3-3
「ネイビスの進捗具合?
俺ぁたしか二問目で止まってるぜ」
「じゃあ三問目の場所は知らないわけだ」
「あぁ」
五時を回ったリッパーズ・ストリートの空は、雲に覆われて夕焼けが見えにくい。
あと僅かで日が落ち切るのだろう。
寒々しい空を見て、ライカは『夜に雨が降る』と言ったハルの言葉を思い出す。
数百メートルに繁華街と歓楽街が隣り合って、ネオンで毒々しく光る看板を所狭しと並べている。
二人は繁華街の方向から歓楽街側に向かって歩いていた。
同じようにして、早めに仕事を終えたサラリーマンや学生、若者から大人まで、様々な職業の人間が入り交じって思い思いの場所に吸い込まれていく。
「今から行くのがその三問目の場所だ。場所はカラオケボックス」
「へぇ」
ライカはオレンジ色に変色した前髪を弄りながら、仕事の内容を聞く。
これだけ人が多くても、自分の髪が目立っているような気がしてならないようだ。
しかもいつもはツンツンに立てた髪が額に降りているのが、どうも違和感があるらしい。
「なんで過去の問題んとこに行くんだよ。
意味あんのか?」
一歩前を歩く、自分の目の高さで揺れる黒い髪を見ながらライカが問う。
「意味があるから行くんだよ」
ハルの癖なのか、ライカが知る限り一度も外していないイヤホンのコードを指に巻きつけながら、短く答える。
「『Ripper』の三人目の被害者が、その近くの路地裏で襲われた」
「へ!?」
思わず出た大きめの声に、ハルが睨むように僅かに振り返り、慌ててライカが口を塞ぐ。
つまり二人がいるこの場所でさえも、事件現場のすぐ近くということになる。
『Ripper』に顔がバレているかもしれないライカは、僅かに背中が寒くなるのを感じた。
「な、なんでお前そんなこと知ってんだよ」
掲示板には三人目の被害者の場所まで出ていなかったのをライカは覚えていた。
どうやってその情報を入手したのかと問うが、
「仲間からの情報」
やはり短く答えるハルに、ライカは訝しげな視線を投げる。
「……仲間ねぇ。
降谷の野郎は知ってっけど、あのアキって奴、ちょっと前まですげぇ暴れまくってた白獅子だよな?
黒狼に喧嘩売って殺されたとかって噂だったけど、フツーに生きてんのな。
でも降谷の弟ってのは知らなかったなぁ。
つぅか、もー本当……全部ひっくるめて、一体なんなの? お前ら」
「なにが」
「やり方見てりゃ分かるぞ。
降谷といい白獅子野郎といい、やってること合法じゃねぇだろ」
「うちの連中はそんなんばっかりだ。
だが、合法的な連中じゃ真似できない優れた特技を持っている。
俺は、それを上手いこと使わせてもらっているだけ。
さっきも言ったろ? 適材適所ってやつだ」
「ということは、お前も何かあるのか?
特技みたいのが」
ライカの問いに、ハルは歩きながら少し首を傾げる。
「特技は色々あるが、合法的じゃないものとなると。
……スリとか、傍受とか、違法物の売買及び所持とか、文書偽造とか、拉致監禁とか、脅迫とか、詐欺とか、賭博とか……」
「あーもういいもういい」
つらつらと出てくる犯罪歴に、ライカが苦い顔で頭を横に振る。
「でも、一番得意なのは」
「ん?」
ハルが少しだけ振り向いて、斜めにライカの顔を見る。
小さな声で、だけどはっきりと唇が動く。
「不法侵入」
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繁華街を少し歩いた辺りで、不意にハルがネオンの群れから逃れるようにして、繁華街中心の大通りから一本逸れた小道に入る。
そこから更にもう一本、一度大通り側に出てから、再び小道に……と繰り返す。
「お、おいおい待てよ。
こっちにカラオケボックスなんてあるのかよ!」
完全に繁華街中心部から外れた場所で、さすがにライカが問う。
あれだけ溢れるように人がいたのに、明るさと反比例するようにしてその数は減っていく。
店の裏口や非常階段が並ぶ、完全に繁華街の裏側へと二人は入っていった。
つまり、繁華街の路地裏、『Ripper』の出現場所だ。
「な、な、なぁってば!
