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3-2

「なんだぁこれぇああああ!!」



 ガレージ内に絶叫が響く。

 片隅に設置された洗面台の鏡の前で、顔をひきつらせたライカが愕然と面前に映しだされた自分の姿を見る。

 綺麗に染められた金色だった彼の髪は、見るも鮮やかなオレンジ色へと変色していた。


 ハルがアキに指示した『加工』とはこの事だったらしい。


「お、お、俺の、俺の自慢の、金髪……が……」


 どうやら彼のトレードマークだったらしく、そのアイデンティティを奪われて泣きそうな顔をしている。


「てめ、こ、これ、どうして! どうしてくれんだ、てめぇ!」

「なかなか目立つ色に染まったじゃないか」


 ショックのあまり言語にも障害が出てきたらしく、ハルと鏡の自分を指さしながら、たどたどしく怒鳴る。

 ハルはしれっとして続ける。


「それから、そのジャケットじゃなくてこっちのウインドブレイカーを着ろ。

 喜べ、お前のためにリバーシブル仕様を用意してやったぞ」

「『それから』じゃねぇよ! 俺はここの、今、これを怒ってるんだ!」


 まったく相手にせずどんどん話を進めるハルに掴みかからんばかりに叫ぶが、彼が持っていたフードの付いた濃い青のウインドブレイカーを被せられて踏みとどまる。


「なぁハル。もしかしてなんだけど、コイツも連れてくのか?」


 暴れるライカを押さえつけて染髪した後始末をしながら、若干不満の色を含ませてアキが問う。


「あ? なんだぁ? 連れてくってどういうことだよ」

「こんなの役に立たねぇよ。

 あと俺、コイツとは絶対に気ぃ合わねぇし。

 一緒に仕事したくないんだけど」

「ちょっと待て! 俺の話を聞けよ!

 俺にお前らを手伝えってのか?」


 アキを押しのけてライカが詰め寄る。


「拒否権があると思ってるのか」


 ハルの冷たい目に、ライカが身を引く。


「う……」

「二百万」


「うぅ……」

「写真、下半身」


「うぅううう!! お前な! 

 そういうのって人間としてよくねぇと思うぞ、俺は! 

 人ってよぉ、そうやって弱いところ突きながら生きていくモンじゃあねぇだろ。

 もっと良いところとか、弱点を補い合うとか、そうやって協力し合いながら生きていくもんじゃねぇの?」


 弱みしか無いライカが、精一杯の倫理論で対応しようとする。

 しかしハルは、短い言葉で応戦する。


「全部仕事が終わったらデータ返してやるよ」

「……やらせてください」


 ライカがその言葉に倫理論を破って丸めて投げ捨てる。


「で、アキ。お前はなんだってんだ? あ?」


 屈服したライカを横に押しやって、次はアキに対応する。


「だから、俺はこいつと働きたくないんだよ。

 弱ぇし馬鹿だしやり方汚ぇし、ハルに向かって横暴だし」


 アキの中では、完全にライカの人権は無視である。

 本人を目の前にしてアキが不満を漏らす。

 どうやらいつも二人で行なっている調査に、ライカが加わるのが嫌らしい。

 割と人懐っこい性格でありながら、いざそれが仲間内のこととなると、他人を排斥しようとするアキらしい態度だった。

 口が裂けても他人に対して温かい態度とはいえないが、使えるものはなんでも使うハルとは、ある意味対照的とも言える。

 そんなアキの心情を知ってか知らずか、ため息をつきながらハルが面倒くさそうに答える。


「安心しろよ、お前とこいつが一緒に仕事をするわけじゃない」


 一瞬ぱっと明るい顔をするが、次にふと考える。


「あれぇ? じゃあ何でコイツの髪を染めたりしたんだよ。

 連れてくからじゃないのか?」

「連れて行くよ」

「え?」


 ハルの答えに、さらにアキが首を傾げる。

 それに答えるように、ハルが続ける。


「今回はライカを連れて行く。お前は留守番だ」

「…………え?」


 たっぷり十秒くらいハルの言葉を頭に巡らせて、アキが疑問符を口に出す。

 ハルの言葉に、畳の敷かれた和室空間で資料整理をしていたカイも面白そうにこちらを見ていた。


「え、……え? なん……え? なんて?」


 まるで絶縁を告げられたかのように、よろよろとハルの方に力なく手を伸ばしながら足を引きずる。

 もしかして聞き間違えたのではないか、と一縷の望みを託してもう一度聞いてみる。


「だから、今回お前はお留守番。

 カイの手伝いでもしていてくれ」


 聞き間違いではないらしい。

 今度はアキが真っ青になる番だった。


「はっはははは! なるほどなぁ!!」


 逆にライカが何かに気づいたように高らかに笑い、どこか気安くハルに近寄る。


「なんだァお前、見る目あんじゃねぇか。

 俺の方が、あいつより役に立つってこったろ? 

 だから俺をわざわざここに連れて来たってわけだ! 

 いやいや、やっぱり頭のいいやつは先見の明ってのがあるのかねぇ!」

「触るな」

「うわっ冷てっ!」


 大げさに言いながらハルの肩に手を置こうとしたが、一瞬早く彼がポケットから消毒アルコールの入ったスプレーをライカの顔に向けて噴射する。


「触るな、汚い」


「な、なんだよお前、潔癖症ってやつか?

