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4-3



[ちらっと見えた、黒い革ジャンの男。どうしよう、ずっと後をつけられてるみたい]

[友達が、だれも電話に出てくれないよ。どうしよう。メールも返ってこない]

[Luis、どこにいる? 近くにいたら、合流したい]

[走ったら、追いかけてきた。交番探してる]

[前に工場が見える。東の方。【カタヤマ工業】って書いてある。人いるかな]

[誰もいない]

[どうしよう]


[助けて、誰もいない]


 『Kalu』から『Luis』に次々と送られてきていたメッセージは、これを最後にして途絶えた。

 リクからも『Kalu』宛てに数回送ってみたが、返信はない。

 慌ててカタヤマ工業という名前の工場を検索すると、確かにリッパーズ・ストリートの東側に同名の工場が存在していた。

 主に車を作る部品を製作していたようである。

 過去形なのは、その工場のホームページが二年前を境に更新を止めていたからだ。

 ミズキには走りながら電話をして工場の特徴と場所を伝え、できればそこまで来てほしいという旨を伝えた。


 そして彼は兄にも同じように電話をしようとして、やめた。

 兄が言うことなど分かっていた。

 

 「今すぐに追いかけるのをやめて、戻ってこい」

 「さっさと警察に届け出ろ」

 

 ……そんなところだろう。

 だがそれでは間に合わない。

 そもそも相手が誰かすら分からない状態で、警察が動いてくれるとは思えなかった。

 イタズラではないと説得して協力してもらえるまでに、『Kalu』はきっと『Ripper』に襲われてしまうとリクは考えた。


「俺が、なんとかするんだ」


 足の速さには自信があった。

 目的の工場までは、あと数分もかからない。

 帰路につく学生の列を乱しながら、リクは走り続けた。




「カタヤマ工業……ここか」


 顎から滴り落ちる汗を拳で拭う。

 街外れにひっそりと佇む工場は、学校のグラウンド半分ほどの大きさだった。

 二階建ての錆びた金属の箱が、風の音とともにカタカタと音を立てる。

 街のはずれに廃工場が多いことを、リクも知識としては知っていた。

 まさか自分がそこに足を向けることになるとは、夢にも思っていなかったが。


「雨?」


 鉄と錆の匂いに混じって、湿った雨の匂いがする。

 晴れ間一つ見当たらない密集した灰色の雲の様子から、おそらくこの雨は激しくなるだろう。

 そういう意味でも、この場所に立ち止まっているわけにはいかなかった。


 リクは、建物の入り口を探す。

 事務所のような隣接した建物と工場側、二つの入口が見当たる。

 まずは事務所側へと寄ってみるが、その扉は無数のテープと劣化した木の板でふさがれていた。

 ここも廃工場の一つだろうということは想像していたが、やはりその通りのようだ。

 板の劣化具合から、この事務所の扉は長い間開かれていないのだろう。

 そう思い、リクは踵を返して工場側に向かう。

 『Kalu』は、この工場に人を求めてきたのだ。

 ならば事務所が開かない今、可能性があるのはこちらだろう。


 リクは工場の方の、重い鉄の扉に手を掛けた。

 その手を、大きな雨粒がぽつんと濡らす。



 少しだけ扉を開けて覗きこむ。

 中はリクが思ってた以上に暗かった。

 物音と言えば、工場の屋根の上を弾くようにして鳴る雨音くらいだろうか。

 ベルトコンベアが乗った腰ほどの高さの大きなラインが二列、工場の入り口と平行に、端から端まで横に走っている。

 車の部品を作るために集められ、今や廃材となってしまった長い鉄柱の山やアルミの板が所々に積まれている。

 ラインの上に被さるようにして部品を組み立てるためのロボットが、鉄の箱のように幾つもそびえているため、見通しはかなり悪かった。

 鉄や油、埃など、嗅ぎ慣れない匂いが鼻につく。