八柄! 聞いてんのかよ!
まさか、事件現場に向かってたりなんてしねぇよな! な?」
街灯はとっくに消え、裏口から漏れる光と数メートル先の繁華街中心部から降ってくるネオンの光で、ようやく足元が見える程度であり、人の声も遠い。
たった数メートルの距離が、まるで別世界のようだった。
心なしか、吸い込む空気もどこか冷たいとライカは感じる。
「人の話を聞かねぇ奴だな。
カラオケボックスだって言ってんだろうが」
迷いのない歩調で振り向きもせずにハルが言う。
彼は幾つもの角を曲がってきた筈なのに、通いなれた通学路のようにスイスイと道を進んでいく。
「どう見たって、そんな雰囲気じゃねぇだろ!
つぅか、どうやってここまで来たのか俺全然覚えてねぇんだけど、大丈夫なのかよ!」
「だからいいんだろうが」
「はぁ?
……って、うわ雨降ってきやがったぞ」
意思の疎通が上手いこといかないハルに詰め寄ろうとしたライカの鼻に、ぽつんと一滴の雨粒が落ちる。
「ほらぁ。お前がチョロチョロしてっから、雨降ってきちゃったじゃねぇか」
「ちょうどいいな」
「なにがいいんだよ。
もう俺、お前が言ってる意味全然分かんねぇわ」
はぁ、っと大袈裟にため息を付いたライカが言う。
「安心しろよ、すぐに分かるから」
「本当かよ」
「だから連れてきたんだよ」
それを聞いて、わずかにライカが笑いを顔に滲ませる。
「だよなぁ。あの白獅子を差し置いて、この俺を連れてきたんだもんなぁ……と?」
ニンマリとするライカの前で、ハルが止まる。
すぐ目の前は曲がり角だ。
彼は振り返って人差し指を口の前に立てる。
静かにしろ、という合図だ。
ライカが慌てて軽口を閉じると、それを見てするりと曲がり角を左折する。
陽炎のように消えたハルを、ライカが慌てて追う。
曲がった先は中心街から一つ裏通りに垂直にぶつかる小道であり、中心街程ではないものの、今まで通ってきた道よりは遥かに明るい。
しかしそこは、明らかにカタギではない種類の人間が目に見えて多かった。
幸いというべきか、ライカがいる小道には両側が高いビルであるためか、光がほとんど入ってこなく、向こう側からこちらの道は一メートルも見えているかどうか怪しい。
おまけに自転車がすれ違うのも苦労しそうな狭さである。
ライカは闇に紛れたハルを探す。
「こっちだ」
「お、おう」
さらに都合が良いことに、その小道の左端、明るい大通りから見れば二メートル付近が繁華街のゴミ捨て場となっており、既にいくつかのゴミ袋が積まれていた。
その影に隠れるようにしてハルがしゃがんでライカを呼ぶ。
彼もそれに習ってその影に潜り込む。
いくら探偵のような真似事が格好いいとか言ってみても、実際にその瞬間が近づくとやはり緊張するのか、ライカが僅かに早まる心臓を抑えるように胸に手を当てる。
「正面のビルが見えるか」
「あ、あぁ」
通りに目を向けると、カラオケボックスの入っているそれほど高くないビルと、それに隣接して、いくつかの飲み屋や風俗店が入っている若干高めのビルが見える。
「アレが例のカラオケボックスか?」
ハルと同じ高さまで頭落とし、小声で問うと彼が頷き返す。
「そうだ。で、今から俺がそこに行って、店のデータとかその他諸々を盗ってくる」
「……なんだって?」
つまり不当にデータを盗むらしい。
先ほど言っていた特技の不法侵入を早速試みるようだ。
どう贔屓目に考えて言い訳と理由をつけてみても、犯罪である。
思わず普通の声で聞き返したライカの頭を抑え、ハルがもう一度唇に人差し指を立てる。
長い睫毛が触れる程に近くに寄って目にする絹のような肌の白さに、ライカは数時間前仕打ちを思い出しながら必死に「コイツは男だ」と自分に言い聞かす。
「よく聞けよ」
「……はい」
とりあえずライカは彼の説明に全身全霊を向けることにした。
「カラオケボックスのデータを管理している事務所があるのは、ビルの一番上の三階だ。
勿論入り口から直接行く訳にはいかない」
「じゃあどうするんだ」
「隣のビルから移る」
事も無げに言うハル。
「……聞き間違えか?」
「見えるか?