 つぅかそれ、わざわざ持ち歩いてんの?」

「どっか潜入するときは嫌でも汚れるから、日常生活くらい汚物は消毒しようと言う俺の気遣い」

「その自分に対する気遣いを一部でいいから俺に……ぶふ!」


 さらに二噴射され、分かった分かったとばかりにライカが後ずさる。

 そんなやり取りを見ながら、さらにアキが顔を青くする。


「嘘だろ、ハル。こんなのより、役に立たないのか、俺? 

 お、俺、お前のためだったら、なんだってするのに、こんなのより、絶対……」


 目尻に涙を浮かべながらゾンビのようにアキが詰め寄る。

 さすがにこのままじゃマズイと思ったのか、ハルはもう一度面倒臭そうにため息をつく。


「お前とライカを比べてどうこう、って話じゃねぇよ。

 いつも言っているだろう?

 適材適所ってやつだ」


 ハルの言葉に、カイがなるほど、と頷く。


「愚弟。今回は譲れ。

 ハル君にはハル君の考えがある」


 まだ納得しきっていないアキに声をかける。


「口を挟むなよ! お前は関係な……」

「いいから。ほかでもないハル君が言っているんだぞ?」

「うぅぅううう……」


 カイの言葉に、ライカを睨みながらやっとアキが後退する。

 若干本気の殺意を感じたライカは、僅かにそこから目をそらす。

 しかしながら、どう考えても常人ではないハルにその力を認められている、ということに対しては気分が良いのか、渡されたウインドブレイカーにいそいそと袖を通す。

 数分前まで自分が誰のせいでどうなったのか、頭から抜け落ちているようだ。


「これってあれだろ?

 お前らがさっき言ってた、『Ripper』の捜査! 

 探偵みてぇだな! 超かっけぇ!」


「あんな馬鹿にあんな馬鹿にあんな馬鹿にあんな馬鹿に……」


 ドラマのような探偵を思い描いているのか、子供のような顔ではしゃぐライカに、畳の上で不貞寝しながらアキが恨めしそうに呟く。

 うるさい、と書類の束でカイが弟を叩いてようやく声が消える。

 代わりに嗚咽が聞こえくる。


 ハルはポケットからイヤホンがついた小さな装置を取り出してライカに渡す。


「イヤホンは耳にはめて、マイクはフードにつけろ。

 マイクの近くのこれがスイッチ。

 押している間、俺の方に声が飛ぶようになっている。

 逆も然り」


 どうやら小型のトランシーバーのようだ。


「おぉ、本格的! かっけぇじゃん!

 メーデーメーデー!」


 さっきまでの不機嫌はどこにいったのか、玩具を貰った子供のような顔で通信状態を試すライカ。


「こら、無駄にスイッチを押すな。うるせぇ」

「へっへへー」


 ライカの単純思考回路からは、既にハルに対する警戒心が薄れているらしい。

 そんな光景を見て「死ね死ね死ね」と再びアキが呟きだし、カイに資料が詰まったファイルでガスンと叩かれる。


「でもよぉ、なんでウインドブレイカー?

 俺、自分のジャケット気に入ってんだけど」


 不満を漏らすライカを一瞥してハルが短く答える。


「夜は雨がふるんだよ」

「はぁ? だったら傘の方が……」


「それとこれ」


 さらに彼はライカの言葉を遮って、少し大きめのサイドポーチを彼に渡す。

 手の平より大きくて硬い、と言うのは分かったが、それ以上は外からはわからない。

 思ったよりもずっしりとした質量が、ライカの手に渡る。


「なんだこれ?」

「今は開けるな。必要な時は俺が指示をする」

「ふーん? よく分かんねぇけど、分かった」


 既に上下関係が刻み込まれているのか、ハルの言葉を素直に受け取り、ライカがサイドポーチをウインドブレイカーの下の腰に装着する。

 しっかりと固定できるためか、大きさの割にじゃまにならず快適に動くことが出来る。


「さ、準備は完了だ。いくぞ」

「ちょっと待てよ。

 どこで何するか、俺聞いてねぇぞ」


 パーカーの裾を翻してカレージを後にしようとするハルを、ライカが慌てて呼び止める。


「現場で話す。そのほうが効率がいい」

「そ、そういうもんなのか……」


 探偵業って奥が深いんだな、と言わんばかりの顔でライカが頷いてハルの後を追う。


「いってらっしゃい。気をつけて」

「……てらっしゃーい」


 眠そうな顔で手を振るカイと、未だグズっているアキがそれぞれ声をかける。

 ハルは軽く手を上げてそれに答え、ライカはアキをみてニヤリと笑い、それにアキが横にあったボールペンを投げつけて応え、その投げつけたボールペンの持ち主であるカイに三度頭を叩かれる。


「ちくしょう、なんで俺ばっかり……」


 二人が出て行ったガレージで頭を抑えてアキが唇を噛む。


「本当にお馬鹿だな、愚弟」

「うるせぇアホオタク」

「これでいいんだ」

「なにがだよ」

「だからつまり……」


 数分後、ガレージの中から、愉快そうなアキの笑い声とざまぁみろという声が響き出た。


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