。

 どうやらガレージの会話は筒抜けだったらしい。

 ウサギに仕込まれたスピーカーからは、クスクスと軽い笑い声が漏れている。


「ここじゃない場所。

 ハル君の仲間。

 変なやつ」


 背中のミズキをうっとおしそうに手で追い払いながら、片目を細めてカイが簡単に説明する。


「お前もだいぶ変だけどな。

 ついでに白獅子野郎も変だし。

 それを言ったら八柄兄は、もう壊滅的に人格破綻してる上に頭おかしいけど」


 増えた変人にライカがため息をつく。


「細かいことを気にしていたら、始まりませんわ。

 それで、どうしましょうか。

 カイさんは限界みたいですし、私で良ければお話いたしましょう。

 ……ただし、私も事件の概要を少し踏み込んだことくらいしか、知らないですが」


 ライカの膝におすわりさせられたウサギが、ミズキに尋ねる。

 未だ落ち着かない驚きを抱えたまま、半分寝かかっているカイの横でミズキが正座する。


「ありがとうございます!

 それで構いません」

「それと……まぁ、分かるでしょうが、気分の良い話ではありません。

 大丈夫ですか?」


 その言葉に、ミズキがしっかりと頷く。


「だからこそ、です」

「そうですか、かしこまりました。

 ……では」


 ミズキの答えを聞いて、クリスが語りだす。

 ソファで寝そべったライカも、肘掛けに頭を載せて、その話に耳を傾けていた。





-----------------------------------------------------


 四年前、ハル様は中学一年生でリクさんはまだ小学生の頃ですね。

 ちょうど今頃、六月に事件は起こりました。

 雨がひどく、昼間だというのに薄暗い、そんな日だったそうです。


 八柄家が一家で車に乗って出かけようとして、家の門を出たところでした。

 車が路上に少し出たところで、一台の車が、八柄家の車にぶつかりました。

 ぶつかってきた車から降りてきたのは、一人の青年でした。

 彼は、同じく車から降りてきた八柄家の主人、つまりハル様たちのお父様をいきなりナイフで切りつけたようです。

 さらに腹を刺して父親が動かなくなると、運転席から入り込み、助手席に座っていたハル様たちのお母様の首と胸を数カ所刺しました。

 さらに、お父様にとどめを刺すように、数カ所刺したようです。


 その間、ハル様たち兄弟は車から降りて庭の方に逃げ出したそうです。

 しかし男は、庭から路上の方に戻ってきたハル様を捕まえ、そして凶行に及びました。


 車がぶつかった音や路上に止まった不審な車を見た方が来るまで、ハル様はずっと凶刃を振るわれていた、とのことです。

 人が来ると男は逃げたそうです、が。


 時間にして数十分。

 その間に何があったのかは、ハル様とリクさんしか知りません。

 ただ、現場は地面が見えないほどの血の海で、そのほとんどが亡くなられたご両親ではなく、ハル様のものだった、ということです。


 弟のリクさんについては、いくつか分からない点があるようでして……。

 発見された時、彼は顔に傷を付けられた以外に傷はなく、血まみれで倒れているハル様の隣に座っていたそうです。

 しかし彼はなぜかそれを覚えておらず、また自分はずっと『物置にいて、何も見ていないし何も聞いていない』と仰っていたようです。


 まぁ、無理も無いのでしょうね。

 まだ小学生の子供が、目の前で両親を殺され、兄が殺されかけ、ご自分もそうなる可能性があったのですから。

 無意識のうちに、記憶に鍵をかけてしまったのでしょう。


 その犯人、『ジャック』とか呼ばれた男については……あなたも知っているでしょう。

 捜査は連日連夜行われていたのですが……。

 自身に目を向けられていると知ったからか、犯人は火をつけた車で海に突っ込んで、自殺したそうです。

 男の詳しい素性も動機も、結局分からず終い。

 あれだけ世間を騒がせた割に、なんともすっきりとしない幕引きでしたね。

 警察も事件の顛末を非難されたせいなのか、事件の多くを語らないようです。

 大きな事件なのに、事件後の詳細が出回らないのは、そのためなのかもしれませんね。 


 八柄兄弟のその後ですが。

 お父様の妹さんが、兄弟の後見人となられたようです。

 リクさんは彼ら家族に預けられましたが、ハル様は退院後すぐに全寮制の星華の中等部を受験して、そちらに移りました。

 そして寮生活に入り、その後現在に至るまで、彼ら兄弟はずっと疎遠のままです。



 ……私が知っているのは、これだけです。


 そうそう。

 リクさんから聞いたと思いますが、事件前のご兄弟は、それはそれは仲が良かったそうですよ。

 それがなぜ、疎遠になってしまったか?

 リクさんが、事件のことを覚えていないから?

 リクさんは、そう仰っていたのですか。

 たった一つの怪我で、事件の事を忘れて安穏としている自分を、ハル様が憎んだと?


 ……はぁ、そうでしたか。

 さて、私はハル様じゃありませんので、あの方の心の代弁などできませんわ。

 ただ、なんとなくこう思いますわ。

 深く憎んだゆえの行動と、深く愛したがゆえの行動というのは、存外似ているのかもしれない、と。


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