カラオケボックスのビルの非常階段と、こっちから見て右隣のビルの窓が向かい合ってるだろ?」
再び目をビルに向けると、確かに彼の言う通り、カラオケボックスの最上階三階まで続く鉄製の非常階段が飲み屋側に設置されている。
しかし隣の窓と非常階段の間は道幅は、だいたい車二台が通れる以上の距離がある。
その上足場が悪く雨が降っており、三階という高さ。
落ちたら重傷は免れないだろう。
まさかそれを跳ぶというのか、とライカがぎょっとしていると、
「あれくらい跳べなきゃ、高校生なんてやってらんねぇんだよ」
「いや、あんなもん跳べなくても、俺は立派に高校生だ」
どうやらハルは普通に跳ぶ気らしい。
「問題はそこじゃない」
「マジかよ」
問題と言えば、軽々しくデータを盗もうとする時点で、もう既に一線超えている。
なんだか常識で計るのがバカバカしくなり、ライカががっくりと肩を落とす。
「問題は、表にいる奴らだ。あれが誰だか分かるか?」
「一般人じゃあねぇよな」
派手だが高級だと分かるジャケット、夜だというのに掛けられたサングラス、質の良いスーツの上からでも分かるような筋肉質な体。
色はまちまちだが、往々にして裏稼業の人間だ。
この街でそんな格好をして堂々としていられるのは、一グループだけだった。
「黒狼、か」
「正解」
ギャング・黒狼。
この街の支配者だ。
「ここら辺のテナントはほぼ奴らのモンだ。
最近奴らがビルの警戒を始めた。これが問題の種」
ハルが話すことは以下のとおりだった。
「黒狼の幹部が切り裂き魔に襲われてから、奴らは犯人を探そうと躍起になっている。
それでてめぇらのビルに警戒態勢を取らせてんだ。
普段ならどうとでもなるんだが、ちょっと今は警備の目が多すぎる」
普段ならどうとでもなる、というのも正直どうなんだ、とライカは口に出さずに飲み込む。
「とはいえ、隣のビルに潜り込むのはそれ程難しくない。
問題は飛び移った後だ。
非常階段には鍵がかけられているかもしれない。
それを解錠するまでに数秒だが時間がかかる。
道に面した非常階段では、あまり時間は掛けられない。
……そこでお前の出番だ」
「お、おう」
まさかギャング関係に首を突っ込むとは思わなかったライカが、完全に腰の引けた態度で返事をする。
それに対して、ハルが僅かに心配そうな顔をする。
「おい、びびってんのか?」
「まさか! 全然大丈夫だって」
「そうか。
まぁお前の仕事はそれ程難しくない。
いわば見張りだ」
強がったライカを安心させるようにハルが言う。
「見張り?
つっても、お前が見つかったか見つかってねぇかなんて、俺には判断つかねぇよ」
「いくら道に面していて見えやすいといっても、そうそう非常階段の三階なんて見る奴はいねぇ。
俺の身長なら、下からはそう簡単には見えないだろうしな。
ふと目に入るくらいならあまり問題はないが、もしそれに疑問を持つ奴がいたら危険だ。
つまりお前には、俺を見つけて不審に思ってそうなヤツがいたら、コイツで俺に教えてほしい」
ライカのウインドブレイカーに付けられたマイクを、ハルが指で突く。
「そう言われてもなぁ、正直あんまり自信ねぇかも」
「最悪、奴らに見つかって俺が気づかない場合、奴らが非常階段を上って来てからでもいい。
それなら確実だろう?
俺はあいつらが三階まで来る前に脱出できる」
スパイ映画の主人公みたいなことを平然と言う同じ歳の少年に、ライカにも若干の自信が出る。
「んむー、それなら俺でもできるかな」
自分に言い聞かすように、ライカが頷きながら答える。
「よし。マイクの使い方は覚えてるな?