 時を置き忘れた薄暗い鉄の箱に飲み込まれそうなり、思わずリクの喉がゴクリとなった。


 ふと、ミズキや『Quga』の言葉を思い出す。


 誰が『Ripper』か分からない。

 『Kalu』が『Ripper』かもしれない。

 目立ったことはしてはしてはいけない。

 姿を見せてはいけない。


 リク自身、『Kalu』の言葉を信じたかどうかは、よく分からなかった。

 ただ、おそらく、信じたかったのだ。

 危ないことなど百も承知で。

 リクは二人の助言を胸に、中から見えないようにスルリと扉から入り込んで、すぐ前にあったラインの影に身を潜ませる。


 ふと、一番近いロボットの影で何かが動いた。

 距離にして十メートルもないのだが、工場内の光が薄すぎて認識しにくい。


「カ、『Kalu』……?」


 リクがそっと声をかけてみる。

 しかし、相手は警戒しているのか、返事はなく、音もそれっきり聞こえない。

 ひやりとした静寂に、リクの心臓の音が早くなる。

 間違えてもこんな場所に踏み込むような性格ではない彼にとって、この緊張感は耐え難かった。

 薄ら寒い空気の中にいるはずなのに、手の平にはじっとりしたと汗の感触がある。


「誰か、いるのか?」


 震える声を抑えるように、リクが低く問いかける。

 しかしやはり返事はない。

 背中で細く開かれた扉を目で振り返り、少し迷う。

 引き返したほうがいいのではないか、と。


 ゲームをやめろ、という兄の言葉を思い出す。

 リクにだって、分かっていた。

 兄は正しい。

 いつだって正しかった。

 このまま引き返し、ミズキを待つか警察に事情を話すか、それともハルに連絡をするか、いずれかが正しいのだろう。

 だがその時間で、いつかのミズキのように危険な目に合うかもしれない誰かが、今リクの目の前にいるのだとしたら。


 それに、『Kalu』は言っていた。

 「助けて、誰もいない」と。


 いつだったか、部屋の中で一人泣いていた自分自身をリクは思い出す。

 掻き毟りたくなるような心の虚を埋めるように、ただ泣いて、耳をふさいで、目を閉じた。

 そうやってずっと、自分の全てだった兄を、ずっと待っていた。

 あの時と同じ状況が、今目の前で起こっているならば、放っては置けなかった。


 リクは雨の音が響く扉に背を向けて、もう一度用心深く身をかがめる。

 すると、身につけていた一つの冷たい金属が首に触れ、リクは少しだけ目を開く。


「……あ、そうだ、これ」


 もしかしたら何かに使えるかもしれない。

 武器など一つもない彼は、お守りのように、『それ』を強く握りしめた。




 ラインに沿って身をかがめたまま歩を進める。

 先ほど動きがあった場所まで、走ればおそらく五・六秒だろうが、そろそろと歩いているせいか随分遠く感じた。

 組立機ロボットはリクの身長より高く、おそらく二メートルは超えているだろう。


「なぁ、いるなら出てきてくれよ!」 


 手に力を入れながら、もう一度問う。


「誰かいないのか!」


 目標までの最後の一歩は、地面を蹴って飛び込むようにして、組立ロボットの影に滑り込む。

 ひやりとしたロボットに背をつけて気配を伺うと、裏側で誰かが動いたのか、じゃり、と地面を擦る音が聞こえた。


 やはり誰かいる。

 ロボットが邪魔をして、ラインを挟んで逆側にいる相手の動きが窺えない。

 工場内に響く雨の音が、じりじりとリクの焦りを募らせる。


「くそっ!」


 このままでは埒が明かない。

 ここまで来てしまったからには、相手が誰であっても、もう引き返せない。

 覚悟を決めると、リクはラインに飛び乗り、素早く逆側に移動する。

 そしてその勢いでロボットの裏側に回りこむ。


「あ……れ?」


 そこには、誰もいなかった。

 ただ、埃とガラスの混じった蓄積物の上を、大きめの靴で踏み荒らしたような跡がある。

 次の瞬間。

 僅かに、周囲の明暗が変化した。