俺が非常階段に移る前に、お前にマイクで合図を送る。
そうしたら作戦開始だ」
「わ、分かった」
ゴクリと唾を飲み込み、再度大袈裟にライカが頷く。
「OK。それじゃ、健闘を祈る」
ハルは短く言うと、音も立てずに立ち上がる。
そして通りの方に踏み出そうとするが、なにか思い立ったのか、少し止まって振り向く。
なにか言い忘れたのかとライカが上を向くと、例の光が遠い瞳がこっちを見下ろしている。
ライカが何だ、と聞く前に、静かにハルが唇を開いた。
「俺は意味の無ぇことはやらねぇよ?
少なくとも今回に限ってはな」
「……は?」
「なにか問題が起きた時は、よく考えてみろ」
通りから漏れる僅かな光でさえ受けて浮かび上がらせる精巧な人形のようなハルの顔は、どこか得体が知れぬ不気味さがあり、同時にライカが未だかつて見たことが無いほどに妖艶であった。
思わずライカが返事をするのを忘れて目を瞬かせる。
それを思考中と取ったのか、ハルは先程のように彼に背を向けて音もなく歩き出す。
そして風景の一つのようにして、小さな影は自然に人の群れに溶けていった。
「……はぁ。なんか偉いことになっちまったなぁ」
一人残されたライカが、壁に背を預けてぐったりとぼやく。
片方側は人一人通らない、羽音一つ聞こえない真っ暗闇。
もう片方は会話や歌、嬌声の入り交じる、毒々しい光。
その中間にいるのが、どこか不思議な感じがした。
「俺は一体、何をしてるんだか」
今日の半日で、まるで一週間経ったかのような疲労感を感じていた。
そもそもハル達がなぜそこまで危険を犯してまで『Ripper』について調べているのかが、全く分からない。
切り裂き魔による危険を回避したいのならば、そもそも奴ら切り裂き魔にかかわらなければ良いのだ。
『Ripper』らのターゲットは、あくまでコードハント:ネイビスのプレイヤーである。
それとも危険を犯してまで賞金が欲しいのだろうか、とライカが考えて、これは違うだろうと核心に近いものを持つ。
切り裂き魔について話すハルには、どこか執念のようなものをライカは感じた。
コードハントやネイビス、おそらく賞金でさえも、彼にとってはおまけであり、肝心なのは『Ripper』ら切り裂き魔本人なのだろう。
「なぜ事件を調べるのか」というライカの問いにハルは「腹が減ったら飯を食べる、眠くなったら寝る」という答えを返した。
それをそのまま解釈すれば、「切り裂き事件が起きたから、その事件を調べる」ということだ。
それもまるで生活習慣のように、せざるを得ない、しなければ生活に支障が生じる程度のレベルで。
つまり。
そこまで考えてライカが唸る。
つまり、どういうことだ? 刑事でもあるまいに。
「わけが分からねぇ」
彼は今日何度目かの同じ台詞を繰り返した時だった。
左耳に付けたイヤホンに、ラジオのチューニングのような雑音が入る。
そして、そのすぐ後に
「ライカ」
特徴的な、極めて起伏の乏しい声が直接鼓膜を震わす。
「聞こえていたら応答しろ」
その声に数秒焦りながら、ライカがウインドブレイカーにつけたマイクを手探りで探す。
そして先程までは遊びでしか使っていなかったスイッチを、指で軽く押して応答する。
「おう。聞こえてるぞ」
「そう。こっちは隣の三階だ」
「早っ!」
さっき出て行ったばかりなのに、もう定位置に付いているらしい。
一応飲み屋のビルだ。
黒狼もうろついているのに一体どうやって入り込んだのだろうか、とライカが考えてやめる。
考えるだけ時間の無駄だ。
「見えるか」
「ん?」
カラオケボックスの隣接ビル三階に目を凝らしてみる。
普段使われてなさそうな、薄汚れた窓は半分開いていた。
そしてそこから、灰色のパーカーの袖が数センチ出ており、上下に振られている。
「あぁ、見えるぜ」
「OK。今から作戦開始だ」
その言葉が終わると袖が引っ込み、フードを目深に被ったハルが様子を伺うようにして通りを見下ろしている。
なるほどな、とライカは思った。