 薄い影にかぶさるようにして、もう一つの影が揺らぐ。


「うわっ!」


 リクが瞬時に振り向く。


 黒い革ジャン。

 目出し帽。

 リクと変わらない身長で、リク以上にがっしりとした体つき。


 掲示板で見た、切り裂き魔の情報がリクの脳裏に流れていく。

 間違いない、この目の前の男こそが。


「『Ripper』……」


 目を見開き、口の中で呟く。

 掲示板で噂されていた通りの体つきをした男が、リクの目の前、すぐ手の届くところいた。

 男は僅かに上体をかがめ、既に戦闘態勢に入っていた。

 手には、刃渡り二〇センチはある黒い柄をしたサバイバルナイフ。

 わずかに後ろに構えていたそのナイフが、横薙ぎにリクを襲う。


「うわぁあっ!」


 恐怖で固まっていた足が、もつれて尻から床に落ちる。

 それが幸を成したのか、毛先すれすれを刃が通った。

 手にガラスの破片が突き刺さる。

 その痛みが刺激となり、リクを恐怖から現実に引き戻した。


「このっ!」


 そのガラスの破片と埃と砂利と、ともかく落ちていたあらゆるものを拳の中に入れて、男めがけて投げつける。


「ぐっ!」


 とっさの反撃に男は目をかばい、後ろによろける。

 その隙に体勢を立て直すと、リクは男とは反対側、工場の奥へと駆け出す。

 走った先には、さらにもう一本のラインが横に走っている。

 さらにそのラインを超えた場所は、五メートルほどの作業スペースを挟んで入口とは逆側の壁となっており、鉄柱がリクの頭上よりも高く山となって積まれている。

 コンベアのラインを跳んで渡ると、すぐ近くの組立ロボットの影に滑り込む。


「どこ行きやがったぁあ、てめぇっ!!」


 先ほどの静寂とは打って変わった、悪意ある激しい罵声が工場に響く。

 酒かたばこか、荒れた喉の不快な雑音を伴って吐かれた声は、リクの脳内を揺さぶる。

 荒々しい靴音を工場内に響かせて、リクがいる奥のラインに近づいてくる。

 工場の奥を覗くと、このラインにはあと三つの組立ロボットが見える。

 今いる場所が一番男に近い。

 リクは音を立てずにラインの影に隠れて、もう一つ奥のロボットの影に潜む。

 さらにもう一つ。

 今はただ、なるべく距離を取りたかった。


「出てこいや、コラァッ!」


 ガンガンと男が近くのロボットを強く蹴り飛ばす音がする。

 ついでにラインに未だ残っている部品を、腹立ち任せに腕で薙ぎ払い、大小様々な鉄くずを地面へと叩き落して回っているようだ。

 思わずリクがビクリと大きな体をすくめる。

 膝が震えているのが、彼自身分かった。

 気を抜くと奥歯がカチカチと音を立てる。

 その音と息を抑えるように、リクは口を覆って音を立てないようにするのが精いっぱいだった。


 あぁ、やってしまった。

 失敗した。


 いっそ泣き出したかった。

 ミズキや『Quga』、ハルの言う事を破ってしまった結果がこれだ。


 男が一番最初にリクがいた組立ロボットの影を覗きこむ。

 彼がいないことが分かると、舌打ちをして、また機械を蹴り飛ばす。

 口汚く罵る声が再度反響した。


「出てこいクソが! どうせ逃げられねぇぞ!」


(兄貴、兄貴、助けて兄貴)


 リクが顔を覆うようにして座り込む。

 男の足音がリクに近づく。

 男から距離をとったせいで、入り口からも遠くなってしまった。

 隙を見て逃げ出しても、間に合う可能性は低い。

 音を立てそうになる奥歯を抑えるために、リクはもう片方の手を添える。

 そして、やっと彼は自分が握りしめていた『それ』に気付いた。



 男は、リクが隠れているロボットの一つ手前の場所まで来ていた。

 ベルトコンベアを渡り、入口側の組立機の方を伺っている。

 次に来るのは、リクのいる場所だ。


「くそ! どこに行きやがった!」


 苛立った男の怒声がリクの耳に届く聞こえる。

 やるしかない。

 



 男が黙りこみ、そして気配を窺う。

 その静寂を、カツンと軽い音が破った。

 音の出どころは、入口とは逆側の壁の辺り。

 男はベルトコンベアの上に立って、廃材の積まれたその壁際に注意を向ける。

 身長ほどはあるだろう金属の円柱が幾つも積まれた廃材の山は、一層薄暗く、ほとんど光がない。

 人が隠れるには最適な場所だ。

 眼と耳を使って、男はそちらに注意を向ける。


「誰かいないのか!」


 その影から、声が響く。

 誰かを呼ぶような、必死な声だった。


「……あ?」


 切羽詰まったリクの声に、男がコンベアを乗り越えて、その山に近づく。

 男の歩が近くなったとき、もう一度声がする。


「くそっ!」


「……は、馬鹿か」


 その声を聞いて、男は相手の不手際を嘲笑うようにニヤリを唇を上げる。 

 助けを呼んだつもりだろうが、単に自分の注意を引くだけだったな。

 そう言いたげに、男は覆面の下で歯を剥きだして声を出さずに笑った。

 鉄柱の山に手をかけて、覗き込む。


 そこには


「は?」


 廃工場にはふさわしくない、真新しい銀色のペンが転がっているだけだった。





 リクは自分で立てて実行した作戦の成功に、思わず声を漏らしそうになる。

 かつてハルが使い、そしてカイから渡されたボイスレコーダー付のボールペン。

 あの日のまま、リクの学ランのポケットに収まっていたのが幸いした。

 これを使おうと思ったのは、後で状況を伝えるのに役に立つと思ったから。

 手に持っていたのは、いざというときに武器になるかもしれないという、単純な発想。

 

 だが、追い詰められたリクは、このレコーダーを逃げる隙を作るために利用することを思いついた。

 工場に入ってきたときに録音された、自分の声。

 その再生ボタンを押して、リクは鉄柱の影に投げつけた。

 その結果、助けを求めて声を上げた獲物を捕らえようとした男が、工場の入り口からもっとも離れた壁際でペンを手に取りながら、訳が分からず呆然する格好となった。


 今なら、ほぼ間違いなく逃げられる。

 リクはそっと腰を上げて、入口へと足を向けようとした。


 だが。

 それでいいのか、と彼自身の声がする。

 男は無防備にも、リクに背を向けているのだ。


(もし今、俺がアイツを捕まえられたら?

 動きを封じて、警察に引き渡せたら?)


 もうゲームで襲われるプレイヤーはいない。

 脅迫も切り裂き魔事件も、終りを迎えるかもしれない。

 他のプレイヤー、陽光生、クラスメイト、ミズキももう、切り裂き魔に怯えなくていい。

 全てが終わる。

 この数日間、自分と周りを巻き込んで傷つけてきた、全てが。


 「やめろ」と、リクの頭の隅から冷静な声がする。

 リクの声ではない。

 ハルの声だ。


 ゲームをやめろ。何もするな。目立つな。


 まるでお前には無理だ、と言うように、リクの頭のなかでハルが言う。

 だが今まで誰も、兄ですら正体をつかめなかった『Ripper』が、リクの眼の前にいるのだ。


 もうこれで終わりにさせたい。

 そして。

 そして、兄に証明したい。

 