先ほど三階の非常階段なんて殆ど見ない、とハルが言っていたが、通りを歩いている人間は誰一人として、ビルから通りを覗くハルの様子には気づいていない。
今こうして注意を払っているライカ以外は。
「そこからじゃよく見えねぇだろ。
ここから見る限り、もう少し前に出ても大丈夫だぞ」
確かにゴミ袋が邪魔であり、加えてカラオケボックスのビルは今ハルがいるビルの左側にあるため、どうしても身を乗り出さなければ死角になってしまう。
「どれくらいだ?」
ハルのいる場所から見えにくいなら大丈夫だろうと、ライカが指示を仰ぐ。
「ゴミ捨て場の隣まで出ても大丈夫だ。暗いからほとんど見えねぇ」
「お、よし」
ライカはそろりと音を立てないようにして立ち上がり、ゆっくりと指示された場所まで移動する。
かといってやはりギャングの連中を目の前にすると足がすくむ。
「もう少し前だ」
「……うぅ」
通りの目を気にしながら、ちょうどゴミ捨て場の前までライカが移動する。
「OK。いいね、そこだ。
……まさに適材適所」
「は?」
どういう意味だ? とライカが聞き返す前に、ハルが話し始める。
「ライカ。お前に渡したサイドポーチは持ってきてるよな?」
「あぁ、あるけど?」
そういえばそんなものも渡されたな、と今更ながらライカが思い出す。
「さっき言い忘れたんだが、今そいつの中身を取り出してくれるか」
「え、今かよ」
「そうだ」
使う時は指示する、と言っておいて忘れたのか。
結構抜けてるところがあるな、と少し親近感を持ちながら、ライカがサイドポーチのジッパーを開けて、中身を取り出す。
鉄、いやプラスチックだろうか。
ひやりとしているが、がっちりと重量感のある感触がライカの指先に触れる。
「なぁライカ」
「あんだよ?」
どうやら手の平よりも大きなずっしりとした塊は、くの字に曲がっているらしい。
ぴっちりとしたポーチに引っかかり上手く取り出せない。
ハルの通信に答えながら、苦心して中身を取り出す。
「さっき俺が言った、お前の仕事についてだがな」
「あん?
………あ? これって」
ちょうど良い具合に指が小さめの取っ手に引っかかり、取り出して中身を手に乗せてみる。
少ない光でその物体が何か、じぃっと見てみる。
くの字に曲がって、手の平よりも大きく、ずっしりとした質量があるそれは。
「拳……銃?」
見た目以上にある質量が、ライカの手の平に冷たくのしかかる。
引っかかっていた小さな取っ手は、まさにトリガーに指をかけた状態だった。
オートマチックの……種類まではライカにはわからない。
ただ、よくドラマで見る類のそれが、手の中に収まっていた。
誰に言うでもなく、呆然と呟くように、現実に見慣れないそれの名前を口に出した時だった。
「うわっ!!」
バンッと、それをかき消す爆音が響く。
空気を震わす大音量の短い破裂音に、思わずライカが身をすくませる。
「っ!」
続いてもう一度。
拳銃を握りしめたまま、頭ごと覆うようにしてライカが耳をふさぐ。
その音は、ライカのすぐ近くで起きていた。
恐る恐る目を開けて、その音の出処を目で探す。
すると、先程まで袋詰されていたゴミ袋の一つが、口を大きく開けて、強い火薬の匂いを放っている。
「な、なな、なんだよ、どういう」
だが哀れにも、ライカに混乱している暇はなかった。
ざわついた通りが、水を打ったように静まり返っている。
そして通りにたむろする人々の視線の先はといえば。
「………………は?」
銃声にも似た破裂音がし、その場所で拳銃を持っている、オレンジ色の髪の若者。
ライカ自身だ。
目立たない格好とそれを隠しれていない派手さ、そして拳銃を持ったライカの姿が街の人間、特に黒狼の連中にどう映っているだろうか。
ドクン、ドクンと心臓の音が、やけに大きく響く。
未だ火薬の音が耳の奥で耳障りに反響する。
背筋を寒気が逆上るのに、額に噴き出た汗がこめかみを通って地面に落ちる。
それに被さって、ハルの独特な声が頭に響いた。
「さっき言った、お前の仕事の話な」
「………」
返事がないのが分かっているのか、ハルが続ける。
「全部、嘘」