 リクは唇を噛み締め、そのまま緊張を吐き出すように、細く息を吐く。

 そして意を決したように、まだ呆然としている男に向かって歩を進める。

 はじめは足音が聞こえないようにゆっくりと、しかし残り数メートルは、勢いをつけるように全速力で地を蹴る。


「なっ!」


 男が足音に気づいた頃には、既に自分に向かって突進するリクの体が触れる直後だった。

 リクが勢いをつけて男に飛びかかる。

 同じくらいの体格のリクに突撃され、男は壁に激突する。

 喉の奥から息が漏れる音がしたが、床には倒れず、壁で体を支えるようにして男が衝撃の痛さに耐える。

 ナイフはまだ男の手元にあった。

 リクはとっさに、その右手に飛びかかる。


「くっそが! 離せ!」

「お前が、離せ!」


 リクは男の体を自分の体を使って抑えこみ、両手で男の右手首に力を込める。


「?」


 僅かにずれた革ジャンの袖の下から、何か文様がリクの目に入った。

 一瞬そちらに気が行ったが、もがき始めた男を全力で抑えるために頭から雑念を振り払う。

 両手に力を入れて固定し、男の手の甲を膝で打ち上げると、たまらず手から離されたナイフが地に落ちる。

 それをリクが数メートル先の作業スペースへと蹴り飛ばす。


「ナメんじゃねぇぞ!」


 しかし男もそれだけで戦意を喪失しなかった。

 男は振り向きざまに空いていた左腕で、リクの背後から首を締めつける。

 汗や埃と混じって、絡むような甘さの混じった香水の匂いがリクの鼻に落ちる。


「っ……っ!」


 塞がれた気道に、リクが男の右手を離し、首を締める左腕を引き剥がそうともがく。

 しかし、手に力が入らない。

 男の荒々しい息遣いが耳に聞こえる。

 身長はほぼ一緒だった。つまりリクの頭がある場所に、男の頭がある。


「ぐぁ!」


 リクが一度前に倒した頭を、思いっきり後ろにそらして男の頭に自分の後頭部を打ち付ける。

 緩んだ締付けから身を離そうとする。

 が、それより先に男の腕が伸び、リクのこめかみ辺りを右手の拳が叩き付けた。

 被害者の証言にもあった『喧嘩慣れしている』とは、まさにこのような反射的な攻撃をも示しているのだろう。

 その衝撃にリクが倒れこむが、頭突きを食らった男もそのダメージに床に膝をつく。


「この、野郎! ぶっ殺してやる!」


 つばを吐き喚き散らしながら、先に立ち上がったのは革ジャンの男の方だった。

 倒れたリクに馬乗りになると、両手を首にかける。


「や……め!」


 体重をかけられ、先ほどとは比べ物にならない圧迫がリクの気道を完全に塞ぐ。

 彼は手を解こうともがくが、もはや何の抵抗にもなっていなかった。

 同じ体格なのに、どれだけ力を入れても男の腕はびくともしない。

 人の傷つけ方も身の守り方も、目の前の人間ほどリクは知らない。


「……あ、く……っ!」


 苦しさからリクの両目から涙が浮かぶ。

 僅かな光しかない工場の明るさの中、覆面の中で男の目が歪んだのが分かった。

 多分、笑っているのだろう。


 俺は笑いながら殺されるのか。

 そうリクが思ったときだった。

 

(笑い、ながら……?)


 昔、同じことがあった?

 笑いながら、こうやって、誰かを、誰かが。


 雨の音。

 コンクリート。

 ナイフの刃を滑り落ちる、赤い水滴。

 それを持っている、その男の顔は……。



 一瞬何かが、リクの脳内でフラッシュバックした。

 しかし更に力が込められたその苦しさに、その像はすぐに消え去ってしまう。

 押しとどめられた血流が、脳内を白く染めていく。


「……あに、き」


 リクの唇から兄を呼ぶ声が漏れる。


 ごめん、言う事聞かないで。

 でも俺、認めて欲しかったんだよ。

 昔とは違うって、思ってほしかったんだ。

 もう役立たずじゃないって、分かってほしかった。

 泣くしか出来ない、何も出来ない自分を許して欲しかった。

 兄貴が嫌いな俺を、乗り越えたかったんだ。

 そうしたら、また一緒に暮らせるんじゃないかって。

 そう思ったんだ。

 ……思ったのに。


 こめかみを涙が伝う。



 男の手の力が緩まる気配は、なかった。

 そして徐々に体中の感覚が、痺れる。

 やがて、脳内も視界も白く染まり、感覚が遠のいていくのが分かった。


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